YOMODA YASHIKI





【戯言】




「イルカ先生はオレが死んだらどうします?」


また始まった。
この人は時々こんなことをまるで冗談のように軽い口調で聞いてくる。
オレは軽い疲労感を振り切って服を整え、さっきやりかけで中断された台所の洗い物にとりかかることにした。
「イルカ先生ってわりとずぼらなのに妙なとこ神経質ですね〜」と隣の男には笑われるが、洗い物をためておくのは好きじゃないのだ。
オレの母親がそういうことを嫌っていたからそのせいなんだと思う。
「ねーえ、無視しないでくださいよ。大事なことなのに」
大事なことをそんな言い方で聞くな。
真面目に聞かれても困るけど。
「ねぇ〜、イルカせんせ〜?」
「…そんなこと聞いてどうするんです?」
あまり無視すると拗ねるだろうし、また悪さを仕掛けてくるに決まってるから適当に返事を返した。
「ん〜?聞いてみたくなったんですよ、なんとなく。
 イルカ先生はオレの為に泣いてくれるのかな〜と思って」
そんなことを人を抱きながら考えてたのか、この馬鹿は!
むかつくのでガチャガチャ音をたてて食器を洗った。食器にやつあたりしても仕方ないのだが。
「イルカ先生、茶碗、割れちゃいますよ〜?」とのほほんとした声が後ろから聞こえる。
本当に人の気持ちを確かめたいのか、ただの暇つぶしで言ってみただけなのか、よくわからい。なんなんだ、この人は。
「泣きません」
思いっきり冷たく言ってやる。
「えええ〜っ!ひどい!イルカ先生、この間オレんとこのマルが死んだ時は泣いてくれたのに!」
ちなみにマルとはカカシ先生の飼っている忍犬で、他の犬にはシカク、サンカク、クロマル…と嘆きたくなるような名前がつけられている。
マルは先日老衰で死んでしまったのだ。今でも思い出すと目頭が熱くなる。
「ねぇ、オレはマル以下?」
いつの間にかすぐ後ろに立っていた男に、ゆっくりと抱きしめられた。
なんだか急に胸が苦しくなったので、正直な気持ちを言ってやることにした。
「…泣けないんですよ。
 あまり悲しすぎると涙なんて出てこないんです。
 オレが両親を亡くしてはじめて泣いたのは一月たってからでした」
抱きしめていた手がそっと離れる。
謝罪の言葉が返ってくると思ったらこんな言葉だった。
「じゃあオレはイルカ先生のご両親と同格なんだ。嬉しいな」
そういう問題か?
「でも同格ってのはやっぱヤダから、一月じゃなくてずっと泣かないでください。
 イルカ先生が死ぬまで一生」
一生泣くな?
何馬鹿なことを…と思いながらふと、たしかに一生泣けないかもしれないと思った。
笑うことはできるだろう、でも…。
「オレのために、一生分の涙をオレに手向けてください」
なんて我侭なことを言い出すんだろう。
だったらあなたはオレに何をくれるんだ。
「カカシ先生はオレが先に死んだら何を手向けてくれるんですか?」
一瞬間を置いて
「イルカ先生はオレより先に死んだりしませんよ!」
と怒ったような声が返ってきた。
少しあきれて振り返る。
もう食器もすべて片付けてしまったので、拗ねたような顔をしてる男の横を黙って通りぬけて風呂場に向かった。
今日はあの男を風呂につっこんで、上がったらとっとと家から追い出してやる。
泊めてなんかやるもんか。


「あなたは忘れてるみたいですが、オレだって忍なんですよ?」
オレがカカシ先生より先に死なないって保証がどこにある?
むしろあなたほどの力を持ってないオレの方が、先に行く可能性は高い。
有事の時はアカデミーの教師であろうが医師であろうが、現在の職業など関係なく、忍は全員駆り出される。
カカシ先生ならあの四代目のように、里の為に何かを残して逝くことだってできるだろうが、中忍程度は戦の中の雑兵のように、バタバタとただ死んで行くだけだ。
「イルカ先生はオレより先に死んじゃいけないんです!」
風呂に湯を張っているオレの背中に向かって、あの人がまた我侭なことを言った。
オレは小さくため息をつく。
まるでナルトみたいなことを言う。
いや、ナルトより小さい子供のようだ。
時々この人のことをまだ幼い幼児のような気がする時がある。
誰より強い写輪眼のカカシ。6歳で中忍になったという超エリート。元暗部の悪鬼。火影五代目候補と噂される男。
そのどれもが目の前のこの人には当てはまらないような気がする。
今のこの人は、母親に駄々をこねて困らせている小さな子供だ。
オレはこの人にとって母親代わりなのかもしれないな…そんなことを思って苦笑しながら、ついと目の前の人に手を伸ばした。
「オレだってあなたみたいな人を置いて先に死にたくありませんよ。だけどオレだって忍なんです」
さっきと同じことを言う。
忍だから…それはオレたち里の者にとっては絶対なこと。
自分から言い出したことなのに今にも泣きそうな顔をしているあなたがいとおしくて、その顔をそっとなでた。
「オレが守ります」
性懲りもなくそんなことを言うから笑ってしまった。
あなたは一中忍を守っていて済むような立場にいる人じゃないのに。
「守られたくなんかありません。
 オレだって男です。
 カカシ先生は里を、あの子らを守ってください」
急に強い力で抱きしめられた。
「…あなたが…あなたがもしオレより先に死んだら…オレ、生きていけません!」
その必死な声が切ない。馬鹿だな、「もしも」の話じゃないか。
ほんの戯言だったんだろうに。
たあいのない、ほんの暇つぶしの。
「…オレが死んでも生きていけますよ。あなたにはあの子達もいるんだから」
そう、あなたのことを大事に思っている人はオレ以外にもたくさんいる。
あなたはもう昔の悪鬼じゃないんだから。
カカシ先生は少し身体を離して、オレの目をまっすぐに見た。
写輪眼の紅い眼がオレを捉える。
「生きていたとしても狂っちゃいます。正気なんか保てません。
 里もナルト達も守れません」
狂う…?まさか。
オレのために…?
目の前のこの人がオレの死を悲しんで狂ってくれるって?
そんなことありえない。
だけど、もし、それが本当なら……。


「バカなこと言わないでください。もうこの話はやめましょう」
大きな声で笑って風呂に入ることを促した。
オレまでこの人の冗談に何を本気になってるんだ。
まだ何か言い足りなさそうな目の前の人に
「オレはあなたより先に死んだりしませんよ。約束します」
根拠のないそんな言葉をなげかけて、軽く背中を叩いた。
カカシ先生はホッとしたような、でもまだ不安そうな顔をしてこちらを見ている。
本当に子供なんだから。
こんな人を置いて先に逝けるわけがない。
「ほら、さっさと風呂に入ってくださいよ!片付かないから!」
「え〜っ、イルカ先生冷たい〜。
 一緒に入ってくれないんですか〜?」
「こんな狭い風呂に大の大人が二人も入ったら湯がなくなります!」
「…ケチ」
「なんか言ったか?」
「いいえ〜、入ります!すぐ入ります!」
さっき少し可哀想になったから今日は泊めてあげることにしよう。
明日差し障らない程度ならまたつきあってもいいかと一人で照れながら思った。
まぁあの人のことだから、ベッドの中に入ればオレの意向なんて関係なくまたちょっかい出してくるだろうけど。
オレも甘いよなぁ…などと思いながら、カカシ先生の寝巻きと下着を用意するために部屋に戻った。


―――ああ、でももしあなたがオレの為に狂ってくれたら、どんなに嬉しいだろう。
     あなたが本当に狂ってくれるのなら、先に死んだっていい。

そんな誰にも言えない戯言をオレはそっと胸にしまいこんだ。




<終>