YOMODA YASHIKI





【Red heart campaign】



「あ」

目の前を真っ赤な風船が通り過ぎる。
よく見るとそれはハート型をしていて、横文字のロゴが入っていた。おそらく何かの宣伝に使われたものだろう。そういえばさっき通ったこの公園の近くのデパートの前で、似たような風船を持っていた子供達をたくさん見かけた。あれはそこから飛んできたのかもしれない。
土方は巡回中の足を止めて、その風船が空高く飛んで行くのをなんとなしに目で追った。
6月になり梅雨入り宣言がされたというのに、今日は珍しく雲ひとつない真っ青な空で、その中を赤い風船がふわりふわりと飛んでいく様は、不思議と土方の心を和ませた。
…そういや、当分空なんて見たことねーな。
もちろん土方は室内に引きこもっていたわけではないのだから、本当に空を見なかったわけではない。今月はやけにテロリストどもの攘夷活動とやらが活発で、昼夜関係なく奔走していたから、いつも以上に空の下にいた。だが、朝日の中も夕日の中も土砂降りの雨の中もずっと外にいたにもかかわらず、こうやってゆっくり空を見上げることなど、土方にとって本当に久しぶりのことだった。
ハート型をした風船は、その形のせいかまっすぐ真上に昇って行かないで、ふわりふわりと風に流れ、右に行ったり左に行ったりと、まるで空の散歩を楽しんでいるかのようだった。
あの風船、まるであいつみたいだな…。
ふわふわとこの江戸を漂うように、気楽な雲のように生きている、目立つ銀髪の男のことを、土方はよく知っている。
この天気のいい空の下で、あいつは今頃何をしているんだろう?
またパチンコでなけなしの報酬をすってしまって、チャイナや志村に怒鳴られているかもしれない。いい大人のくせにいつも馬鹿なことをしでかして、自分よりずっと年下の連中に叱られている男のことを思い出し、土方はくすりと笑った。
そういえば、ヤツと最後に会ってから、もう一ヶ月たつな…。
別れ際に「時間ができたら、こちらから連絡する」と言ったきり、この一ヶ月間、土方から連絡することも、銀時から何か言ってくることもなかった。
ようやく面倒な仕事も片付いた。そろそろ電話をかけねえとな…。だが、こんな時、いったい何て言えばいいんだ?
考えてみれば、いつも何か言ってくるのは銀時の方で、土方から連絡を入れたことなど今まで一度もなかった。
「今晩空いてるか?」なんて、アイツみたいなこと言ったら、露骨に誘ってるみたいで胸糞悪ィしな…。
「飲みに行かないか?」でいいのか。だが、そんな言い方したら、また飲み代を全額奢らされそうだ。だいたいあいつは人のことを、自分の財布か何かと勘違いしてやがるからな…。
土方がそんなことをつらつらと考えていると、
「あ」
ずっと目で追っていた風船が、公園の一番大きな木の、上の方の枝にひっかかってしまった。
土方は、風船の空の遊泳があのままずっと続くことを心のどこかで期待していた自分に気がついて、自嘲気味に笑うと、静かに風船から視線を外した。そして、煙草をくゆらしながら、ゆっくりと歩き出す。
ガキでもねえのに、なに風船なんかじっと見てんだよ、俺は。
しかし、どこに行ったんだ、総悟のヤロー。
便所だと言って公園に来たくせに、人が煙草吸ってる間にいなくなりやがって。またどこかでさぼってやがんな。
土方はさぼり常習犯の沖田を探そうと、ぐるりと辺りを見回すが、それらしい人影はない。いるのは遊んでいる子供達ばかりだ。
仕方ない、このまま一人で巡回を続けるかと、公園を後にしようとすると、がしっと何かに隊服の袖をつかまれた。
振り返るとそこには小さな男の子が立っていて、今にも泣きそうな顔をして土方をみつめている。
おいおい、俺はこんなガキにまで何か恨みを買ってんのか?
土方は少したじろぎつつ、咥えたままだった煙草を携帯灰皿に押し込んで、何か用かと聞こうとした。
すると、
「おまわりさん!あの風船とって!」
子供は大きな声で叫ぶと、さっき木の枝にひっかかった風船を指差した。
「あれ、お前のだったのか」
そう尋ねると、男の子は声をあげて盛大に泣き出した。
うわん、うわんと泣きながら、長いこと列に並んでやっともらった風船だったとか、お姉ちゃんがハートが好きだから持って帰ってあげたかったんだとか、えぐえぐ聞き取りにくい言葉で訴えかける。
「おまわりさんは、テレビでよく見るおまわりさんだよね?
おまわりさんならとれるよね?あの風船」
たしかに真選組はとても目立つ。その行動はニュースによく取り上げられているし、天人が多くなったとはいえ、まだまだ和装が主流の江戸で、この真っ黒な洋装の隊服は人目に付きやすいだろう。こんな子供が自分のことを知っていても不思議なことではない。
だが、だからこそ、黒い真選組の隊服を見れば、恐ろしい人たちだから近寄ってはダメだと子供に諭す親も多いというのに、この子は自分が恐くないらしい。この子にとっては対テロ組織の真選組も、お巡りさんの部類なのかと思うと、土方は自然と顔がほころんだ。
「けっこう高いところにひっかかってんな。足場があれば登れるんだが…ちょっとやってみるか」
土方は、ぽんぽんと男の子の頭を叩きながら、風船のひっかかった木の下までやってきた。
「言っとくが、とれなくても責任とれねーぞ。お巡りさんは、ヒーローじゃないんだからな」
そう言いながら土方は、重い隊服の上着を脱ぎ、シャツの袖をまくりあげ、刀を下げ緒で背中にしっかりと固定して、靴と靴下を脱いだ。準備をすっかり整えたところで、もう一度傍でじっと待っている子供の頭を撫でる。
「おとなしく待ってろよ」
そうして、意外なほど身軽に、するすると木に登っていった。
「すごい!おまわりさん、木登りうまいんだね!」
男の子が木の下で感嘆の声を上げるのを面映く思いながら、土方はこんなところで猿のように木に登っている自分がおかしかった。
いったい木登りなんて何年ぶりだ?武州にいた頃、悪餓鬼の総悟と追いかけっこしてるうちに自然と木登りが上手くなったが、こんなところで役に立つとは思わなかったぜ。
土方はずいぶんと高い位置の細くなった木の枝で足を止め、ぐんと手を伸ばす。風船はあと少しのところにあった。
「おまわりさん、もうちょっと!」
「ああ、わかってる」
だが、このちょっとが難しい。これ以上登ると足場の枝が折れるし、あまり手を伸ばしすぎても体重を支えている枝が折れてしまう。土方は今、非常にギリギリのところに立っていた。
土方は、ゆっくりと、身体の重心を少しだけ横に移動させる。
パキッ!バササ…ッ!
土方が動いた瞬間に、足元の小枝が折れて落ちていく。
「おまわりさん、大丈夫―?」
男の子が心配そうに土方に声をかける。
「ああ、大丈夫だから、お前はもう少し木から離れてろ。真下にいると危ないぞ」
子供が土方の登っている木の下から移動したことを確認して、土方はまたゆっくりと移動し、慎重に手を伸ばした。
「あと少しだよ!」
細い枝は不安定で、少し動くだけで大きく揺れる。
このまま落ちたら、屯所の連中に何言われるかわかったもんじゃねえな。いや、そんなことより、もし落ちたりなんかしたら、あの子供がいらない罪悪感を持ってしまう。そっちの方が問題だと、土方は気を引き締めて、指の先に神経を集中させた。
風船の紐が土方の指に触れた。
やった!と思ったその時。
バサバサッ!
カァ!と、何か黒いものが風船に飛びかかってきた。
「なっ?!」
「おまわりさん、カラスが!」
カラスが一羽、風船を何かの敵とみなしたか、突然襲い掛かってきた。
「テメっ!なにしやがんだ、やめろ、この馬鹿ガラス!」
土方は急いで風船の紐を掴んで、手元近くまで引き寄せる。すると、カラスは風船を抱えた土方に襲い掛かってきた。
カア!カア!
カラスは凶暴で、執拗に風船をつつき、手で追い払おうにもなかなか離れようとしない。鋭いくちばしにつつかれ、土方の両手は何箇所も傷だらけになったが、土方は風船を守ることに必死で、自分が血を流していることにも気がつかなかった。
「てめえ!いいかげんにしやがれ!こ、の…っ!」
パァン!
土方は腕で風船を抱え込んだが、カラスにほんの少しの隙間からくちばしを突っこまれ、赤い風船は無残にも割れてしまった。
「あ…」
土方と、男の子が同時に落胆の声をあげる。
カラスは目的を達成したら用はないとばかりに、カァ!と一声大きく鳴くと、バサバサと飛び去ってしまった。
土方は割れた風船の残骸を握り締め、下にいる男の子が泣きそうな顔をこちらに向けているのを見て、情けない気分になった。
自分は、どうしていつもこうなのだろう。
こんな風に、何か人のためにやろうとしても、それが空回りになることが多いのだ。もともと不器用だという自覚はある。
少し前、禁煙令が布かれた時に行ったハメック星で、父を亡くして悲しんでいる少年に、ヌメヌメの父親を生き返らせてやったのだが、死者を冒涜するなと本気で怒られてしまった。
自分としては、たとえ外見がヌメヌメしていても、魂が大切な者本人なら、もう二度と会えない者とまた一緒に暮らすことができるのなら、それでもいいと思っていたのだが、他の者はそうじゃなかったようだ。
いや、そうじゃない。そもそもそんな姿の父親しか与えられなかった自分が悪いのだ。いい格好をして中途半端な結果しか出せないのなら、余計なことなどするものじゃない。
あんたって、心底バカじゃねえですか?
そうやって自分が何かする度に、何度も身近にいる総悟にあきれられたのに、あいかわらず自分はこんなことを繰り返してしまう。
――風船は、一度は手に出来たのに。
土方が地面に降りると、男の子は泣きもしないで何か言いたげに、じっと自分をみつめていた。
「悪かった。…これ、持って帰るか?」
土方は、割れた風船を男の子に見せた。これ以上、この子にかける言葉が思いつかない。
「…いらねえよな、こんなになっちまったら」
 風船の残骸は、あのハメック星のヌメヌメした父親より、ずっとみじめに見えた。
こんなことなら「そんなことできるか」と、最初に突っぱねてあきらめさせた方が良かったかもしれない。期待させるだけ期待させて、こんな結果じゃこの子が可哀想だ…。
ゴツッ!
自然とうつむいてしまった頭を、突然、誰かに後ろからゲンコツで殴られた。
「イテっ!誰だ?」
「はーい、みんなの万事屋銀ちゃんですよ〜」
土方が殴られた頭をおさえながら振り向くと、そこには眠そうな目の銀髪の男が立っていた。
「おめ…!」
何しやがる!と掴みかかろうとした土方の手が止まった。
銀時は左手にコンビニの袋、右手には、赤いハート型の風船を持っていたからだ。
「それ…!?」
「ああ、これか?さっきまで俺、デパートの下でプラカード持つバイトしててよ、バイト料と一緒にもらったんだ。けっこう珍しいよな、ハート型の風船なんてよ。
おら、ボーズ、風船だ。やるよ」
銀時が風船を差し出すと、男の子はぱぁっと明るい顔になり、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「おう、ちっちぇくせに、おじちゃんじゃなくてお兄ちゃんと言うとは、なかなか見所あるな、お前」
銀時がぐりぐりと男の子の頭をなでているのを見ながら、土方は、なんでこんな時にこいつが出てくるんだ?と、疑問に思う。だが同時に、こいつらしいと妙に納得もしていた。
こいつはいつだってそうだ。人が困った時に、その外見とは似ても似つかないくせに、まるでヒーローのように颯爽とやってくる。
そうして、人が欲しいと思ったものを、なぜかちゃんと渡せる男だった。
いや、最初は、ぐだぐだしてて人の話もろくに聞かないし、死んだ魚のような目をしてるし、いいかげんで覇気がなくて、到底信用なんてできそうにないダメ人間にしか見えないのだが、こいつは最終的にはかならず、「何か」やってくれる。
銀時とはまだ短いつきあいだが、自分が求めていたもの以上のものを与えてもらって喜んでいた者たちを、土方は今まで何人も見てきた。
現に目の前の男の子も、自分は悲しませることしかできなかったのに、銀時のおかげで明るい顔をとりもどして笑っている。
もしかするとハメック星のことだって、こいつだったら上手く本物の父親を与えて、皆を心の底から喜ばすことができたのかもしれない。
――まったく、俺とは真逆な男だぜ。
土方は靴を履き、刀を腰に差しながら、男の子と話している銀髪の男の後姿をしばらく見ていたが、もう自分はお役御免だと、黙ってその場を離れようとした。
その時、小さな手が、またしても土方の袖をつかんだ。
「お、お巡りさんのお兄ちゃんの風船もちょうだい!」
「え?」
「ほら、そのテメーが手に持ってる風船だよ。欲しいってよ、この坊主」
「あ、ああ」
銀時にせかされて、握ったままだった破けた風船を、土方は男の子に手渡した。
「ありがとう!」
男の子は風船の残骸をぎゅっと握り締め、嬉しそうに笑い、大事そうに服のポケットにしまいこんだ。
さらにその男の子は、土方の手を両手でしっかりと掴んで、真剣な顔で意味不明なことを言い出した。
「お巡りさんのお兄ちゃん、風船はこっちのお兄ちゃんにもらったから、もう泣かなくていいんだからね!」
「え…?泣く…?」
「ごめんね、手、ケガさせて。ボクんち来る?お母さんが手当てしてくれるよ?」
「はーい、ボクちんはその風船持って、とっととおうちへ帰れ〜。でないと、また風船がどっかに飛んで行っちまうぞ?
このお巡りさんは、俺がちゃんと手当てしとくから安心しろ」
銀時は男の子を土方から引き離し、軽く尻を叩いて、バイバイと手を振った。
男の子はなごり惜しげだったが、銀時の「また風船が飛んで行ってしまう」という言葉の効果は絶大だったようで、風船の紐を手にぐるぐるに巻きつけて、バイバイと手を振って走って行った。
「お兄ちゃんたち、ありがとう〜!」
途中何度も振り返り、その度にお礼を言いながら。
よかったな、と、あたたかい気持ちになって微笑む土方の傍で、銀時が盛大なため息をついた。
「はああぁーーー、こいつって本当にヤバイわー」
「?」
「な〜んであんなガキにまで、切な系のフェロモンたれ流してんだよ、オメーはよ〜。
アブねーよ、危なすぎるよ、まったくよ〜」
――はあ?
土方は、頭をガシガシ掻いてうなっている銀時を、不思議そうに見た。
「だいたいお前はお人好しすぎんだよ、あんな危ないとこに引っかかった風船、取りに行かねーだろ、普通?
ま、俺だってガキに頼まれりゃイヤとは言えないけどよー。
天下の真選組の副長様なんだから、下っ端連中引っ張り出して、一言命令すりゃいいだろーが。
な〜に裸足になって白い腕さらして木の上登ってんだ?
俺は真昼間から珍しいもの見て、魂抜けるかと思ったぜ!」
「バカヤロー、こんなくだんねぇことに、忙しいうちの組の奴らをいちいち呼び出せるか!
俺だって完全に無理だと思ったら、さっきのガキにあきらめさせる。でも、実際手が届く範囲だったじゃねーか」
「バカヤローはそっちだっつーの!
今にも落ちそうで、ハラハラして見てるこっちの身にもなれっての!」
「ああ?落ちそうになんかなってねーぞ!これでも俺は木登りは得意なんだ!」
「ああ、それは見ててわかったよ。意外な特技がわかって、ちょっとにやけちまったけどな」
いつもクールに構えてやがるくせに、こんな風に時々腕白小僧だった一面を見せられると、意外性があってたまんないんだよな〜と、銀時は小さな声でひとりごちた。
「はぁ?それよりお前、いったいいつから見てたんだ?」
「あ〜?おめーが木の下で靴脱いでる時から。
仕事終わってアイス買って、公園のベンチで食べようと思ってここに来たら、お前とさっきのガキが仲良く話してるの見かけて…って、いやいや、そんなことはどうでもいいんだよ!
なんでテメー、仕事一段落したのに連絡よこさねえんだ?」
突然話が変わり、土方はぎくりとした。
「言ったよな、お前。今回の仕事は大掛かりだから、当分会えない。だが、終わったらかならず連絡するって。
てめーらの仕事のことはテレビのニュースで報道されてたから、そろそろ余裕ができる頃だと思ってじっと待ってたのに、待てど暮らせど電話は全然鳴らねえし…テメェ、いったいなんで電話一本よこさねえんだ?
連絡入れるって言ったこと、忘れたのか?
それともまさか、俺の存在そのものを、忘れてたってわけじゃないだろうな?」
だんだんと不機嫌になって目が据わっていく銀時に詰め寄られ、土方は焦った。
連絡を忘れていたわけじゃない。もちろん会いたくなかったりするわけがない。この一ヶ月間、今日のようにふとした瞬間に、何度こいつのことを思い出しただろう。大事な仕事中に心を乱されてしまう存在なんて、忘れられるものなら忘れてやりたかった。そんな自分の気持ちなど、こいつは少しもわかっていない。
ただ、そのたった一本の電話をかけることが、自分にとっては清水の舞台を飛び降りるほどの覚悟が必要で、なかなかできなかっただけだ。
土方は、危うくいつものように反抗的なことを口走りそうになってしまったが、本気で銀時を怒らすとその後とんでもない目に遭うことは、過去、自分のカラダで嫌と言うほど身にしみていたので、ここは素直に謝ることにした。
「…悪かった」
「はぁ?悪かった?悪かったって一言かよ?
オメー、本気で悪いって思って言ってんのか?
あやまってりゃすむとか思ってんじゃねえのか?ごめんで済めば警察はいらねーんだよ、コノヤロー!」
「だから、俺がその警察だ」
「あーもう、わかってんだよ、そんなことは!
そんな定形文みたいな言い方一つでも、毎回可愛いって思っちまう自分に腹が立つぅ〜っ!」
ガシガシと、銀時は頭を掻きむしる。
ここはもっと怒らねえといけねえとこなのにぃ〜っ、なんだこいつ、久しぶりに見ると可愛すぎてヤバイんだよ〜っと、延々わけのわからないことを言って唸っている。
土方は、そんな銀時の奇行を不思議そうにじっと見ていた。これは、この二人が一緒にいると、よく見られる光景だった。
「俺はさぁ〜、正直楽しみにしてたんだよ。おめーから電話かかってくんの。
いつもいつも俺ばっか連絡してっからよ〜、お前からのお誘いっての、一度くらい聞いてみてえだろ?一ヶ月も離れてたんだから、お前もさすがに俺に会いたいと思ってくれるだろうと思ってよ。
なのに、電話は全然鳴らねえし、よっぽど自分からかけようかと思ったけど、いやいや、ここで負けたら一生お前からかかってこないぞ、我慢しろ、俺!って、そりゃあ必死で耐えてたんだぞ?」
そうだったのか。それでコイツから電話がなかったのか。どうして電話して来ないのだろうと思っていたが、そういう理由だったのか。土方は少しだけホッとした。
「まったくテメーは、俺にだけは相当冷てえよな〜。
さっきの餓鬼とか、見知らぬ人間には、びっくりするぐらい優しいのによ〜」
そんなつもりはない。いや、たしかにそうかもしれない。
土方は、べつに意識して人に親切にしようとか思ったことをないが、自分にとって大事な相手に限って素直になれない傾向がある。知り合ったばかりの近藤とか、ミツバとか、未だに喧嘩ばかりしている総悟とか。それは土方にも自覚はあった。
だが、それをどう伝えればいいのか、この場合はあやまればいいのか、ぐるぐると土方が考えている間に、銀時の話題はどんどんと先に進んでしまった。
「親切なだけならいいけどよ〜、オメー、なんだよ、さっきの顔は?
カラスに突かれて風船割れたのなんか、お前のせいでも何でもないのに、あんな辛そうな今にも泣きだしそうな顔して。
お前、あんなまだ五つか六つの餓鬼が顔赤らめて切なそうにテメーの顔見てるって、どんなだよ、おい?!
その上、『ボクんち来る?』ってナンパまでされちゃって、どんなお巡りさんだっつーの?
お前のフェロモンが性別不問なのは知ってたが、年齢まで不問だったのかよ?
こんなじゃ俺は、赤ん坊から注意しなきゃならねえってことなのか?オイ!冗談じゃねえぞ!」
全人類がライバルかぁ?と、延々と理解不能なことを言い続ける銀時に、土方はキレそうになる。
銀時の言葉の半分以上は意味がわからなかったが、何かとても理不尽なことを言われていることだけはわかった。聞き捨てならない言葉も聞いてしまった。
「ああ?誰が泣きそうな顔したって?」
「お前だ、お前。餓鬼も言ってたろ、泣かないでって」
「泣いてねえ!」
「泣いたかどうかが問題じゃねえんだよ。
テメーふだんはすました顔して顔色一つ変えないくせに、こういう時はびっくりするほど表情が変わって……って、あーもういい!こんなことテメーに言ってもわかりっこねえからな!」
実際、土方はそれほど泣きそうな顔をしたわけではない。わずかに眉を寄せ、目を伏せただけだ。しかし、その端正な顔は、そんなわずかな変化ですら雄弁に心情を語ってしまう。さっきの子供は、そのまっすぐな目で、的確に土方の気持ちをとらえただけだ。
そんな土方が無意識でしていることをとやかく言っても埒が明かないと銀時もわかっていたが、不満の一つも言いたくなるのは、やはりコイツが悪いんだと思ってしまう。連絡一つよこさないつれない恋人は、その魅力でいったい何人ライバルをつくる気だろうか?
「何わけのわかんねーこと言ってキレてんだよ?
テメーはさっきのガキにいいことしたんだから、それで満足しとけ!」
「いいことしたのは明らかにテメーの方だろが」
「あの子が欲しがってた風船をあげたのはお前だ。俺は割れた風船の残骸を渡しただけだ」
土方は眉をひそめ、視線を落とす。そんな様子を見て、銀時は少しだけ目を見張り、静かに笑った。本当にこいつは、自分のことは全然わかってない。
「…ばっかだなぁ、てめーは」
銀時は土方がむっとするようなことを言ったが、その顔は驚くほど柔らかで、土方は不覚にもドキリとしてしまった。
「さっきのガキが、お前が木の上からとってきた破けた風船を、わざわざ欲しがった意味が、まだわかんねえか?
後からのこのこやってきて代わりの風船持ってきたヤツのことより、赤の他人のためにてめえの身体を傷つけてまで自分の風船を守ろうとしてくれた人間の方が、誰だって心に強く残んだろ?」
そう銀時は言いながら、土方の腕をそっと手にとり、まだ血がにじみ出ている傷口に、自分の着物の端をあて、ゆっくりと血をぬぐった。
銀時はいつも口では人を突き放すような言い方をするが、こうやって人の傷や心を労わる時は、くすぐったくなるほど優しく接してくる。
土方は、自分の顔が熱くなるのに気づいて戸惑った。
「あーあ、こんなに傷だらけになっちまって。
くそー、あのカラス、今度会ったらただじゃおかねーからな」
土方は思わず噴き出した。
「お前、今度会ったらって、カラスに見分けがつくのかよ?」
「ああ?つくぜー。つけてみせるぜー。なんせ愛の力が違うからなー」
「ハッ。ウソくせー」
愛ってなんだよ、恥ずかしいヤツと、珍しく屈託なく笑う土方につられて、銀時も満面の笑顔になった。
「さっきの小僧、今日のことでもしかすると、将来真選組に入りたいって言い出すかもしんねーぞ?そしたらお前どうする?」
「どうするも何も、真選組は随時隊士募集中だ。歓迎するに決まってるだろう。ちゃんと挨拶のできる賢そうな子供だったしな」
「あーあ、だからオメーんとこは、副長命!のむかつくような輩が多くなんだな〜、やっぱお前アブねえよ、ホント〜」
「だから、何が危ないんだよ?」
「おめーに言っても、わかりませーん」
「なんだ、その言い方?喧嘩売ってんのか?」
「喧嘩は売らねえけど、損害賠償は請求するぞ、コノヤロー。
お前のせいで溶けたこのアイス、弁償しろ!」
銀時は手に持っていたコンビニの袋を、土方の顔の前にずいと突き出した。
「はあ?なんで俺がそんなもん弁償しなきゃならねえんだ?」
「そんなもんって言うな!
このアイスは本日の労働に対しての自分へのご褒美だったんだぞ?
それが木に登る副長さんなんて珍しいもの見てたせいで、こんなどろどろに溶けちゃって…あーあ、食えねえよなぁ、これ」
銀時はコンビニの袋の中を覗き込み、ため息をついた。
「自業自得だ、馬鹿。誰が見てろって言った」
土方が呆れて笑っていると、銀時はニヤリと笑ってこう言った。
「だって、仕方ないだろ?
『真っ赤なハートを真剣になって追いかけてる土方十四郎』なんて、夢の中でしか見れねえようなメルヘンちっくな場面を、この目で見ちゃったんだからよ〜」
「な…っ?!」
土方は、絶句して真っ赤になって固まってしまった。
「いや〜、可愛かったよな、一生懸命で〜。
真っ赤なハートを手を伸ばして追いかけて…。あ〜、いいもん見た。携帯持ってりゃ、写メったんだけどな〜」
ニヤニヤ笑う銀時の傍で、土方はさっきまでの自分の姿が、他人の目にどう映っていたか知って、消え入りたくなっていた。
こ、この俺が…ハートを追いかけて……!
わなわな震えている土方の手をとって、銀時は足取り軽く歩き始める。
「じゃ、行こうぜ」
銀時が向かう方向は、当然万事屋だ。
せっかく久しぶりに会えたんだ。この偶然を逃す手はない。もしも土方が文句を言えば、さっきの子供と約束した傷の手当を理由にすればいい。
だが、ひたすら自己嫌悪に陥って固まっている土方は、今自分がどこへ連れて行かれているかも気づいてはいなかった。

――本当に可愛い男だよ、オメーは。
お前のことを鬼の副長だなんて最初に呼んだヤツの顔が見てみたい。そいつはきっと目が節穴だったのだろう。
バカみたいにお人好しで不器用で…誰よりあったかい男。
たしかに一見冷たいように見えるけれど、中身はさっきの風船みたいに真っ赤なハートを持っている、こんな優しい男のことを。

手をつないで歩く銀時と土方の目の前を、さっきとは別のハート型をした風船が通り過ぎ、まっすぐ天高く昇っていった。



<終>





銀土オンリー「GH601」を記念して。
できあがってる二人の話です。オンリー後、らぶらぶな二人がどうしようもなく書きたくなって書きました。(あのたくさんのハートの風船は、見てるだけで幸せになりました♪)
2008.6.15