into_the_blue


















































緑色のランプ。

かちりかちりとハンドルの奥で点滅する。

ミラーを覗き込むわたしの顏。

フロントガラスの水滴が雨の模様を落としている。

弱くウェーヴのかかった赤い髪。

「やっぱり結んで来た方が良かったかしら・・・」

ふうとため息をつくと、後ろからクラクション。

はっと信号を見上げると、青。

ワイパーの向こうを見ながら、ゆっくりと左折する。

「・・・次の角ね」

水の被膜が街を包んで、道路はくねくねと曇天を映す。

久しぶりの第三新東京。

朝からの雨で色が流れ落ちた、見覚えの有る灰色の佇まい。

その交差点には、白い花が咲いていた。

くるりくるりと向きを変え、花は落ち着き無く探す。

わたしはクルマを路肩に寄せながら、ウィンドウを下げる。

「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」

白い花が弾く雨の下。

肩にかかる青い髪をさらさらと揺らし、赤い瞳は車内を覗き込む。

「いえ、今来たところよ」

「濡れちゃったでしょう」

傘をたたむと、がちゃりとドアを開けて白いワンピースが滑り込む。

「あら、あなたまたそのワンピース?」

「いけないかしら」

「いけなくは無いけど・・・物持ちが良いのねえ」

「着たきりスズメは昔からよ」

「・・・・」

「・・・ふふっ」

「ぷっ・・・ふふふふっ」

お互い顏を見合わせて笑う。

眩しい笑顔。

「・・・久しぶりね、レイ」

わたしが差し出した手を、そっと握る。

「久しぶり、アスカ」








































通りを進むと、赤と緑と鈴の音がしばらく灰色を彩る。

「それ・・・」

「え?」

こちらを向く彼女が目の端に映る。

「それ、まさか高校の時分も着てたヤツかしら?」

「まさか。もう胸もお尻もキツくて着れないわ」

わたしはちらりと流し目をやって

「それはね、脂肪よレイちゃん。気を付けなさいよ」

「御忠告ありがと。そちらも素晴らしいファッションね」

上から下へと感じる視線。

「い・・・良いじゃない。ジーンズにTシャツで何が悪いの?」

「あのおしゃれなアスカは何処へ行ったのかしら」

「着たきりスズメよりはマシでしょ?」

「確かに去年とシャツの柄は違うわね」

「あのねえ・・・」

信号で止まる。

彼女を向くと

「こう見えてもダイガクキョージュと云うのは忙しいのだ」

「そう。ネルフギジュツブセキニンシャとどっちが忙しいかしら」

「・・・両方ね」

ハンドルにコツンと額を当てる。

「・・・レイとだって一年ぶりですもんね・・・」

「毎年クリスマスの日にだけね。逢えるのは」

「・・・そういう意味じゃ、彼に感謝しなきゃ」

「そうね」








































森の木々が影を走らせるボンネット。

わたしは山道に進路を這わす。

彼女は唐突に

「そういえば、今日はキョウコちゃんは?」

「え?ああ、今年はダンナが休みだったんで、置いてきたわ」

「一緒に来れば良かったのに」

「ダメよ。去年いたずら放題だったじゃないの」

「逢いたかったわ」

「・・・ミサトはまた忙しいの?」

「ええ。でも今年中には来たいと云ってたわ」

「去年もそう云ってたじゃない」

「彼女も副司令ですもの。忙しいのも無理無いわ」

「まったく、リツコみたいに結婚引退すれば良かったものを・・・」

「博士だって司令が望まなければ続けていたわ」

「まあでも、ミサトが加持家の専業主婦に収まるワケないわね」

「そうね」

「ねえ・・・」

「何?」

海岸通りに抜ける。

「ううん、・・・何でも無い」

雨に煙る水平線。




















変わったわね・・・わたしたち。




















もう・・・




















あれから十五年も経つんだもの・・・。








































静かな雨が、傘を微かに歌わせる。

見覚えの有る景色。

見覚えの有る海岸線。

そして、目の前の冷たい金属の板。

無数の冷たい秩序の列。

沈み込む色に流れ落ちる水滴を、そっと指先ですくう。

そこに刻まれた名前をなぞってみる。

「イ」

「カ」

「リ」

「シ」

ンジ。

笑顔。

声。

匂い。

・・・想い。

かつて、わたしに刻まれていた想い。

それはその名前からぷちりと切れて、わたしの奥深くに沈んで行った。

幾重にも降り積もる乾いた日常に、滲み出ることさえ無かった。

・・・そうして、センチメンタリズムを理解した。

心臓に棲む自分のかたちが判った。

イヤだったけど、演じ方が判った。

おとなの演じ方。妻の演じ方。母親の演じ方。

そして、それぞれを自分であると誤解出来るようになった。

だから・・・ひとは変わらない。

死ぬまで変わらない。

だけど、ひとは自分を誤解し続ける。

死ぬまで誤解し続ける。

・・・それが変わること。

それが生きること。

だからシンジ・・・。

あなたは、本当のわたしが出会った、たったひとりの男の子。

そう・・・もうわたしでさえ逢えない少女が愛した少年。

あなたは・・・わたしの失ったものの全て。

ここには、わたしの名前も刻まれてるのね。








































「アスカ。雨、止んだわ」

はっと振り返ると、鮮やかな花。

彼女はしゃがむと、墓前にゆっくりと供えながら

「何考えてたの?」

「・・・少年も、こんな美人お姉さんふたりにお参りされて幸せよね」

傘をたたむと、鉛色の空に増した明るさ。

花に向かいじっと目を瞑る彼女から視線を外す。

ふと海を見る。

なめらかな波の襞。

「ねえレイ・・・今日は仕事は?」

立ち上がると

「夜からよ」

「じゃあ・・・砂浜に降りてみない?」

「どうして?」

「どうしてもよ」

「そうね・・・」

彼女の口が開くのを待つ。

「「命令が有ればそうするわ」」

重なった声と声。

いたずらっぽい瞳がこちらに微笑みかける。

わたしは、とん、と軽く肘をレイの胸に打って

「じゃ、行きましょ・・・じゃあね、少年。また来年」

少しずつ流れ出した雲を背に、わたしたちは碑の間を抜けて行く。








































雨を吸い込んだやわやわとした砂。

わたしたちの足跡は、でこぼことした浜から波の磨く鏡へと続く。

穏やかな海風。

そっと髪を押さえるわたしの耳に、かもめの声を運ぶ。

「・・・気持ち良いわね、レイ」

「そうね」

彼女はじっと水平線を眺める。

「ねえ、・・・レイ」

「何?」

「レイは覚えてる?・・・シンジのこと」

「何故?」

わたしはふっと笑って

「・・・わたし・・・思い出せない・・・」

「え?」

こちらを向いた彼女の瞳。

その赤をじっと見つめて

「・・・笑顔も、声も、匂いも・・・思い出せるんだけど、違うのよ」

「どうしてそう思うの?」

「だって・・・」

砂を洗う波に目を落とす。

「悲しく無いの。本当に思い出せたのなら、悲しく無いはずないわ」

「アスカ・・・」

「そうでしょ?だってわたしはシンジを失ったんだもの・・・確かに失ったはずなのに・・・」

「・・・アスカ」

「わたし・・・変わっちゃったの?ねえレイ、わたし・・・」

彼女の肩を掴む。

「・・・ホントのあたしは変わらないはずなのに・・・」

「それが、本当のあなた」

「・・・・」

「だから、逢いに来たのね」

「え?」

あたしの背後を示す指。

そっと、そっと振り返る。








































「・・・やあ、アスカ・・・」








































あの笑顔と同じ。

あの声と同じ。

あの匂いと同じ。

あの・・・想いと同じ。




















伏し目がちの、あの笑顔。

あたしを呼び続けた、あの声。

キスをした時の、あの匂い。

そして・・・こころを引き裂かれるような、あの想い。





















シンジ・・・。




















その時、あたしの心臓から何かが飛び出した。

何かが解き放たれた。

それは・・・




















黄色いサマードレスを風にはためかせ

赤く美しい髪をきらめかせた

少女。




















あたしの中の少女。









































「やっと逢えたね。アスカ」

「どうして・・・どうして今まで来てくれなかったの?」

「アスカ・・・悲しい?」

「え?」

「僕と逢えて、悲しい?」

「ううん、そんなことない・・・嬉しい。嬉しいの」

「だからだよ。・・・だから僕は逢いに来れた」

「・・・・」

「アスカが癒されたから。僕を失ってくれたから」

「そんな・・・そんな、あたしは・・・」

「僕はアスカの想い出になれたんだ。だから、こうして逢えるんだよ」

「想い出・・・」

「アスカ。ひとはね、失ったものたちを想い出に変えて、取り込んで行くんだ」

「・・・・」

「かつての自分さえも、そうやって取り込んで行くんだよ」

「じゃあ・・・失ってしまうの?自分を・・・」

「そうして、変わって行くんだよ。それが成長なんだ」

「成長・・・」

「アスカ、それは悪いことじゃない。だってアスカはアスカだから」

「・・・シンジ・・・」

「・・・僕の好きな、アスカだから」

「・・・想い出なら・・・」

「え?」

「あたしの想い出なら・・・あたしにキスしてくれる?」

「ええっ!?そんな・・・」

「あたしに逆らう気ぃ?」

「だって・・・じゃあ、アスカがしてくれるならいいよ」

「あんたバカぁ!?そんなこと出来るワケないでしょっ!」

「そんなことって・・・んんっ!?」

「んっ・・・」









































雲が切れる。

濡れた砂を舐める陽光。

抱きあう少年と少女は、その眩しさにかき消される。

自分の頬を撫でてみる。

微笑みの上を滑る、温かい液体。

濡れた指をじっと見つめる。

「あなたね、レイ」

「え?」

「あなたの力ね」

振り返る。

やさしく見つめる赤い瞳。

「・・・判らない」

「レイ・・・」

「たとえ・・・」

見上げる彼女の顏が明るく輝く。

「たとえそうだとしても、わたしだけの力じゃないわ」

軽やかに広がって行く青空。

高く、どこまでも高く空気を満たす。

そうね・・・。

「見えたわ、レイ」

「何が?」

「ふたりの天使が」








































「・・・そらのあおにとけてく・・・」








































さよなら。









































<おしまい>




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