YOMODA YASHIKI




【トアルシアワセ】




―――「幸せ」なんて、考えたこともなかった。この人に出逢うまでは。

閉じた瞼にかすかに陽の光がさして、目が覚める。
見慣れたものとは違う天井。
部屋の匂いも自分の住まいの無機質なものとは違う。
…ああ、ここは…。
とても自然で気持ちのいい香りだ。自分の好きな匂い。
たしかナルトは「お日様のようだ」と、この人の匂いについて言ってたっけ。
そっと自分の左側を窺うと、白いシーツに広がった黒髪が目に入った。
安らかな顔をしたその人は、こちらに身体を向けて、規則正しい寝息をたてている。
身体の上の薄掛けがずれて、健康的な肌が見える。
その肌のあちこちに赤い鬱血の痕があり、昨夜の自分たちの情事を物語っていた。
きちんと鍛えられた胸の筋肉が、呼吸するごとに小さく上下するのを、じっとみつめる。
…生きてるんだなぁ。
生きて、そこにいてくれるんだなぁ。
そんなことがたまらなく嬉しくなって、カカシは目を細めて静かに笑った。

―――いとおしい。
カカシは湧き上がった想いに忠実に、閉じた瞼に小さく口付けを落としてみた。
「ん…」
愛する人は、小さく身じろぎしたが、目覚めそうにはなかった。
可愛いけど、忍がそんなに鈍くちゃまずいんじゃないの?と、少しいじわるく思う。
ま、朝方近くまであんなに喘がせてしまったのだから、疲れきっているのだろう。
悪いのは自分だな、と思いなおして、「ごめんね」と囁きながら、今度は唇に触れるだけのキスをした。
「…ン…」
瞼が少し震えた。今度こそ起きるかもしれない。
しばらく様子を眺めていたが、イルカは唇を薄く開いただけで、一向に目覚める気配はなかった。
「そんな無防備な顔しちゃって〜、さそってんの〜?」
聞こえていないのはわかっていて、そんなことを言ってみる。
ちゅ、と音をたててキスしてみた。
起きない。
その薄く開いた唇を、そっと舐めてみる。
ぴくりと反応した。だが、起きない。
唇を重ねて、舌を差し入れてみる。触れた舌をちろちろと動かすと、「…んふっ…」と、悩ましい息を吐いて、顔をそむけた。
「や〜んらしぃ声〜」
カカシはすっかり楽しくなってしまった。
どこまでやったら目覚めてくれるかな〜?
うきうきした気分でイルカに悪戯をしかける。
ちゅ、とまた瞼にキス。
そのまま頬に、顎に、首筋に…軽いキスの雨を降らす。
「…んん……ン」
イルカは身じろぎながらカカシの頭を力の入らない手でどけようとするのだが、やはり覚めているわけではなかった。
「イールカせんせぇ〜。いいかげん起きないと、オレ、我慢できないよ〜?」
そう言いながらカカシは、慣れた手つきでイルカの胸の突起をまさぐった。
「…ぁ…」
明らかに性的な声をあげるイルカに、今度こそ目覚めたかとカカシはイルカの顔を覗き込むが、まだイルカの目は開かれていない。夢うつつなのだろう。
「よっぽど眠いんだね〜」
そうとわかったなら止めてやればいいのだが、カカシにはそんな気はまったくなかった。
すっかりやる気になったカカシは肉食獣のように舌なめずりし、イルカの喉笛に甘く噛りつく。
「う…っ」
小さな痛みが走ったのか、イルカは眉をひそめて身をすくめ、無意識に逃げようとするのだが、カカシはそうはさせなかった。
しっかりと肩を押さえつけ、するりと胸を撫で擦り、さっき噛みついた首筋を舌で愛撫する。
ますます身をよじるイルカを面白そうに眺め、誘うように顔を出している胸の小さな色づいた突起に舌を這わせた。
「は…っ」
イルカは大きくかぶりをふった。
「い…や…です。カカシ先生…。もうこれ以上、無理…」
はっきりとしたその言葉に、ついに目が覚めてしまったのかと、カカシは身を起こしてイルカの次の行動を待ったが、イルカはそのままぱたりと倒れこんだまま動かなくなり、しばらくするとスースーと寝息までが聞こえてきた。
「…さっきの、寝言?」
ぷっ!
お、可笑しい!
可愛い!可愛すぎる!
ああ、もう、どうしよう、この人…!!
カカシはくっくっと肩で笑いながら、いとおしげにイルカの身体を抱きしめた。
「『イヤです、カカシ先生』なんてHな寝言、生徒の前で言っちゃダメだよ〜?」
すやすやと胸元で息をするイルカを見ているだけで、あたたかい気持ちになる。
さすがのカカシもそれ以上手を出す気になれなくて、そのままの体勢で二度寝をすることにした。
かなりその気になってしまった己の分身をこのまま放置するのは正直辛いが、腕の中で安らかに寝息をたてているイルカの睡眠を、これ以上妨げる気にはなれなかった。
…やっぱりいい匂い…。
イルカの髪に顔を埋めながら、カカシは満ち足りた気分で眠りについた。





目が覚めると恋人の胸が目の前にあった。
「…え…?」
まだ覚醒しきってないイルカは、自分の肩に回されたカカシの腕や絡まされた足を感じて、ようやく今自分が置かれている状況を理解した。
…カカシ先生に抱きしめられて寝てたのか…。
そう自覚した途端、顔がかあっと熱くなり、心臓の音がドクンドクンと大きく鳴りはじめる。
恋人同士という関係になって何度も肌を合わせているというのに、イルカはこういうことにはなかなか慣れなかった。
目覚めた時に相手の顔を見ただけでときめいてしまうなんて、まるで恋する乙女だ。
いや、乙女であろうが野暮ったい成人男子であろうが、恋というものは本来そういうものなのかもしれないが、さすがに男がこういう体勢で目覚めるのは、心臓に悪い。
イルカは、体を離そうと身じろぎした。
その時ふと、かすかな匂いが鼻をかすめて動けなくなる。

―――カカシ先生の匂いだ…。
カカシは上忍らしくほとんど体臭などないのだが、情事の最中と事後だけは、こうやって”カカシの匂い”を感じることができる。
カカシとこういう関係にならなければ、一生知ることはなかったこと。
カカシの夜の顔も、カカシの快楽の吐息も、カカシの汗も。
カカシの指の動きも、舌の熱さも――。
そんなことを考えているうちに、自分のカラダがゆるゆると変化していくのにイルカは気がついた。
…なっ?!
昨夜だって散々したくせに、なんだっていうんだ、オレは!
イルカはなんとか気を静めようと思うのだが、焦れば焦るほど昨夜のことを思い出してしまい、あっという間にイルカの分身は起ち上がってしまった。
こ、こんな朝っぱらから一人で興奮してるなんて、恥ずかしすぎる…!
こんなことカカシ先生に気づかれたら、何てからかわれるかわかったもんじゃないぞ。
一刻も早くこの場から逃げようと、身をよじってカカシから離れようとすると、ゆるく巻きついていたはずのカカシの腕が、ぎゅっと強くイルカを拘束する。
「カ…カカシ先生…? 起きたんですか?」
返事はない。おそらく無意識に逃げようとするイルカを捕らえたのだろう。
なにもこんな時まで忍の本能を発揮しなくても…と、イルカは苦々しく思いながら、カカシが目をさまさないよう少しずつ身体を離そうとした。
だが、カカシの腕は一向に緩まない。
それどころか、逃がすまいとますます身体を密着させてくる。
「…っ!」
裸で密着した状態で身じろぎすれば、大事な部分を相手の身体にこすりつける結果となってしまう。
予期せぬ快感に震えて、これでは本当に変態のようだと、さらに自己嫌悪に陥ってうつむいたイルカの目に、信じられないものが映った。
カカシ自身も屹立しているのだ。
…嘘だろう? この人、あれだけしたくせに、朝起ちしてるのか…?
抱きしめられているだけで興奮した自分もどうかと思うが、カカシの体力の無尽蔵さには恐れ入る。
この状態でカカシが目覚めたら、きっと自分はまた朝から喘がされてしまうにちがいない。
イルカは青ざめて、カカシの腕から抜け出ようと、本気になってもがいた。





「…何、じたばたしてんですか?」]
カカシが眠たそうな目を開けて、低い声で尋ねる。
「お、起きたんなら、離してください。このままじゃ、カカシ先生の腕が痺れますから」
イルカはギクリとしつつも、元気になった自分自身を咄嗟に両腕で隠し、もっともらしい言い訳をした。
たしかに自分の身体の下に置かれているカカシの腕は痺れていても当然の状態で、なかなかいい口実ではあったのだが、不自然に前を隠しているイルカの格好を、カカシが変に思わないわけがなかった。
「…このくらいで腕が痺れるようじゃ、ガイと体術でやりあったりできませんけどね」
そう言いながら、カカシは前を隠しているイルカの腕をぐいっとひっぱり、まじまじとそこをみつめる。
「あ〜、そういうことですかー。
イルカ先生、元気ですね〜。昨夜あれだけしたのに、まだ足んないの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!もう限界ですよ!
こ、これは、たまたま…」
カカシはニヤニヤといやらしい笑いをして、イルカをからかう。
「たまたま、何?裸で抱き合ってたから、たまたま興奮してまたやりたくなったの?
えっちだな〜、イルカ先生はv」
「そ、そんなこと言うけど、カカシ先生だって前、起ててるじゃないですか!」
イルカはくやしくなって反論したが、こういうことはいつでも裏目に出てしまう。
「オレはいつでもどこでも何度でもイルカ先生とやりたいと思ってますからね〜v
昨夜はまだまだ続けたかったけど、イルカ先生が途中で気絶しちゃったから、しぶしぶ諦めたんです。
イルカ先生がその気になってくれたなら、さっそくはじめましょーか♪」
「うわっ!や、やめ…っ!」
イルカの静止も聞かず、カカシはイルカの腰をさらに引き寄せ、後に手を回して蕾をまさぐる。昨夜の情交のせいで未だに熱をもっているそこは、カカシの放ったものでしっとりと濡れていた。
「…ぁ」
「あ、ごめん、イルカ先生。ちゃんと中の掻き出してなかったね。
でも、中濡れてるし柔らかくなってるから、このまま挿れても痛くなさそう…」
カカシはイルカの後につぷりと指を突き刺し、やわやわと中をかき回しはじめた。
「はっ……、あ」
カカシの指が動くたび、昨夜感じ続けた快感が、またぞわりとイルカの身体の中を駆け昇ってくる。
カカシの体液が太腿に伝い流れる感覚だけでも、身が震えてしまうのだ。
…このままでは、だめだ。また流されてしまう。
たしか今日のアカデミーの授業は野外訓練だった。
今ですら身体に力が入らないのに、さらにカカシを受け入れてしまえば、まともに立てなくなって、生徒の前でちゃんとした模範演技ができるとは思えない。
いや、そんなことより、情交の余韻を残したまま、無垢な生徒達の前へ出ること自体が、イルカには耐えられないことに思えた。
イルカは涙目でカカシに懇願する。
「…嫌です、カカシ先生…。もう、これ以上は無理…です…」
ぷっ!
カカシが思わず吹き出した。
さっきまで濃厚な空気だったのが、一瞬にして変わる。
怪訝に思い首をかしげるイルカに、あははと声をあげながら、カカシが楽しそうに答えた。
「イルカ先生、寝言とおんなじこと言ってる〜!
そんなに嫌がられちゃ、いくらオレでももう手が出せませんよ」
「寝言?そんなこと、オレ言ったんですか?」
「ええ、さっき寝てるイルカ先生に悪戯してたら、まったく同じこと言われちゃいました。
覚えてないんでしょ?
だったらやっぱり寝言だったんだ〜」
「…寝ている人間にまで、悪さしないでくださいよ」
嬉しそうに笑い続けるカカシを睨みながら、この様子ならもう大丈夫だと、イルカはホッと胸を撫で下ろした。
少し火をつけられたカラダも、しばらくすれば落ち着くだろう。
イルカは、ちょっとだけ残念に思っている自分にあきれながらも、カカシの身体をぐいっと押しのけて、布団を肩まで上げて寝る体勢を整えた。
「まだもう少し時間があるから、眠らせてください。本当に限界なんです」
イルカがちらりとカカシの顔をうかがうと、カカシがつまらなそうにイルカを見ていた。
まだカカシの分身は元気なままだ。
少しばかり悪い気もするが、ここで甘い顔をしてはならない。
「カカシ先生もおとなしく寝てください。これ以上悪さされちゃかないませんからね」
「しませんよ〜、もう。
信用ないな〜、オレって。
おとなしくしてますから、そのかわり…」
こうして寝てくださいと、カカシはイルカの身体を抱きよせて、さっきと同じようにイルカの肩に腕を回した状態で横になった。
「…腕、しびれますよ」
「いいですよ、痺れても。幸せな重みってやつですv」
きゅっと抱きしめてイルカの髪に顔を埋める。
そうして、とても満足そうに一言漏らした。
「あ〜、シアワセだなぁ、オレ」
イルカもカカシのぬくもりに包まれて、同じことを思っていたのだ。
くすりと笑って、カカシの胸に顔を埋める。

―――「幸せ」なんて、考えたこともなかった。
でも、この人に出逢ってから、何度そう思ったかわからない。






<終>