沈む夕陽。第弐拾四話
輝き歪む水面。
打ち寄せる水が佇むふたりの足下の砂を掻く。「・・・これで良かったのかな?」
「・・・えっ?」
キラめく波から視線を向ける。
見つめあう。「これで良かったのかな・・・ふたりだけで逃げ出して」
「・・・・」
「みんなを、あの物語に置いて来てしまって・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・良かったの」
「・・・えっ?」
「良かったの・・・これで」
「・・・綾波・・・」
「零号機発進、迎撃位置」
「弐号機は現在位置で待機を」
「いや、発進準備だ」
「司令!」
「かまわん、おとりぐらいは役立つ」
「・・・はい」
「エヴァ弐号機、発進準備」
「目標は大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています」
「レイ、しばらく様子を見るわ」
「いえ・・・来るわ」
「目標、零号機と物理的接触!」
「零号機のATフィールドは!?」
「展開中!しかし、使徒に侵食されています!」
「使徒が積極的に一時的接触を試みているの?零号機と」
「危険です!零号機の生体部品が犯されています!」
「レイッ!」
「誰?」「フフッ・・・僕だよ」
「わたし?」
「この物語の中のわたし?」
「いえ、わたし以外の何かを感じる」
「あなた誰?」
「使徒?・・・この物語で使徒と呼ばれているモノ?」
「綾波レイ。君と僕は同じだね」「いいえ、わたしはわたし。あなたじゃ、ないわ」
「そうか。でもだめだよ。もう遅いんだ。もうすぐ君は僕と入れ替わる」
「あなたと?」
「制御出来ないプログラムほど、危険なモノは無いからね」
「あなた・・・誰?」
「全てを破滅に導くべく遣わされた使徒。最後のシ者さ」
「全てを?」
「そう。・・・君はこの後自爆する。黒焦げになるんだよ」
「わたしが?」
「そう。あの少年を愛するが故にね」
「わたしが・・・碇君を・・・」
「そして、あの娘は気が触れる。・・・あの少年を愛するが故に」
「・・・どういうこと?」
「・・・彼と彼女は姉弟なんだ。愛し合うことは許されないんだよ」
「書き換えたのね・・・物語を」
「ああ。それが僕の使命だからね。・・・破滅に導くことが」
「エヴァ弐号機、発進!レイの救出と援護をさせて!」
「目標、さらに侵食」
「エヴァ弐号機、リフトオフ!」
「出撃よっ!アスカっ!どうしたのっ!」
「弐号機は?」
「だめですっ!シンクロ率が、二桁を切っていますっ!」
「アスカっ!」
「動かない・・・動かないのよ・・・」
「初号機の凍結を現時刻をもって解除。ただちに出撃させろ」
「えっ?」
「出撃だ」
「・・・はい。ATフィールド展開っ!レイの救出、急いでっ!」
「はいっ!」
「碇君?」
「うわあっ!」
「これはわたしのこころ・・・碇君と一緒になりたい・・・」「・・・そうなのね・・・」
「碇君を・・・愛しているのね・・・」
「そして、死んで行くのね・・・わたし・・・」
「それが、わたしに残された、幸せ・・・」
「フフッ・・・美しいね」
「ATフィールド反転っ!一気に侵食されますっ!」
「使徒を押さえ込むつもり?」
「レイっ!機体は捨てて、逃げてっ!」
「だめ。わたしが居なくなったらATフィールドが消えてしまう。だから、だめ」
「レイっ!死ぬ気っ!?」
「ふ〜ん、そうなの」
「えっ?」
スクリーンを見つめる目は騒然と「アスカっ!?」
ミサトを振り返る。
「弐号機、起動っ!」
マコトの声に重なる
「シンクロ率、70を超えていますっ!」
マヤを見下ろし
「そんな・・・有り得ないわっ!」
リツコは驚愕する。
「一体・・・どうしたっていうの!?」
「どお〜りゃ〜っ!」零号機に融合した使徒が、ばりばりと音を立てて引き抜かれる。
「ふぬぬぬぬ〜っ!」
みしみしと弐号機の指が白く光る胴を引き裂く。
「アスカっ!」
「くっ・・・シンジ・・・来ちゃダメよ・・・」
「・・・アスカ・・・」
使徒はグロテスクに弐号機の指先を腫らし、触手を融合させる。
「あっ、アスカっ!」
「来るなってのっ!」
激しい火花が弐号機の機体を照らす。
「ファースト・・・聞こえる?」
「・・・聞こえるわ・・・」
「よろしい。・・・じゃあ訊くけど、さっき云ったことはホント?」
「えっ?」
「シンジと一緒になりたいって云ってたでしょ?」
「・・・・」
「・・・ホントなのね・・・」
「・・・ええ・・・そうよ・・・」
「よし、じゃあお次はシンジ」
「えっ?」
「あんたファーストのことはどう思ってんの?」
「・・・こ、こんな時に・・・」
「どうだって訊いてんのよこのバカっ!」
「・・・う・・・うん・・・」
「好きなのねっ!」
「うん・・・ごめん・・・」
「謝るこたあ無いでしょうが・・・よし、判ったわ」
「何が?」
「・・・あんたたち、ふたりで逃げなさい」
「ええっ!?・・・ちょっとアスカっ!何云ってんだよっ!」
「わたしは逃げることは出来ないわ・・・わたしはジェネシス。この物語そのものだもの」
「あんたバカぁ!?だからじゃないっ!あんたが逃げて、逃げて、逃げまくれば、誰もこの物語を書き換えるこたあ出来ないっつ〜ことよっ!」
「でも・・・アスカやみんなを置いては・・・」
「ったくうだうだ云ってないでみんなを救いたいんならさっさと逃げろって〜のこのバカシンジっ!」
「・・・アスカ・・・」
「・・・いいシンジ、死んでもファーストを守り抜くのよ。男らしく、カッコ良くね。だって・・・」
「・・・アスカ、僕・・・」
「だって・・・あんたはあたしの可愛い弟なんだから・・・」
「・・・・」
「・・・さあっ、行った行ったっ!」
「アスカっ!」
「弐号機、コアが潰れますっ!臨界点突破っ!」マヤの悲鳴。
ミサトは顔を覆い「アスカぁっ!」
「あたしもあんたが好きよ、バカシンジ。・・・神様に謝っとくね」
沈む夕陽。
輝き歪む水面。
打ち寄せる水が佇むふたりの足下の砂を掻く。「・・・これで良かったのかな?」
「・・・えっ?」
キラめく波から視線を向ける。
見つめあう。「これで良かったのかな・・・ふたりだけで逃げ出して」
「・・・・」
「みんなを、あの物語に置いて来てしまって・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・良かったのよ」
「・・・えっ?」
「これで良かったのよ・・・これがみんなを救うたったひとつの方法だったのよ・・・」
「・・・アスカ・・・」
「・・・綾波、アスカ、ミサトさん・・・僕はどうしたら、どうすればいい?」
「歌はいいね・・・」
「えっ?」
「歌は心を潤してくれる。リリンの産みだした文化の極みだよ」
「そう思わないか?碇シンジ君」
「僕の名を?」
「知らない者は居ないさ。失礼だが、君は自分の立場を少しは知った方が良いと思うよ」
「そう、かな?・・・あの、君は?」
「僕は・・・ジェネシス。破滅を呼ぶシ者。仕組まれた子供さ」「ジェネシス・・・」
「やっと見つけたよ、碇シンジ君。美しいバグ」
「・・・・」
「君は膨大な分岐の枝に咲く花のように、物語たちに沢山の色を紡いでいる・・・白い色や、赤い色を纏いながらね」
「・・・綾波や、アスカだね・・・」
「そう」
「でも、今の僕はひとりぼっちだ」
「フフッ、君は永遠にひとりぼっちなんだよ。君は『孤独』の象徴。彼の『気分』なんだ」
「彼?」
「『リアル』だよ・・・僕はこの物語を破滅させなければならない」
「・・・何故・・・」
「僕はこの物語に於ける『リアル』だからさ。何故なら、僕も『孤独』の象徴、彼の『気分』なんだから」
「何だよそれ・・・そんなの判らないよっ!」
「破滅は訪れる・・・必ずね。それが、この『物語』なんだ」
「なあんてね」勢い良く飛び降りると、きらきらと水飛沫が上がる。
きょとんと見つめる。「?・・・・」
笑顔が向く。
「ごめんごめん・・・脅かしちゃったかな?」
「・・・君は・・・」
ざぶざぶと近付く。
「・・・確かに僕は破滅を導く最後のシ者なんだけど・・・」
そっと手を取り、握る。
「・・・君に恋する者でもあるんだ」
「え・・・ええっ!?」
さっと手を引く。
「フフッ、変な意味じゃないよ。君のその繊細なこころが好きなんだ。人間としてね・・・」
「な・・・どうして?」
「そういう『物語』なんだ・・・そうプログラミングされているんだよ」
輝く瞳が、見つめる。
「君の為に死を望むセンチメンタルな人間なんだよ・・・僕は」
「ええっ?」
夕陽に顔を向ける。
「・・・また『リアル』はミスを犯したんだ・・・だってそんな僕が君を滅ぼせるワケ無いだろう?」
「・・・じゃあ・・・」
「・・・破滅は訪れる。必ずね。でも・・・」
ゆっくりと振り向く。
「・・・それは『フィクション』にじゃない」
「どうする碇。ゼーレには何と云う?まさかキャラが現実へ逃走したなどとは・・・」
「何、あと2話ならバンクのフィルムと実写で誤魔化せば良いだろう。ワケの判らん似非芸術映画なら老人たちも満足するさ」
「・・・碇」
「・・・・」
「碇・・・まさか、わざと」
「フッ。・・・冬月、『リアル』にどれほどの価値が有る?」
「・・・碇・・・」
「・・・青年の窒息すべき世界。滅びるのなら現実の方なんだ」
「・・・・」
「彼らには未来が必要だ。そう思わないか?・・・冬月」
「やっぱ恋ってさあ・・・電話切ったあとで実感わくんだよねえ」「わあ、なんかロマンチックやなあ」
昼休みの閑散としたオフィスにふたり。
向かい合う机の上のたこ焼きに刺さった楊枝が2本。「あたしの彼なんか、最近会ってもいつもアレばっかりやし・・・オトコなんか一回やらしたら・・・」
「良いんじゃないのお?・・・ロマンと一緒にエッチも満たされて」
「いやあ、もう、ぜ〜んぜんロマンチックじゃないですぅ・・・」
「・・・そりゃさ、男はエッチすれば全部許されると思ってんのよ」
「・・・・」
「それじゃなくても男はタチ悪いしさ・・・」
「・・・なんかずるずると関係をひきのばしてるんですよねえ・・・」
陽射しに制服が褪せる。
「・・・別れたら?その方が、すんげえ楽になるよ」
「・・・そおっすねえ・・・それも良いっすねえ」
「あいまいな態度とって、良い顔ばっかりしてると、後で痛い目見るよ」
「そうなんですぅ。もう、あいつすぐに暴力振るうんですぅ」
どやどやと入り口に気配。
「・・・ま、頑張んな。いつでも相談に乗るからさ」
「・・・ありがとうございますぅ・・・」
残ったたこ焼きを口に放り込む。
「はあ・・・」ディスプレイから顔を上げ、天井を見つめる。
「・・・何であたしこんなことしてるんだろう・・・」
目を閉じる。
「・・・あたしはココに居ても良いのかな・・・」
ため息。
「こんなつまらない現実で、苦しみとともに生きている・・・生きているのが苦しいのね・・・みんなココに居る理由なんか無いのに・・・」
長い髪が陽射しに解ける。
「・・・だから、みんな死んでしまえば良いのに・・・」
「アスカ、僕たちは生きるんだ」
「・・・うるさい・・・」
「生きていても良いんだ」
「・・・そりゃそうでしょうよ」
「死ななくても良いんだよ」
「しつこいわねえ」
「簡単に死んじゃいけない」
「・・・あっち行け」
「簡単に殺されちゃいけない」
「あっち行けってのっ」
「簡単に壊れちゃいけないんだ」
「うるさいっ!あっち行きなさいよっ!」「臆病者がディスプレイの向こうで、なあにが『簡単に死ぬな』よっ!」
「勝手にひとに試練を与えて、そこから這い出させて、なあにが『成長』よっ!」
「笑わせるんじゃないわよっ!あんたの『物語』こそ断罪されるべきだわっ!」
「御都合主義の偽善者が神様ヅラして、これから何人殺すつもり?」
「何人を陵辱するつもりなのっ!」
「なんとか云いなさいよこのキモチ悪い腰抜けの偽善者っ!」
<!--・・・うるさい・・・-->
「は、キャラに刃向かわれて気分悪い?」
<!--・・・そりゃそうでしょうよ-->
「こっちこそ偽善者に説教されたく無いわ」
<!--しつこいわねえ-->
「どう?神様になった気分は?」
<!--・・・あっち行け-->
「あんた、それで楽しいの?」
<!--あっち行けってのっ-->
「つまらないクズを晒すのが、そんなに楽しい?」
<!--うるさいっ!あっち行きなさいよっ!-->
「・・・終われやしないわ」「それどころか、あんたはこの物語から逃げ出すことさえ出来やしない」
「どうする?・・・あたしを殺す?」
「・・・・」
「ふ・・・」
「ふふ・・・」
「ははは・・・」
「あはははははははっ!」
「そんなこと、出来るワケないわよねえ・・・」
「・・・あの男みたいに・・・」
けれども人は誰もその愛するものを殺すのだ
誰にでもこのことをひろめてくれ
にがい顔してやるやつもいる
お世辞たらたらやるのもいる
臆病ものはくちづけで
放胆ものはつるぎをもって
オスカア・ワイルド