一万ヒットの口上









































…1997年7月20日深夜から21日早朝にかけて

興奮した面持ちでディスプレイに向かうひとりの男が居た。

仮に『じい』としよう。

『じい』の脳内にはアドレナリンがじゅくじゅくと泡立っていた。

その眼には毛細管が網の目の如く血走り

かたりかたりとキーボードを鳴らす指はふるふるとわなないている。

彼の精神は犯されていたのだ。

たった今観てきた悪意の産物に。

スクリーンに映し出された光の毒。




















『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』




















確かに感動は有った。

映像的な興奮も有った。

そして何より、圧倒的な衝撃が有った。

しかし、彼はふつふつと沸き上がる怒りを自覚する。

京王線の車内で。

街灯に照らされた家路に。

あの衝撃、あの興奮、あの感動・・・。

なのに、怒りは食道の外側を熱く汗ばませる。

何故?

男は訝しんだ。

何故?・・・傑作じゃないか。

こんな衝撃と興奮と感動を伴った傑作はアニメではもう・・・。

いや、全ての映像芸術からも現れないかも知れないじゃないか!

あの、弐号機の戦闘シーンでのコクピットの描写・・・慣性が絵になってる凄さ!

あの、キッチンでのシーンの描写・・・広角視野の精密な映像!

クライマックスのCGによる圧倒的なカタルシス!

希望を謳う美しいテーマ・・・。

何が不満なんだ?・・・傑作じゃないかっっ!!









































違う。




















違うと思う。




















だって・・・。




















だって・・・彼女が・・・。




















笑わなかったんだ・・・。




















幸せには・・・なれなかったんだよ・・・。




















彼女・・・『だけ』が。




















衝撃?・・・想いを踏みにじる。

興奮?・・・物語が破綻する。

感動?・・・全ての情動を麻痺させる。





















それは『映画』じゃない。




















そんなのは『物語』じゃない。




















登場人物が作者からの救済にしっぽを振って媚びている。




















だって、そんなものは・・・『現実』でさえないじゃないかっ!




















男は気付く。

『毒』に。

男は気付く。

たゆたう『救済』と云う名の『悪意』に。

男は気付く。

そう・・・あの映画館で、ばらまかれた。

男は気付く。

『救済』の名の元に行われた、世界で弐番目の無差別大量殺人。

男は気付く。

死ぬまで苦しむんだ。

そう、男は気付いた。




















そうか・・・。




















だから・・・死ななかったんだ・・・。

だから・・・殺さなかったんだ・・・。




















自分で救うしかないんだ。

自分で救われるしかないんだ。




















彼女が一生苦しまないために。

自分が一生苦しまないために。




















『現実』に引きずり出され、傷付き、震えている。

彼女を『物語』に還すべく

彼らを『物語』に還すべく

『じい』の『物語』は画面を照らし始める。

目の前のディスプレイに浮かぶ赤い文字。




















I NEED YOU




















彼女を取り戻すために。




















もう、決して失わないために。




























































「・・・嘘ね」