JAM











































天井からぶら下がる不格好な電灯の笠を眺めていると、胸の上の彼女の寝息が途切れる。

「う・・・う〜ん」

「やっとお目覚めかな?お嬢様」

「ふ・・・ふあ〜ぁ・・・いむぁぬあんじぃ?」

「二十一世紀の朝だよ。それだけで充分だろ?」

「相変わらずのおとぼけねえ・・・」

「人間の最低の発明品だよ時間て奴は」

「あら、あんたは歳とらないとでも云うワケ?」

「俺の時計は止まっちまった」

はだけた浴衣に手を差し入れる。

「君のせいだ」

香り立つ彼女の体温がびくりと触れる。

「や、やだぁ、冷たいじゃないぃっ・・・」

なめらかな腹を爪でなぞる。

「やぁ・・・やだってばぁ・・・つっ冷た」

「君のここは熱いよ」

「はっ!・・・はぁあ・・・くぅん・・・」

「そして舌は甘い」

優しくその甘さをすする。
彼女の内臓から吹き出る血液がぬらりと冷たい手を濡らす。
他人が見れば堕落と破滅のふたりだろう。
追われる者の張りつめた神経。
一秒後に訪れるかも知れない破滅への予感。
それは嫌悪ではない。
ましてや期待でもない。
彼女と堕ちて行ける、その過程の興奮。
吐き出される息に心臓が溶けて混じるような、脈打つ興奮。

「俺・・・」

「あ・・・んんっ・・・えっ?」

「興奮してる・・・」

彼女の熱さを知る、肉。
遠くない記憶を貪って、新しい記憶に飢餓して。
差し入れる。

「うっ、くうぅっ、うっうっ」

すすり泣く彼女を見下ろし、幸福と快感を外から眺める。
憂うつな今日を想う。

「あ・・・あたし・・・あ」

「・・・葛城ぃっ」

ぶるぶると弛緩する彼女をかき抱き、云葉とともに愛を注ぐ。
分かち合う体温を感じて鎮静する。

「・・・今日かもな・・・」

「はあはあはあ・・・何がぁ?・・・」

「・・・破滅が」



古ぼけた旅館。
俺は薄汚れたシャツと黒いズボンでふらふらと歩み出る。
目指す車には、意外にも一人しか乗っていない。
ばたりとボンネットに手を突くと、フロントガラスに顔を寄せる。

「こりゃまあ、副司令自らおでましとは痛み入ります」

白髪の初老はぎろりと睨むと顎をシートに振る。
ドアを開け、後部に滑り込む。
彼は顔をしかめ振り返る。

「遅かったじゃないか」

「あいつがコイン・ランドリーになかなか行かないもんでね」

行かせなかったのは俺だが。

「・・・で、今回のお使いは何です?副司令」

「皮肉のつもりか?ま、君がわたしを『教授』と呼ぶとも思えんが」

はっ、世を忍ぶ仮の大学教授、ね。

「今回はちょっと困難が伴うかも知れん」

「おや、簡単だった仕事がありましたっけ?」

「今回に比べれば全てだ」

「ではお断りしましょうか」

彼はがさごそと懐をまさぐると、ばさりとシートに紙袋を投げ出す。

「さっそくニンジンをぶらさげますか」

「いらんかね?まあ、たとえ断っても君たちの居所を諜報部に通報するようなあくどいマネはせんつもりだが・・・」

つもり・・・ね。

「戦自が君の首を欲しがってるからな。ネルフの息の根を止められる」

「碇司令の息の根・・・でしょう?」

「同義だよ」

戦自が居る限り俺は安泰・・・か。

「・・・伺いましょうか。教授さん」

助手席のブリーフケースを開けると、書類を掴む。
ばらばらとはためいて俺の手に渡る。

「・・・何ですか?こりゃ」

「報告書だ。事件のな」

「事件?」

「そう。とある企業を襲った押し込み強盗の報告書だ」

「企業・・・」

視線を書類のシグネイチャーまで下げる。

「・・・シャノン・バイオ?」

「ああ。おとといだ。ドイツ本社の研究所に押し入られた」

「・・・で、何を盗まれたんです?」

「ジャムだよ」

「は?」

「ジャム・・・かわいいボトルに入っとったそうだ」

何云ってるんだこのオッサン?

「・・・はははは、狐につままれたような顔をするな。皆ジャムと云っとるがボトルの中身はもちろん違う」

「何なんです?」

「・・・ゼーレ壊滅後もシャノン・バイオが握っていたものと云えば?」

「・・・ニューロ・プロテイン・・・」

「そう。その培養基が『ジャム』だよ。そいつが盗まれた」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。俺に警察のマネをしろとでも?」

「書類を良く見ろ。侵入者のデータだ」

・・・BLOOD TYPE・・・BLUE!?

「パ・・・パターン青って・・・俺はエヴァじゃないんですよ教授先生っ!」

俺の云葉を無視して前に向き直る。

「・・・サード・インパクトはゼーレの老人たちや使徒も含め、全てのATフィールド体を消滅させたはずだった。アダムとリリス以外はな・・・しかし、もう一体残っておったらしい」

「・・・使徒相手に生身の人間がどうしろって云うんです!?」

「探し出し、せん滅するんだよ。・・・君なら出来る」

「はっ、こりゃお断りした方が良さそうだ」

ニヤついた顔を俺に向ける。

「ところで・・・葛城君はどこまで行ったのかね?」

何?

「遅いとは思わんか?」

「・・・まさか!?」

乗り出す。

「何、心配は要らない。彼女は無事だよ。君さえ職務を果たせばな」

職務ぅ?

「・・・イヌたちは戦自の子飼いたちよりはよっぽどジェントルだよ。心配は要らない」

「相変わらずの汚いやりくちですね」

「この手にかけては碇は天才だよ」

なるほど・・・そういうことか。

「・・・で、何か手がかりはあるんですか?」

「ボトルにはラジオが付いておった。コンパスはこれだ」

手のひらに乗せて差し出す。

「実は昨日、ミュンヘン付近でアクティヴが確認された。・・・すぐにロストしたがな」

「首都で!?」

「ああ。だが、気を付けてくれ。ゼーレの残党が動いていると云う情報も有る」

「MIBがまた何の目的で」

「さあ。ジャムか、使徒そのものかも知れない。どちらも咽から手が出るほど欲しかろうて」

「・・・なるほど今までに無い困難さですな」

彼はちらりとバックミラーを見る。

「・・・お帰りだな」

「え?」

葛城・・・。

「・・・だが忘れるな。イヌたちはいつでも彼女を見ている。では、成功を祈るよ」

鼻歌混じりに洗濯物を抱え、彼女は旅館の門をくぐる。



『イヌ』。
ネルフの諜報部は実質的に戦自に吸収されたが、その中の碇司令のシンパが結成した裏組織が『イヌ』こと『ムーンドッグ』だ。
もちろん活動は非合法。その存在を知る者は少ない。
戦自が証拠を掴みゃ、目の上のタンコブ、司令の失脚なぞ簡単。
つまり、おイヌ様のお手伝いをさせて頂いてる俺は、知りすぎた男だな。
おまけに忠誠心も根性も無いから拷問のし甲斐もある。
戦自の子飼いにとっちゃ狙い目ってこと。奴等が血眼なのもそういうワケだ。

「・・・葛城・・・」

飛行機の窓を撫でる雲に彼女の面影を見る。
彼女はイヌの存在を知らない。
いつもの手間仕事と云ったのだが・・・あの別れ際の涙。
・・・何かを感じていたのだろうか?
コンパスを取り出す。
『NO ACTIVE:TANNHAUSER』

「フッ、タンホイザーねえ・・・」

仕舞おうとしたその時。
電子音とともに液晶が揺らぐ。
『ACTIVE:TANNHAUSER IS NEARLY HERE』

「!・・・近い・・・」

機外なのか?地上なのか?
シグナルは安定している。
それとも・・・。
少し腰を浮かせ、辺りを見回す。
まばらに埋まる座席。
・・・家族連れ、ビジネスマン、老夫婦、カップル、少年・・・。
腰掛ける。
・・・まさか・・・。

死神さん。

・・・えっ?

死神さん、来てくれたんだね。

誰・・・だ?
ぱたりと背後で本を閉じる音がする。
銀縁の眼鏡を外すと、振り返る俺ににこりと微笑みかける。
銀色の髪に赤い瞳の少年。

「き・・・君は?」

「初めまして。僕はタンホイザー・・・なんでしょ死神さん」

「じ・・・じゃあ君はっ!?」

使徒・・・そう云いたいの?

あ・・・頭ん中に・・・。

違うよ。遣わされたのはあなたなんだ死神さん。

お・・・俺が・・・?

僕はこうしてあなたを迎えに来たんだもの。

お、俺はお前を・・・せん滅・・・。

フフッ。じゃあまたね死神さん。

何!?
・・・居ない。

「加持リョウジだな」

しまった・・・。

カップルの男が銃口を向け、俺を通路側の席へと引き摺る。
女の方は俺の膝を乗り越え、窓側に陣取る。
挟まれた・・・ってワケ。

「・・・慌てなさんな。ホールドアップでしょはいはい。どうせ逃げ場は無いよ。・・・でもおたくら機内でぶっ放すほどコメディアンじゃないよねえ・・・」

「心配ご無用。トランキライザーだよ」

鈍い音と共に意識が薄れて行く・・・。



目が開かない。
粘着テープで塞がれた格好だ。
ご丁寧に口まで覆われている。
どうやら椅子に縛りつけられてるらしい。
しかし、鼻には新鮮な空気を感じ、耳を小鳥のさえずりが叩く。
奴等はここに居るのか?
わざわざ空港から運んで、椅子に縛ってはい終わりじゃないだろう。

死神さん。

またお前か。

死神さん、もうすぐだよ。

何がだ?

救済さ。

俺を救済してくれ。

フフッ、もうすぐだって。

突然、視界が開ける。
これは・・・廃虚か?・・・天井は高く・・・いや、空が見える。
手を見る。
顔を触る。
何も無い。・・・俺は自由だ・・・。
俺は椅子から立ち上がると、石造りの煤けた壁を伝い、どしりとした木製の堅牢なドアにたどり着く。
ノブに手をかける。
がちゃがちゃと虚しく、ドアは塞ぐ。

慌ててもダメだよ。

出してくれ。

こころを開かなきゃ、ダメだよ。

こころ?

そう。こころ。

かちゃり。
ドアのノブが回る。
ぎぎぎと軋みながら光が現れる。
そこに立つ少年。
君は・・・。

やあ、死神さん。

後ろ手でドアを閉める。
彼を突き飛ばし、ノブを回す。
・・・開かない。

こころを開かなきゃダメだって云ったよね。フフフッ。

うるさいっ!

ジャムは誰も救いはしない。

何?

ジャムは誰も救いはしないんだよ。死神さん。

何故ジャムを盗んだ?

災いの種は断つべきなんだ。失われなければならないのさ。

災い?・・・何のことだ?

僕たちのことだよ。死神さん。

僕たちぃ?

そう。僕と・・・あなた。

・・・・。

こころを開いて。

・・・・。

こころを。

少年の唇が俺のそれに触れる。
その瞬間、俺は彼を貪っていた。
何処までも澄んだ水の香り。
酔い痴れていたのかも知れない。
冷たく吸い付く彼の舌。
俺の胸をまさぐる細い指。
凶暴が彼を嬲る。
瞬きもせず白い首筋を、雪のような背中を犯す。
そして、開放が訪れる。
意識の喪失とともに。



目が開かない。
粘着テープで塞がれた格好だ。
ご丁寧に口まで覆われている。
どうやら椅子に縛りつけられてるらしい。
しかし、鼻には新鮮な空気を感じ、耳を小鳥のさえずりが叩く。
奴等はここに居るのか?
わざわざ空港から運んで、椅子に縛ってはい終わりじゃないだろう。

死神さん。

またお前か。

死神さん、もうすぐだよ。

何がだ?

救済さ。

俺を救済してくれ。

フフッ、もうすぐだって。

突然、視界が開ける。
これは・・・廃虚か?・・・天井は高く・・・いや、空が見える。
手を見る。
顔を触る。
何も無い。・・・俺は自由だ・・・。
俺は椅子から立ち上がると、石造りの煤けた壁を伝い、どしりとした木製の堅牢なドアにたどり着く。
ノブに手をかける。
がちゃがちゃと虚しく、ドアは塞ぐ。

慌ててもダメだよ。

出してくれ。

こころを開かなきゃ、ダメだよ。

こころ?

そう。こころ。

かちゃり。
ドアのノブが回る。
ぎぎぎと軋みながら光が現れる。
そこに立つ少年。
君は・・・。

やあ、死神さん。

後ろ手でドアを閉める。
彼を突き飛ばし、ノブを回す。
・・・開かない。

こころを開かなきゃダメだって云ったよね。フフフッ。

うるさいっ!

ジャムは誰も救いはしない。

何?

ジャムは誰も救いはしないんだよ。死神さん。

何故ジャムを盗んだ?

災いの種は断つべきなんだ。失われなければならないのさ。

災い?・・・何のことだ?

僕たちのことだよ。死神さん。

僕たちぃ?

そう。僕と・・・あなた。

・・・・。

こころを開いて。

・・・・。

こころを。

俺の手が何かに触れる。
大きくそそり立つ男根のような、鈍く光る蛮刀。
凶暴で邪悪な情念が沸き上がる。
少年の頭頂に垂直に振り下ろす。
額の真ん中まで食い込んだ刃を捩じると、粘る脳しょうと血液が吹き上げる。
ぐったり崩れ落ちる少年の腕を掴み、ぽんと切り落とす。
ばたばたと床で痙攣する身体を足で踏みつけ、そのまま腹を裂く。
べっとりとした臓物をわし掴み、鼻先へ近づける。
甘美な、水の香り。
躊躇なく粘液を啜り、肉を貪る。
歓喜と、恍惚。
そして、満ちたりた陶酔の中、俺の意識は薄らいで行った。



目が開かない。
粘着テープで塞がれた格好だ。
ご丁寧に口まで覆われている。
どうやら椅子に縛りつけられてるらしい。
しかし、鼻には新鮮な空気を感じ、耳を小鳥のさえずりが叩く。
奴等はここに居るのか?
わざわざ空港から運んで、椅子に縛ってはい終わりじゃないだろう。

死神さん。

またお前か。

死神さん、もうすぐだよ。

何がだ?

救済さ。

俺を救済してくれ。

フフッ、もうすぐだって。

突然、視界が開ける。
これは・・・廃虚か?・・・天井は高く・・・いや、空が見える。
手を見る。
顔を触る。
何も無い。・・・俺は自由だ・・・。
俺は椅子から立ち上がると、石造りの煤けた壁を伝い、どしりとした木製の堅牢なドアにたどり着く。
ノブに手をかける。
がちゃがちゃと虚しく、ドアは塞ぐ。

慌ててもダメだよ。

出してくれ。

こころを開かなきゃ、ダメだよ。

こころ?

そう。こころ。

かちゃり。
ドアのノブが回る。
ぎぎぎと軋みながら光が現れる。
そこに立つ少年。
君は・・・。

やあ、死神さん。

後ろ手でドアを閉める。
彼を突き飛ばし、ノブを回す。
・・・開かない。

こころを開かなきゃダメだって云ったよね。フフフッ。

うるさいっ!

ジャムは誰も救いはしない。

何?

ジャムは誰も救いはしないんだよ。死神さん。

何故ジャムを盗んだ?

災いの種は断つべきなんだ。失われなければならないのさ。

災い?・・・何のことだ?

僕たちのことだよ。死神さん。

僕たちぃ?

そう。僕と・・・あなた。

・・・・。

こころを開いて。

・・・・。

こころを。



























































死神さん、来てくれたんだね。

来たよ。やっと来た。

僕達を救ってくれるんだね。

ああ。それが俺の義務だからな。





















額に当たる雨の滴に目を開けると、俺はうっ蒼とした森に埋まっていた。
堅い感触に手を見る。
水滴に飾られた青黒いリボルバー。
がさりと草葉を揺らし半身を起こすと、少年が俺に微笑みかけている。




















こっちだよ。




















森の朽ち果てた教会。
蔦に覆われた外壁の向こうに暗い空間が広がる。
おぼろなステンドグラス。
差し込む色を帯びた空。
雨は壁に染み込み、床に揺らぐ鏡を作る。
階段を流れ地下に注ぎ込む。
そして、その底に下りたった俺は見る。
彼らを。




















死神さん。紹介するよ・・・ジャムたちを。




















無数に並べられたベッド。
そのひとつひとつの上で、何かが蠢いている。
辛うじて判る。
ヒト。
すがる手があれば良い方だった。
歩き出す足があれば良い方だった。
湯気の上がる肉塊たちは確かに生きている。
いや、彼らは死ねない。
救われないんだ。




















さあ、救済を・・・死こそ救いなのだから。





















俺の頬を伝うのは雨の滴なのか?
いや、違うだろう。
とにかく、俺はこの可愛そうな殉教者たちを救った。
その時は、それが正しいと思ったからな。
彼らは、微笑んでいたかも知れない。
いや、そう信じる。
銃口を向けた時、はしゃぐような声を聞いた。
あれは祈りなんだ。
感謝の祈り。




















ありがとう。

あんたは居やしないんだ。

・・・・。

あんたは、俺だからな。






























































古ぼけた旅館。
俺は薄汚れたシャツと黒いズボンでふらふらと歩み出る。
目指す車には、やはり一人しか乗っていない。
ばたりとボンネットに手を突くと、フロントガラスに顔を寄せる。

「こりゃまあ、またまた副司令自らおでましとは痛み入ります」

白髪の初老はぎろりと睨むと顎をシートに振る。
ドアを開け、後部に滑り込む。
彼は顔をしかめ振り返る。

「遅かったじゃないか」

「あいつがコイン・ランドリーになかなか行かないもんでね」

こっちの身が持たない。

「・・・全部聞かせてもらいましょうか?影の副司令」

「いい加減君の皮肉は聞き飽きたよ」

あっそ。

「・・・察している通り、盗難なぞ無かった。ありゃデマだよ」

「やはりねえ。で?あの可愛そうな化け物たちは何なんです?」

「・・・ニューロ・プロテインには知っての通り、自分で自分の組成を最適化する自己変成能力が有る。だから有機コンピューターのロジックに使われていたわけだが、ゼーレはその能力に目を付け、人工進化計画の一環として生体を合成する実験をしていたらしいのだ」

「で、俺が送り込まれたと・・・」

「残党らの悪用を防ぐには発見し、焼却せねばならん。しかし研究施設の場所がどうしても判らんのでな。・・・イヌたちが手荒なマネをしたかも知れないが、許してくれ」

「・・・何で俺なんです?」

「・・・・」

「・・・いや、良いですよ。じゃ、今度はもうちょっとマシな仕事でも持って来てください」

「あ・・・ああ」

彼はちらりとバックミラーを見る。

「・・・お帰りだな」

「え?」

葛城・・・。
鼻歌混じりに洗濯物を抱え、彼女は旅館の門をくぐる。
俺はドアを開け、片足を地面に下ろす。

「・・・あの子たちを、救ってくれてありがとう」

「え?」

「・・・碇から君にだ。云い忘れておった」

「司令が?」

「ああ。じゃあ、またな」

走り去る車をいつまでも眺めていた。



あいつらが欲しかったのは俺の『記憶』だ。
加持リョウジと云う魂が宿る前の、俺の記憶。
あの暗い教会の地下で合成された、俺の身体の記憶。
これからは毎晩うなされて眠るのかも知れない。
俺は死んでいたんだ。
今の俺は、俺と云う記憶を移植され、俺に成り済ましている化け物でしかない。
俺は、俺を救ったに過ぎないんだ。
天井からぶら下がる不格好な電灯の笠を眺めていると、胸の上の彼女の寝息が途切れる。

「う・・・う〜ん」

「やっとお目覚めかな?お嬢様」

「ふ・・・ふあ〜ぁ・・・いむぁぬあんじぃ?」

「二十一世紀の夜だよ。それだけで充分だろ?」

「相変わらずのおとぼけねえ・・・」

「人間の最低の発明品だよ時間て奴は」

「あら、あんたは歳とらないとでも云うワケ?」

「・・・確かに俺の時計は止まっちまった」

はだけた浴衣に手を差し入れる。

でも、別のやつが動きだしたのさ。









































<おしまい>




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