小鳥のさえずり
そよぐ葉の重なり
穏やかな湖面

組んだ足の先に下駄を引っかけ
男は短い髪を掻き上げる
青々とした顎を撫でる

風の中にひとの匂いを感じ
ベンチの背に乗せた腕越しに男は振り向く





















B
|
「よ、遅かったじゃないか」
P
A
R
T





















「大丈夫なんスか加持さん。髪型変えてもバレバレっすよ」

長い髪を肩へ振ると、Tシャツの上に羽織ったベストの内ポケットをまさぐる。

「どうもどうも。悪いね〜、シゲル殿」

「もう、クラッキングのお手伝いなんて知れたらクビどころじゃないんスからね」

取り出した携帯端末を手渡す。

「あれ〜、通信部って民間委託になっちゃうんだろ?どうせリストラされんのがオチだって」

「よく云うよ・・・」

湖に向かい、ぶらぶらと下駄が揺れる。

「加持さん、どこ泊まってんスか?」

「温泉」

「緊張感ゼロっすね・・・」

シゲルが隣に座ると、加持は頭の後で手を組む。

「敵さんのド真ん中にいるときゃね、開き直っちゃって正解なの」

「・・・葛城さんには知らせたんスか」

ため息とともにシゲルに向き直る。

「・・・彼女にはこれ以上迷惑はかけらんないんでね」

「あれ、俺ならいいんスか」

「シゲルならリストラで済むだろ」

「・・・ダメだこりゃ」

つぶやきに空気が変わる。

「・・あいつは命を落としかねないからな・・」

「・・・」

立ち上がる加持に上目使い。

「・・・何で、今なんですか?」

大きく伸びをしながら

「・・・今だからだよ。ネルフ解体は奴等にとって絶好の」

地獄から沸き上がる地響き。
下駄の主は下駄を残しベンチの男に倒れ込む。
ざわざわと羽音を立てて鳥達は飛び去る。
揺れが収まるまでベンチで二人は抱きあったまま

「な・・・何だ・・・地震かあ?」

「加持さん、あれ」

湖に夥しい渦巻き。

「・・・ジオフロント?」

シゲルは既に携帯を頬にあて

「・・・あ、マコト?・・・え?」

加持は水面のグロテスクな文様を眺めながら

「・・・下駄は失敗だったな」



「行っちゃったの?」

水滴のレンズに浮かぶ槍にシンジは問いかける。

「・・・行っちゃったんだね・・・僕を置いて」

再び湖になろうとしている足元。
たたずむ巨人は完全に停止した。



無数の赤い非常ランプの中、ゲンドウは冷徹な声を眼下に向ける。

「実験中の事故によりネルフ本部施設は壊滅的打撃を被り、その制御中枢を使用不能の事態に陥った。これより特令A-801を発動する。D級および指定外勤務者はただちに本部施設より退避せよ」

「A-801!」

ミサトはリツコを睨む。

「何を・・・何を企んでいるの?」

答えぬ瞳。

「あの槍・・・まさか・・・補完計画!」

強く握られる白衣の襟首。

「答えなさいよ!」

しかし背中の銃口が、それを尤める。

「手を離していただけますか葛城三佐」

「何よ!あんたら!」

黒ずくめの男はミサトの銃を取り上げると無表情に

「日本国政府のものです」

「ウソね!」

「A-801が発動しました。あなたは指定外勤務者です。本部施設外に退避願います」

「い!いたたた!離してよ!」

後手をひねられたミサトの抵抗も、男の力には及ばなかった。

「離してやれ」

見上げるとゲンドウの冷たい視線。

「いいのか碇」

「彼女には見ていてもらおう」

低くつぶやく声。

「彼女にはその権利がある」

ゲンドウから目は逸らさず、

「・・・初号機の様子はどうだ」

『熱、電子、電磁、他化学エネルギー反応なし。S2機関停止を確認』

「・・・そうか。ケイジへの収容急げ」

黒ずくめの一団が発令所になだれ込んだ。



「ああ、A-801。ネルフの指揮権停止だよ」

マコトは騒然としたゲートで携帯に怒鳴る。

「こっちもわけわかんないうちに追い出されちまったよ。そう、政府の奴等にさ」

じろりと黒服の一団を睨む。
声をひそめ

「おかしいよ。手回し良すぎるよ・・・ああ、本部の被害も大したこと無いんじゃないかと・・・うん、おそらく実験って云うのは弐号機だな・・・それより・・・」

携帯を握る手に力がこもる。

「・・・多分葛城さんがまだ発令所にいるんだ」



『初号機の制御信号パス解析完了。現在予備電源による生命維持モードが選択されています』

「冬月」

ゲンドウはレイの肩に手をかける。

「あとを頼む」

「ケイジに収容するのを待たないのか」

「ふ・・・」

冬月の耳元にささやく。

「奴等がそんなに悠長だとは思えん」

「そうか・・・」

真直ぐに冷たい目を見つめる。

「・・・ユイ君によろしくな」



「・・・母さん」

鉄の円筒の底でシンジはつぶやく。

「・・・居るんだろ?」

嗚咽。

「・・・こんな僕に生きろと云うの?母さん」

握られる凶々しい輝きを帯びたナイフ。

「もうたくさんだ!」

左手首に深々とナイフの腹は沈む。
まるで油玉のような赤い血液の漂い。
肉体の苦痛と精神の解放。
シンジはただそれに飲まれていた。

「・・もういい・・もういいんだ・・母さん」



「ああっ!」

廊下でうずくまる少女。

「どうした、レイ」

その瞳に涙を浮かべて

「碇君が・・碇君が・・死ぬ・・死んでいく」



発令所に甲高いアラートが鳴り響く。

『未確認飛行物体接近中。あと数分で本部到達。現在9個体確認』

「やはり来たな」

冬月の顔に笑みが浮かぶ。

『解析完了。パターン青!』

「・・・使徒!?」

ミサトの驚愕にリツコは言葉を投げつける。

「・・・いえ、そうじゃないわ」

ゆっくりと微笑む。

「あれはリリン・・・ヒトよ」



「う・・・く・・・」

苦悶の表情でゲンドウを見上げる潤んだ紅い瞳。
うずくまる少女。

「・・・レイ、まさか」

青い髪は頷く。

「いかん!ここでサルベージなど・・・」

「でも・・・碇君が・・・」

ゲンドウはレイの肩を抱く。

「大丈夫だ、レイ。シンジは初号機が守る」

「・・ダメ・・初号機は心を閉ざした・・・」

「何?!」

「碇君の深い絶望に触れて、あのひとは心を閉ざしてしまった・・・」

「そんなバカな・・・」

「あぁぁぅうはぁぁ」

びたびたとレイの体からにじみ出る液体。
LCL。

「レイ・・・今サルベージをすれば・・・」

ぐちゅぐちゅと萎む皮膚。

「・・お前が消えて無くなってしまうぞ・・」

「・・・いい・・・」

ぶるぶると震える手から爪が抜け落ちる。

「あのひとは・・・あなた・・・消えてほしく・・・ない・・・」

青い髪がLCLに流れる。

「レイ・・・」

ゲンドウが抱きしめた体。
だがすでに内臓に触れている。

「・・・お前を失いたくなかった」

「・・・う・・れ・・・・・し・・」

ばさりと崩れ落ちる。
床に広がるLCL。
肉塊の滑る平面も、やがて穏やかな液体の鏡となる。
そして残る、赤く光る球体。
魂の固体。
『コア』。

「・・・レイ・・・」











天使の羽を扇ぎ

武骨な鎧を身に纏い

9人のヒトは地獄に降りて行く

天井からそそぐ滝を割って

したたる水を縫って

ヒトは取り囲む

己より醜悪な人型と

槍のそそり立つ泥を






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