約      束      の      樹






























「あっ、ホントだ・・・有る・・・」

お下げ髪の少女に手を引かれて、紅い髪の少女はその樹を見上げる。
青々とした葉の揺らぎ。

「ねっ?云った通りでしょアスカ。これが『約束の樹』よ」

洞木ヒカリは、ソバカスの乗る頬に笑みを浮かべる。
惣流・アスカ・ラングレーは、その笑みを碧眼に映して

「でも、この学校に通っていながらこんな樹が有るなんて全然気が付かなかった・・・」

「さあ、そんなこと云ってないで」

ヒカリは、アスカの両肩を掴むと、樹の下へと送る。
ざらりとした樹皮に背中が押し付けられる。

「ヒ、ヒカリっ!?」

「ほら、予行演習。やってみて」

「えっ?」

「えっ?じゃ無いでしょう。良いのアスカ?このままで」

「な・・・何がよお・・・」

「もおっ!碇君との仲に決まってるじゃない!」

頬をぷうと膨らませて俯くと

「シ・・・シンジとは幼なじみ以外の何者でも無いわよお・・・別にそれ以上のことは・・・」

「アスカっ!」

真っ直ぐに見つめる瞳。

「・・・このまま高校へ進学しちゃうと、クラスが離れ離れになっちゃうかも知れないのよ?・・・碇君が他の女の子を好きになっちゃっても良いの?」

「そ・・・その時はその時よ・・・」

「本当にそれで良いの?アスカ」

「・・・・」

「・・・ね?この樹の下で碇君にアスカの本当の気持ちを告白すれば、ふたりは永遠に結ばれるの。だからアスカ、勇気を出して」

「・・・うん」

俯いた顔を上げる。

「・・・ホントに予行演習するの?」

「するの。いきなりじゃアスカだって無理でしょう?」

「そ、それはそうだけど・・・」

「は・や・く」

両手をぐっと握る。

「シ、シンジ・・・あ、あたし、ホントはシンジのことが、す、すすすす、す・・・」

ちらりとヒカリを見る。

「ほら、アスカ」

目をつぶる。

「す・・・好き・・・なの」

「そうそう、その調子!いいアスカ、今碇君呼んで来るね!」

「えっ!?も、もう!?」

「善は急げよっ!」

「ち、ちょっとヒカリ〜っ!」

校舎へ向かって走り去る。

「・・・何だか・・・ヘンなことになっちゃった・・・」

樹の根元にぺたりと腰を下ろす。

「・・・フツー告白ってオトコの方からするもんよね」

遠くに校庭に遊ぶ歓声たちが聞こえる。

「何であたしがシンジに告白しなきゃいけないのよ」

ざわざわと風が樹を騒がせる。

「そうよっ!何であたしがあいつの彼女になんなきゃいけないのよっ!」

地面に影がゆらゆらと揺れる。

「あいつが土下座して頼むってんならまだしも・・・あ〜あ、バカバカしいったらありゃしないわっ!」

立ち上がろうと顔を上げると、目の前にひとが立っている。
銀髪を風になびかせ、杖をついた老婆。
手の鮮やかな花束の色彩が眼鏡を照らす。
ゆっくりと立ち上がるアスカに、老婆はきょとんとして

「お嬢さん、この学校の生徒さん?」

「は・・・はい、そうです・・・けど?」

皺だらけの顔に微笑みが満ちる。

「じゃあ、後輩さんね」

「え?じゃあ、お婆さんは、この学校の卒業生?」

「フフ、そういうこと」

アスカはぽんぽんとスカートの後ろをはたく。

「お嬢さん、悪いけど、ちょっとそこをどいてくれるかしら?」

アスカが訝りながら樹の根元を空けると、老婆は花束をそっと手向ける。

「?・・・お婆さん、まさか・・・」

顔を覗き込む。

「こ、この樹の下に誰か埋まってるんですか!?」

「あらやだ、フフフフフフッ」

お腹を押さえ、小刻みに杖を揺らす小さい身体。

「はあ・・・大丈夫、誰も埋まってやしませんよ」

そっとアスカに顔を向ける。

「・・・この樹はね、お爺さんとの想い出の樹なの」

「お爺さんって・・・もしかして、お婆さんも、この樹の下で告白したんですか?」

視線はアスカを越えて行く。

「いいえ、わたしが告白しようと口篭ってたら、お爺さんの方から云ってくれたのよ」

「そうなんですか・・・」

「うれしかったわ・・・」

老婆の顔が幸福に眩しい。

「同い年なの」

「え?」

「同い年なのよ。この樹と、お爺さんとの恋」

「じゃあ」

皺枯れた手が、愛おしそうに樹の肌に触れる。

「・・・卒業記念植樹で、若い苗木が植えられた日に、その前でお爺さんは約束してくれたの・・・」

アスカを振り返る。

「・・・永遠に、このわたしを愛すると・・・」

ぽりぽりと腕を掻きながら、アスカはニヤついて

「い・・・良いですね〜アツアツで。今でもさぞかし・・・」

俯く老婆。

「?・・・お婆さん・・・」

アスカに背を向ける。

「お爺さんはね、亡くなったの・・・三日前に」

「え・・・」

「寿命だって・・・自分で云ってたわ・・・」

「それで・・・花を・・・」

「ええ・・・想い出の樹ですもの・・・」

ゆっくりと振り返ると、やさしい微笑みは涙を輝かす。

「やさしいひとでしたよ・・・臨終の床でわたしの顔を撫でてね・・・」

アスカの頬を老婆の手がやさしく撫でる。

「お前も歳をとったなあって・・・そしてね・・・」

じっと見つめる。

「でも、僕はお前の中に居る、あの明るくて、活発で、美しい太陽のような少女をいつでも見ていたんだよって・・・そして、僕はその少女にいつでも恋をしていたんだよって・・・云ってくれたのよ・・・」

アスカの頬を伝う涙が、枯れた手を潤す。

「そしてこれからも、永遠に恋し続けるって・・・最期にそう云って、息を引き取ったの・・・」

「・・・そう・・・だったんですか・・・」

眼鏡を取り、ハンカチで涙を拭う。

「ごめんなさいね・・・こんな話しちゃって」

「いえ、良いんです・・・じゃあ、終わっていないんですね」

「え?」

手の甲で涙を拭うと、アスカはにっこりと微笑む。

「お爺さんとの恋・・・この樹のように、生き続けるんですね・・・これからも」

「ええ・・・いつまでもね」

ざわざわと波打つ葉影に花びらは陽の光を染める。



誰も居ない教室のヒカリの机の上。
ヒカリの鞄の横に腰掛ける、ジャージ姿の少年。

「あら?・・・鈴原、碇君は?」

入って来るなり、ヒカリはその背中に訊ねる。
鈴原トウジは振り返ると

「イインチョか・・・云われた通りに卒業式終わってから引き留めといたんやけど、惣流を探す云うて出て行きよった」

「え?アスカを?・・・じゃあ、もし碇君に会ったら、アスカが『約束の樹』の下で待ってるって伝えてくれない?」

「『約束の樹』の下?・・・何や、あない小さい木の下で待てるんかいな?」

「え?」

「何ケツネにだまくらかされたような顔しとんねん。今朝植えた記念樹やろ?『約束の樹』ぃて」

「そんな・・・そんなはずは」

駆け出そうとするヒカリの腕を掴む。

「イ、イインチョ、は、話があんねん・・・ええか?」



「アスカ、ねえ、アスカ・・・こんなとこで寝てると風邪ひくよ」

「う〜ん・・・」

薄目を開けると陽光にひとかげが差す。
覗き込む少年。

「え・・・シンジ!?」

がばと起き上がると、芝生の日陰。
目の前には、小さな苗木がヒモで囲われている。

「アスカ・・・どうしたの?こんなとこで」

「な、何でも無いわよ。ちょっと疲れちゃっただけ」

不思議そうな碇シンジの視線から目を逸らす。

「はあ、ま〜ったく卒業式なんて疲れるだけよね。泣いてるやつの気が知れないわよ」

「そ、そう・・・。はい、アスカ」

シンジの差し出した手を掴むと、立ち上がる。
髪、背中、スカートの後ろをぽんぽんとはたく。
俯く。

「・・・・」

「?・・・どうしたの、アスカ」

「シンジ・・・」

青い視線がシンジを捕らえる。

「シ、シンジ・・・あ、あたし、ホントは・・・」

「アスカ!」

両肩を掴む。

「え?」

見つめ返す。

「ア、アスカ・・・ぼ、僕、ホントはアスカのことが、す、すすすす、す・・・」

「・・・シンジ・・・」

「す・・・好き・・・なん・・・え!?」

シンジの背中に手を回し、肩に顔を埋める。

「アスカ・・・」

「判ってた・・・」

「え!?・・・ホントに!?・・・」

「ホントよ・・・あんたの考えていることなんて、ぜ〜んぶお見通しなんだから」

アスカの背中に手が回る。

「僕はね、アスカ・・・」

「云わないで・・・とっておいて・・・」































僕はいつまでも君に恋しているよ、アスカ。








































<おしまい>




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