そ ら の い ろ 、 う み の い ろ 。






























「アスカちゃん、学校遅れちゃうわよ」

うるさいわねえ。

「ほら、早くごはん食べなさい」

ちょおっと待ってよっ。乙女の身だしなみは時間が掛かるの。

「はあい」

ドアに向かって、気の無い返事をするあたし。

後ろ手に紅い髪を結わく、鏡の中の制服姿のあたし。

今日もバッチリ、明るく元気に美しく・・・とは行かないか。

せっかくのクリスマスだってのに、家族も揃わないなんて・・・。

まあったくパパもママもworkaholicよね。

「アスカちゃんっ」

今行くってば。

「キョウコ、良いじゃないか。今日は終業式なんだし・・・」

「もう、あなた。終業式に遅れてどうするんですか」

「まあ、それもそうだが・・・アスカももう14歳だ。ちゃんと考えてるさ」

「あなたがそう云う甘い顔をするから・・・」

「おっと時間だ。じゃあ、あの事は頼んだよ」

「ちょっとあなた・・・」

はあ・・・パパも相変わらず弱いわねえ・・・。

部屋のドアを開けたら、パパが出掛ける音がした。

リビングに顔を出すと、スーツ姿のブスっとしたママ。

「おはようママ」

ママを見ないでイスを引く。

「アスカちゃん」

「いいわよ会社に行っても。あたしは式に間に合えば良いんだから」

「そう云う問題じゃないでしょ」

「そう云う問題なの」

イスに座ると、テーブルの上の冷め始めてるトーストを齧る。

「まったく・・・じゃあママは出掛けるけど、あの事宜しくね」

「んぐんぐ・・・え?あの事・・・って?」

「もう、昨日頼んで置いたじゃない」

昨日?・・・

「・・・何だっけ?」

「忘れたの?お墓参りよ」

「あーはいはい、おばあちゃんのお墓参りね」

「電車賃渡したでしょ?」

「はいはい確かに承りましたでございまふ・・・」

二口目。

「パパもママも行けないから。お願いね」

「ふぁい」

心配そうな目をしながら、玄関に向かうママ。

・・・クリスマスをドタキャンしといて、ずーずーしーってのよ。

お陰で、今更デートの約束も取り付けられないじゃない。

このアスカ様がさびしークリスマスを過ごすなんて、何かの悪夢よね。

・・・でもアスカちゃんはよいこなので、お墓参りに行くのであった。

「ま、しょーがないか」

ママが出掛ける音がした。








































クリスマスだなんて、また忙しい時に死んでくれたもんだわ。

おまけにお墓まで遠いんだなこれが。

特急リニアの車窓に流れる風景が、暗くなった。

かすかに聞こえる、トンネルを通過する音。

暗い二重ガラスに、こっちを見てるヒトが映る。

振り返ると、通路を挟んだ席からお婆さんがあたしに微笑み掛けてる。

「あ・・・あのお・・・あたしに何か?」

「あなた・・・アスカちゃんね?」

え?

「ど、どうしてあたしの名前を・・・」

「そっちに行って良い?」

「え?あの、ちょっと・・・」

ガラガラの車内に杖を突いて立ち上がると、あたしの隣りへと座った。

白いワンピース。

青みがかったきれいな銀髪。

メガネの奥の、透き通った紅い瞳。

「あの・・・」

お婆さんは微笑んで

「驚かせてごめんなさい。わたしはあなたのお婆さんの親友だった者なの」

「え?おばあちゃんの?・・・じゃあ、もしかして・・・」

「そう、お墓参り」

そう云いながら、あたしの顔をじっと見つめる。

「あ、あの・・・」

きれいな顔立ちに、優しい瞳。

「あのー、・・・あたしの顔に何か付いてます?」

「ホント、彼女にそっくり」

「え?」

「だから判ったの。あなただって」

「そ・・・そうなん・・・ですか・・・」

あたしとおばあちゃんって・・・似てるんだ・・・。

「・・・そう云えば、名前が同じだって・・・」

「ええ。髪の色も、瞳の色も、おんなじ」

お婆さんは、思い出そうとするように目を閉じた。

おばあちゃん・・・。

・・・あたし、おばあちゃんのこと、何にも知らない・・・。

「あたしが物ごころ付く頃には、もう居なかったんです・・・おばあちゃん」

「病気で亡くなったの・・・」

お婆さんは、目を閉じたまま、俯いた。

「ご主人と別れて、あなたのお母さんを女手ひとつで育てながらの激務だったから」

「激務・・・仕事は何だったんですか?」

「最後は、大学付属の研究所よ。所長をしていたの」

「所長さんですか・・・偉かったんだ・・・」

「いつも予算が無いって嘆いてたわ。フフ」

目を開けると、笑顔をこっちに向けて

「自分の研究の重要性が判らないヤツはバカだって」

「バ、バカ・・・ですか・・・」

また随分と豪快なヒトだった・・・ワケね。

「わたしもそう思うわ。同じ研究をして居たから」

「同じ職場だったんですか?」

「いいえ。違う組織だったけれど」

「・・・それで、一体何の研究・・・」

その時、アナウンスが流れて、リニアは駅に滑り込んだ。

「さあ、行きましょう。彼女たちが待ってるわ」

「あ、そ、そうですね」

・・・彼女“たち”?

リニアが止まったのを確認すると、お婆さんはゆっくりと立ち上がった。








































潮の香り。

きらきら光る、きれいな海。

何年か前に一回来ただけだけど、その時も海に見とれてた。

並ぶ黒い金属の墓標も、まるでじっと海に見とれてるみたい。

何人も、何十人ものヒトが、海を見つめて、立ち尽くしてる。

そうね・・・。だから、ヒトはココに来ると、死に近くなる。

死者は、わざと生者をココに招いて、死に近くする。

海に見とれてる限り、生者は死者と同じなんだ。

そうやって、やっと、逢えるんだ。

・・・ね、おばあちゃん。

海から、目の前の墓標に視線を戻す。

「・・・ソウリュウ・アスカ・ラングレー・・・」

刻まれた名前。

あたしと同じ名前。

・・・ちょっと会いたかったかな。

そんなこと今まで考えもしなかったけど。

でも、きっと美人よね。

「・・・あたしにそっくりなら」

ふと見ると、二、三列前の墓標に、さっきのお婆さん。

ふたつ抱えた花束のひとつを供えてる。

・・・おばあちゃんのお墓参りだけじゃなかったのか。

彼女“たち”って云ってたし・・・。

お婆さんは頭を垂れて墓標の前に佇んでた。

しばらくして顔を上げると、杖を突いてゆっくりとこちらへ歩いて来る。

「・・・どなたのお墓なんですか?」

お婆さんは、歩きながら優しく微笑むと

「・・・男の子」

「男の子?」

「・・・ずっと昔に死んだ、男の子」

あたしのところまで来ると、もうひとつの花束をおばあちゃんに供える。

そのまま墓標をじっと見つめながら

「・・・彼女の、好きだったひと」

「おばあちゃんの?」

「ええ、そうよ。・・・彼女が、忘れたかったひと」

お婆さんは、目を閉じる。

「そして、忘れられなかったひと」








































海岸の静かな波。

丘の上の墓地には、陽の光に輝く墓標たち。

あたしとお婆さんは、しばらく無言で波に沿って歩いてた。

「・・・アスカちゃん、歳いくつ?」

「こないだの4日で14歳になりました」

「そう・・・」

太い流木を見つけると、お婆さんはそこに座る。

あたしも隣りに座った。

「・・・あの男の子もね、14歳だった。14歳で、亡くなったの」

「・・・!・・・」

「彼女も、わたしも14歳だった、あの日」

遠くの水平線を眺める、メガネの奥の紅い瞳。

「でも、彼女は忘れられなかったの。死ぬまで。・・・彼のことを」

ゆっくりとあたしに向ける。

「わたしは、それは間違ってると思ったわ。忘れなきゃいけないんだって」

「・・・どうして?」

「ヒトは、癒されるべきだから。癒されることに、罪を感じてはいけないから」

罪?

「忘れないことでいつまでも傷ついているのなら、それは忘れるべきだと」

「じゃあ、ヒトはエゴで生きるべきなんですか?・・・死者を忘れてまで」

熱い感覚が、頬を滑るのが判った。

「・・・好きなヒトを・・・忘れてまで・・・」

自分でも、ちょっと驚く感覚だった。

「・・・あたしには、出来ない。そんな、・・・こと・・・」

お婆さんは微笑むと、指であたしの涙をそっと拭ってくれた。

「そうね。ヒトは、例え傷つこうとも忘れられないものが有るわ」

皺々の手で、頬を優しく撫でてくれた。

「きっと、それで良いの。それが救いになるのかも知れない」

いいにおいがする。

お婆さんのにおい。

頬の手の上に、そっと手を重ねてみた。

・・・あったかい。

「今はそれが判ったわ。・・・癒されるばかりが救いじゃないことが」

ゆっくりと手が降りる。

あたしはハンカチを取り出して、涙を拭う。

「ご、ごめんなさい・・・泣いたり・・・して・・・」

「いいの。懐かしかったから」

「え?」

お婆さんの瞳が、水平線に戻る。

「・・・あの色が」

「あの色?」

「・・・空と、海の、青」

・・・青・・・。

「・・・あなたの瞳の色。わたしが好きだった、彼女と同じ、色」

ふっと笑うと

「忘れられないのは、わたしも同じなのね」

「お婆さん・・・お婆さんは、彼のこと、どう思ってたんですか?」

「・・・そうね・・・」

空を見上げて

「・・・好きだった・・・好きだったのね、多分」

「多分?」

「この歳になるまで、結局ひとりだもの。そして、恐らくはこのまま」

「・・・そんな・・・」

「結局、生き残ってしまったわ。みんな、居なくなってしまったのに」

そのまま、お婆さんは空を眺めていた。

まるで、そこに誰かを見ているみたいに。

懐かしく、愛おしい、誰かを。




















「・・・約束、果たしたからね・・・」

え・・・。

空を、見上げると

そこに、確かに、一瞬。




















ふたりの、天使。




















「お婆さん?」

隣りを見る。

・・・誰も居ない?

「?・・・お、お婆さんっ!?」

立ち上がって、辺りを見回す。

・・・誰も居ない!

「ウソ・・・」

まるで、初めからあたしひとりだったみたいに、静かな海岸。

波の音、潮の香り、全てが現実なのに、お婆さんだけが居ない。

くらくらとして、あたしはそこに立ってるしかなかった。









































ぽつん。

ぽつんとした、人影。

海岸沿いに現れた、人影。

それはどんどんとあたしの方に近付く。

「・・・?・・・」

きょろきょろと辺りを窺うように歩いて来る。

それは、男の子みたいだった。

髪は短くて、華奢で、背丈は・・・あたしと同じぐらいかしら。

歳は・・・うーん、これも同じぐらい?

考えてる間に、その子はあたしの目の前まで近付いてた。

「・・・あのー、すいません・・・」

「え?あ、あの、あたし?」

「あ、はい、他に誰も居ないから・・・」

「そ、それもそうね」

何よコイツ、上目遣いでおどおどしてるワリには云うじゃないの。

「あのー、ここらへんでお婆さんを見かけませんでした?」

「お婆さん?・・・もしかして、髪が淡い青で、紅い瞳の・・・」

「そ、そうです。僕のおばあちゃんなんだけど・・・」

コイツのおばあちゃん?

・・・じゃあ、少なくとも幻じゃないってことね・・・。

「それが、さっきまで一緒だったんだけど、居なくなっちゃったのよ」

・・・ん?・・・確かお婆さん、ひとりだって・・・

「そうなんですか・・・ココで待ち合わせしてたんだけどなあ・・・」

潮風に吹かれる、困った顔。

「・・・あの・・・」

良く見ると、女の子みたいね。

「あ、あの・・・」

このテはいっちばんキライなタイプ。

「あのー、・・・僕の顔に何か付いてる?」

「え?あ、いや、な、何でも無いわ」

「なら良いけど・・・」

キ、キライなタイプなのっ。

ど、どきどき、止まれっ。

「お、お婆さんとどこかに行く予定だったの?もしかしたら先に・・・」

「それが、何かプレゼントをくれるってだけで、その先は聞いてないんだ」

・・・ふーん・・・。

「すっぽかされちゃったのかなあ・・・変わったヒトだから・・・」

・・・ふうーん・・・。

「・・・じゃあ、今夜は空いてるのね?」

「・・・え?・・・」

キライなタイプに、にっこりと微笑みかけるあたし。

「・・・実は、あたしもすっぽかされちゃったんだ」

「は・・・はあ・・・」

キライなタイプに、一番自信の有る角度を向けるあたし。

「・・・すっぽかされた同士、デートしない?」

「あ・・・い、いや・・・」

ぐいぐいと向けるあたし。

「いや・・・別にいいけど・・・」

「ふふっ、きーまりっ」

真っ赤な顔。

差し出す手に、きょとんとしてる。

「ほら、握手握手」

「あ、うん・・・」

弱々しく握り返す手。



















「あたしはアスカ。惣流アスカ。よろしくね」

「僕はシンジ。碇シンジ。・・・よろしく」




















碇シンジ・・・か。

まあ、冴えないヤツだけど。

キライなタイプだけど。









































約束・・・だもんね。おばあちゃん。








































<おしまい>




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「お婆さんて、何の研究してたの?」

「一回訊いたことあるんだけど・・・クリーニングだったかな?」

「やっぱ洗濯は大事よね。人類にとって」