YOMODA YASHIKI






真選組屯所内は、朝からピリピリとしていた。
副長がなぜだか元気がなかったからだ。
土方が不機嫌でイライラして周囲の者にやつあたりをするのは日常茶飯事のことだから、皆もさして気にはしないのだが――いや、むしろ副長に怒られることを楽しみにしている輩もいるのが真選組の恐いところなのだが――今朝の土方は朝のミーティング時から口数が少なく、ミントンをして仕事をさぼっている山崎を殴ることもなく、廊下で沖田の危険なスキンシップをまともに受けて、あやうく本当に斬られそうになっても怒りもしなかった。
「山崎、さっさと仕事しろ」
「総悟、いいかげんにしろ」
とりあえずそんな返答はあるのだが、土方の心ここにあらずという様子は変わらなかった。
「なんでい、土方。俺のことを無視するたぁ、失礼なヤツだな、コノヤロー」
相手にされないくやしさに、次は何をしてやろうかと考えていた沖田に、同じく相手にされなくて気味悪く思った山崎が話しかける。
「沖田さん、副長、今日はどうしたんです?
また何か厄介な問題でも起きたんですかね?」
一見さぼってばかりで仕事をしていないかのように見える山崎も、実は立派な副長付監察方筆頭である。土方が沈んでいる時は、真選組か近藤が、何かヤバイ状況に追い込まれた場合が多いことを知っているのだ。
だが、近藤は今週はずっと屯所内にいるし、今日はいつものように朝から元気に大声を出しているから問題はなさそうだし、組全体が世間や幕府関係者ににらまれるようなことも、最近はとくに何もないはずだ。副長が心配するような案件は一つもない。
あと考えられるのは一つだけ…。だがそれは、山崎はあまり考えたくないことだった。
「厄介なのは、土方さんの心の中の問題だろ?
旦那と逢引して朝帰りして落ち込んでるなんて、どうせ派手な痴話喧嘩したに違いねーや」
ああ、やっぱりそっちだったかとがっかりしながらも、山崎は念のために確かめる。
「朝帰りって…最近は副長、それがバレないように、屯所に門番の係の者が立つ時間の前には帰ってきてたでしょ?なんでわかったんです?」
「ああ、今日は門番にしっかり見られる時間に帰ってきたんだ、あの人。
朝帰りで青い顔して帰ってきたもんだから、門番が慌てて俺んトコに報告に来たんだが、そんなの知ったこっちゃねえ。あんがいやりすぎて元気がないだけかもしれないってのに。
あー、やだやだ、これだから汚い大人は…」
汚い大人顔負けの真っ黒な心を持った少年がそう言うのもなんだが、それを聞いて山崎も内心「あー、やだやだ」と思った。
我らが敬愛する副長と、何かと真選組と縁のある万事屋の旦那――坂田銀時がつきあっていることは、今では屯所内の者は近藤局長と新人以外、皆知っていることだ。
隊士達にとっくに二人の関係を知られていることにも気づかず、こそこそと朝帰りを隠そうとする土方の態度は可愛らしいとは思うが、山崎は…というか、隊士のほとんどが、二人の交際を快く思ってはいなかった。
べつだん同性同士だからとかいう陳腐な理由ではない。あの副長には、相手が男でもアリか…と妙に納得させる部分があるし、実際屯所内にも、土方に懸想する男達がかなりいるのも事実だからだ。
だが、あの自分達の自慢の土方が、よりによってあの生活能力のない、だらしない糖尿寸前のマダオとつきあわなくてもいいではないか。
さらに監察方として言わせてもらえれば、真選組副長が名の知れた元攘夷志士と交際することは、副長の立場を考えると、あまり良いことではない。誰か真選組を煙たく思っている官僚にでも知られれば、苦しむのは副長だ。できればできるだけ早く別れてほしいと密かに願っているのだ。
それなのに、今日の副長の元気がない原因が、旦那との痴話喧嘩かもしれないとは…。
沖田が言うような「やりすぎ」では、あんなに落ち込むことはないだろうから、何かあったのは間違いない。だがそれが、応援したくもない色恋関係では、山崎としては手の打ちようがない。
はあぁー…っと、山崎が深いため息をつくと、自分の後ろから、同じように何人もの隊士達がため息をつくのが聞こえた。どうやら沖田と自分の会話を盗み聴きしていたらしい。
「副長が朝帰り?その上やりすぎだって?」
「相手はやっぱりあの銀髪なのか?」
「信じたくねぇ〜!いや、俺は信じないぞぉー!」
「くそぉっ、あの野郎!」
「俺たちの副長を…よくもーっ!」
「あの天パ、今度会ったらただじゃおかねぇ!」
だんだんと加熱していく副長シンパ…いや、すでにファンクラブと化しているような連中の声を聞いても、山崎はそれを抑える気分にはなれなかった。自分も同じ気持ちだったからである。
そうやって、屯所内は一部の隊士達の「万事屋許すまじ!」という、ピリピリとした空気が一日中流れていたのである。





一方、そんな隊士達の嘆きも決意も知らないまま、土方は自室で一人、物思いに沈んでいた。
片付けねばならない書類を前にしているのだが、目は字を追っているのに、一向に頭に入ってこない。
銀時に言われた「綺麗」という言葉がきっかけで、土方は今まで自分がしてきたことを、改めて思い出してしまったのだ。
普段はあえて意識の外に追いやっていることを、一度思い出してしまうと、歯止めがきかない。
裏切り者を密かに処刑した時のことや、騙して寝首をかいた男のことなど、次から次へと思い出したくないことばかりが脳裏に浮かぶ。
こんな時、近藤のそばに行けば、何も言わなくても近藤は落ち込んでいる土方を気遣って、肩でも叩いて励ましてくれるだろう。
また、今朝まで一緒だった銀時に会いに行けば、ヤツはヤツなりに様子のおかしい土方のことを心配して、またあいつお得意の例の方法で、心も身体も慰めてくれるに違いない。
だが、土方はどちらにもこんな弱っているみじめな自分は見せたくなかったし、どちらも「汚い自分」が甘えてはいけない相手だと思っていた。
とくに銀時には、こんな穢れている自分を知られたくないと強く思う。何も知らないあいつが自分のことを綺麗だと思っているのなら、ずっとそのまま誤解していてほしい。
銀時に「次会えるのは、いつ?」と聞かれて、「時間ができたら、俺から連絡する」と言っておいたのは、ちょうど良かった。こんなみっともない自分の姿を見せなくてすむ。
もし、今の自分があいつに会えば、なぜ土方が沈んでいるのか探りを入れられて、土方が隠しておきたいと思っていたことをすっかり暴いてしまうだろう。
懺悔のように銀時に自分の罪の数々を告白すれば、それで土方の気持ちは晴れるかもしれない。だが、銀時は土方の真の姿を知って、失望してしまうかもしれないのだ。
いつもつっけんどんな態度をとるくせに、本当は優しいあいつのことだから、自分に失望したとしても、この関係を続けてくれるかもしれない。
だが、土方は、そんな賭けはしたくなかった。
どうせ何日かたてば、忙しい仕事がこんな気分を忘れさせてくれるに違いない。ちゃんと立ち直った時、銀時に会いに行けばいい。
そう自分に言い聞かせて、土方は黙々と書類整理の仕事にとりかかった。





その日の夜、珍しく一仕事終えた銀時が、真選組屯所に着いたのは、九時を回っていた。
いつものように「こんばんわぁ〜」と、堂々と正門を通り抜けようとすると、門番の二人の隊士に襟首を掴まれて、入るのを止められてしまった。
「あれ〜?どうしたの、おたくら?そんな恐い顔しちゃってェ。
俺のこと、知ってるでしょ?万事屋銀さんって言ったら、局長、副長もよ〜く知ってる間柄でしょ?
今更不審人物ってわけじゃないんだから、ちょっくら入れてくれたって、かまわないんじゃないですか〜?」
「貴様ほど怪しい人間など、この世にはいない!」
「お前だけは、絶対にここは通さない!」
今日の門番は二人とも、副長ファンクラブの一員であったらしい。その二人の異様な迫力には、さすがの銀時もたじたじとなった。
「なになに、おたくら〜。銀さん、あんたらに何か悪いことでもした?
ああ、じゃあ俺、入んなくてもいいから、副長さん呼んで来てくれる?ちょっと話したいことがあんだよね…」
そう銀時が言った途端、一人がぶち切れた。
「貴様には副長は会わせん!
貴様のせいで今日の副長は元気がなかった!貴様が副長に何か悪いことでもしでかしたに違いないんだ!」
興奮した体格のいい隊士が銀時の胸元を掴み、銀時の頭をガクガクと揺さぶりながら首を絞めあげた。
「ちょ…っ、待っ…、苦し…っ!」
銀時の顔色がだんだんと赤から青に変わっていった時、屯所の中から救いの声がした。
「いいかげん離してやりなぁ。
べつにこのお人が土方さんに悪事を働いたかどうか、わかったものじゃねえだろ?」
「ですが、沖田隊長…」
助かったと咳き込みながら、銀時は不思議に思った。
自分はいつ、こんな一般の真選組隊士に恨まれるようなことをしでかしたのだろうか?
しかもこいつらは皆、気になることを言う。土方が…何だって?
「悪いね、総一郎君。
で、何?やっぱりあいつ、今日はどっかおかしかったのか?元気がなかったって、この人たち言ってたけど…」
「ああ、やっぱり旦那もちっとは心当たりがあるんですねェ。今日の土方さんは確かに変でしたよ。
最初は旦那と痴話喧嘩でもしたんだと思っていたんですが、その割にはひどく思いつめた暗い顔してたんで、ちょっとおかしいと思ってたんでさァ。
で、旦那は土方さんにどんなことを言ったんです?」
沖田の言葉に、銀時の方が驚いた。
「え…?そんな落ち込んでたのか?
俺はあいつのこと、『綺麗』って言っただけなんだけど…やっぱマズかったか、そんなこと言っちまったら」
口ごもりながら言った銀時の言葉に、今度は沖田の方が驚く番だった。
「なんでい、そりゃあ?そんな言葉なら、あの人は武州にいた頃から聞きなれてますぜ!
ま、あの人の場合、その手の言葉は禁句なんで、知ってるヤツは口が裂けたって言いませんけどね。
でも、今更旦那に言われたって、いつものように怒って刀振り回してボコボコにして終わり、になるはずなんですがねェ…」
「それが怒りもしなかったから、俺も変だとは思ったんだよな…」
「怒りはしなかったけど、気持ち悪くなったってとこですかィ?
旦那がそんな言葉使うとは、俺も到底信じられませんしねェ…へー、旦那、二人っきりの時はあの土方さん相手にそんなこと言ってんだ。いや〜、なかなか奇特というか、熱々というか…」
沖田のからかい口調と、その場にいた隊士たちのあっけにとられた表情にいたたまれなくなった銀時は、あせって先を促した。
「いいから本人に会わせてくれ。もしかすると、別のことで腹を立てちまったのもしんないし…」
「あいにく土方さんは中にはいませんぜ。今は夜廻り中でさぁ。
あの仕事中毒、身体を動かしてる方がいいって、夜廻り当番と勝手に変わって、さっき出かけちまったとこなんで」
―――それを聞いた途端、銀時は悪い予感がした。
銀時の直感はよく当たる。野生の勘に近いからだ。
「どっち方面に行った?」
急に表情を変え、真剣になった銀時に、隊士の一人がつい正直に答えてしまう。
「この時間なら、かぶき町一丁目辺りを巡回されていると思います!」
「一丁目だな?わかった!」
銀時は、走って土方の後を追った。
その姿を目で追いながら、沖田はぽつりとこうつぶやいた。
「何を悩んでたのかしんねえが、あの旦那がついてる限り、大丈夫そうだぜ。
土方さんもあんがい見る目があるみてぇだな…」





月明かりが煌々と輝いていた昨日とは違って、今日はそのせっかくの月を厚い雲が隠してしまい、不気味なほど真っ暗な夜が広がっていた。
土方はその中を一人、提灯の形をしたライトを下げて、黙々と歩いていた。夜の巡回は通常二人で行うものだが、一人になりたかった土方は、他の者とは別行動をとっていた。
もしかすると、なんとなく、こうなることを予期していたのかもしれない。
さっきから、土方の後をつけている影がある。一人ではない、二人、三人…おそらく、五人。
おそらく真選組副長の自分に恨みを持つ者たちだろう。土方は、常日頃から命を狙われていた。こんな人通りの少ないところで隊服姿で一人歩いていれば、そんな連中にとり囲まれたとしても、不思議ではない。
ザッと、空気が変わった。
土方はライトを消して、さっと物影に身を潜めた。瞬時に暗闇に目を慣らし、無言で自分に斬りかかる一つの影を、いつ抜刀したかわからぬ早さで、一刀のもとに斬り捨てる。
「うわあぁっ!」
暖末魔の声とともに、次の刺客がやってくる。
「死ねえ、土方ぁ!先生の敵!」
どうやら攘夷志士の一党らしい。おそらく土方が捕まえて、先日処刑となった者の仲間だったのだろう。
幸い声を発してくれたおかげで、暗闇の中でも相手の場所がよくわかった。土方は迷いもせず、その男を見事に袈裟斬りにした。
残るは、三人。土方の思わぬ強さに動揺しているようだ。しょせん実力のない田舎侍と、土方のことを侮っていたのかもしれない。
こちらは息も乱していない。震え上がっている三人などたやすいと土方は思った。これならかならず勝てる相手だ。
―――だから、一瞬、魔がさした。

…もしもこの顔に、大きな傷でもついたら、もう誰も自分のことを、綺麗などと言わなくなるのではないか?

銀時が綺麗だと思うこの顔に、傷がついて価値が下がったら、あいつは別れを切り出すかもしれない。
そうすれば、自分の薄汚れた心を銀時に知られる前に、二人の関係は終わる。
決して別れたいと思っているわけではないが、あいつに己の醜い姿を知られて失望されるくらいなら、今別れてしまった方がきっと楽だ。どうせいつかは別れる日が来る。
それならもうこれ以上、自分の執着が深まる前に、銀時を離したくないと思う前に、あいつを解放してやった方がいい。今なら自分の傷もまだ浅い。
―――それに、もし、銀時が、醜い顔になった自分さえも、変わらず愛してくれたなら…その銀時ならば、自分のこの汚い心も身体も、すべて受け止めてくれるかもしれないのだ。
…おそらく、そんなことはないだろうが。

―――土方は、誘惑に勝てなかった。
「死ねっ、幕府の犬!」
土方は、真正面から斬りかかって来る男の刀を、横によけず、後ろに下がってよけようとした。
土方の頭の上に男の刀の切っ先が煌く。
その時。
「何やってるんだ、土方ァ!」
ザシュッと、風を切る音と、ガッという鈍い音が同時にした。
「うがあっ!」
突然自分をかばって前に立つ男の姿に、土方は驚いた。
「万事屋…?」
「いいからちゃんと刀を構えろ!
まだあと二人いるんだぞ!」
銀時の言葉にハッとなった土方は、斜めからやってくる敵に刀を向け、構えた。
その時、ボタリボタリと足元に何かが落ちる音がする。何だろうと土方が思った時、さっ雲が流れ、月が現れた。
自分の前に立つ銀時が、左腕を押さえている。その腕が真っ赤に染まっているのが見えた。
「万事屋!お前、斬られたのか?」
それはおそらく自分をかばった時についた傷だ。土方を敵の刀から守るため、銀時は己の左腕でその刃を受け止めたのだ。
「かすり傷だ。いいから前向け。
よけいなこと気にしてっとやられっぞ」
土方は意識を前に戻し、斬りかかって来る相手と刀を合わせた。
何度かキン!という金属音がした後、ドッと男が倒れる。それとほぼ同時に、背中側の銀時の方からも「ぎゃあ!」という声とともに人が倒れる音がした。銀時が最後の一人を倒したようだ。
「終わったようだな」
「万事屋、腕…!」
土方が銀時の腕を止血しようと、自分の首のスカーフをほどいた時、バシッ!と、左頬を叩かれた。
「バカヤロオ!!」
銀時が真剣な顔をしている。
いつものしまりのない表情とはずいぶんと違う。どうやらひどく怒っているようだ。
突然のことに反応できず、ぼうっとする土方に、銀時はまくしたてた。
「お前、さっき、わざと斬られようとしただろ?
なんだ?自殺願望でもあんのか?
てめえ、あれだけ真選組、真選組って言ってるくせに、こんなとこで死にたいって、いったいどういう了見だ?」
銀時はどうやら誤解しているらしい。
「…死にたいと思ったわけじゃねえ…」
「だったらなんだ?てめー、軽くよけられるとこを、わざと斬られようとしただろ?」
そんなところを見せられた自分の気持ちなど、こいつは全然わかってないと、銀時は怒りを隠すことができなかった。間に合って良かった。あと少し遅かったら、こいつは無事では済まなかったはずだ。
しかし、なぜ土方はあんな馬鹿なことをしでかしたのか…銀時は不思議でならなかった。
「…顔を…」
「ああ?顔ぉ?」
「顔に……少し傷ができれば…って」
「はああぁ???」
銀時の力が抜ける。
目の前の土方は、今頃自分のとった行動を恥じているようで、赤い顔をしてうつむいている。その顔が妙に幼く見えて、銀時はそのまま怒り続ける気力を失ってしまった。
「…あ〜…、それって、もしかして…俺のせいか?」
「?」
「俺が、お前のこと綺麗って言ったから、それが嫌だったんだろ?
だから、顔に傷でもつけたら、そんなこと言われないって思ったのか?」
そうではない。だが、土方は、自分の気持ちを上手く説明することができなかった。
どう話せばいいのかと、じっと銀時の顔をみつめていると、それを肯定ととった銀時が、あ〜、う〜、と唸りながら、頭をかきむしり、おもむろに土方の方を向いて頭を下げた。
「悪かった!
お前がそんなに思いつめるほど、顔のこと気にしてるとは思ってなかったんだ。
でも、俺はお前のこと、女みたいに思ってるとか、お前の外見だけが気に入ってるとか、そんなんじゃないから!」
…そうか、そんな考え方もあったのかと、ぼうっとしたまま土方は聞いていたが、ぽたぽたと血が流れている銀時の腕に気がついて、慌ててスカーフで血止めをした。
「俺の方こそ悪かった。この傷、けっこう深いぞ」
「あー、このくらいどうってことないって。
それよかお前、顔、腫れてるじゃねーか…!」
土方の左頬は、さっき銀時が叩いた時から徐々に腫れあがっていた。今頃顔がじんじんとしたが、この程度、べつに大したことはない。
「あああ、せっかくの綺麗な顔が…!
あ、唇まで切れてる。悪い、そんな強く殴ったつもりじゃなかったのに…って、ああっ!違うからっ!全然綺麗な顔じゃないからって…いや、めっちゃ綺麗なんだけど!いやいや、だから綺麗ってもう言わないから!!」
わたわたと手を振り回しながら、よくわからないことを口走る銀時を、土方が目を丸くして見ていると、しばらくして、はぁーっと大きくため息をついたかと思うと、また土方の方を向き直ってあやまった。まったくせわしない男である。
「…悪いけど、俺、お前の顔のこと、めちゃ好きだから、これからも綺麗って言っちまうかもしんないわ。
でも、それで気を悪くしないでくれ。
だいたい俺、もともとお前に一目惚れしたんだからしょーがないだろ?
お前が嫌でも、俺はすごく好きなんだよ、その顔が!!」
最後の方、やけをおこしたように言われた言葉に、土方は驚いた。
銀時が自分に一目惚れ…?そんなこと、今まで聞いたことがない。
「え…?じゃあ、池田屋で刀を合わせた時にか…?
でも、お前、二回目に会った時、俺のこと、覚えてもいなかったじゃないか」
土方はその時のことをよく覚えている。自分は印象的な銀時のことを忘れられなかったのに、多串とやらに間違えられてショックを受けたのだから。
「あれはオメー、可愛い照れ隠しってもんだよ…。
それにああ言った方がお前、俺のこと意識してくれっだろ?」
銀時はちょっと赤くなり、口をとがらせてごにょごにょ言いながら、またも意外なことを告白した。
「かぶき町に住むようになった時、見廻りしてるお前を見かけたんだ。その時、瞬殺。
いや〜、あん時は大変だったなぁ。なんで男なんかに俺の自慢のセンサーが誤作動しちまったんだって、そりゃもう相当悩んじまった!
まぁでも、俺なんかと真選組の副長さんが出会うこともないだろうと安心してたのに、いろいろ巻き込まれちまって池田屋だよ。
片想いの相手に『喧嘩を楽しもう』とか言われて、刀で追いかけ回された男の気持ち、わかるか?
わー、目の前で喋ってるー、やっぱ美っ人〜vでも、俺出会った途端殺されそうなんだけどって、心臓バクバクでそりゃあもう大変だったんだからな!!」
なんだかしらないが、妙なことをいばられている気がする。
だが、こいつと話していると、だんだんと気分が軽くなっていくようだ。馬鹿が感染しているのかもしれない。一日中、考えても意味のないことを考えて、鬱々としていた自分はもっと馬鹿だったかもしれないが。
「そっか…一目惚れしたのか…。やっぱ悪趣味だな、お前」
「悪趣味とか言うなって。そんなに自分のこと悪く思う方が悪趣味っての。
ともかく、もう二度と、その顔を傷つけようなんてもったいないこと…いやいや、馬鹿なこと思うなよ?
…まぁ、顔に傷のついたお前ってのも、なかなかカッコイイというか、色っぽいというか、けっこう似あいそうではあるけどなぁ…」
たまらなくなって土方は吹きだした。
「ぷっ!なんだ、そりゃあ?」
珍しく声を上げて笑う土方に、今度は銀時の方が目を丸くする番だった。
土方は、おかしかった。
自分が考えていた以上に、こいつはでかい男だったのかもしれないと、今更気がついたからだ。
この男なら、土方の容姿がどうだとか、してきたことがどうだとか、そんなことどうでもいいと軽く笑いとばしてしまいそうだ。
綺麗も汚いも、可愛いも醜いも、こいつにはどうってことないのだろう。簡単に自分の懐の中に納めてしまえるのだ。
ああ、そうだ。だからこいつは万事屋なんてことをやっているんだった。老若男女、誰の悩みでも、何でもかんでも受け止められる度量があるのだ、こいつは。
そんな男だから、俺は―――。
土方はひとしきり笑った後、銀時の方を向き直ってこう尋ねた。
「…お前、そんなにこの顔が好きか?」
少し左側が腫れてしまっているとはいえ、その端正な顔を自分の顔に近づけられて、銀時はうろたえる。
「あ、ああ、好きだ!悪いか、コノヤロー!」
べつに喧嘩腰で答えるようなことではないのだが、こういう時には照れて格好をつけられないのが銀時という男だった。
「お前が好きなら、俺も好きになってやってもいい。
せっかくお前が怪我してまでかばってくれたんだ。とりあえず、もう傷はつけないから安心しろ」
こちらもとても自分の顔についての言い草には聞こえないが、これが土方の精一杯の譲歩だったのだろう。銀時は顔を崩して笑った。
深く意味を考えれば、これはとんでもない告白ではないだろうか。
あの土方が、銀時が好きというだけの理由で、どうやら長年コンプレックスだった自分の顔を大事にしてくれるというのだから。
「ひっじかたくーん。
君、けっこう銀さんに、惚れてね?」
調子にのった銀時は、軽口を叩いた。きっとこの後すぐに、土方から愛の鉄拳か刀をお見舞いされることだろう。
そう思って身構えていたのに、いつまでたってもそんなそぶりがない。どうしたのかと思って土方の方を見ると、じっと銀時の顔を見ていた土方が、ゆっくりと花がほころぶように笑い、口を開いた。
「――なんだ、そんなことも知らなかったのか?」

その笑顔は、言葉にできないほど「綺麗」で、またも銀時は、恋人に恋をしてしまったのだ。




<終>



ワタクシには語彙がない為、「綺麗」という言葉を使い過ぎました!すみません!!
しかも、シリアス書いてたつもりが、最後の方ギャグに…?その上時間がなかったから、はしょりすぎ…すみません。