その日は誰とも会わなかった。
狛はただ笑ってた。
にこりと微笑んでいた。
怖い
怖い
怖い怖い怖い怖い怖い。
ここには居たくない。
ここには居られない。
駄目だ。ここは駄目だ。
心がそれだけを訴える。
「逃げれば良いんじゃよ。お若いの」
「?」
夢杯と言う名の老人。
そう逃げれば良い
でも、逃げたらどうなる?
違う、それは違う
何かが誰かがそれは違うと言う
強さは求められない
そう言った時
反射でなんと答えた、その通りだと答えた。
ならば解るはず
もう知ってるはず
それが解ったから逃げ出した。
「それで良いんじゃよ。お若いの」
夢杯と言う老人も笑った気がした。
薫は一人、目を覚ました。
朝はまだ遠く
鳥達も眠る
ここはただの夜。
「気がついた? 薫さん」
「士郎さん、いきましょう」
士郎はただうなずく
その手には何時か届けろと言われた箱
そして、二人は森の中
「何時気がつきました?」
「先ほどです。
良く考えれば変でした。
あの箱も、陣内さんのお使いも」
「もっと時間がかかると思ってました」
「士郎さんは知っていたんですか?」
「いいえ」
首を振るしぐさも何処か遠い気がして
「それじゃ……
うちが想っているのも知りませんでしたか………………?」
歩みが止まる
野鳥の声が森に響く
「知っていました。
でも、それは」
「聞きたくありません♪」
笑顔。
薫は笑ってた。
綺麗に笑ってた。
「ここらで良いです」
「そうですか……」
「箱……開けます」
「どうぞ」
息を飲まれる。
お札が一枚
そこには狛の文字。
影が動いた!
飛び出して来るのは昼間の少年。
背中に羽をしょった色白の少年。
「HGS!」
薫は良く知っているものだった
そして、これからもっと知るもの
この狛は霊
ならば自分だけが戦える。
何故この辺鄙で不便な場所に老人が孫と二人だけで居るのか
答えはここにある。
「神気発勝!」
体が熱くなる
感覚が研ぎ澄まされた。
「士郎さん。ここはうちだけで」
「ああ」
士郎がうなづいてその場所から消えた。
「さあ、うちの全てを見てもらおうか」
戦いが始まった。
両者が互いの間合い
腕のぶんだけ離れる。
(十六夜どころか刀もなければ札もない
うち自身の力で祓う)
狛の拳が思考の一瞬をついて迫る!
(半歩で良い。
逆らわずに後ろに移る)
思考した通りに体を動かす。
速さはその速度をまし
もはや目ですら追えない
いやさ、追う必要が無い。
(まっすぐ向かってくるだけじゃ)
また半歩その身を右にずらす
数瞬受けてまた右へ
体一つぶん受けたら
足をだして払う。
すっと重心が動いて倒れる。
たったこれだけ
これだけだった
長い修行をして「思い出させた」のは、たったこれだけ
(川の流れをせき止めること無かれ)
ただ、それだけだった。
倒れた狛の影に拳を撃つ!
「 神気発勝 」
その影は四散した……
戻った士郎は驚愕する。
その場にあったであろう事に
――少し前。
「恭也……逃げて」
箱が開けられたであろう時間に狛がそうつぶやいた。
その声に恭也は目を覚ます。
「逃げないさ。話してみろ
助けになるぞ」
座り込み
しっかりとお互いを見据える。
「どうして……」
「男の子だからだ」
「恭也は優しいね
でも、だから逃げて」
「解った。逃げれば良いんだな」
「ありがとう」
にこりと笑いあう二人は瞬時に離れる。
(闘気?!)
恭也が瞬間的に飛び跳ねるも
狛の拳は布団事、床を割る。
「くっ!
強くて………………いや、それより早い」
どくん!
恭也の心音が高鳴り神速の領域に足を入れる。
「これで距離を稼ぐ」
狛の言葉通りに逃げに徹する。
屋根をつたい木に飛び移り
高く高く
気配からさっするに相手はこちらに「真っ直ぐ」に向かっている。
(高さだけはどうにもならないはずだ)
それは、間違い
常識があるゆえの間違い。
ぱんっ!
右に振り下ろした右手を両足で蹴るっ!
その衝撃は狛を上に飛ばす
「なっ!?」
手を足場に飛んでくるなんて誰が思おう
大木の上まで数分で飛び上がったそれは恭也に拳を突き出す
「はっ!」
まともにあの豪腕を受けられない
支点を自分の拳でつくり
狛の腕を受け流す。
っぱん!
渇いた派手な音ともに木から落ちる。
士郎が見たのはまさにその瞬間。
(神速)
かちんとスイッチが入り士郎の視界が灰色に染まる。
恭也を受け止めた瞬間
狛が「あの」高さから狙いすまし落ちてくる。
「舐めんなガキィィィ!」
っっっっっっっふ!
拳と拳が対角線に交わる。
士郎がテコの原理で狛の体事弾き飛ばす。
っぱんっ!
弾け飛ぶ狛の体も大木はしっかりと受け止め
反動をつけて士郎に返す。
恭也を降ろし
準備万端
受け
裁き
抱きしめ
降ろす
「おっとっと」
降ろされた狛がまた腕を蹴って宙に舞う
「ほう……こりゃ、凄いな」
空中で何度も方角を変え
士郎を窺う
っぱん!
突如士郎を目掛けて振って来る
勢いをますためにもう一度自身の腕を蹴り
落ちるのではなく飛び降りてくる。
「よっと」
そんな狛を
巴投げのように
空中で捕まえたのをそのまま投げ飛ばす
ぽーんと、はねる体
それを戻ってきた薫が受け止めた。
「おかえりなさい」
「ただいま……って何が?」
「あー、なんか狛が暴れてまして」
「なんとなく解ります
あ、うちのバッグ取ってきてもらえます?」
「ああ、はいはい」
ほのぼのとした空気の中
士郎が神速でバッグを取ってくる。
「神気発生」
札に念を込め
狛を癒す。
薫が夢杯に問いかける。
「何時から?」
「2年ほど前からです……
とつじょ、こうなり娘夫婦が滅多打ちにされました。
私は武術に覚えがあるので
狛に襲われても平気です
それでここに……」
ぽつりぽつりと話老人は
見た目以上に疲れて見えた。
「もう平気です」
薫のその言葉に何度も「ありがとう」
と、お礼を言われ
朝を待つように
もう一度全員が眠りについた。
「うちが祓うとしってましたね?
陣内さん」
薫のそんな声を聞きながら……