「くぉらバカシンジっ!起きなさいよっ!」

「ふにゃ・・・?」

ぼんやりと霞んだ艶やかな色彩。

(でかい人形だな・・・)

「早く起きろってのっ!さもなくばあっ!」

突然、少年は冷たい冬の空気に晒される。

「こおよっ!」

ふとんを片手に少女は勝ち誇る。

「め・・・めくってから云うなよアスカぁ・・・ふぃっくしゅっ!」

「まあったく、朝から元気なのはごく一部分だけねあんた」

(はぁ〜・・・乙女度ゼロだねアスカ・・・)

パジャマの身体をがたがた震わせる上目使いの少年、碇シンジ。
腰に手をあてた紅い髪の少女、惣流・アスカ・ラングレーを見上げる。

「それよりっ!・・・あんたこの姿見て何とも思わないの?」

ゆっくりと目をしばたかせる。
焦点はゆっくりと色彩に結ぶ。

「あ・・・」

艶やかな赤い振り袖。

「き・・・きれいだねアスカ」

青い瞳にわずかに喜色が浮かんで

「よろしい。じゃあ、さっさと起きなさいよっ!」

「えっ・・・何で?」

「初詣に行くからに決まってるでしょう!」

「は・・・初詣?」

「あんた初詣も知らないのぉ?」

「し、知ってるよ初詣ぐらい。・・・でも、お正月はもう過ぎちゃったよ?」

「・・・・」

「初詣だって父さんたちと行っ・・・ち、ちょっとぉっ!」

アスカは片足をベッドに掛けると、シンジの襟首をぐいと掴む。

「あんたもつくづくウルトラバカねえ・・・これは夢なの」

「はあ?」

「夢よ夢。そんぐらい判るでしょう?」

「・・・はあ・・・夢・・・ですか・・・」

開放されたシンジの顔に顔を近付けて

「・・・良く考えてみなさいよ。何で常夏の第三新東京が冬なわけえ?」

「・・・そ、そういえば、そうだね・・・」

「あんたも何で碇司令や母親と仲良く暮らしてんのよ」

「そ、そうだね」

「極め付けは、な〜んであたしがあんたごときの幼なじみなのよぉ。おまけに少々あんたにホの字だなんてとんでもないわよっ!」

「・・・そうだね。これは夢なんだ・・・判ったよアスカ」

勝ち誇る笑顔。

「じゃあボケボケっとしてないでさっさと起きなさいよっ!」

「う・・・うん」

ベッドから起き上がると、紋付き袴。

「・・・あ?ありゃっ?」

「だ〜か〜ら〜、夢だって云ってんでしょうがっ!」

「そ、そうなんだ・・・便利だね、夢って・・・」

「じゃ、行くわよシンジっ!」

誰もいない早朝の家をふたりはあとにする。



冬の町並みを並んで歩きながら、アスカはシンジの手を自然に握る。

(・・・あのアスカが僕の手を・・・やっぱりこれは夢だ・・・)

アスカの横顔を見る。

(・・・でも・・・おかしいなあ・・・)

「ちっともおかしかないわよ」

「えっ!?」

「だからこれは夢だっての。あんた今、『夢なら何で考えただけで神社に行けないんだろう』って思ったでしょ」

「う・・・うん」

「まあったくほんとにバカね。それはあ、あんたが望んでいるからよ」

「ぼ・・・僕が?」

「そ。あたしと手をつないで街を歩きたいと思ってるから。違う?」

(た・・・確かにこのシチュエーション・・・好きだ)

「ねえ〜っ?大体あたしが自分からムッツリスケベバカなんかと手をつなぐなんてあり得ないでしょ〜っ?」

(ゆ・・・夢でもキツイねアスカ・・・)

「だからこれはあんたが望んでいるんだってばM男君。・・・さ、駅についたわよ」

朝もやに煙る街並みからぼうっと駅舎が姿を現わす。

「リ・・・リニアに乗って行くんだ・・・」

「あんたが乗りたがってるんでしょっ!・・・まったく、あんたって潜在意識に深く『電車』が刻み込まれてるんじゃないのぉ?」

(そう云えば妄想に良く出てくるよなぁ・・・)

「変な性癖」

「せ・・・性癖ってことは無いだろお〜」

「自分に口答えすんじゃないっての」

「何だよまったく・・・あっ」

駅舎の暗がりからぱっと艶やかな色彩が姿を現わす。

「あ、綾波ぃ・・・」

青い振り袖に青い髪の少女が、駆け足で近付く。

「碇く〜んっ!おめでと〜っ!」

見とれる。

(綾波の着物姿なんて見たこと・・・うげっ)

赤い袖がシンジの首をぐいっと絞める。

「あんたこれどういうことっ!」

「・・・どっ・・・ど〜ゆ〜ごども何もおっ・・・」

「これはあんたの願望なのよっ!判ってんのおっ!」

「ぐぐぐるじいアズガ」

「あんたあたしと云うものがありながらあ〜っ!」

綾波レイの赤い瞳はしばらくきょとんと見つめていたが

「あ、あの〜、混んで来ちゃったわよ。もう行きましょっ」

とたんに正月の駅の雑踏が三人を取り巻いた。
アスカは通り過ぎる晴れ着たちを見やり

「まったく汚い手を使うわねシンジ。覚えてらっしゃいよ」

(・・・夢も楽じゃないよ・・・)



満員のリニアの吊り革に掴まり、シンジは姿勢の苦しさに顔を歪める。
目の前の座席にはふたりが座っている。

「碇君、きついけど間に座れるよ」

「そうよシンジぃ、座ったらぁ?」

(・・・ご・・・呉越同舟ぅ・・・)

「何意地張ってんのよお。どうせ座るんでしょ?あんたの願望なんだから」

(・・・そゆことか・・・)

ぐるりと背中を向け、ふたりの間に腰を下ろす。

「まっ、意地張っちゃうとこがあんたらしいけどね」

(ほ・・・本能のままに生きるのは普通抵抗あるよぉ・・・)

レイは微笑みかける。

「碇君、わたしの着物どお?」

「え?・・・あ、き、きれいだよ・・・すご・・・くうっ!」

シンジを打ったアスカの肘はぐりぐりと

「あたしにもまったく同じお褒めの云葉をくれたわねえ」

「げほげほっ、だ・・・だって他にどう云えば良いんだよお・・・」

「簡単よ。たったひとこと。『アスカの次にきれいだよ』って」

「えっ・・・ちょっとそれは・・・」

「何よ・・・云えないワケ?」

「云えるワケな・・・」

ちらりとレイを見る。
笑顔を向けたまま、動かない。

「?・・・」

「だ〜か〜ら〜、これはあんたの願望なんだってば。何云ったってレイは怒らないわよ」

(・・・そうなのか。ってことは・・・)

レイからアスカに向き直る。

(・・・やっぱり僕はアスカのことが・・・)

「ねえねえ碇君」

「え?な、何?綾波」

振り返るシンジの腕を掴み

「碇君て、アスカのことどう思ってるの?」

「え・・・ええっ!?」

「ねえ、どうなの?」

「そんなこと云えるワケな・・・」

ちらりとアスカを見る。
ニヤついたまま、動かない。

「?・・・」

「碇君、これはあなたの願望みたいよ。何云ったってアスカは大丈夫らしいわ」

シンジは俯く。

(これは夢だ・・・夢でぐらい自分に正直になれないでどうするんだ・・・逃げちゃダメだ・・・逃げちゃダメだっ!)

「あ・・・綾波・・・」

「何?碇君」

「ぼ、僕はアスカのことが好きだ・・・ずっと好きだったんだ・・・それから・・・」

(え〜いっ、正月大サービスサービスぅっ)

「け・・・結婚したいと思ってるんだ・・・こ、子供はふたり、男の子と女の子、カ、カヲルとレイって名付けて、せ、狭いながらも楽しい我が家を四人で築いて行こうと・・・」

「はいはいストップ!・・・ごちそうさま。じゃ、邪魔者は消えなきゃね」

ふっときつかった座席が楽になる。

「あ・・・綾波?」

「消えちゃったわね」

「ど・・・どこ行っちゃったんだろ・・・」

「何べん云わせりゃ気が済むのよぉっ!これはあんたの夢だっつ〜のっ!」

「じ・・・じゃあ僕が望んだのか・・・綾波に消えて欲しいって・・・」

「そうじゃないわ」

シンジの両肩を掴んで自分に向ける。

「・・・あんたがあたしを選んだってことよ」

リニアが駅に滑り込む。



静まり返る神社の境内。
ざくざくとふたりが玉砂利を踏む音が響く。

「あ・・・あんなに混んでたのに誰もいないんだ・・・」

「あのねえ・・・」

「わ、判ってるよ。これも僕の願望なんでしょ?」

「・・・やっと判ったの?バカシンジ」

アスカはシンジの腕を抱え

「でもどうして誰もいないのかしらねえ〜」

「えっ?・・・ど、どうしてだろ・・・」

「自分の願望が判んないの?」

悪戯っぽい目で覗き込む。

(・・・僕の願望?・・・僕の願望・・・僕の願望っ・・・僕の願望っ!・・・)

アスカに向き直る。

(ぼ、僕のぉっ!)

「ア・・・アスカぁっ!」

「なあにぃ?」

「キ・・・キスさせて・・・下さい」

アスカは眉をつり上げ

「エッチ!スケベ!変態!あんたなんかがあたしにキスして良いと思ってるのぉ!?」

シンジが目を丸くするのをしばらく眺める。
そしてふっと満足げに微笑むと

「・・・良いんじゃない?・・・あんたの夢なんだから」

そっと閉じた瞳のまつげに見とれる。
細い肩を両手で掴むと、かすかに震える。
静かに顔を寄せると、産毛に体温を感じる。
柔らかく。
甘く。
熱く。
・・・切なく。

「・・・・」

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・アスカ・・・ありがとう。好きだよ・・・」

抱きしめる。
耳元でささやく。

「シンジ・・・これで満足?」

「これで満足?」

「え?」

静かに歩いて来る人影。
青い晴れ着に青い髪の少女。
綾波レイの赤い瞳。

「あなたはこれで満足なの?」

「フ、ファースト・・・何故ここへ?」

「あなたの願望だから」

「あたしの?」

「判っていたはずよ。これはあなたの夢」

「あたしの・・・夢・・・」

「こうなることを望んだのは、あなた」

「あたしが?」

「あなたの正直な気持ち。碇君への想い。偽りの無いこころ」

「そ・・・そんなワケ無いじゃないっ!・・・あ、あたしは・・・あたしは惣流・アスカ・ラングレーなのよぉっ!」

「判ってるよお、アスカ」

「シンジ?」

「アスカが偉いって云うのは判ったからさ、起きてよ」

「ふにゃ・・・?」

ぼんやりと霞むくすんだ色彩。

(大きい人形ねえ・・・)

「ねえ・・・置いてっちゃうよ」

アスカは薄い毛布に潜り込む。

「眠いぃ〜っ」

シンジはあきれて

「アスカぁ・・・もぉ〜っ、云い出したのはアスカじゃないかぁ」

「なあにおぉ〜?」

毛布から突き出た尻をぽりぽりと掻く。

(はぁ〜・・・乙女度ゼロだねアスカ・・・)

そろそろと毛布から顔を出す上目使いの少女。
腕を組んだ少年を見上げる。

「覚えて無いの?」

ゆっくりと目をしばたかせる。
焦点はゆっくりと色彩に結ぶ。

「あ・・・」

深い黒の紋付き袴。

「な・・・何それ?シンジ」

顔に落胆の色を浮かべて

「何?じゃないよお。起きてよアスカぁ」

「何で?」

「初詣に行くからに決まってるじゃないかぁ」

「は・・・初詣?」

「そうだよ。アスカが行こうって云ったんだろぉ」

「はあ?・・・でも、お正月はもう過ぎちゃったわよ?」

「・・・・」

「初詣だってミサトたちと行ったじゃなあ〜い」

シンジはベッドに腰掛けると、アスカを見つめる。

「アスカ・・・これは夢なんだよ」

「はあ?」

「夢だよ夢。判るよね?」

「・・・はあ・・・夢・・・」

シンジは顔を近付ける

「・・・良く考えてみてよ。何で正月なのに夏なの?」

「・・・そ、そういえば、そうね・・・」

「どうしてアスカが僕やミサト先生と暮らしてるの」

「そうね。変よね」

「大体、何で僕やアスカや綾波が変な巨大ロボットのパイロットなんだよ。ロリコンアニメじゃあるまいし」

「・・・そうよね。これは夢よ・・・判ったわシンジ」

シンジはうなずくと

「じゃあ早く起きてよ」

「う・・・うん」

ベッドから起き上がると、美しい振り袖。

「・・・どうなってんの?」

「だから、これは夢なんだよアスカぁ」

「そ、そう云うこと・・・便利なのね、夢って・・・」

「うん。だから今日はアスカに僕の本当の想いを伝えられると思うんだ」

「・・・えっ?」

アスカに向く、柔らかな微笑み。






























「だって、これは僕の夢なんだから」









































<おしまい>




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