『かくれんぼ』
近所の子供とかくれんぼしているらしく、剣路の声が聞こえてくる。
俺は縁側に座り、外の様子に聞き耳たてていた。
薫殿は朝から出稽古に出かけていて留守番を頼まれていた。
日が暮れて、茜色の空が、今日という日の終わりを告げていた。
俺は風になびく洗濯物を篭に入れ、縁側に置くと
部屋に上がり洗濯物を畳んだ。
「けんしん〜!!!」
薫殿の声がしたと思うと、ズダズタと大きな音をたてて、
剣路の手をひき庭先にやった。
「けんしん!!ちゃんと見てないと駄目じゃない!
皆、家に帰っちゃってるのに
この子ったら、木の影に屈み込んで
『もういいかい?』って言ってるのよ!
どうして迎えに行かなかったの?!」
「それは…そうでござるが…剣路は泣いていたでござるか?」
「泣いてないけど、でも酷いじゃない剣路だけ残して
帰っちゃうなんて!!
後でう〜んととっちめてやるぅ〜」
「薫殿、落ち着くでござるよ。剣路も良かれと思って遊んでいた事、
大人が口出しするのは良くないと思うでござるよ?」
「だってぇ…」
「とにかく、剣路に聞いてみるでござるよ。
剣路、お主は、どうして、家に帰って来なかったのでござるか?」
「…あのね…うんとね…だって僕が皆を見つけてあげなくちゃ、
可愛そうでしょ?
だからもうちょっと待っていようって…」
「剣路。でも母さんは、夕方には帰るように行ったはずよ?
守れない子は悪い子よ?」
「かあちゃん…でも…でも…」
涙いっぱい溜めている我が子の頭をそっとなぜ、
「薫殿、そこが剣路の良いところでござるよ。
拙者は、人を見捨てるようにはなって欲しくなし、
子供は、子供で考える事があるのではござらんか?」
「じゃー剣心は知っていて、ほっといたの?」
「左様…本当に危なかったら、逃げてくるでござるよ。」
「暢気な事を…!もう、剣心に任せておくといつもこれだから…」
ブツブツと言いながら剣路の手をひき、玄関に行った。
『…これは・・・暫く、機嫌が悪いな…』
そう思いながら、裏手に行き風呂炊きをする事にした。
−その夜−
薫が寝た後、俺になつかない息子が珍しく、
『一緒に寝よう…』と言うので
布団に入れると
『とうちゃん、ありがとう…』と
嬉しそうに言い、
照れくさいのかまた、
寝返り打ち、そっぽを向く。
茜の空に
もういいかい?
もういいかい…?
もういいかい…?
と鬼はいつまでも語りかけても
返事が返ってこない
なんて寂しかったのだろう
この子は、それでも語り続けた
小さな子にとって夜は心細かったであろう
安心したのか、やっと眠りについた子の
健やかな寝息を聞きながら
俺は静かに目を閉じた。
−明朝−
いつになく、しょんぼりしている薫殿がうつむき、
何か言いたげであった。
「おはよう。どうしたでござる?」
「剣心…ごめんね。私、頭ごなしに怒鳴って、
よく考えれば危ない事は何もなかったし…
私、過保護過ぎたかしら?」
「薫殿は剣路が可愛くてそうしたのであろう?悪い事は何もない。
剣路も承知しているでござるよ?」
「そうかしら…?ならいいのだけど…」
「大丈夫でござるよ。」
そっと薫殿を抱きしめる。
その瞬間、障子が開き、
「おはよ〜とうちゃん、かあちゃん。何してるの?」
まだ寝ぼけいる息子の声に驚き、二人で顔を見合わせた。
「昨日は喧嘩してたのにおかしいね?仲直りしたの?」
「してないわよ。そんな事言ってないで顔を洗ってらっしゃい」
と言う薫の顔が真っ赤していた。
抱擁を邪魔した可愛い息子の背をみて思わず笑みがこぼれた。
− 完 −
− あとがき −
子育ての経験もない私がこんな事書くのも
申し訳ないのですが、
実は私も剣路君と同じ経験があるのです。
ただ、私がぼけていただけなんですが…(汗)
親との関係って他人からみれば、些細な事でも
子供にとってはとても重要な事だったりすると思うのです。
例えば、剣心になつかない剣路も何かのきっかけで
父親を好きになって欲しいなと思いまして、
このような話になりました。
星霜編では、険悪な親子関係ですが、
それじゃーいくらなんでも悲し過ぎます。
父親いない私はそう思うのですが
いかがでしょうか?
平成14年2月某日 脱筆