| 「日韓青年合宿セミナー」通訳体験記 2001.8. 研修前半のメインイベント、「合宿交流セミナー」 7月13日(金)から15日(日)まで、「大韓民国・日本青年 合宿交流 セミナー」という国際交流事業の通訳をしました。 これは、社団法人日本経済青年協議会が主催する、JICA (Japan International Cooperation Agency 国際協力事業団)の 青年招聘事業で、公務員を中心に日本と韓国の若者、 約60人が一堂に会し、現代社会が当面する様々な問題に ついて話し合う、というものでありました。 韓国からの招へい青年たちの研修は、約1カ月に及び、日本各地を 見学するのですが、前半のメインイベントが、この日本青年たちと 合宿セミナーで、後半のそれが九州地方でのホームステイと なっていました。 韓国は8回目、今回が最後とのことでした。 参加者は、韓国が男性13人(平均年齢33.1歳)、女性11人 (平均年齢30.6歳)の合計24人。職業は、国家公務員9人、 公務員7人、ソーシャルワーカー2人、青少年指導員5人、教員1人。 一方、日本側は男性21人、女性12人。年齢についてのデータは 入手できませんでしたが、ほぼ韓国青年たちと同じくらいの構成 でした。ちなみに年齢制限なるものがあって上限が40歳でした。 日本からの参加者に40歳の男性の方がひとりいました。 体もとても大きく、日常会話には不足がない程度に韓国語が できました。研修所(相模湖トリム研修センター)へ向かうバスの なかで日本青年たち全員に「知っていれば役に立つ、韓国に関する 注意事項」なる自作プリントを配布して、説明するなど、じつに熱心で、 わたしは心を打たれました。 6人の通訳のなかの「黒一点」 13日午前9時、品川プリンスホテルに集合し、大型バス2台に 分乗して、まず東京韓国学園を訪問。校長先生の話をきいて、校内を 見学しました。この学校は、小中高とあり、もともとは在日韓国人の 子弟教育のために設立されたのですが、いまでは全校生徒の 約8割を韓国からの駐在員の子どもたちが占めている とのことでした。 1時間ほどで東京韓国学園を後にし、研修所に向かい、 13時過ぎに到着。すぐに昼食をすませ、14時から開講式を 行いました。参加者全員がマイクを手に立って挨拶し、 すべて日本語もしくは韓国語に通訳しました。 今回の通訳は、主として添乗業務を担当する人が2人、 会議の通訳を担当する人が4人、総員6人でした。ちなみに、 わたし以外は全員女性で、添乗業務担当の2人は日本人と 在日韓国人。わたし以外の会議通訳担者3人はみんな韓国人、 という構成でした。わたしは単独で仕事をすることが多いのですが、 このようにチームで仕事をする場合もあります。その際は、 だいたいこういう感じの構成になりますね。 黒一点。一生懸命、韓国語を勉強してよかったという思いと、 いつもひとりで歩いていかなければならない心細さが同居した心境、 と、いいますか…。 開講式が終わると、青年たちは、体育館で運動したり、この日の夜、 行われたパーティーの出し物の準備をしたりし、わたしたち通訳は 部屋で休みました。 18時半から歓迎パーティーを行い、20時半より自由時間と なりましたが、パーティーから自由時間への移行は「なしくずし」的と いう感じ、盛り上がった両国の青年たちは夜遅くまでみんなで 酒をくみかわし、身振り手振りをまじえてコミュニケーションしながら、 親交を深めました。 ダイレクトな国際交流ならではの「新鮮な驚き」 翌14日は、9時から18時まで、一日中、討論をしました。 テーマ別に4つのグループに分かれ、ひとつのグループに ひとりずつ通訳がつきました。わたしたち通訳は、朝から晩までの この討論会の全発言を、すべて相手国言語に変換するのでした。 ですから、そうとうタフな仕事になると思っていたのですが、 やってみると、案外、きつくありませんでした。青年たちは、すぐに、 通訳を介しての会議での発言のしかたに慣れ、早口で長々と しゃべったりせず、センテンスを切りながらややゆっくりのペースで 話してくれたので、通訳としては、頭をフル回転させながら 必死にメモをとる、というようなことをしなくてもすんだからです。 各グループは、それぞれ以下のテーマで話し合いました。 第1グループ 「教育について」 第2グループ 「文化について」 第3グループ 「平和について」 第4グループ 「環境問題について」 わたしは第1グループを受けもちました。 「教育」という大きなテーマを、学校崩壊、性教育、少年犯罪と いう3つのテーマにしぼって話し合いました。すべて非常に現代的で、 深い問題を内包していまして、わたしは青年たちの話を興味深く 聞きながら通訳しました。 討議は、まず現状認識、次に問題点の列挙、そしてその具体的な 解決策、というだいたいの流れで進められました。ご覧になって お分かりのように、ひとつひとつのテーマがそう簡単に分析して 解決策を出せるようなものではありませんから、青年たちは翌日の 発表会に備えて「それなりの形」にすることに苦心しました。 通訳として立ち会ったわたしは、日韓ともにかなりよく似た現状に あることに日韓の青年たちが新鮮な驚きを示した、ということが 印象的でした。 たとえば性教育の問題については、韓国青年たちは 「日本は韓国より性についてはるかにオープンな社会だ、 したがって個々の日本人もそういう考え方をしていて、日韓では 意識の差がそうとうにある」 と、かなり強い、同一の先入観をもって会議に臨んだのですが、 話してみると自分たちとそう変わらない、ということに改めて 目を開かれ、一方、日本青年たちは 「韓国は儒教の国だ。したがって性秩序には厳しい」 と漠然と思っていたところが、実際は「援助交際」など同じ問題を 抱えていることを発見する、というふうに。 こういう「新鮮な驚き」というのが、人と人とのダイレクトな 国際交流から生まれ、それが両国の相互理解、親善の スタートラインになるのだろう、と青年たちの表情を眺めながら、 わたしは思いました。 日本における韓国語の広がり 翌15日は最終日。9時から各グループが話合いの結果を 発表しました。発表者は、日韓それぞれ1人ずつ。 通訳は前日と同じ分担でした。 発表会は、12時ごろに終え、簡単な閉講式をし、昼食をとって、 13時過ぎに研修所を離れました。 15時に品川プリンスホテル到着。その場で解散となりました。 今回の合宿セミナーで、わたしが驚き、感動したことのひとつに、 日本青年のなかに韓国語のできる人が数人いたことでした。 これまで、こういう催しをすると、韓国側に日本語のできる人は いても、日本側には韓国語のできる人がいない、というのが 決まったパターンでしたが、今回は、逆でした。 この点については、韓国青年もびっくりしたみたいで、 閉講式の挨拶をした韓国の副団長がこの点にふれ、 「わたしたちもこれから日本語と日本文化についてもっと勉強します」 と、恐縮した様子で語りました。 もちろん現状を総体として見れば、まだまだ日本語のできる 韓国人はたくさんいても、韓国語のできる日本人はめったにいない、 という現実は動かしがたいのであって、この「合宿」での「逆転」は 一般的な現象ではない、ということは変わらないのですが、 それでも、日本における韓国語が、ごく一部の専門家や 研究者たちに限定されたものから、ふつうの人たちへの広がりを もったものになってきている、ということは実感できました。 チームで仕事をしたとき、わたしが日本人の「黒一点」でなくなる ときも、そう遠からず来るのかもしれない、と思いました。 |