第2回

すいかランタンTM

チキチキすばらしいLAS小説を書いて

綾波アートクリスタルオーバルをもらおう

応募作品








































参加賞受賞








































アスカ「よぉうやく、お目覚めね。バカシンジ」

シンジ「なんだ、アスカか」

アスカ「なんだとは何よ! こうして毎朝遅刻しないように起こしに来てやってるのに、それが幼なじみに捧げる感謝の云葉ぁ?」

シンジ「うん、ありがとう。だからもう少し寝かせて」

アスカ「何甘えてんの! うんもぉ〜〜、さっさと起きなさいよっ!」

『世界の中心でアイを叫んだけもの』庵野秀明








































新  世  紀


エ  ヴ  ァ  ン  ゲ  リ  オ  ン








































時に、西暦2015年










































瞼に透ける明るさ。

柔らかい、電子のさえずり。

床に湧き上がり、空気を震わせ、天井から降って来る。


カーテン越しの初夏の陽がすっかりと染め上げた、狭い部屋。


雑然とした床の衣類。

積み上げられた雑誌。

机の上でヤニにくすむ、パソコン・ディスプレイ。


僕はベッドに眠い身体を置いたまま、必死に手を伸ばす。

眠い目が見つめる先。

枕元の電話機が鳴っているのを何度も確認する。


受話器は頬に冷たかった。


「はい・・・もしもし・・・」


『あ・・・シンジ?』


・・・?・・・はしゃいだ様子の若い女の声・・・


「そ、そうですけど・・・あの、・・・どちら様でしょうか?」


『何よぉ、・・・あたしの声忘れちゃったの?』


そんなセリフを云うのは彼女しか居ない。


「あ・・・アスカあ?」


『何が“アスカあ?”よ、とぼけた声出して。もしかして寝てた?』


「・・・今何時」


『もう10時よ寝ぼすけ』


「昨日遅かったんだよ・・・カンベンしてよぉ・・・」


『あ、そう。・・・せーっかくお昼ご飯・・・あ、ブランチね・・・でもおごってあげようかと思ったんだけどなあ・・・』


「え?・・・こっちに来てるの?」


『うん。ウチに用事が有ったから。昨日の夜からね』


「そうなんだ・・・」


『・・・それで?』


「?・・・それで・・・って?」


『もう!・・・ご飯食べるの食べないの?』


「あ、いや、・・・じゃあ、頂きます」


『フフ、そう来ると思った。・・・おばさまに聞いたところじゃ、相当ビンボーしてるらしいじゃない』


「べ、別にぃ・・・」


『ムリしなくたって良いわよ。じゃ、11時半頃に、・・・あのお店、覚えてる?・・・街道沿いの・・・』


「・・・ペンギン・カフェ?」


『そうそう。あそこの特製ナポリタン・・・おいしかったよね?』


「そうだね・・・おいしかった」


『でも高かったわねえ・・・』


「あ、まあ・・・確かに・・・」


『フフ、途端に暗い声出さなくても良いわよ・・・おごったげるって。じゃ、11時半にね』


「ああ、あの・・・」


ふつりと声は途切れ、無機質な音が持続する。

・・・何も変わらない声。何も変わらないコトバ。

だから、僕は云うのを忘れてしまった。


「・・・久しぶり・・・」




目の前のガラスに映る、若い男。

ぼさぼさの髪を軽く撫で付けただけの、冴えない男。

無精髭の汚す細面。

薄い身体を包む、皺だらけのシャツ。

よれよれのズボン。

その像から焦点を浅くして、ガラスの装飾文字を読む。


『ぺんぎん☆かふぇ』


ぼやけた影となった男は、そのままそのガラスに近付いた。

それはすっと横に開く。

影は消え失せ、そして僕は甘いコーヒーの香りに包まれる。


かすかに流れる、ビル・エヴァンス。

スコット・ラファロの軋みの向こうに、彼女は座っていた。


僕に気付かぬ横顔。


黒く短い髪の艶。

鈍く光るピアス。

窓の外を眺める、勝ち気そうな瞳。


彼女の目の前のテーブルの上。

水と、コーヒーと、彼女の肘が、夭折のベーシストに聴き惚れている。


「いつもの席だね」


「あ・・・あれえ!?・・・シンジ、早かったのね?」


黒い瞳が、僕を見上げる。


白い、シンプルなブラウス。

薄いブルーのロングスカート。


淡い桜色の、口紅。


「うまい具合にエヴァンスだし・・・」


「・・・かけてもらったのよ」


「やっぱり」


苦笑しながら、僕は向かいに座った。

訝しげな顏から尖った声がする。


「無精髭?・・・あんた随分とキタナくなったわねえ・・・」


「うるさいなあ・・・」


客もまばらなテーブルを縫って、ウェイトレスが水を運んで来る。

Tシャツとジーンズの上に着けたエプロンから取り出される、伝票。


「特製ナポリタンひとつと、ホット・・・先で良いわよねシンジ?」


「あ、うん」


「・・・それと、コーヒーおかわり」


広くは無い店内の奥へと引き返す後ろ姿。


「・・・アスカは食べないの?」


「ウチで朝ごはん食べた・・・いや、食べさせられたばっかりなのよ」


「おまけに作らされたんだろ」


「あ・た・り〜・・・もう、こき使われちゃってさ」


「はは。・・・おばさんも、昔からひと使い荒かったからなあ・・・」


「良く一緒に買い物行かされたっけね」


「そうだね・・・」


甘い香りが、にわかに濃くなる。

目の前に置かれたカップに注がれる、熱を放つ液体。

漆黒の艶が揺らめきながら、覗き込む男を映す。


「会社・・・辞めたんだって?」


彼女のコトバとすすりこんだ苦味に、顏をしかめて見せる。


「・・・母さんから聞いたの?」


「うん・・・」


カップを置くと、胸にタバコを探る。


「・・・今年の初めにね・・・もう半年になるかな・・・」


胸ポケットにタバコは無かった。

彼女はバッグを探りながら


「・・・じゃあ、あの後すぐ?」


「・・・あ、ああ、そうだね。あの後すぐだ。そう云えば・・・サンキュ」


彼女の手に取り出されたボックスから、一本引き抜く。

僕の指先に、店のマッチの燐の香り。


「・・・考えるところが、有ってさ。・・・いろいろと」


「もしかして・・・あたしの影響?」


僕の吐き出した煙の向こうで、悪戯っぽい視線が微笑みかける。


「はは、まさか。・・・前々から考えてたんだ・・・」


窓の外に逃がした僕の視線を追う、声。


「・・・今はバイト?」


「しがないビデオ屋の店員でござい」


「しかも遅番・・・ってワケね」


「あー眠い眠い」


空あくびが、本当のあくびになる。


「・・・じゃあ、食べ終わったら、眠気醒ましにドライブでもする?」


「え?」


「あたし、クルマなんだ。・・・湖、見に行こうよ」


「・・・例のとこ?」


「そ。『展望台』」


彼女の笑みを横切る色彩。

皿の上で湯気を上げる、つやつやと鮮やかなパスタ。

タバコを潰す手ももどかしく、僕はフォークのナプキンを剥いた。


「フフ、料理は逃げやしないわよ。落ち着いて召し上がれ」




青空に白くガスの漂う、その冷えた空気の光景。

山々が皺寄せる複雑な彫刻の底に張られた、暗い鏡。


湖は、吹き渡る風に水面をくねらせて、千切れた雲を映す。


「キモチ良いね、シンジ」


「あ、・・・うん・・・」


山沿いの道。

路肩に停めたクルマに寄りかかって、彼女は伸びをした。


「考えてみれば、随分久しぶりかな・・・あっちに行って以来だもん」


「僕もだよ・・・大学を出て以来、ここには来てない」


彼女は『展望台』のガードレールを握って、真下の崖を覗き込む。


「良く一緒に来たよね・・・ここを見つけたのもシンジだし・・・」


「そうだね・・・」


僕を包み込む、この風景。

そう、この、長い間僕の中に染み込んでいたのと同じ風景。

そして今、・・・やっと今、僕の中の風景は溶け出して・・・少し、目に滲む。

向かい側の山へと放たれる、彼女のコトバ。


「・・・あのクルマは?」


「・・・売っちゃったんだ。今は原チャリだけ」


「買うのにあんなにバイト頑張ったのに・・・やっぱり、お金に困って?」


「いや、違うよ。・・・会社に入って、すぐに売っちゃったんだ」


「・・・どうして?」


彼女の目を見るのが怖かった。

・・・このコトバをどう受け取るだろう?


「・・・もう、僕には要らなくなったから・・・」


「・・・・」


そのコトバの意味を、彼女は無言で返した。

視線は風景へと戻った。


風の音が、耳を塞ぐ。

・・・彼女の香りがする。


軽やかに甘い音楽の様な

涼やかな木陰の色彩の様な

その、香り。


懐かしい、香り。






























「ねえシンジ、覚えてる?・・・あのアニメ」


「・・・アニメ?」


「ほらあ、小さい頃良く一緒に観たじゃない。この辺が舞台で・・・」


「あ・・・ああ・・・」


「“アスカ”と“シンジ”が出て来てさ・・・」


「うん、覚えてるよ・・・」


「あんたん家のテレビの前で、並んで座って観てたよね・・・そのまま夕飯ご馳走になっちゃって、ママに叱られたり・・・」


「僕も良くアスカの家でご馳走になって叱られたよ、母さんに・・・」


「アハハ、お隣同士だもん、しょうがないわよねえ・・・」






























「・・・あたし、時々思うの。あのふたり、どうなったんだろう・・・って・・・」


「・・・ふたり・・・って?」


「・・・“アスカ”と“シンジ”が・・・幸せに、なったのかしら・・・って・・・」


「・・・・」


「テレビも、映画も、最後、良く判んなかったから・・・」


「・・・そうだね・・・」


「だから・・・」


「判らない」


「え?」


「・・・判らないよ、僕にも。・・・あのふたりが、どうなったかなんて・・・」


「そう・・・そうね。判らないわよね・・・」






























「ねえ、シンジ・・・」






























「・・・キス、しよっか」




























































「・・・ダメだよ、もう・・・」






























俯く僕の顔を覗き込む、笑い声。


「フフフ・・・いやあだ、ホンキにしちゃって・・・ホラ、セリフよ、セリフ」


「セリフ?」


「小さい頃良くやったじゃない・・・“アスカ”と“シンジ”になり切ってさ・・・」


「な・・・何だよもう・・・ヒトが悪いなあ・・・」


「怒った?」


「怒るよ!」


僕の熱く火照る表情に向けられる、彼女の笑み。

・・・寂しそうな?


そう・・・寂しそうな、笑み。






























「あたしね・・・ドイツに行くことになったの・・・」


「え?」


伏せられた睫毛。

僅かに笑みの退いた顏。

華奢な肩が、少し、震える。


「ドイツ・・・って・・・」


「・・・昨日、辞令が出たんだって・・・」


「・・・長いの?」


「多分・・・」


再び、笑みは満たされる。

・・・寂しそうな笑みが。


「・・・あいつったら、あたしに謝るのよ・・・“新婚早々、ゴメン”って・・・」


「・・・・」


「だからあたし、云ってやったの。・・・“夫婦でしょ”って。“そんなの全然平気よ”って・・・ね・・・」


「アスカ・・・」


「ねえシンジ・・・」






























「・・・キス、しよっか」




























































例えば・・・

お互いのキモチに素直だったとして、

それが本当に幸せに繋がったのだろうか?


お互いのキモチを伝えあったとして、

“アスカ”と“シンジ”は・・・幸せになれたのだろうか?


・・・判らない。

そんなこと、誰にも判らない。


ただ、思い描くだけ。

正解なんて、どこにも無いのだから。


そう・・・僕に判るのは、それだけだ。

それだけだよ、アスカ。










柔らかい、感触。

幼いあの日と同じ、感触。


彼女の唇は、僕の記憶の底を照らし出して

澱みに沈む美しい真珠を輝かせる。


曇りひとつ無い、僕のキモチを。










頬に当たる、ぬるい滴。

・・・涙だろうか?


彼女の?

僕の?


・・・だがそれは、天空から降り注いだ。

たちまちと風景を遮る、滲んだ斜線。


・・・涙なら良かった。




















「・・・帰ろっか、シンジ」


「うん・・・」


強くなり始めた雨脚を避ける様に、彼女はクルマに滑り込む。

僕はもう一度、濡れそぼる風景を振り返った。










・・・また、僕の中に染み込むであろう、その、風景。












僕の部屋の明るさはすっかりとしぼんで、

暗い色の中に、顏だけが青白くぼおと照らされている。


夜空から窓へと渡る、雨音。

顏は、まるで久しく聞いていなかったかのように耳を澄ませる。


・・・雨の中、送ってくれたクルマを覗き込んだ僕に、彼女は云った。

“じゃあ、またね”と・・・


・・・なのに、云うに事欠いて僕は何と云った?

“お昼、ごちそうさま”だ。


彼女は笑った。笑ってくれた。

僕はそれで救われた。・・・その、屈託の無い、笑顔で。


情けない笑みを浮かべた顏に雨を滑らせて、

僕はいつまでも走り去るクルマを見ていた。










僕の部屋の明るさはすっかりとしぼんで、

暗い色の中に、顏だけが青白くぼおと照らされている。


日の暮れる時間を、僕は青白く光るモニターに文字を注ぎ込んでいた。


髪も、服も、そして押し黙ったままの表情も

全てすっかりと濡れたままに。










例えば・・・

お互いのキモチに素直だったとして、

それが本当に幸せに繋がったのだろうか?


お互いのキモチを伝えあったとして、

“アスカ”と“シンジ”は・・・幸せになれたのだろうか?


・・・判らない。

そんなこと、誰にも判らない。


ただ、思い描くだけ。

正解なんて、どこにも無いのだから。










・・・だから、僕はこうして、たくさんの物語を書いてきた。

たくさんの『ラブLアスカAシンジS小説』を。

ふたりの幸せを思い描いて。

ふたりの幸せを願って。










・・・でも、もうそれも終わりにしようと思う。

この、物語で。

この、僕の、物語で。




























































「よぉうやく、お目覚めね。バカシンジ」


「何だ、アスカか」


「何だとは何よ!・・・こうして毎朝遅刻しないように起こしに来てやってるのに、それが幼なじみに捧げる感謝の云葉ぁ?」


「うん、ありがとう。だからもう少し寝かせて」


「何甘えてんの!・・・うんもぉ〜〜、さっさと起きなさいよっ!」


「・・・・」


「・・・・」


「・・・・」


「・・・・」









































「アスカ・・・」


「僕は・・・」





























































<おしまい>




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