誰も機械から逃れることは出来ない。

機械だけが、人間を宿命から逃れさせてくれるのだから。

トリスタン・ツァラ










































『こちらTRY-X、ベルビアどうぞ』










『こちらベルビア、TRY-Xどうぞ』










『当機の現在の制御状況の報告を願う、どうぞ』










『神経接続良好。双方向回線パルスに若干のノイズが見られるが、コントロールに支障は無い。極めて順調だ。どうぞ』










『了解。現在南極上空を飛行中。A-51からB-52までのソルト・ピラーを通過。極点まであと1200』










『了解。あと20でモード移行テストを実施する』










『ん?・・・あれは・・・』










『何だ、どうした。どうぞ』










『・・・いや、そんなバカな・・・モニターの故障か?』










『こちらでは外部モニター関係の故障は確認されていない。どうぞ』










『・・・じゃあ、あれはいったい?』










『何か見えるのか。どうぞ』










『・・・陸地が見える』










『何?そんな馬鹿な。こちらでは何も確認出来ないぞ』










『いや、陸地だ。そこで何か・・・光ってる』










『光?』










『大きな・・・光る・・・ひと?』










『な、何ぃ!?』










『あ、あれは・・・わ、わああああぁぁぁぁっっっっ!!!!』










『おい、どうした、TRY-X!応答せよ!TRY-X!』








































↑  S  p  i  n  n  e  r 

UNIT-1










































「・・・と、云うわけだ」

椅子に座った男は、暗い軍服をぐるりと机に向ける。
リモコンを握ると、明かりが照らす。
机の前に直立する青年。
じろりと見上げる。

「・・・日向一尉。今回、君をここへ呼んだのは他でもない、このことに関して極秘任務を頼みたいからだ」

「は・・・はあ・・・」

日向マコトは眼鏡をくいっと持ち上げる。

「しかし司令官、この新型戦略偵察機の事故に関してなら、すでに事故調査班が報告書を作成したはずですが・・・」

「ああ。公式にはパイロットの一時的な精神の混乱と云うことになっている」

机の抽斗からパイプを取り出す。

「あ、良いかね?」

「あ、はい。・・・公式って・・・じゃあ真相は違うと?今拝見した記録映像にも何も異常は認められませんが・・・」

パイプに火を付け終わると、ゆっくりと煙を吸い込む。
云葉と共に吐き出す。

「・・・事故機の残骸は10時間後に見つかった。そして、これは発表されていないが、パイロットはエントリープラグと共に射出、生命維持機能により無事だったのだ」

「・・・じゃあ、彼の証言は得られたのですね?」

「ああ。克明に話したよ。・・・何を見たのかを」

再びリモコンを握る。
暗転する部屋。
男の背後の壁面に、その光景が映し出される。
見開かれたマコトの目。

「・・・こ、これは・・・」

吹きすさぶ吹雪。
白く荒れた氷の大地に、ゆっくりと光が立ち上がる。
長い腕。
虚無の瞳。
巨大なひとがた。
パイプの煙が影を落とす。

「・・・セカンド・インパクトの映像だ。君もネルフの人間なら、一度は見たことが有るのでは無いかな?」

「は・・・はい・・・」

震える身体から伸びる腕。
ゆっくりと眼鏡を外すと、顔の汗を拭う。

「・・・どうかしたのかね?」

「あ、いや、何でも有りません」

眼鏡をかけ直す。

「・・・それで・・・この映像が?」

「・・・パイロットが見たのは、まさにこの映像だったのだ。つまり、操縦中の彼の頭の中に、この映像がそのまま流し込まれたわけだな」

「ええっ!?・・・そんなことって・・・」

映像は明かりにかき消される。

「・・・わたしも信じられなかったが、これが真相であると強固に主張する者がおってな。君をこの任務に推したのもその者だ」

「だ、誰なんです?」

「技術部のバイトじゃよ」

「ば、バイトぉ!?」

「入りたまえ」

ドアが開く音。
振り返る。
ジーンズにTシャツ。
肩まで伸びた髪。
薬指に輝く指輪。

「マ・・・マヤちゃん!?」

「お久しぶりです日向さん」

「・・・バイトって・・・君?」

「はい・・・そうなんですぅ」

男はがたりと立ち上がる。

「東部方面軍司令官として日向一尉に任命する。至急、この事故の原因を究明し、再発を防止せよ」

「え、あの、それは・・・」

「詳しい説明はその伊吹マヤ君に受けたまえ。以上だ」

「そ・・・そんなあの・・・」

傍らを見る。
申し訳無さそうなマヤの顔。
マコトの肩はがっくりと落ちる。



冷たく延びる廊下。
つかつかと歩くマコトを速足で追いかける。
マヤは顔を覗き込んで

「あの・・・日向さん、怒ってます?」

立ち止まる。
ため息。

「・・・怒ってない。怒ってないよ。ただワケが判らないだけで」

「すいません・・・ラボで詳しく説明します」

「しっかし・・・」

ゆっくりと歩き出す。

「・・・司令官も、良く君の云うことを聞く気になったな・・・悪いけど、バイトだろ?」

「はあ・・・司令官も何かおかしいとは感じていたみたいです。でも、公式な報告が為されてしまった今、司令官と云えども表立って動くわけにはいかないみたいで・・・」

小声で

「・・・まあ、ことがMAGIの存続にかかってますし・・・」

「え?何?」

「あ、いや、何でも無いですぅ・・・」

マコトはちらりと見やる。
薬指の指輪。

「・・・それ、あいつから?」

「え?・・・あっ」

右手で隠す。

「隠すことないだろ〜。・・・もう決まったの?」

「そんな、具体的にどうとかは・・・ただ、約束しただけで・・・」

「ふ〜ん・・・小心者のあいつが思いきったねえ・・・」

「でも、意外に大胆ですよぉ・・・はっ」

マコトに向くと、好奇に満ちた瞳の輝き。

「いいやだっそそういう意味じゃないですよっち違いますぅ」

「・・・はいはい、ごちそうさま」

真っ赤にゆで上がる顔を被う髪。

「♪君の髪〜が〜肩まで伸びて〜・・・はは、逆か」

「はい?」

「いや、あいつフォークもいける口かと思ってね」



ドアが開くと、暗い空間。

「・・・え?マヤちゃん、誰も居ないの?」

「はい・・・誰も居ません」

スイッチを入れると、広いラボが照らし出される。
中央に横たわる、赤く大きな円筒。

「ち、ちょっと待ってマヤちゃん、俺たちだけでやるの?」

「はい。わたしたちだけでやるんです」

マヤは制御卓のいくつかのボタンを操作する。
低い機械音が徐々に音程を上げる。

「・・・今回は、出来るだけ最少人数で行いたいんです」

「・・・何故?」

椅子を滑らす。

「・・・どうぞ」

マコトが座ると、ため息をついて自分の椅子に腰を下ろす。

「・・・あの偵察機については御存知ですよね?」

「ああ。エヴァの技術を応用した、初のイマジンターフェイス制御機だろ?」

「はい。そして、その制御を地上のMAGIタイプがアシストするかたちになってるんです・・・」

「・・・まさか・・・」

俯くマヤ。

「・・・これはネルフの技術部では公然たる秘密になってたんですけど・・・MAGIタイプにはバグが有るんです」

「おいおい・・・初耳だぞ?ホントに?」

「・・・でも、はっきりしないんです。センパイが何度スキャンしても異常は見つからなかったし・・・」

マコトは眉をひそめ、腕を組む。

「・・・で、どんなバグなの?」

「・・・『スピナー』って呼ばれてました。接続した論理回路に侵入して、ニセの情報を植え付けるんです。そうして認識を誤らせる。そんなに頻繁に起こるってわけじゃなくて・・・ごく稀に起こるんですけど、原因不明なんです。だから、技術部ではMAGI自体のバグじゃないかって・・・」

「・・・じゃあ、今回はそれが人間相手に起こったってことか・・・」

「ピンと来たんです。あれだって。・・・ライブラリの情報を植え付ける手口と云い・・・そっくりなんです」

「・・・あの映像さあ・・・」

「え?」

立ち上がるマコトを見つめる。

「あのセカンド・インパクトの映像。あれ、・・・親父が撮ったんだ」

「ええっ!?」

「・・・ネルフ時代に何度も見たよ。親父の形見なんて何も無かったからね・・・」

「・・・そうだったんですか・・・」

マコトの顔の寂しげな微笑み。

「・・・なるほど、騒ぎを大きくしたくないワケだな」

「え?・・・あ、はい、そうなんです」

「MAGIタイプは今やあらゆるところで重要な役割を担っている。それが爆弾を抱えてるとなると・・・」

「はい・・・パニックは免れません」

「判ったよ。・・・で、俺は何をすれば良いワケ?」

「あれです」

指差す先。
鈍く光る赤い円筒。

「!?・・・ま、まさか!?」

「テストプラグで・・・そのお・・・MAGIタイプにダイヴしてもらいたいんです」

「ええっ!?」

「日向さんは経験者でいらっしゃいますよねえ」

「け、経験って・・・あれは単にしょうがなくてやったまでで・・・」

「充分です」

マヤが卓を操作すると、プラグのハッチが開く。
クレーンアームが、インテリアを摘出する。

「・・・エヴァと同じ本格的なフィジカルハーモニクス方式ですからダイブは簡単なはずです」

「しかし・・・バグを発見したとして、どうすれば・・・」

「バックアップのMAGIが解析します。バグフィックス・パッチ作成のためのデータを収集するだけ良いんです。危険は有りません」

「バックアップのMAGIって?」

「UN IIの生物工学研究所に協力を頼んであります」

「・・・ってことは・・・」

「はい。・・・MAGIオリジナルです」



「・・・も、もう良いですか?」

操作卓の前でマコトに背を向ける。

「あ、ああ、今インテリアに座ったとこ」

「・・・すいません、プラグスーツ間に合わなくて・・・」

「い、いやあ、女性の前で裸になるのは慣れてるよあはは・・・」

「・・・フケツ」

スイッチを押すと、インテリアが持ち上げられる。
ゆっくりとプラグに収まる。
ハッチが閉まる。

「どうですか、日向さん」

『あ、いや、中々快適だよ』

「じゃあLCLを注水します」

『え?いきなり?ち、ちょっとま・・・がぼがぼ』

マヤは次々と立ち上がるホログラム・ディスプレイを見つめる。

「A10神経接続、異常無し。思考言語は日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題無し。日向さ・・・」

『がぼがぼ』

「・・・問題無し」

時計を見る。

「・・・日向さん、まず、MAGIオリジナルとの双方向回線を開きます。ドア・イメージ展開」

『がぼがぼ』

荒い息をするマコトの顔。

「どうですか?日向さん」

『ごぼっ・・・ああ、見える。あの時と同じだ。ドアが沢山見える』

「今インデックスを構築します」

かたかたとキーボードを鳴らす。

『・・・廊下になった。廊下の両方にドアが並んでる』

「ガイドを出します」

かたかた。

『・・・これは、猫?』

「はい。ピート君です。かわいいでしょ?」

『はあ・・・まあ・・・じゃあこいつについていけば良いのね?』

「はい。・・・日向さん」

『何?マヤちゃん』

「日向さんも、ヘッドセットがお耳みたいでかわいいですよ」

『・・・・』

ディスプレイに赤いシグナル。

「あら?」

『ん?どうしたマヤちゃん』

「双方向回線パルスに、多少ノイズが見られるんです・・・でも、支障は有りません」

『そう。・・・あ、猫が止まった。ドアをがりがり掻いてるよ』

「それです。開けて、回線を開いて下さい」

『了解。開けます』

空中のノブをひねる。

『・・・え・・・』

「?・・・どうしました?」

マヤの前に、新しいウインドウが立ち上がる。

『マヤっ!』

白衣。
金髪。
泣きぼくろ。
赤木リツコ。

「セ、センパイっ!」

『マヤっ!ダメっ!それはスピナーよっ!』

「ええっ!?日向さんっ!」

ディスプレイを見る。
ゆっくりと沈んで行くヘッドセット。
誰も居ない。

「日向さん・・・日向さんっ!」

キーを叩くと、無数のディスプレイが立ち上がる。
あらゆる方向からプラグ内部を映す。
誰も居ない。

「・・・日向さん・・・」

椅子からずるずると滑り落ちる。
床にべたりと座る。
ウインドウの中のリツコが呟く。

『・・・取り込まれた・・・か・・・』









































<UNIT-2へつづく>




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