見よ、我汝らを遣わすは、羊を狼の中に入れるが如し。

この故に蛇の如く聡く、鳩の如く素直なれ。

マタイ伝 第十章 第十六節










































煙の立ちこめる闇に、艶のある光が白を照らす。
スクリーンの映像を見つめていた目、目。
ざりざりと煙草を潰す灰皿。
ざらついた声。

「・・・で、実際のところどうなんだ?」

椅子を軋ませ大きくため息をつく。
先を見る。

「すぐにでも実戦で使用可能なのか?」

演壇に両手をついた白衣の男。
顔の輪郭が白く浮かぶ。
ひくつく頬の笑みが見て取れる。

「はい、すでに量産化の目処は立っておりまして・・・」

「そうではない。エンジンの搭載はすでに成功しているのか訊いているんだ」

演壇の男はスクリーンの前へ歩み出る。

「は、り、理論的には既に何の障害も無く・・・」

「おいおい、我々は君の冗談に付きあってるヒマは無いんだ」

別の声がいらつく。

「このプロジェクトに軍がいくらつぎ込んでいると思っているのかね?」

「しかし、シミレーションを皆さんもご覧になった通り、『バラ』の力は強大です。従来の兵器とはその概念からして・・・」

「その云葉は聞き飽きたよ時田君。あの『サクラ』の時もとんだ赤恥をかいたのは君自身じゃないか」

「あ、あれは妨害工作があったものと云う調査結果が出たと思いますが・・・」

「はっ、実戦ではそんな卑怯な敵は居ないとでも云うのかね?」

「い、いえ、そういうワケでは・・・」

「とにかく」

初めて口を開く男に皆振り返る。

「これ以上のスケジュールの遅れは認められない。開発は打ち切りだ。近く正式に君の研究所に通達が行くだろう」

流れ出る汗を拭い、男に歩み寄る。

「も、もう少々時間を頂ければ、きっとご満足頂けるモノを・・・」

ぎろりと見上げる。

「・・・ロシアとソヴィエトの間の緊張は続いている。中華連邦も朝鮮共和国も内政は非常に不安だ・・・我々バレンタイン条約機構軍はもはや国連軍のような強大な力は望むべくもない。金も力も、そして時間も限定されているのだ」

立ち上がり、肩を叩く。

「・・・無駄を極力避ける。それがわたしの仕事なのだよ時田君」

ドアの開く音。
がやがやと光の中へ消える軍服たち。
残された白衣の男。

「・・・終わりはしない・・・」








































「・・・終わらせやしないさ・・・」








































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A-Life










































降り注ぐつぶてが顔を打つ。
滑らかな肌を伝い、滴る。
ため息を吐き出し、手のひらは身体を撫でる。
乳房を抱える腕に、俯く顔から湯が落ちる。
バルブを捻ると、バスルームに静寂が訪れる。
タオルを被った鏡の中の若い女。
全裸でリヴィングを歩くとテレビの音が彼女を迎える。
その上の写真立て。
中で金色の髪の女が微笑む。

「・・・センパイ・・・」

手に取る。

「センパァイ・・・また、クビになっちゃいそうですよ・・・」

ことりと置くと、目の端に光。
留守番電話のランプの点滅。
かちり。

『ぴっ・・・あっ・・・マ、マヤちゃん?青葉だけど・・・明日の約束、覚えてるかな〜なんちゃって・・・いやっ、携帯通じないからさ、一応ね、一応・・・そんじゃ、明日、いつものとこで・・・じゃあ・・・ぴっ・・・午後9時32分です』

「センパイ・・・これで良かったんですよね・・・」

充分に身体の滴を吸ったタオルを放り出し、ベッドに寝転がる。
ひんやりとしたシーツを素肌に感じながら、目を閉じる。

「開発中止・・・か・・・」



「これは所長・・・日曜日にお仕事ですか?」

駐車場の入り口でモニターに映る制服姿。
車から乗りだした男が答える。

「ああ・・・プロジェクトの資料整理だよ。・・・メインフレームはどうかね?」

「は、ヨゼフは異常有りませんが・・・」

「そうか。早く開けてくれ」

「あ、はい。失礼しました」

シャッターが開くと、車は滑り込む。



からからとドアのベルが鳴る。
クラシックの流れる喫茶店の座席で手を振る男。

「マヤちゃ〜ん、こっちこっち」

(は・・・恥ずかしい・・・)

にこにこと微笑む長髪の男の向かいに腰を下ろす。

「もう青葉さん、他のお客さんが笑ってるじゃないですかぁ〜」

「え?何で?」

(はぁ〜)

「いやあ・・・良いねえ」

「はぁ?何がですか?」

「いや、マヤちゃんのミニスカート姿、初めて見たからさ」

「そ・・・そうでしたっけ?」

「うん。いつもTシャツにGパンじゃない」

「そうでした?」

「それってやっぱり俺の為に・・・」

ニヤつく視線を遮って、黒い塊が取りだされる。
ごとりとテーブルの上に置かれるノート端末。

「・・・あ・・・あの〜・・・マヤちゃん?」

携帯を繋ぎ、ディスプレイを開けるとかちゃかちゃとキーを叩く。

「ごめんなさい。明日、プロジェクトの資料整理があるから、そのインデックスだけでもソートしときたいんです。」

「だからって・・・今でなくても・・・」

「今なら回線空いてますし、負荷も無いし・・・すぐ終わりますから。コマンドもジェネティックで育ってますからそんなには・・・」

「そ・・・そう。・・・コーヒーで良い?」

キーの音だけが響く。

(相変わらずだねぇ・・・)

「・・・すいませ〜ん・・・コーヒーおかわりと・・・追加一つ」



管理室に響くブザー。
ディスプレイに映る広角に歪んだ顔。

「何でしょうか所長?」

「ああ、今からヨゼフを最大負荷で動作させる。従って外部との接続を完全遮断する」

「ええっ?全てですか?」

「そう、全てだ」

「しかし・・・WIDE-2の許可が無いと・・・」

「遮断時の対処は任せる。では20秒後に実行する」

「あ・・・所長っ」

顔は漆黒に消える。



キーの音が止まる。

「あらっ?」

「ど・・・どうしたのマヤちゃん?」

視線を窓の外から戻し、頬杖を外す。

「蹴られちゃった・・・ログイン出来ない・・・」

「パスワードでキックされてるんじゃない?」

「まさか・・・『ショーグン』レベルなのにそんなことないですよお〜」

「落ちちゃったとか?」

「エントランスは出てるし・・・もしサーバーがダウンしたら大騒ぎに・・・すいませんけど、携帯貸してもらえませんか?」

片手でかける。

「・・・繋がらない・・・管理人が居るはずなんですけど・・・あっ」

「何?」

「エントランスが消えた・・・ダウンしちゃった・・・」



去って行くタクシーのモーター音。
研究所のメインゲートに二人は向かう。

「青葉さん、もう良いですから・・・すいませんけど今日は・・・」

「マヤちゃんさあ・・・」

ずんずんと歩く傍らのマヤを見下ろす。

「明日になれば解決するって・・・何もマヤちゃんが行くことは・・・」

くるりと振り返る。

「もしクラッカーだったらどうするんですか?一刻を争うんですよ?」

「でも何もマヤちゃんが・・・セキュリティーの責任なんだし・・・」

「研究資料が盗まれるならまだしも、壊されたり消されたりしたら取り返しが付かないんですよっ!」

「は・・・はい・・・」

たじたじとあとずさるシゲルに踵を返し、ゲートの前に立つ。



カードキーがスロットを滑ると、かちゃりと管理室のドアが開く。
コーヒーカップの液体はまだ温かい。

「やっぱり・・・変だわ、誰もいないなんて」

「いつも何人居るの?」

「休日はひとり」

「それが忽然と消えたと・・・」

コーヒーカップを持ち上げる。

「マリーセレスト号か?アーゴット菌入りパンでも食ったかな?」

「あら?・・・このモニター・・・」

デスクに埋め込まれたモニターに顔を近づける。

「・・・ガーデン・・・何も映ってないけど、ガーデンに接続されてる・・・」

「何なの、その・・・ガーデンってのは?」

「え・・・それは・・・」

マヤは訝しむ表情を向ける。

「・・・青葉さん、部外者ですよね・・・」

「おいおい、ここまで来て・・・俺とマヤちゃんの仲だろう?」

「仲・・・って、元同僚・・・ですよね?」

「・・・・」

ノート端末を取り出すと、ケーブルを端子に差し込む。
キーを鳴らす。

「だめ、やっぱり落ちてるみたい・・・」

「管理人さん、サーバーの様子を見に行ったんじゃないの?もうすぐ回復するさ。任せとこうよ」

マヤはディスプレイを見つめたまま

「でも、メンテナンスを呼んだ形跡もないなんておかしいです・・・何か実験中に事故でもあったんじゃないかしら・・・」

「日曜日に?」

「・・・ストレイジからアクセスログだけは取り出せるみたい・・・」

次々と表示されるリスト

「・・・所長?・・・所長がローカルでログインしてる・・・来てたのね・・・」

「日曜出勤てか」

「・・・あ、全ての回線をクローズしてる・・・所長が何故?」

「何か・・・負荷のかかる作業をしたんだな・・・」

「・・・あら?・・・誰かがログインしてる・・・それで最後」

「・・・落ちたわけか・・・」

「・・・最後のアクセスが誰か判らない・・・おかしいわ」

「足跡消したんじゃないの?」

「外部からの接続は不可能なんですよ?・・・所長でも無いとすると・・・」

ゆっくりと振り返るマヤを見つめる。

「・・・第三者がいるってわけか・・・マヤちゃん、警察に連絡した方が・・・」

突然鳴り響くアラーム。
視界が赤に変わる

「なな何だ?どうしたんだ?」

「エマージェンシーが作動した?・・・重大事故があったということなの!?」

「エマージェンシー?・・・まさか?」

シゲルはドアから飛び出した。
目の前で、正に閉まろうとしている防壁。

「うそ〜〜〜っ!」

がたりと、重い音が閉ざす。
振り返ると、呆然としたマヤ。

「・・・外、出れなくなっちゃいました・・・」



「案の定・・・電話回線も閉じられてる」

シゲルは携帯を耳から放す。
マヤは管理室のディスプレイを見回す。

「最終防壁だけが閉まってるみたい・・・」

「つまり・・・」

椅子がシゲルをくるくると回す。

「外界への扉『だけ』閉じられちゃったってワケか・・・」

ため息とともにマヤが

「そうです・・・ヘンですけど」

「また出られないとは・・・」

「また・・・って、経験有るんですか?」

「こっちの話」

「でも、エマージェンシーが作動したってことは・・・ヨゼフは生きてるってことだわ」

「また気狂いコンピューター?・・・勘弁してよ・・・」

「また・・・って、何かあったんですか?」

「こっちの話」

「・・・何者かがヨゼフをコントロールして、わたし達を閉じ込めた・・・そうとしか考えられません」

椅子の回転は止まる。

「誰?所長?」

「・・・まさかぁ・・・判りません・・・」

「何だかデ・ジャ・ヴ」

「だから何かあったんですか?」

「な・い・しょ」

「とにかく」

立ち上がる。

「ヨゼフにログインしてエマージェンシーを解除しなきゃ」

「・・・方法は?」

「・・・バッファを介さないホットラインターミナルを使うしかないですね・・・」

「して、それは何処に?」

しばらく俯いてから、シゲルに向く。

「・・・ガーデンです」



スロットにカードキーを滑らせると、すっとドアは折り畳まれる。

「良かった・・・リフトは生きてるみたい・・・」

ふたりで乗り込むと、音も無く降下を始める。
シゲルはそれをデジタル表示を確認すると

「・・・さて、部外者にも説明していただけますか?」

「・・・ガーデンて云うのは、研究所地下の特殊研究実験施設なんです」

「何の研究なの?」

「・・・『バラ』・・・です」

「バラ?」

「・・・コードネーム『バラ』・・・ATFWです」

「ATフィールド兵器?・・・って・・・ありゃ国連で禁止・・・」

「ええ・・・でも所長が機構軍東部方面軍から開発を受注して・・・」

「・・・どんなものなの?」

「エヴァとかと比べても非常に小型で・・・ひと一人で背負える程度の大きさなんです。超小型リアクター内蔵で・・・」

「うそだね」

「・・・えっ?」

見上げるマヤの視線を受ける。

「・・・小型のリアクターでATフィールドを発生出来る技術が民間の研究所で完成されているとは到底思えない・・・マヤちゃんが開発に関ってるってことは・・・」

「・・・・」

「・・・スーパー・ソレノイド・エンジンだろ?」

「・・・・」

「・・・ネルフの技術を流用してるんだろ?」

「・・・わたし・・・わたしっ」

マヤはシゲルの胸にしがみつく。

「・・・MAGIにクラッキングしました・・・いくつかデータを落として」

シゲルの胸を涙が濡らす。

「わたし・・・先輩を裏切っているかも知れないと思いながら・・・それでもこの仕事を完成させたくて・・・わたし・・・わたしっ」

そっと背中に手を添える。

「良いんだよマヤちゃん・・・あのデータはマヤちゃんのものでもあるんだから・・・赤木博士と一緒に苦労して生み出したものなんだろ・・・」

潤んだ視線を上げる。

「青葉さん・・・やさしいんですね・・・」

「・・・気が付かなかった?」

「はい」

「・・・・」

がたんっ、と衝撃がふたりを襲う。

「キャーっ!」

「マ、マヤちゃんっ!」

床に投げ出されたマヤの身体をシゲルが抱き起こす。

「だ・・・大丈夫?」

「は・・・はい・・・・一体何が・・・」

「何か・・・リフトが障害物にぶち当たったみたいだ・・・」

「ま・・・まさか・・・・」

ノート端末を開く

「ま・・・まさか・・・そんな・・・」

「どうしたっ?」

「非常に強力なATフィールドが・・・発生しています・・・」

「と・・・云うことは・・・」

「・・・おそらく・・・」

顔を見合わせる。

「・・・『バラ』・・・です・・・」









































<B-Lifeにつづく>




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