秋桜か蒲公英か

秋桜か蒲公英か


大地にさんさんと降り注ぐ柔らかな日差し

新緑の香りを含んだ風が頬を撫でる

目の前で揺れるポニーテール

こんな日は、ゴロリと大地に身体を預けたら最高に気持ち良いだろうなぁ

「耕介さん、気持ち良いですね」

最愛の恋人が振り返り微笑んでいた

口では、そうだね、なんて答えながら、ただその笑顔に見惚れていた。


柔らかい微笑み
優しい眼差し
弾む足取り

いつもの、大人びた顔とは違う
無防備なまでに素直な、その顔は年齢以上に幼く見える
この表情こそが、本当の神咲薫なんだろうな

あれ?

微かにだが、澄んだ歌声が耳に入る

どうやら、薫が歌っているらしい。

「珍しいね、薫が歌うなんてさ」

そう声をかけると、顔を真っ赤にして振り向いた。

「き、聞こえてました?」

「うん、そりゃあねえ」

二人の距離は30cmと離れてないし

「は、恥ずかしかとです」

「なんで、そんなに照れなくても良いだろう。
キレイな歌声だったしさ」

真っ赤になって俯いてしまっている。
表情まではわからないけど、耳まで真っ赤だし、よほど恥ずかしかったのだろう

「そんなに恥ずかしがること無いと思うんだけど」

でも、照れて俯く薫も可愛くてしかたない

本当に薫の子供と大人の間でクルクル変わる表情は見ていて飽きない

どちらも本当の薫の姿だ

だけど、俺にだけ見せてくれる少女の表情

一生懸命、気を張って、弱いところを見せず、弱音を吐かず、誰にも頼らない
他者にも厳しいが、それの何倍も自分に厳しい
そんな、芯の通った強い女の子

それが最初のイメージだった

だけど、それは彼女の一面にしか過ぎない

純真で、純情で、無垢で、照れ屋で、傷つきやすくて・・・・・・
本当は他のどんな子よりも弱いところを持っている子

俺のイメージはコスモス
秋の野原に咲く秋桜
美しいが…ひどく儚い
その細い茎は、心無い人の手で、簡単に手折れてしまう

ゆうひは、そんな俺の考えを笑いながら否定した

「うう〜ん、耕介君は相変わらずのボケボケさんやね〜。
今の薫ちゃんはウチにはコスモスには見えへんで〜
今度の休みに薫ちゃんと野原に行ってみればわかるはずや」

そんなゆうひの薦めで、薫と二人、バイクで少々遠出して野原に遊びに来たわけだ
とりあえず、薫も喜んでくれてるしゆうひには感謝しないとな

「耕介さん、そこの木陰で一休みしませんか?」

薫の提案を喜んで聞き入れて、大きな木の下で知佳が作ってくれたお弁当を広げる

「美味しいですね」

「ムム。知佳のやつ最近さらに腕を上げおったな」

「ふふ、耕介さんもうかうかし照られませんね」

サンドイッチを齧りながら薫が柔らかく笑う
ゆうひの見立てで、白い、春らしいフレアスカートのワンピースを着た薫
パンツルックが多い、いつもの薫とはまた違ったイメージ
なんだか、避暑地に居るようなお嬢様みたいだ

「ふわ〜〜〜〜」

麗かな春の日差しが、俺を愛撫していく。

「耕介さん、良ければ少し眠ったらどうですか?」

そのお言葉に甘えるとしよう

ゴロンと横になり、ちゃっかり頭を薫の膝の上に乗せる

柔らかい感触

う〜〜ん、幸せだ

「こ、耕介さん」

「グーグーグーグー」

照れる薫の抗議の声は、狸寝入りで却下する

彼女に膝枕

それは男の浪漫

俺の至福の時を奪う者はもはや誰も居ない

ああ、碧が眩しいな
木漏れ日が眩しくて強く目を瞑った







――――――――・・・ん?

あれ、少し寝てしまったらしい

「耕介さん、おはようございます。
すごくぐっすり眠ってましたね、やっぱりお疲れなんですね」

さわさわと、俺の髪を撫でる薫
女の子に、それも年下の子に頭を撫でられるのはけっこう照れくさい
でも、なんだか気持ちが良いし、薫が幸せそうに笑うから、表情を隠すように横を向いただけでされるに任せていた。

「あれ?」

「どうかしましたか?」

「いや、タンポポが咲いてるなって」

俺の頭をそっと膝から下ろして立ち上がる。
緑の匂いを乗せた風が少し強く吹いた

薫の光を受けて輝くポニーテールが風を受けて揺れている
俺が送った、黄色いリボンもはためいていた

風の中で白いフレアスカートを際どく翻して、いつものように姿勢正しく佇む薫

強風に揺られながらも、自分ひとりで大地に根を張り、しっかり可憐に咲き誇る蒲公英


「ああ、そうか」

突然の俺の声に薫がきょとんとした表情でこっちを見ている


ああ、そうか

ゆうひの言ったとおりだ

今の薫は、儚くも美しい秋桜というよりも、若々しい生命力に溢れた蒲公英こそがふさわしい


「何が『そうか』なんです?」

純真な少女のような微笑を浮かべる薫

「俺にとって薫が、大切な女の子だって再確認しただけさ」

俺の言葉に、薫の顔は真っ赤になり、困ったような顔をしていた
それが、頬を紅く染めたまま満面の笑みに変わった

「ウチも大好きです」

そっと囁く様にこぼれた言葉
今度は俺が赤面して照れる番だった


若々しい生命に溢れる春
俺はこの碧の季節が前以上に好きになった