〜 a piece of "a story"...
#5 Idumi
深夜。
月も沈んだ、静寂の夜。
その夜の中を、音も発てずに駆け抜ける少女。
冷静なその表情に、時折、焦ったような影が浮かぶ。
(間に合ってくれ…)
少女の願いも虚しく、静寂は脆くも崩れさった。
轟く爆音…
逆巻く火炎…
逃げまどう人々…
そして、蠢くかけら達。
少女がその場に辿り着いた時には、既に辺りは混乱と狂気に満たされていた。
(くっ! だが…まだだ!!)
少女はそう思う。
混乱の中、本来無関係である人々が危険にされされているのを、黙っていられる
少女ではなかったから。
そして少女は、そのまま駆ける。
戦場と化した街で、名も知らぬ人々を助けるために…
(コレで3体目!!)
くないを複数投げて、その戦果を確認する。
このビルに入ってから3回目になるそんな作業を、内心苦々しく感じながら少女
は駆け抜けていく。
(これ以上いるとすれば……やばいな…)
この状況で『敵』がこれ以上いるとすれば、生存者がいる可能性が絶望的になる。
経験上、少女はソレを熟知していた。
それでもまだ、この場から離れるつもりは少女にはない。
『可能性が0でない限り、いや、たとえ0でも、すべてを確認し終えるまでは絶
対にココから離れない!』
かつて、少女の親友が語った言葉。
同時にそれは、少女の言葉でもある…
5体目を打ち倒した時、その側には小さな、とても小さな人影が確認できた。
そこは最後の部屋。つまり、最後の生存者であった。
「無事か?」
怯えた瞳と震える身体。それらを一杯に使って頷いた小さな影。
「よし、よく頑張ったな…もう、大丈夫だよ」
少女は優しく、本当に優しく微笑む。
「…お姉ちゃん…」
「なに?」
「…お母さん、大丈夫かな?」
少女の瞳を覗き込みながらそう訊く人影。
その瞳から視線を幾分も逸らさずに、少女は言い切った。
「もちろん大丈夫。きっと君を待ってるよ」
「ほんとう?」
「ああ、本当だ! さぁ、走れるね?」
コクン、と頷く小さな人影。
「よし、あっちだ! 行くよ!」
「うん!!」
母親の元へと件の人影を届けた後の、戦場の街。
少女が辺りを見回すと、既にこの場は前線ではなくなっていた。
が、戦いが終わったわけではなかった。
それは、新たな犠牲者の可能性を示唆している。
(……終わりじゃ、ない!!)
少女がそう、決意を固めたのを知ってかどうか…
「潮時、だな…」
ひときわ働きのめざましかった青年が、ふと呟く。
「!! しかし兄様!!」
青年には少女の気持ちは痛いほど解っている。
が、集団を率いる者として、これ以上の活動が出来ないことも自明だった。
「…お前にも、解っているんだろう?」
「でも!!」
確かに、少女にもこれ以上の活動は困難であることは解っている。
しかし…それでもここで引くわけにはいかない理由もあった。
だから少女は、じっと青年の瞳を見つめる。
逸らすことなく、真剣に、自らの思いを込めて…
その瞳に、青年は折れた。
「……解った。好きにするがいい…」
「…ありがとう…」
「いづみ!」
立ち去ろうとする少女を、不意に呼び止める青年。
振り向くことなく、しかし、立ち止まった少女の背中に、青年は精一杯の思いを
込めた一言を放った。
「…必ず、帰ってこい」
「承知!」
炎の中を、少女は無心で駆けぬけていく。
「牙なき人の牙となる…私はまだ、忘れてないぞ、相川…」
少女の呟きは、遠い日、遠い場所での誓いの言葉。
そしてその言葉は、少女の胸の中で、常に渦巻いているもの。
そう、いわばそれは、炎だった。
胸の中の炎に従いて、少女は疾走する。
望む明日を、その手に掴むまで…
To be continue...