の雫






























コンフォート17マンションのカーテンを揺らす陽光。
床に弾み、天井を暖めて、テーブルに降り注ぐ。
ぼそぼそとパンを齧る少年の顏。

「なあ〜に辛気臭い顏してんのよ朝っぱらからっ!」

背中を叩かれた弾みに、碇シンジはパンを落とす。

「ごほごほっ、あ、アスカ・・・おはよう」

「おはようじゃないわよ。これから学校だってのに、一日の始めぐらい明るい顔出来ないの?」

「えっ?・・・く、暗かった?」

「明日にでもこの世が終わるかってーな顏してたわよ」

赤い髪の少女、惣流・アスカ・ラングレーは隣りの椅子を引く。

「何か・・・悩みでもあるんじゃないの?」

「え・・・あ、いや、別に・・・」

「はは〜ん、何か有るのね?」

ニヤリとした口にパンを銜える。
その口元を見つめながら

「・・・アスカさあ・・・幽霊って・・・信じる?」

「はあ?・・・あんたまさか・・・」

「あ、いやその・・・」

「ぷっ・・・くっくっくっくっ」

お腹を抱えて小刻みに震える少女。
髪に揺れる朝日に照らされて
シンジはヘの字に曲げた口からため息を漏らす。

「云わなきゃ良かった・・・」






























窓から差し込む月の光。
窓枠に反射して、天井に綴れ折る。
青白い幾何学のコンポジション。
目で追うと、ふいに自分の呼吸を感じる。
ベッドに横たわる体重を意識する。

(まただ・・・また目が覚めた・・・)

部屋の入り口にそっと目をやる。

(・・・居る・・・)

開け放たれた扉。
その先の廊下の暗がりに立つ人影。

(う・・・動けない・・・)

少しづつ、少しづつ黒い影は近付く。
そして、暗がりの立体は、青白い光を横切る。

(・・・!!・・・)






























「・・・で?」

頬杖をついた顏を向け、アスカは紅茶を啜る。

「え?いや、そこまでなんだ・・・」

シンジは俯く。

「そこで意識が無くなるって云うか・・・」

「あんたまさか・・・恐怖のあまり気絶してるの!?」

アスカの顏がまた笑いに歪み始める。

「そ、そんなワケないだろっ!・・・それどころか・・・」

「・・・それどころか?」

顏から笑みが退く。

「何か、どきどきして・・・うれしいって云うか・・・そのお・・・」

「ははあ・・・恋に落ちたな少年」

「・・・・」

アスカは干したカップをかつんとソーサーに乗せる。

「まあ、どんなきれーなお姉さんが出て来たのか知らないけど・・・」

「いや、それが・・・」

俯いた顏が赤くなる。

「お・・・男・・・みたいなんだ」

「はあ?」

ぽかんとした顏に向く。

「一瞬、月明かりに浮かぶんだけど・・・男なんだよ」

「あ・・・あんた・・・」

シンジを指す人さし指。

「あんたホモぉ!?」






























窓から差し込む月の光。
窓枠に反射して、天井に綴れ折る。
青白い幾何学のコンポジション。
目で追うと、ふいに自分の呼吸を感じる。
ベッドに横たわる体重を意識する。

(まただ・・・また目が覚めた・・・)

部屋の入り口にそっと目をやる。

(・・・居る・・・)

開け放たれた扉。
その先の廊下の暗がりに立つ人影。

(う・・・動けない・・・)

少しづつ、少しづつ黒い影は近付く。
そして、暗がりの立体は、青白い光を横切る。

(・・・!!・・・)

青い縦縞のパジャマ。

(あ・・・あれは・・・)

傍らに佇む影。
ゆっくりと屈み始める。

(な・・・何を・・・)

その暗い顏が自分の顏に近付く。

(・・・!!!・・・)






























「な・・・あんた、何してんのよ?」

洋服の散らばる部屋。
シンジはその山を引っ繰り返し、掻き回し

「確か・・・有ったはずだ・・・」

「何が?」

アスカは後ろ手で、廊下から呆れたようにシンジの部屋を覗き込む。

「パジャマ・・・」

「パジャマ?」

「昨日、あいつが着てたんだ。僕のパジャマ・・・」

「何、また幽霊の話ぃ?」

すたすたと部屋に入る。

「あのねえシンジ、そんなもの夢に決まってるでしょっ!」

「いや、夢じゃない。だってあんなにリアルな・・・」

「シンジ・・・後ろ向いて見てよ」

しゃがみ込んだシンジの頭が、ぐるりと壁に向く。

「・・・何が見えるシンジ」

「・・・何って・・・何も」

「そ。何も無いでしょ・・・窓も」

「・・・・」

「窓が無きゃ月明かりだって入るワケ無い。だから夢なの。判った?」

「・・・うん・・・・そうだね、判ったよアスカ」

「んではこれ」

後ろ手を前に廻す。

「あっ」

ビニールに包まれた青いパジャマ。

「こ、これ・・・」

「ミサトが自分のものと一緒に間違ってクリーニングに出しちゃったんだってさ・・・ったく相変わらずズボラよねえ」

「これだ・・・」

目を輝かせるシンジ。
アスカはふっとため息をついて

「・・・じゃあ大方ミサトがそれ着て夜這いでもしたんでしょうよ」






























窓から差し込む月の光。
窓枠に反射して、天井に綴れ折る。
青白い幾何学のコンポジション。
目で追うと、ふいに自分の呼吸を感じる。
ベッドに横たわる体重を意識する。

(まただ・・・また目が覚めた・・・)

部屋の入り口にそっと目をやる。

(・・・居る・・・)

開け放たれた扉。
その先の廊下の暗がりに立つ人影。

(う・・・動けない・・・)

少しづつ、少しづつ黒い影は近付く。
そして、暗がりの立体は、青白い光を横切る。

(・・・!!・・・)

青い縦縞のパジャマ。

(あ・・・あれは・・・)

傍らに佇む影。
ゆっくりと屈み始める。

(な・・・何を・・・)

その暗い顏が自分の顏に近付く。

(・・・!!!・・・)

固く目を閉じると、唇に柔らかい感触。
破裂しそうな心臓。

(・・・ま、まさか・・・)

そろそろと自分の腕を伸ばす感覚。
そっと目を開けると、顏の影の向こうに月に照らされた細い腕。
ピンクの縞の袖。
そのまま、影をぎゅうと抱き締める。
再び目を閉じ、口を開く。
舌が滑り込む。

(何故・・・どうして・・・)






























「そりゃあホモの色情霊ですね。お祓いすることをお薦めします」

家路をぶらぶらと歩くふたり。

「尤も、本人もまんざらではないようですから〜、その必要は無いかも知れませんねえ〜」

「ちょっとアスカぁ、からかわないでよ・・・」

二人分の学生鞄の重みに肩を落とすシンジ。

「絶対変なんだよ・・・僕、昨日はあのパジャマを着て寝たのに、違うもの着てたんだ」

「違うものって?」

「・・・ほら、前に一回アスカが着たことあったろ、ピンクの縦縞のパジャマ」

「え〜っ!?」

アスカは立ち止まると、形相を向ける。

「あれってミサトがバーゲンであんたの青いヤツとおそろいで買ってきたヤツじゃないっ!」

「そうそう・・・それ」

「あんなものとっくに捨てちゃったわよっ!」

「あ・・・そう」

「あったりまえでしょっ!何が悲しくてあんたなんかとペアルックしなきゃなんないのよっ!」

「そ・・・そうだよね・・・はははは」

「そうよ。・・・当然よ」

くるりとシンジに背を向けると、ゆっくりと歩き出す。

「・・・そういうこと・・・」






























窓から差し込む月の光。
窓枠に反射して、天井に綴れ折る。
青白い幾何学のコンポジション。
目で追うと、ふいに自分の呼吸を感じる。
ベッドに横たわる体重を意識する。

(まただ・・・また目が覚めた・・・)

部屋の入り口にそっと目をやる。

(・・・居る・・・)

開け放たれた扉。
その先の廊下の暗がりに立つ人影。

(う・・・動けない・・・)

少しづつ、少しづつ黒い影は近付く。
そして、暗がりの立体は、青白い光を横切る。

(・・・!!・・・)

青い縦縞のパジャマ。

(あ・・・あれは・・・)

傍らに佇む影。
ゆっくりと屈み始める。

(な・・・何を・・・)

その暗い顏が自分の顏に近付く。

(・・・!!!・・・)

固く目を閉じると、唇に柔らかい感触。
破裂しそうな心臓。

(・・・ま、まさか・・・)

そろそろと自分の腕を伸ばす感覚。
そっと目を開けると、顏の影の向こうに月に照らされた細い腕。
ピンクの縞の袖。
そのまま、影をぎゅうと抱き締める。
再び目を閉じ、口を開く。
舌が滑り込む。

(何故・・・どうして・・・)

ふっと相手が離れる感触。
そろそろと瞼を開ける。
差し込む青白い光に浮かび上がる、顏。

(・・・!!!!・・・)






























満面の笑みを湛えた、碇シンジの顏。






























月明かりが消えて行く。

笑みを浮かべる顔も消えて行く。

窓が消え、暗闇へと部屋は沈む。






























むくりとベッドから身体を起す。

青いパジャマを着た碇シンジ。

そっと足を降ろすと、立ち上がる。






























がたりと部屋の扉を開ける。

廊下を見渡すと、青白く闇を切り取る一角。

ゆっくり、ゆっくり、そこへと近付く。






























扉は開け放してあった。

月明かりに浮かぶ部屋。

ベッドに横たわる少女。






























ピンクのパジャマ。






























見つめるシンジに視線を返す。

微笑みと共に。

その云葉と共に。






























「これ探すの大変だったんだからね・・・色情霊さん」






























輝く月の雫のような、その唇。

光に濡れたその宝石に向かって

シンジは一歩を踏み出した。








































<おしまい>




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