神々よ、愛するは何たる幸福ぞ!

           ---- ゲーテ






























西暦2017年8月27日
































午前10時32分


暗がりに男は長い影を伸ばし、手探りで壁を伝う。
ゴツいブレーカーに手をかけると、一気に持ち上げる。
がしゃんと鉄が響き、闇が消え去る。
煌々と照る明りに冷たい鉄の色が沈む。
広大な空間に男の足音がかたりと漂うと
目の前の鉄の机に愛おしく触れる。
つぶやく。

「よお、久しぶりだな」

男の眼鏡にはやがて眩くインジケーターが反射し、
その奥の目はにやりと崩れ、
その手はいくつかの光をコミック雑誌で覆い、
オールバックの髪を撫でつける。
ジーンズの腰を椅子に下ろすと、
後からあの声。

「お、さすが早いねえ。元気してた?」

振り返ればあの男。
長髪を揺らし、やはりジーンズの歩を進め、
脇に抱えたアナログレコードの束を椅子に置く。

「元気有り余ってるよ。デスクワークはデスクワークでもネルフとは質が違うもんな」

「戦自のみなさんはやさしくしてくれる?」

見れば青葉シゲルは笑いをこらえている。
日向マコトは少しムッとして

「こちとら掘っ建て小屋に押し込められて毎日戦略シミュレーションだよ。たまに食堂で冷たい目を向られるだけさ」

「ふ〜ん。いいじゃない気楽そうで」

「民間会社のサラリーマンのが気楽なんじゃないの」

「肩身の狭いのは同じだよ」

お互い、顔を見合わせて笑う。
元、特務機関ネルフ第2発令所。
現、第二国連付属生物工学研究所コンピュータールーム。
休日の空間。





























それは長い一日の始まり。






























NerveType:NO

前編































午前11時45分


「ところで葛城さんてどうなったの」

ハンバーガ−を剥きながらシゲルは尋ねる。

「未だ行方知れず。諜報部が一応追ってるみたいだけど、どこまで本気だかねえ。単なる事後処理だろ。戦自のお仕事の方が忙しいんじゃないの」

「・・・あのひと、一緒なんだろ」

缶コーヒーを開ける手が、止まる。

「・・・ああ」

「お前も一途だねえ」

缶コーヒーを下ろすと、マコトの呆然に表情が宿る。
シゲルにニヤついた顔を向ける。

「でもこっちは判ったよ」

「何が?」

「マヤちゃんのい・ど・こ・ろ」

「え?ホント?」

身を乗り出すシゲルを横目で見る。

「でも知らない方がいいかも知れないなぁ」

「何だよそれは。いじめるワケ?」

「しっかしシゲルも一緒に働いてた時にはおクビにも出さなかったのにねえ」

ニヤつきに陰険さが濃くなる。

「ボクちゃん奥手なの。ごめんね」

ふくれっつらは天井を仰ぐ。

「怒るなって。・・・ある研究所で研究助手をしてるんだってさ」

「研究所?」

「ATフィールド研究所」

「民間のか?」

マコトの顔から笑みが消える。

「時田重工」

「な・・・何それ?そんなのアリかよ・・・」

「マヤちゃんもリストラされて大変だったんじゃないの。専門知識の生かせるとこに行くのもしょうがないよ」

「でもよりによって時田んとこなんか」

「じゃあ助けに行くか王子さま?」

シゲルのため息。
マコトは見つめる。

「・・・幸せなのかも知れないぜマヤちゃん」

「・・・そうだな・・・」

「・・・ほっといてやれよ」

「・・・ああ・・・」

マコトはメインモニターの電源を入れる。

「さあ〜て、バイトバイト。さっさと食って早いとこ終わらせようぜ」


午後12時13分


「アレ、忘れず取って来たろうな」

マコトの声にシゲルは缶コーヒーから顔を上げる。

「ああ。ライブラリーから持って来たよ」

LPレコードのジャケットの間からそれを取り出す。

「また中古屋寄ったな」

「何か文句ある?」

見たところ同じような白いジャケット。
ア−ティストは『UN2』。
タイトルは『検診くん』。
シゲルは中身をするりと抜き出す。
直径30センチの虹色の円盤。
受け取るマコトはまじまじと

「さすがにでかいなあ」

「ホントホント」

「まあ、でもMAGIのランタイムのスケルトンが入ってるんじゃ、しょうがないかな」

卓を操作すると、ドライブがディスクを飲み込もうと口を開ける。
マコトはセットすると閉じる。

「さあて、赤木博士の置土産。お手並拝見と行きますか」

メインモニターが暗転すると、重低音が壁を振るわせる。
突然の高らかなファンファーレと共に画面に一筋の光が差すと、3DCGが回転する文字を踊らせる。
『UN2』。

「凝り過ぎだよ・・・」

苦笑いするシゲル。

それが消えると、黒バックに白い毛筆が縦に現われる。
『検診くん』。

「まあ、リツコさんらしいと言えば言えるけど」

呆れるマコト。
やがて、きらびやかに流れる虹色の光が、ひとつの像を結ぶ。
CGによるデフォルメされた人間の頭部。
金色の髪。
泣きぼくろ。
口元のアニメーション。

『ようこそ検診くんへ』

「あ・・・悪趣味・・・」

シゲルの苦笑はひきつる。

『あなたたちは元技術部の人間かしら?もし違っても心配はいらないわ。この人工知能自動検診プログラム検診くんなら、すべての作業をイージー且つリーズナブルに行なうことが出来ます』

「これ飛ばせないの?」

頬づえのマコト。
ジャケット裏を読むシゲル。

「チャプターは設定されてないなあ」

「あっそ」

『でもひとこと言わせてもらえば、このプログラムは飽くまでチェックのみに使ってほしいわね。不良箇所の修復や不要なファイルの削除はひとの手でするのが一番安全なの。簡単なマニュアルもこのディスクに収録してあるわ。だいたいこのプログラムが出来るまではわたしたち旧技術部が徹夜で全ての作業を行なっていたものよ。まったく近頃の技術者ときたら・・・』

「ほんとに飛ばせないの?」

「ダメ」

『まあ、こんなとこでグチを言ってもしょうがないわね。じゃあ『チェックのみ』コースと『おまかせ』コースのどちらか一方を選んでちょうだい』

「はぁ〜、『チェックのみ』がデフォルトだぜ」

マコトはためらいなくキーを叩く。

『あら、おまかせなの。さっき言ったこと聞こえなかった?これだから近頃の技術者は・・・』

「もう勘弁して」

頭を抱えるマコト。
シゲルはひたすらギターの運指をイメージしていた。


午後3時31分


『メルキオール、オールシステムズコンディショングリーン。修復の必要はありません』

「さ〜て、あとはカスパーだけか」

レポートに署名コードを打ち込むと、マコトは保存するためのディスクをスロットに差し入れる。
シゲルはコマンドを叩く。

「えっと、『カスパーエミュレーションモード』こいつか」

メインモニターの三台のコンピューター表示の内、『CASPER』の文字の上に赤く『EMULATE』の文字が灯る。
『検診くん』が唸りを上げて回転を始める。
シゲルはドライブのカバーに手を触れ、その振動を感じながら

「・・・3台がお互いに診断すりゃ良いように思うんだけどなあ」

保存中のディスクのモニターから目を離さず、マコトは

「ヘタにお互いを直結させたくないのさ。ウイルスのこともあるから」

「ランタイムのスケルトンじゃ時間がかかってしょうがないよ」

「手と頭でやってた昔から比べれば、徹夜しないだけマシってもんよ」

ふとメインモニターを見上げる。
三台の中央に、小さな赤い光の点滅。

「あ・・れ・・何だ、あれ?」

マコトの声にシゲルも目を向ける。

「カスパー?・・・は検診中だよな」

「うん・・・何だ?」

突然、甲高いアラートが二人の耳を襲う。
無機質な声が向けられる。

『人工知能名称不明により自律自爆が提訴されました。否決。否決』

立ち上がるマコト。
ホログラムディスプレイに喰い入るシゲル。
マコトは足元に落ちた眼鏡を拾いもせず

「何だ!クラッキングか!」

「いや、外部から侵入された形跡は無い。リアルタイムじゃ足跡は消せないだろ」

「じゃあ何なんだよ『名称不明』って。リツコさんのイースターエッグか?」

「俺だってわかんないよ」

二人の指はめまぐるしくキーボードを駆け巡る。
固いプラスティックの打鍵音が、止まる。
見合わせる目と目。
驚愕の顔と顔。

「な・・・何だこれ」

シゲルは無言でメインモニターに、『それ』を映し出す。
力の抜けたマコトの体を、椅子が支える。
カスパーのロジックプロテインマップ。
人間の脳の姿をしているそのグロテスクな影の、その下部に赤い光が輝いていた。

「論理蛋白に・・・別のシステムが・・・出来てる」

マコトのつぶやきにシゲルは呆然と頷くと

「つまり・・・カスパーの中に『名称不明』が居るってことか」

点滅は不気味に息づく。


午後4時3分


『否決。否決』

アナウンスの声が冷たい壁を叩く。
マコトはキーボードを黙々と鳴らす。
シゲルは携帯電話を切ると、ため息をつく。

「館内も携帯も通じない。どうしてだ」

マコトはそれには答えず、ディスプレイを見つめていたが

「あ〜っ!」

「な、何だ、どうした」

天を仰ぐマコトにシゲルは駆け寄る。

「有るよ!有る!撤去してないよ!」

「N2爆薬か・・・やっぱり」

ディスプレイにはそのスペックが表示されていた。
上向きの顔に手の平が置かれる。

「エンジンをダイアモンド・フリージングしてあるだけだ。サッカーボールは生きてるよ・・・畜生!国連め、こんなとこで予算ケチりやがって!」

がつんとマコトの足元で音がした。
涙がじわりと浮かぶ。
シゲルはあきれて

「物に当たってどうすんだよ・・・とにかく外部と連絡を取らないことには・・・」

涙目をしばたかせて

「通じないのか?」

「ああ。休日だから元々所内には人は居ないけど、地上にも通じないんだよ。中継機がイカれてるとしか思えない」

マコトは眉を潜める

「・・・おかしいと思わないか?」

「おかしいと云えば全部おかしいけど?」

「交換機や中継機はMAGIの制御下には無いだろう?」

「ああ、あれはスタンドアローンだよ」

「・・・ってことは・・・!?」

マコトの顔が引きつる。
シゲルが目を剥く。
ゆっくりと互いの顔を向け合う。
同時に叫ぶ。

「電源!!」

『人工知能バルタザール及びメルキオールの電源供給に問題が発生しました。動作不良によるシステムクラッシュ防止のため両機とも自動終了します。なお、協議中の議題は人工知能名称不明により決定、実行されます・・・』

「わあああぁぁぁ!!!」

叫びながらマコトは引き出しを開ける。
二つ並んだ鍵。
一方をシゲルに投げる。

「電源ダウン!エレクトロニック・ターミネイトから順にだ!」

「りょ・・了解」

お互いのデスクの下の鍵穴に差し込む。
シゲルの緊迫した声。

「カウント、どうぞ!」

「3・2・1・ダウン!」

沈黙。

『人工知能名称不明により自律自爆が決議されました。現在命令実行の確実性の検証が行われています。爆発深度はジオイド深度マイナス・・・』

「つ・・次、ケミカル・ターミネイト!3・2・1・ダウン!」

『命令の解除は同レベルのコマンド系統によってのみ可能です。現在カウントの策定中』

「さ・・最後だ、エクスプロージョン・ターミネイト!3・2・1・ダウン!」

爆発音。
振動。
そして、暗黒。
あらゆる機械の動作音が緩やかにその音程を下げる。
静寂が満ちる。

「と・・・止まったよ・・・な?」

マコトはかすかな非常灯の張り付いた天井を見上げる。

「み・・・みたいだ・・・な・・・」

シゲルは恐る恐るあたりを見回す。
そして大きなため息をついて

「・・・結局、施設の主電源回路を掌握してたってわけか。全部停電しちまった」

「こんなとこでお前と窒息死なんてごめんだぜ」

「それはこっちのセリフだよ。早いとこドアをこじ開け・・・」

目の端に映った。
点滅する赤。
赤い光。

「う・・・ウソだろ・・・」

すべての室内灯が眩く点灯する。
すべてのインジケーターが息を吹き返す。
そしてあの、無機の声。

『システム検証中。命令続行の可否を確認中』

「なぜだ!奴にはテーブルタップ一本だって渡っちゃいないはずだ!」

マコトは頭を抱えて立ち上がる。

「こ・・・これは!」

シゲルがディスプレイに驚愕する。

「信号回線から電源を受給している!ファイバー以外はほとんどだ!」

「そんなバカな!ロジックに電流が流れてしまうはずだ!」

「プロテイン・パーツがその回路組成を変えている!電源ラインをアイソレートして『最適化』しているんだ!」

うなだれるマコト。

「・・・電源ダウンは不可能だ・・・そんな大量のラインを・・・」

『命令の続行可能を確認。自律自爆カウント策定中』

「・・・もうダメだ・・・」

「いや」

シゲルの声は力強く

「諦めるのは早すぎる。何か手は有る筈だ」

マコトは顔を上げる。
スクリーンに浮かぶ文字に目が行く。
『CASPER』。

「・・・カスパー・・・そうか!」

「な・・・何だ?」

「カスパーの非常用電源供給回線からバルタザールとメルキオールに電源を供給するんだ。敵はカスパー・・・つまり自分自身の電源をカットしない限り電源供給をストップすることは出来ない!」

「・・・出来るのか?」

「・・・カスパーが生きてればな・・・」

マコトは、キーボードを叩きながら、祈る。
コマンドを、その救世主に向かい、送り続ける。

『カウント策定完了。自律自爆まで、あと180秒』

「頼む、立ち上がってくれ!」

『あと150秒』

「お願いだ!」

『あと120秒』

「・・・」

『あと90秒』

「・・・」

『あと60秒』

「・・・ダメか」

『あと30秒、25秒、20秒、15秒、10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1』

固くつぶった瞼の裏の光。
呼吸を止めた喉の緊張。
永遠の静寂。
固形の時間。
そして。

『人工知能名称不明による自律自爆は人工知能メルキオール及びバルタザールにより回避されました。なお自爆提訴は続行。否決。否決』

「ぃやった〜っ!!」

抱きあい、ぐるりぐるりと回る男二人。
マコトもシゲルも、大声で笑っていた。


午後5時23分


「だめだ、ロックされてるよ。くそっ、イカれた脳味噌め。武器でもありゃブッ壊してやるところだぜ」

ドアに掛けた手を降ろして、シゲルは吐き捨てる。

「こりゃ本気で俺たちを窒息させる気だな」

マコトは目をつむり、頭の後ろで手を組んで背もたれに寄りかかる。

「どうかな・・・俺たちを殺す気ならいくらでも方法はあるだろう。侵入者用の毒ガスだってどうせ国連のことだから撤去してないんじゃないの?」

赤くなった手を振り冷ましながらシゲルは

「じゃあどうして・・・」

「・・・なんだか、自殺したがってるように思えるんだけどなあ」

「おいおい、よせよ。人工知能ったってコンピューターだぜ?それが俺たちと無理心中?」

「少なくとも俺たちはここを出たら自爆を阻止しようとするだろ?」

「ここに居てもな」

「だから出せないんだよ。俺たちはここに居る限り手も足も出ないからな」

メインスクリーンに踊る『否決』の文字。
マコトはぼんやりと見つめ、
シゲルは恨めしそうに睨む。

「ずっとこのままってわけにもいかないだろ」

「明日になれば誰か出してくれるさ」

「悠長なことを・・・」

「でもその前に・・・ちょお〜っち、やってみたいことがあるんだ」

にやりとシゲルを見る。

「何を?」

「『名称不明』君とお話しようかなと思って」

「お話・・・って?」

「敵さんのロジックにダイヴするのさ」

「・・・OS直にさわれるのか?」

「ブレイントークは判らないけど、こいつでね」

引き出しを開けると、中の白いケースを開ける。 真新しいインターフェイス・ヘッドセット。

「おい、それは開発中だった・・・」

「そう。エヴァの技術を応用したオペレーション用」

「まさか、そいつで神経接続する気か?」

「イマジンターフェイス・エナブラーを介せばリンガフランカ・プラットホームで接続出来る・・・多分ね」

「・・・危険は無いのか?」

「やってみなくちゃ判んないさ」

ヘッドセットを装着すると、ディスプレイにコントロールを呼び出す。

「・・・あれ、アクセス出来ない」

シゲルは呆れて

「ほれみろ。そんな簡単に行くわけないだろ」

「カスパー、メルキオール、バルタザール・・・はエントランスが出るんだけどなあ・・・」

かちゃかちゃと小刻みな打鍵音。
止まる。

「・・・出た・・・」

覗き込むシゲル。

「な・・・何だこれ?」

漆黒のディスプレイには輝く文字が浮かんでいた。
『RALF NEEDS YOUR PASSWORD』。


午後7時38分


黙々とキーを叩く二人の背中が蠢く。
スクリーンに瞬く『否決』の文字。
マコトの声が響く。

「ラルフ・・・ラルフ・・・」

「ライブラリには見当たらないぜ。思い違いじゃないのか?」

疲れに眼を押さえながら、シゲルはつぶやく。
マコトも手を休める。

「いや、間違いない・・・と思う」

「単なるトンデモ話みたいなもんだろう?」

「公式にはその存在は否定されているよ。でも実在したんだ」

「どこに?」

「ここにさ!」

ぐるりと椅子は反転する。

「世界初の第7世代有機コンピュータが今、ここに居るんだ!」

「何故?どうしてカスパーの中に居るんだよ」

「・・・わ・か・ら・な・い」

ぐるりぐるりと椅子は回る。
シゲルはそれを眺め

「・・・腹減ったなぁ・・・」

「・・・ラーメンかなぁ」

「いや、カツ丼だね。もう丼から玉子がしたたってるやつ」

「ピザだな。トマトが甘くて台がカリカリ」

「枝豆の塩の効いたとこ2、3粒口に放り込んでジョッキの生。泡がクリームみたいで・・・」

「・・・やめよ・・・」

「・・・ああ・・・」

椅子は止まり、ディスプレイを捕える。
マコトはキーボードに突っ伏す。

「パスワードさえ判ればなあ・・・接触できるのに・・・」

「もしお前の云うことが本当だとして、ラルフは米国で軍事用に開発されてたんだろ?最高機密のパスワードがそう簡単に判るもんかねぇ」

「でも研究中だったんなら研究者用のパスワードがあるはずなんだ」

「開発者の誕生日か?」

「入れたよ」

かたかたとキーは鳴る。

「ラルフ・ヒュッター博士。このひとだと云われている。1965年8月27日ご生誕。そんでもって」

かたかた。
ぴー。

「エラー」

「研究所の電話番号とか?」

「それは無いな」

「何で」

「電話が無いんだ。月だから」

「・・・え?」

「米国のクラビウス基地で開発されてたらしいよ。機密にふさわしいだろ?」

「なんかますますウソくさいなあ。あの月面基地はセカンド・インパクト後の財政難で閉鎖されたじゃないか。そんな大事なものを何で捨てちまうんだ?」

「・・・わ・か・ら・な・い」

頬杖をついた鼻先に浮かぶディスプレイを眼鏡に映す。

「・・・『クラビウス基地』ねぇ・・・まったくアメリカ人って奴は・・・」

突然はねるマコトの体。
シゲルは驚き、振り向く。

「どうした?」

興奮したマコトの声は大きく

「来た来た来た来た来た来た!」

「・・・パスワードが判ったのか!?」

ディスプレイには白く『WELCOME』の文字と流れる文字列。
マコトはヘッドセットを装着する。

「はっ、まったくアメリカ人って奴は!」

「な・・・何だったんだよパスワードは」

マコトの悪戯っぽい目が向く。

「124C41+」

「・・・どうして判ったんだ?」

「・・・ヒューゴー賞って知ってる?」

「え?何?」

「・・・何でもないよ」

マコトは目をつむる。
キーボードから手を離す。
文字列は流れ続ける。
シゲルは目を輝かせる。

「すごい!ほんとに接続してる!」

マコトの右手が空中のドアノブを握り、開けた。
ディスプレイの流れが止まる。
目を閉じたままマコトは眉を潜める。

「・・・これは・・・」

「ど・・・どうした?」

「コマンド系統を見てみたんだが・・・命令解除には別のプロテクトが掛かってるぞ・・・」

「別の?」

いくつかのノブが握られ、ドアが開く。

「・・・DNAプロテクト!」

「ま・・・まさか」

「こりゃ手が込んでるよ・・・特定の個人のDNAコードを入力しない限り、外部からの命令の無効化は不可能だ・・・」

「ライブラリを当たってみるが・・・DNAコードまで登録してあるかどうか」

「その前にそのキー・パーソンが居るかどう・・・うっ!!」

のけ反った体を椅子は支えられない。
転げ落ちるマコトを床は冷たく打つ。
シゲルはヘッドセットをむしり取る。
抱き抱えると、喉が力無く晒される。
眼鏡の滑り落ちた顔。
鼻血が滴る。
口からは舌が覗く。

「マコト!おい、マコトっ!しっかりしろ!おい!」

答えぬ主を見下ろし、ディスプレイの文字列の流れは狂気のようにその速度を速め、瞬く。
そしてメインスクリーンには、あの赤い光が。
不気味な鼓動が、二人を暗く照らしていた。








































<中編につづく>




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