Dream Drop
Dream Drop
































薄桃色の、大きなトランク。

ピカピカの、堅い金具。

お尻に伝わるつるつるとした冷たさに

あたしは膨れっ面を一層腫れさせて、

目の前に滑り込む白いクルマを睨んだ。


「お〜そ〜い〜っ!」


ドアが開くや否や、コトバを突き刺す。

駆け寄る、ひょろ長い影。


「ご、ごめん……ロビーで待ってれば良かったのに……」


「玄関、って約束だったでしょ? ……待たせるなんてサイテー」


「でも、そんなモノに座って……電話くれれば……」


「兎に角っ! あんたは遅れたのっ! ……云い訳は?」


「道が混んでた……って云っても、当たり前だ、って云うんでしょ?」


「判ってるじゃない」


「……ふぅ……」


見下ろす顔が、緩む。


「……あんた、今笑ったわね?」


「え?」


「あんた、今笑ったでしょ」


「い、いやその……だから……」


立ち上がると、目の前の首に両手を伸ばす。

太くて、固い。……浅黒くて、ごつごつしてる。


「ぐ、ぢょ、ぢょっど、アズガ!?」


白くない。柔らかくない。つるつるじゃない。

……あの頃とは違う、大人のノド。


「ひ……ひどがぁ……みでるぅ……」


「ちょっと見ない間にあたしよりデカくなってっ! 生意気よっ!」


「ぞ……ぞんなあぁ……」


「何よ!」


「ア、アズガだっでぇ……」


その時、頭の上から音圧が降り注ぐ。

風圧が、帽子の広いツバを揺らす。

はためくサマードレス。

滲む黄色。


「ったじゃ……ない……か……」


「……え?」


飛び去る音が鎮む風景。

曇り空に、霞む影。


帽子とドレスの裾を押さえる手。

開放された首を擦る手。


「……こ、これだからイナカの空港は……」


「ああ、その、……ごめん」


「あんたが謝るこっちゃないでしょ」


「……」


「お久しぶり」


「……え、え?」


「挨拶よ。何ビクビクしてんのよ」


「そ、そりゃ、……いきなり首絞められれば……」


「あんたが遅れるのが悪いんでしょ」


「……ごめ」


「ごめんはもう良いわよバカ。お久しぶりっ!」


「あ、うん……久し……ぶり……」


よれよれシャツの袖から伸ばして

きったないジーパンで汗拭いて

あいつはやっと手を差し出す。


「握手? ガキじゃあるまいし」


「……」


あごをほんの少し上げて見せると

あいつはちょっと暗い色を見せる。


「じょーだんよ」


力無い手を握って、ぶんぶんと振り回してやった。


「碇シンジ君、お出迎えゴクロウ」


「うん、お帰りアスカ。遅れてごめ……」


「もう良いってのっ!」





擦り傷だらけの軽自動車の

ベニヤ板みたいな助手席に

金具でへこんだお尻を載せてると

流れる風景まで疼いて見える。


「ほっんと、どイナカね」


「良いとこでしょ?」


「イナカなんてどの国も同じ……草いきれと、土と、コヤシの匂い」


「……まあ、そうなんだろうけど」


「元エヴァパイロットとしては、隠遁生活もラクじゃない、と」


細く色褪せた陽が雲間から覗く。

退屈な景色を染める。


「……こ〜んなどイナカで、あの娘と愛欲の日々を送っていたワケね」


「え?……ちょ、ちょっと!?……」


「な〜によ、違うワケ?」


「あ、あいよく、とか……そう云う……」


「同棲してたんでしょ?」


「そ……そうだけども……」


「毎日毎晩シてたんでしょ」


「シ……シて……」


ぎゅぎゅぎゅと、どイナカの路肩にクルマが停まる。

ハンドルの上に、ふうと溜息。


「……な、何が云いたいのアスカ?」


「別に……って云うか、そっちこそ云いたいことが有るんじゃないの?」


「え? ……僕は別に……」


「な〜んで、ドイツから帰って来たのが愛しのレイちゃんじゃなくて、コイツなのかな〜……とか」


「そ、そんなこと……」


「もしかしたらコイツ、レイちゃんについて何か知ってるんじゃないのかな〜……とか」


「……そ……そんな……こと……」


「じょーだんよ」


萎れた顔に笑い声を浴びせる気にはならなかった。


「……知ってるわよ。あの娘のこと」


「……えっ!? ……ホ、ホントに!?」


「急に倒れたんでしょ」


「うん、胸が苦しいって。病院に担ぎ込まれたんだけど……」


「何故かそのまま、ドイツへと運ばれてしまった」


「ミサトさんは、ドイツではまだゲヒルンが組織として生きてるから、そっちで検査するらしいって……」


「他には何か云ってた?」


「……判らない、みたい」


「ま、ネルフももう無いし、ミサトも一介の自衛官でしか無いからね」


「それで、アスカは何か知ってるの?」


「ええ」


「お、教えてよ」


「どうしよっかな〜」


「教えて……欲しいんだ……」


何人も嗜虐心をくすぐられるであろう、その表情。


「……あたしの云うこと何でも聞いてくれる?」


「え?」


「そしたら教えてあげる」


「云うこと……って……」


「そうねえ……」


恐怖と、緊張と、期待に汚れた静寂。

ゆっくりと、コトバを注ぐ。


「……デートしてもらおっかな」


「は……はあ?」


「デートよデート。久しぶりの娑婆だもん、楽しまなきゃ」


「な……何考えて……」


「イヤ?」


「イ、イヤとかそう云う……」


「イヤなら帰る。このまま、ドイツに」


「そ、そんな……」


「どうすんの? ……するの? しないの? ん?」


覗き込むと、その表情を埋める暗い色。

搾り出す様な、声。


「……す、する、よ……」


「フフッ、き〜まりっ」


はしゃいだ空気をぶつけてみても、

何か苦いモノを飲み込んだ風。


「……さあ〜て、まずはドコに連れてってくれるのかな〜?」





曇天は所々明るく膨らみ

そのまだらの灰色を水面は映して

風の捲るさざ波は曲線を巡らせる。


「さっびし〜眺めね〜」


「観るところと云えば……ココぐらいしか無いんだ」


「はん、ダム湖なんて珍しくもない。で、いくつ村が沈んでるワケ?」


「……急に電話貰って……びっくりしたよ」


「え?」


あいつは目を逸らし、水に視線を浸す。


「確かに、綾波のことは心配だけど……アスカがこうして、元気になって、会いに来てくれたことは……本当に嬉しいんだ。これは本当なんだよ」


「ふうん……」


帽子を払うと、背けた顔に近づく。


「……じゃあ、キス、してよ」


「え?」


「あの時みたいに。……あ、鼻は摘まないから」


「そ、そんな……」


「何よ。何でも云うこと聞くって約束でしょ」


「でも……」


「あの娘、助からないわ」


「!?……ぷっ!……んんっ……」


開いた口を、吸い上げる。

力の昇華した唇。

呆然とした舌。

凍りついた歯。

虚ろな胸板。


「……んっ……んっ……」


たっぷりと唾液を塗り付けて

あいつの下唇をくわえ込む。


「……んっ!……はぁ……アスカ、ちょっと……」


胸元を撫でるあたしの手の平が、

あいつの足の間に滑り込む。


「や……やめ……」


「フフッ、ちょっとカタくなってる……このウワキ者」


「や、やめてくれ……」


「ま、どうせあの娘は助からないからけど。寿命だから」


「……寿命?……それって、どう云う……」


「さあて、次はどうしよっかな〜」


「……アスカ?」


「そうだ、ホテル行こう。そうしよ、シンジ」


「……いい加減に……」


股間を、ぎゅっと掴む。


「ぐっ」


「教えたげるわよ……約束通り、云うこと聞いてくれたら」


驚愕でも畏怖でも憎悪でも無い、何だかぼやけた顔をして

あいつの目は、じっと、あたしの後ろの風景をなぞる。





がらりとガラス戸を開けると、広がる光景。

湖はきらきらと、僅かな陽を投げ返す。


「いっちょまえにバルコニーなんか有るのね」


振り返ると、二台のベッドで埋まった部屋。

その片方に、うなだれた姿が腰掛ける。


「ラブホテル兼ビジネスホテル兼観光ホテル兼どイナカの安宿の最高級ウォーターフロントツインルーム……ってカンジ?」


「……もう、やめよう、アスカ」


「なーによー、ココからがデートのクライマックスじゃない」


「アスカ、君は一体……」


「ほーら、うだうだ云ってないで……」


カラダは簡単に押し倒される。

ジーパンに取り付いて、するすると剥き上げる。


「……ふーん、抵抗しないんだ」


「……アスカが何を考えているのか判らないよ……でも」


「でも?」


「やっぱり……僕は知りたいんだ。綾波のこと。……ただそれだけ」


「よろしい。素直な子には御褒美あげなくちゃね」


紺色のブリーフを下ろすと、くすんだ器官が現れる。


「あ、元気無くなっちゃってる。期待に膨らんでるかと思ったのにぃ〜」


天井に届く無言の視線。


「むっ、鳴かぬなら、鳴かせてみせよう……なんだっけ?」


くにゃりとした根元を掴んでみる。

そのまま、ゆっくりと上下にさする。

くすんだ色の中から、ピンクの先端が膨らみ出す。


「くっ」


「ガマンしたらダメよ……素直にならなきゃ御褒美は貰えないわよ」


柔らかい内側に、固い鼓動が蠢き出す。

温度が上がる。


「これ、手コキって云うんでしょ。知ってるわよ。ビデオで見たから」


「んんっ……くっ……くうっ……」


「シンジの持ってたビデオ。それがおっかしいのよね。夢で見たのよ。あの、長い長い眠りの間に……」


「はっ……はっ……」


「あたしがシンジのコスってるの。今やってるみたいに」


「はぁっ、はぁっ」


「それからこうやって……ちゅっ」


「くっ!」


「んっんっ……先っぽにキスして、それで……うむっ」


「ああっ!」


キスでどろどろに唾液を吹きつけた先を、ずるずると吸い込む。


「んくっ、んんっ……ずっずっ」


「ア、アスカ……ダメだ、出ちゃうぅ……」


口の中で、歯の先が裏側を掻く。

舌を縦に捩り、割れ目にねじ込む。

根元をゆっくりと扱く手の下で

もう片手が柔らかい袋をゆるゆると揉む。


「ダメだアスカ、ダメア、ス……ああっ」


舌の上に、ぶよぶよとした異物が貼り付く。

手の中から吹き上がる体温が、口の中で冷めていく。


「んぐぅ、うくっ……」


ぶよぶよは、中々ノドを下がらない。


「くっ……こほっ、こほっ」


「ア……アスカ……」


「はぁ、はぁ……ニッコリ笑って、おいしい、……なんて間違っても云えないわねコレ」


「あ……ああっ」


どろりと滲み出す先端を、唇でひとすくい拭う。

そのまま舌の腹で、汚れた色を下から舐め上げる。


「んちゅっ。……さて、ビデオには続きが有ったわよねぇ……」


「ま……まさか……」


「よいしょっ、と……」


ドレスの裾をたくし上げると、白いショーツを脚から外す。


「……濡れてるかどうか知りたい?」


「……」


「もうびちょびちょ。どろどろ。ぐちょぐちょのべたべた」


「……アスカ、お願いだから……」


「あの娘のこと、知りたいんでしょ。違うの?」


「でもダメだよ、こんなこと……」


「フフ、ココは知りたいみたいだけど〜?」


半ばまで復活した器官を撫でて見る。


「くっ、そ、それは……」


カラダの上に這い上がると、ソレをあてがう。


「……行くわよシンジ」


「あ……」


「くうっ!」


鈍い刃物が、肉を引き裂いて、神経を押し潰す。

表皮を剥がし、剥きだした真皮を、乾いた石が摺り潰す。


「あ……ひぃっ……」


猛烈な火が、内臓に突き刺さる。

震える、震える、震える。


「……だ、大丈夫? アスカ……」


「キ……キモチ良くなるはずよ……あの夢の通りなら……」


「でも……」


「一緒に……イクのよシンジ。……あ、あたしと一緒に……」


「アスカ……」


肩口を掴んで、あいつを睨み付ける。

ぼやけた視界が、たらりとその頬に注ぐ。


「あ……あの心臓は、寿命だったのよ……」


「え……えっ?」


抉る様な激痛を振り回し、腰を揺する。

刃物が、火が、様々に突き刺さる。


「しっ、司令の心臓は、あ、あの娘の命には足りなかったワケ……ぐっ」


「そんな……」


「バリバリとヒトを喰ったバケモノが……取り込んだ心臓で……なおヒト並みに生きようなんてのが……間違いだったのよ」


「そ……そんな……ことが……」


「それが運命ってやつ?……エヴァなんかに関ったモノは、結局幸せになんかなれないってこと」


「ひどい……あ、綾波……」


「もうっ! 痛いばっかでちっともキモチ良くならないじゃないのっ!」






























「な〜んてね」


「……え?」


突然に、暴れ回る痛みははらはらと溶け散る。

それと同時に、柔らかな熱と、強烈な快感が背骨を縛る。


「あっ……はああっ!……シンジっ!」


「ど……どうしたのアスカ……な、なんか……なんだか……」


「ああ、いやあ……あっあっ……」


「し、締まる……ちょ、ちょっと待ってアスカ……マズい……」


「シンジ、イ、イク……一緒……一緒に……」


「な、中に……あ、ちょ、ま……」


「あ……あぁあぁあぁっあぁああっぁぁあぁああぁあぁあぁっっっ!」


「ぐふううぅぅっっ……」


鋼のベクトルがカラダの中心を刺し通し、釣り上げる。

ガクガクと、筋肉が痙攣し、弛緩する。

あいつの胸にもたれ掛かると、汗の匂い。


「……イった? シンジ」


「うん、……ごめん」


「……出されても、良く判らないモノなのねえ……」


「……アスカ、どうして……」


「……ま、これで夢の通り。や〜っぱりキモチ良かった」


「どうして、急に……」


「だって、これは夢だもの」


「え?」


ゆっくりとカラダを起こすと、ベッドを降りる。


「ゆ……夢?」


「夢だって、気付いたから」


あいつから振り返ると、窓に寄る。

ガラス戸を開けて、バルコニーに出る。


「今から、その証拠をお見せしましょう」


きょとんとした顔に、手招きする。


「そこのフル○ンの青年、ちょっと手伝って」


「……」


あいつが近づくと、背を向ける。


「背中のジッパー、下ろして」


「え……ココで?」


「ほら、早く」


「……う、うん。じゃあ……下ろすよ……」


じ、じ、じと、背中が鳴く。


「……この世に飽きちゃったお姫様が居ました」


「?……アスカ?」


「……だから、ずっと眠ったままだったのですが……」


じ、じ、じと、背中が開く。


「……結局、この世とおさらばすることにしました」


くるりと、その顔に微笑みかける。


「でも、寝たきりだったクセに毛の生えた心臓は結構丈夫で、彼女がおさらばした後も、ピクピクと元気いっぱい動いていたのです」


「……アスカ……」


黄色いサマードレスを、ゆっくりと肩から外す。


「そこで、心臓が止まりそうで困っている少女に、譲ることにしましたとさ」


「そんな……まさか……」


「めでたし、めでたし」


床に、ドレスが、落ちる。






























力を込めると、翼は、羽毛を撒き散らして静かに羽ばたく。

急激に軽くなるカラダ。

心地よい風圧。






























「じゃあね。あたし、行くから」


既に、湖を渡る風に乗ったあたしは、バルコニーを見下ろす。

あいつを、見下ろす。


「ねえ、シンジ。……キレイになったって、ホント?」


「……」


「……ホントは、あたしに気が有ったんじゃないの?」


「……」


「こんな夢見るくらいだから」


「……」


「じょーだんよ」






























空を振り返る。

ぐんぐん、ぐんぐん舞い上がると、雲の上に出る。

そして、その先が、見えた。

白く、輝く、永遠の、光。

そう、あれは……






























夢の、終わり。









































<おしまい>




NOVELSに戻る

ふりだしに戻る








































とく。




















とく。




















とく。




















とく。