月に架かる赤い橋。
まるで綾波の赤だ。
赤い瞳。
静かな・・・静かな夜。
もう、何日たったろう。
ずっとこうして・・・ここでこうして・・・空を・・・見ている。
ざりざりとした砂の感触。
地面の熱。
そして・・・波の音。
絶え間無いホワイトノイズ。
気持ちいい・・・。・・・すべてがうまくいくわけないんだ。
わかっていた・・・わかっていたはずなのに・・・。ミサトさんの十字。
もう逢えないと・・・自分で納得するまでの苦しみ。
でも、もういい。
お墓を建てた。
ミサトさんは眠ってしまった。
あのミサトさんさえ眠ってしまった。
・・・そう、僕は子供だ。
なんにもわかっちゃいない。
人間のこと。
ましてや人類のことなんて。
すぐそばにいるひとのことさえ・・・。綾波?
どうしたの?
・・・悲しいの?
ひとはね、だめだったよ。
母さん、ひとはだめでした。
僕は間違ってしまったようです。
・・・正しい答えなんか、無かった。僕は何を信じて、何を選ぼうとしてたんだろう。
傍らに横たわる包帯の少女。
惣流・アスカ・ラングレー。
徹底的に僕を批判し、
徹底的に僕を否定し、
徹底的に僕を蔑み、
徹底的に僕を拒んだ、
ひと。・・・でも、逢いたかった。
もういちど逢いたいと思った。
それは嘘じゃない。
その気持ちは嘘じゃない。
だってここにアスカは居るもの。
ここにこうして傷ついているもの。・・・ゴメン。
本当にゴメン。
僕のせいだね。
こんな何もわかっちゃいない、僕のせいだね。・・・還ろうか、アスカ。
アスカののど。
あんなに触れたいと願った首筋。
やわらかい皮。
くりくりとした気管。
親指の腹に感じる体温。
・・・つぶしていく。・・・アスカ。
さびしいのは嫌いだよね。
ひとりはイヤだよね。
でも、こんな世界・・・
・・・僕とふたりだけの世界なんて、もっとイヤだよね。
アスカがあんなに嫌ってた僕。・・・もっと早く気付くべきだった。
誰もが他人を求めているわけじゃないんだってこと。
いや、誰もそんなもの求めちゃいないんだってこと。
結局、僕はアスカを苦しみの世界に引きずり出しただけだ。
僕はまたアスカにひどいことをしただけなんだ。還ろう。
還ろう、アスカ。
みんなの心の中に。
誰もが居て、誰も居ない海に。
頬に触れる固くてあたたかいもの。
ざらざらとした手のひら。
薬の匂い。・・・アスカ?
僕を見てはいない。僕は君を殺そうとしている。
とぷとぷと息づく内臓を冷まそうとしている。
僕を許すの?
大っ嫌いな生き物に殺されようとしているのに、
そんな僕を許そうというの?・・・力なんて入るわけないよ・・・。
だってもう手元さえ見えないんだから。
アスカの頬の、僕の涙。
・・・不思議な感じ。わかったんだ。綾波。カヲル君。
僕の中の君たちが云ってたこと。
僕はアスカをわかろうとした。
あんなにもわかろうとした。
でも、何にもわかってなかった。
だって、アスカが僕をわかろうとしてたなんて、
これっぽっちも考えなかったもの。
批判だって、否定だって、軽蔑だって、拒否だって
僕をわかろうとした、その軋み。
僕を理解できるかもしれない、その希望だったんだね。今なら言える。
僕は・・・僕はアスカとなら、この現実を生きて行ける。
アスカは・・・わからない。他人の心は理解できない。
でも、怖くはない。
だってアスカが僕をわかろうとしているから。
そして僕がアスカをわかろうとしているから。
それだけはわかったから。
それが希望なんだね、綾波。これが僕の答えです、母さん。
そして
アスカの口から
またひとつ
希望が生まれました。