YOMODA YASHIKI




「既成事実」「太陽がくれた季節」の続編です。

【顛末記】



騙された…っ!!

騙された!騙された!!騙された〜っっ!!!
あのぬぼーっとした目の、だら〜っとした態度の、どうなってんのかわかんない髪型の上忍に…っ!!
くそおっ!!
そりゃあオレが悪いんだよ、オレがっ!
「海に行きませんか?オレ、良い宿知ってるんです。イルカ先生このところずっと休み無しだったんだから、二日くらい休みとってゆっくり羽根のばしたってバチはあたらないでしょ?」なんて甘い言葉に
「それもそうだな〜」なんてうなずいたオレが馬鹿だったんだっ!!
あんのヤロ〜ッ!!
思い出しても腹が立つっっ!!
しかもオレ………ああああああっ!何を思い出してるんだ、何をっ!
くっそーーーーっ!!
あんの腐れ上忍めっ!絶対許さないからなっっ!!


のどかな昼下がり、木ノ葉の商店街のまん中を、顔を真っ赤にしてただならぬ雰囲気で歩いているイルカを、通りすがる人々が何事かと振り返って見ている。
その足取りがなぜかよろよろとおぼつかないため、一見して酔っ払っているかのように見えるのだが、その本人があの真面目を絵に描いたような人物であるため、真昼間に彼がそんな醜態をさらすとは思えない人々は、不思議そうにその姿を眺めていた。
「あれ…イルカ先生だよね?」
「何か怒ってんのかね、ブツブツ言ってたけど」
「あいつ、なんであんなひょこひょこ歩いてんだぁ?」
声をかける者も数人いたが、自分の世界に入り込んでいるイルカの耳に届くはずもなく、彼はただひたすら怒りながら、よたよたと目的地目指して歩いていた。
目的地…そう、それはイルカが現在一日の大半を過ごす場所。
任務受付所である。

「あ〜あ、大丈夫かねぇ〜?ふらふらしてる…」
そのイルカの姿を、少し離れた木の上から、心配そうに眺めている男がいる。
あのクソ真面目で鈍いイルカをくどき落として、ちゃっかり恋人という立場に収まった話題の男、はたけカカシ。
この男の態度も、傍から見れば実に奇妙だった。
心配そうにじっとイルカをみつめているかと思えば突然、にへらっと顔をくずして木に抱きつき、頬を染めてしばらくへらへらと薄気味悪く笑っている。
そうかと思えば、いきなり暗い顔になって座り込み、落ち込んだ様子で「どーおしよう?」などとブツブツつぶやいている。
そしてまた、少し目を離した隙に見えなくなってしまったイルカの姿を慌てて追いかけて…
一人百面相。
いや、ただのあぶない人でしかなかった。





任務受付所には、もうあまり人はいなかった。
昼過ぎという時間帯なので、任務を受けに来る者も報告に来る者も少ない。
この時間はだいたいいつも、書類整理や任務を依頼にくる客人との交渉に費やされている。
「火影様、申し訳ありません!遅れました!」
さっきまでの怒りを押さえて、勤務中の顔にもどったイルカは、里の長である火影に深々と礼をした。
「なんじゃ来たのか?今日はもう休むと思っておったのに」
「何の連絡もなく遅れて来て、申し訳ありません!」
「いや、何もワシは責めているわけではないぞ。
お前は働き過ぎじゃからの。たまには無断欠勤してもかまわんと思うておったんじゃ」
はっはっはと、老人は鷹揚に笑った。
「しかし本当に仕事に来て大丈夫か?少し顔色が悪いようじゃが…」
『火影様のお気に入り』と言われるだけあって、イルカは火影に特別優しく扱われている。
だがそれも日常の光景なので、木ノ葉では誰も不思議に思わない。
そんな特別扱いを受けてもなお、つけあがりもせず、公の場では礼節ある態度を崩さないイルカに「真面目だな〜」と感心する者がいるくらいである。
「大丈夫です!さっそく仕事にとりかかります!」
自分のだらしない行動を諌めるどころか、心配までしてくれる三代目の優しい人柄に恐縮し、すぐにでも遅れた仕事の分をとりもどそうと、イルカは急いで席に着こうとした。
が、途端に足がもつれ、ズダーンと音を立てて派手に転んでしまう。
「あ…っ…てっ!」
「おい、大丈夫か?」
「やっぱり体調悪いんじゃないか?無理せず帰れよ」
みな一斉に手を差しのべる。
「い、いや、大丈夫だから…」
イルカはそれらの手をやわらかく押しのけて、またもやヨロヨロと立ち上がり、不自然なほどそ〜っとゆっくり席につき、深いため息をついた。
「はあぁ〜〜〜っ」
…なんだかいつもと様子が違うが…大丈夫なのか?
なんといってもイルカは丈夫なことが取り柄で、病欠など一度もしたことがないほど元気な男なのだ。
(例のミズキ事件の後も、大怪我をおして出勤してきて、周囲を驚かせたことは記憶に新しい)
それがこんな風に弱った様子を見せるとは、いったいどうしたことかと、皆同様に心配している。
しかしこの一中忍の動向に、同僚、上司、里長が一斉に注目しているという異常事態に、本人は全く気付いていなかった。

「ふぅ…」
ああ、身体がだるいし、重い。
そして考えたくないことだが、腰が…とくにとある部分が…痛い。
こうして座ってるだけでも辛いとは…意地を張らないで、さっきの三代目の言葉に従って帰れば良かったかもしれない。
しかし二日も休んでおいて、これ以上他の者に迷惑をかけるわけにはいかないだろう。
まずは任務報告書のチェックをしようと、イルカはのたのた書類に手をのばした。

「ぬあにぃ〜っ?!」
一枚の書類を見て大声をはりあげる。
「なんだ?」
「どうした?何かあったのか?!」
イルカはものすごい形相で、隣の席の役人に訊ねた。
「カカシ第七班…昨日も今日も任務って本当ですか?!」
「あ、ああ。そうだが、それがどうかしたか?」
「…カカシ先生…来なかったでしょう?…どうしたんですか?この任務…」
イルカの声は地を這うように低い。
そのただならぬ雰囲気に飲まれて、役人はその時のことを必死で思い出そうとした。
「え〜と、た、たしか…そう、ナルト達三人が受付に来たんだよ。
『担当の先生はどうした?』って聞いたら、『集合場所にまだ来ないから、また寝坊してるんだと思う。先に依頼書をくれ』って…。
そういえば報告もあの三人だけだったなぁ。それはよくあることだから、不思議にも思わなかったんだが…」
「…そう〜…ですか〜…」
話を聞いているイルカの機嫌が、ますます悪くなるのがわかる。
ふだん真面目な人間を怒らすと怖いというのは、こういうことなのだろうか?
「…今日、ナルト達は…?」
「ああ、そういえばまだ来てないな。そろそろ来るんじゃないか?きのうも昼過ぎだったから…」
別に自分が悪いわけではないのだが、責められているような気分になった役人は、いたたまれなさにキョロキョロと回りを見渡した。
「あ、来た、来た!噂をすれば、ほら!」
「…ったく〜。カカシ先生、どこに行ったんだってばよ〜?」
「休むなら休むで一言いえばいいのにねぇ!」
騒がしい例の三人が受付所に姿を現した。

「ナルト、サクラ、サスケ!」
イルカは思わず立ち上がって、三人に声をかけた。
「あ〜!イルカ先生っだってばよーっ♪」
「先生、こんにちはー」
嬉しそうに駆けよってくる可愛い元教え子たちを、潤んだ目で見ながら、
「お前達、偉いなぁ。カカシ先生、昨日も今日も来なかったんだろう?なのに三人でちゃんと任務こなして…」
と、ひしっと抱きしめる。
「ど、どうしたんだってば、イルカ先生?」
「な、何かあったんですか?
カカシ先生がいないことなんてよくあるから、べつに私たちは気にしてないですよー。
任務だってDランクで、たいした仕事じゃないし」
「…苦しい」
バタバタもがく生徒達にかまわず、イルカは三人を抱きしめたまま、正面に向かって声をはりあげた。

「聞きましたか?この子らの健気なこと!
あなたには教師としての自覚がないんですかっ?!
いいかげん隠れてないで、顔見せたらどうですか、はたけカカシ上忍!!」
イルカの視線の先に、すっとカカシが現れた。
「気配消してたのに、よくわかりましたねぇ、イルカ先生。
やっぱりこれも愛の力ですかね?」
あいかわらずの猫背で、ズボンのポケットに手を入れたままの姿勢で、のほほんと答える。
え?カカシ先生いたのか?ちっとも気づかなかったぞ?と、ざわつく周囲を無視して、イルカは強い調子で責めた。
「ふざけたこと言わないでください!
あなたがずっとオレの後をつけていたことくらいわかってましたよ!
それより、なんだってズル休みしたんですか?あなたは下忍育成の仕事を何だと思っているんです?」
「え〜?カカシ先生、ズル休みしたのか?ひっでぇー!
オレ達にはサボるなって言うくせに!」
「ま、忍たるもの、どのような不測の事態にも対応できないとな〜。教官がいないと何もできないような腑抜けじゃないだろ、お前達は」
「そりゃそうだってばよ!今度の任務だってオレの手にかかりゃ…」
「ナルト、ちょっと黙ってろ。
カカシ先生、煙に巻こうったってそうはいきませんよ。
あなたはたしか『2日間休みがとれた』って言いましたよね?あれは嘘だったってことですか?」
イルカが真剣な顔で詰めよる。
「や、いや〜、ちゃんと有給申請して、休みはとったんですよ〜。ただ、その〜、上司がね…」
しどろもどろ答えるカカシに、火影が口をはさむ。
「カカシ、ワシは休日は一日だけ許可したが、二日続けて承諾した覚えはないぞ?」
「だ〜から昨日は病欠って、連絡したじゃないですかー」
「カカシ先生!!ならあなたは、最初からオレを騙してたってわけですね?
オレは一緒に休みがとれない場合、旅行は断るって言ったはずですよ?!」
イルカは興奮して気づいていないが、周囲の者は皆一様にショックを受けていた。
…イルカ先生、めずらしく休みとったと思ったら、2日間カカシ先生と旅行してたのか…。
そういえばこの二人、恋人同志なんだよな(男同士なのに)。今だってなんだか信じられないけど…。

「オレを騙すだけならまだしも、この子らにまで迷惑かけるなんて…あなたはいいかげん過ぎます!
この子たちにあやまってください!!今すぐ!」
いくら恋人だからといって、上忍に向かってそこまで強気で言ってはマズイんじゃないか?しかも相手はあの写輪眼のカカシなんだぞ?と、同僚の中忍達はハラハラしながら見守っている。
「…あやまったら、イルカ先生、機嫌直してくれますか?」
「な…何言ってるんです?カカシ先生はこの子達に悪いと思わないんですか?」
「べつにー。オレがいなくてもこなせる仕事だと思ったから任せたわけだし、現にこいつらはちゃんと任務完了したわけでしょ?何か問題あるんですか?」
「なっ…!!」
イルカはあいた口がふさがらなかった。里長も苦虫を噛み潰した顔をしている。
よく事情がのみこめないまでも、このままではイルカ先生が不利だと悟ったナルトが助け舟を出した。
「カカシ先生っ!オレ達昨日も今日も、何時間も待ち合わせ場所で待ってたんだぞー?」
「オレが遅刻して、お前達待たせることなんて、いつものことでしょ?」
「た、たしかに、そーだってばよ…」
「オレがお前達にあえて休むことを言わなかったのは、お前達がどういう行動をとるか確かめたかったからだよ。お前達は誰に指図されなくとも、ちゃんと自分たちだけで任務を受けに来て、仕事を果たした。立派なもんだ。さすがだな」
「そ、そっかぁ?」
ナルトはカカシの詭弁にすっかりのせられてしまっていた。
「カ…カカシ先生っ!あなたって人は…!」
「怒んないでくださいよ、イルカ先生。だからあやまりますよ。
イルカ先生が『今までのことは全部許す』って約束してくれるならね」
「さっきと条件が違うじゃないですか!
それにこの子達にあやまるのは当たり前のことで、そんな風に条件を出すことじゃないでしょう?」
「ま!細かいことは気にしないで、一言『すべて許す』と言ってください。
そうでなきゃ、あやまりませんよ」
イルカはつまった。
ここでカカシ先生にきちんとあやまってもららわねば、ナルト達に示しがつかない。
上司といえど、けじめはつけねばならないことを教えておかないと、将来カカシ先生を見習って、ろくでもない大人になってしまっては大変だ。
だが、だからといって、今までのことを全部許すことなどできない。
だってこの上忍は、大嘘つきなのだ。それで自分はとんでもない目にあったのだ。今だって腰が辛くて、立ってるのがやっとなのだ。
苦悩しているイルカに向かって、今まで冷静に状況を見ていたサクラが言った。
「イルカ先生、そんなこと言っちゃダメよ。カカシ先生を図に乗らせるだけだから。
それに私達、こういうことには慣れてるし、気にもしてないから、べつにカカシ先生にあやまってもらわなくてもいいの」
「それにそんな心にもない謝罪なんて、欲しくないしな」
めずらしくサスケも発言した。
「お前ら、余計なこと言うんじゃないよ」
カカシが苦々しく二人をにらむ。
せっかく今までのことを水に流せるチャンスだったのに〜。イルカ先生、今朝、すっごい剣幕だったんだぞ?お前ら知んないだろ?
「サクラ、サスケ…」
じんわりとイルカの目頭が熱くなる。
なんて優しい子達なんだ。それをこの男は平気で迷惑かけて、素直にあやまることもしないとは…!
教師としてどうこうというより、人として間違ってる!
もう許せない!!
「カカシ先生、わかりました。サクラ達がこう言ってくれたからには、あなたにあやまってもらおうなんて思いません。
そのかわり、絶対に、あなたのことは許しません!
今朝も言いましたけど、もう二度とオレの前に顔を見せないでください!!」
ピシリとその場の空気が凍った。


「ええェーーっ!!そんなぁーっ!」
カカシが奇妙な声をあげた。
「カカシ班の任務受付は、別の人に変わってもらいます。どこかで出会ったとしても、絶対に声をかけないでくださいね!」
「イルカ先生〜っ!そりゃないですよ〜!」
驚くほど強気のイルカと、急に情けなくなったカカシの態度に、皆目を丸くしている。
「あー、もう、うるさい!とっとと任務に行ってください!ハイ、これ、今日の任務です!」
「イルカせんせ〜、機嫌直してくださいよ〜。オレが悪かったです。謝りますから〜」
「書類は渡しましたからすぐ任務にとりかかってください。もう時間がありませんからね」
「イルカ先生、こっち見てくださいよー。あ、こいつらにも謝ります。謝ればいいんですよね?
悪かったな、お前ら。ね、謝りましたよ?」
まったく誠意がないが、カカシの必死にとりつくろう姿を見ていると、サクラ達はだんだんカカシが不憫になってきた。
「イルカ先生〜、反省してます!オレ、もう二度とイルカ先生に嘘なんてつきません!
だから許してください、お願いします!」
…うーむ、まるで子供が母親に叱られて必死で謝っとるようじゃのぉ…と、火影も初めて見るカカシの意外な姿に驚いている。
「『嘘をつかない』なんて嘘をつかないでください!いくらあやまったって無駄ですよ。
オレはもう、あなたの言うことなんて、金輪際、信じませんから!」
「イルカ先生、オレがついた嘘はやむを得ず、です。休みがとれたって言ったことだって、ああ言わないとイルカ先生、旅行OKしてくれなかったでしょ?
何があっても、この夏、あそこにイルカ先生と一緒に行きたかったんですよ。時期を逃したら泳げなくなっちゃうし、イルカ先生毎日残業ばかりで、身体こわすんじゃないかって心配だったし…」
「そ…そんなことばかり言って、オレのことからかうのは、もうやめてください!」
「からかう…?オレはそんなことしてませんよ?」
「からかってたんでしょう?今までずっと!」
「イルカ先生…?」
なんとなく、二人の会話が微妙に違う方向に変わっていってるような気がする…。回りの者は互いに目を見合わせた。


「オレが、馬鹿で鈍いから、あなたはオレの反応見て面白がってたんでしょう?」
「なんでそんなこと言うんですか?オレがそんなことするわけないでしょ?
オレ、ずっとイルカ先生のこと好きだったんですよ?」
「だから…っ!そんな見えすいた嘘は、もうやめてください!
本当に好きな人間に、なんであんなこと言って騙したりするんですか!
あなたはうろたえてるオレの姿が見たくて、嘘をついたんだ!」
「違います!あの時は確かに冗談のつもりだったけど、イルカ先生が優しいこと言ってくれるから、ついそのままでもいいかって…」
「ほら、やっぱり冗談だったんじゃないですか!真に受けたオレは、さぞ滑稽だったでしょうね」
「イルカ先生、オレはあなたのことを好きだってずっと言い続けてたのに、それを冗談で流してきたのはあなたの方ですよ?
だからチャンスを利用したんです。それがそんなに悪いことですか?
昨日だって、オレ達が恋人同士だと信じてなかったら、あなたは素直に抱かせてくれたりはしなかったでしょ?」
「こ、こんなところでそんなこと言わないでください!子供達がいるんですよ?」
…なら子供がいなかったらいいのか?と心の中でつっこみを入れたギャラリー数名。
当の子供たちは、サクラは『うっわぁ、すっごい展開!』と好奇心で目をキラキラさせているが、他の二名はただあっけにとられているだけだった。
ませた女の子ならともかく、昔と今の担任の痴情のもつれ(しかも男同士)など、男の子には理解しがたいものだったろう。
「こいつらだってそのうち大人になるんだから、そんなこと気にしなくていいんです。
イルカ先生だって、今朝はオレのこと好きだって言ってくれたじゃないですか!
あなたは冗談や嘘でそんなこと言える人じゃないですよね?
だったら騙されていようがなんだろうが、オレ達はちゃんと恋人同士なわけでしょ?いったい何が問題なんですか?」
まくしたてるカカシに対抗しようと、イルカは真っ赤になりながら反論した。
「お…オレが好きだって言ったのは、カ、カカシ先生ばかりに言わせてちゃ悪いかと思って…。そ、それだって、オレ達が恋人同士だって信じてたから…っ!」
「あなたは騙されて『寝た』って言われたら、誰にでも好きだって言うんですか?
誰とでも抱き合うんですか?!」
「違いますっ!!」
イルカの声が受付所に響き渡った。
ゆっくりとカカシがイルカに近づく。
周囲の者達も、固唾を飲んで二人を見守っている。


「イルカ先生が怒っているのは、オレが嘘をついたことじゃなくて、オレがあなたのことをからかっていると思ったからなんでしょう?」
「……」
イルカは自分の気持ちがわからなくなっていた。
そうだ、たしかに「からかわれた」と思った途端、頭にカッと血が上ったのだ。
でも、カカシ先生がずっと自分を騙していたことにも深く傷ついたはずだ。
「…オレの今までの態度を見て、それでもからかってるって思うんですか?イルカ先生?」
カカシの声は今まで誰も聞いたことがないくらい優しい。
イルカは切なげな顔をして、カカシの目をみつめている。
…なんだか、見てはならないものを見ているような気がする…。マズイんじゃないか?このままでは…。
皆そう思っているのだが、この二人の雰囲気をぶちこわす勇気のある者は誰もいなかった。
「…からかってるんじゃないんなら、どうして…今朝まで本当のこと、言ってくれなかったんですか?」
「言ったら嫌われちゃうでしょ?
今日だって、本当は白状したくなかったんです」
カカシはちょっと情けない顔をした。
もっとも口布と額当てで顔がかくされているから、見えるのは右目だけだったが。
そんな子供みたいな理由で?ぷっとイルカは小さく吹き出して、困ったように笑った。
この人を相手にしていると、真面目に怒っているのがバカみたいだ。
「…オレは、どんなことでも嘘をつかれるのは嫌なんです」
「すみません」
柔らかい雰囲気になったイルカに、嬉しそうにカカシが笑いかける。
「そ、それに…初めてだって知ってたら、オレだって、その…ちゃんと覚悟したんですよ……こんなにキツイなんて知らなかったから……」
「すみません」
何〜っ?!とっくにカカシのお手つきになっているとばかり思っていたのに、イルカは今回の旅行が『初めて』だったというのか?なら今までは、まだくどき落とすチャンスがあったんじゃないかーっ!
だ、騙された〜〜っっ!!
数人の同僚達がひどいショックを受け、悲嘆にくれはじめる。
だがそんなこと知ったことじゃないと、今やカカシとイルカは、どっぷりと二人の世界に浸り、手に手をとってみつめあっていた。
「優しくしたつもりだったんですけどね…ちょっと無理させちゃったみたいですね。
大丈夫ですか?」
「…まだちょっと辛いけど…大丈夫です」
「ま、そのうち慣れますよ。
イルカ先生も初めてだったわりには、すっごく感じてたみたいだし♪」

ピキキッ!またしても空気が凍りついた。
一瞬にして真っ青になって固まってしまったイルカの様子にも気づかず、カカシは上機嫌で話を続ける。
「イルカ先生、そっちの素質あるんじゃないですか〜?
それともオレとの相性がバッチリなのかなぁ〜?あははは…」
ドゴッ!
鈍い音が響く。
すごい形相のイルカが、カカシの頭を机の上の受付箱で殴ったのだ。
「あんたって人は〜〜っ!!
人がせっかく許してやろうって思ったのに……っ!!###」
「いったぁ〜。何?なに怒ってるんです?イルカ先生?」
「もうあんたにはつくづく愛想がつきた!
二度とオレの前に顔を見せるな!くされ上忍っ!!」
「えええ〜っっ?!?」


「うおっほん!」
第2ラウンド開始かと思われたその瞬間、火影の咳払いが絶妙のタイミングで二人を止めた。
火影はおもむろに、組み合った体勢のカカシとイルカにこう告げる。

「カカシ、イルカ。お前達二人とも、今日は特別に休みとする。
痴話喧嘩は家でせい!」

この時受付所にいた全員が、やはり頼りになるのは火影様だけだと涙したのは、無理もない話だったろう。



そして数日後までカカシとイルカの喧嘩は続いたが、誰もが『はた迷惑な痴話喧嘩』として、
とりあわなかったそうである。



<終>