『月夜』



時折、吹く冷たい風が頬を撫ぜつける。
風になびく緋色の髪が、月夜に妖しく舞う。
風呂上りの髪から雫か滴り落ち頬を伝い流れる。
剣心の手には、朱色の杯。
杯には丸い月が朧げに映り揺らめいた。
満月映る杯を傾け煽るように呑み干す。
酒の酔いのせいか、今宵の満月に惑わされたか、
虚ろな瞳で再び上空を見つめていた。

薫は風呂から上がり自室に戻ろうと思い、
濡れた髪を手ぬぐいで拭きながら廊下を歩く。
雨戸が開かれ、廊下には薄明かりがもれていた。
その先には縁側に佇む剣心の姿…

  「剣心、どうしたの?お月見?
 でも、髪も拭かないで、風邪ひくわよ?
 剣心?…剣心ってば!!」
語尾を少し荒げ言うと

「うっ……かっ…かおるどの…拙者は大丈夫でござるよ。
 それより湯加減はどうでござった?」

深く考え込んでいた剣心は、驚きを隠せない。
薫の問いを上手くそらそうとした。
そんな彼の表情があまりにも可愛くて薫は思わず
笑いそうになるのを堪える。
とても一回り以上年上とは思えない…
薫は一呼吸置き、隣に並んで座ると
剣心の足元にある酒を指差しながら

「剣心のおかげで調度良かったわ。
それより、どうしたの?珍しいわね。
 剣心がお酒呑むなんて…私もよばれようかな?
ねっ。折角のお月見だし。いい?」

と手を顔の前に合わせ、お願いしてみた。
いつもは、『薫殿はお酒はちっと無理でござるよ。』
って剣心に言われていたからだ。

「ああ…今宵は十五夜でござるからな。
でも、今夜だけでござるよ?
 湯冷めせぬようにな…」
剣心は、薫に杯を手渡し、酒を注ぐ。
薫は嬉しくて、

「私はそんなにやわじゃないわよ」
と満面の笑みで答えた。

「ほら…薫殿……」

剣心は上空を指差し言った。
太陽のような強い光こそ無いけれど、
月の光は優しく心の奥底をそっと照らす。
暫く、言葉を無くし、その光りに心奪われた。
静かな物音と言えば、時折吹く風が木々を揺らす音ぐらい。

「こないだ読んだ本に書いてあったが、
 月の光は人の心を鎮め、安らぎを与えるそうでござるよ。
 本当にそうなのかもしれぬな…」

とやや低めの声で囁かれる彼の言葉に

「そうね。全て許してくれる優しい光…」

薫もまた彼の言葉に続くように答えた。
時折、吹く冷たい風になびく髪を気にしながら、
左手で抑え、空になった剣心の杯の中に酒を注ぐ。
「本当に綺麗でござるな。こうして月を眺める事なんて、
 もうないと思ったのに…不思議なもんでござるな」

剣心は再び上空をぼんやりと眺め呟く。
そして薫が酌した酒を一口呑みほす。
吹く風に緋色の髪が舞い、月光に照らされ朱にさえ見える。

「月が綺麗と思う事なかったの?」

剣心の緋色の髪が余りにも綺麗で少し見とれていた。

「ああ…空が闇に包まれれば、それだけ警戒しなければ
 ならないでござるし・・・」

剣心が昔の事を思いだしながら、少し言葉を濁すと

「じゃー今は?今は綺麗って思えるのは何故?」

薫は心配になって剣心の顔を覗き込みながら問うと

「何故でござるかなぁ。」

剣心は薫を見つめ、笑みを浮かべる。
言葉にするのが気恥ずかしいくて、手酌で杯に酒を汲み、
一口呑み干すと

「心を許せる仲間が出来たからで……ござるかな?」

…なにより薫殿が俺の支えになってくれるからだよ…

剣心は言いたい事の半分を心の中で隠す。
薫の杯の中に酒を注ぐ。
「うん。月の光が綺麗な事も、陽の光が暖かい事も
 これから一緒に見つめていけたらいいね…」

薫は一口酒を呑むとほろ酔い気味のせいか
頬をほんのり赤らめ満面の笑みで答えた。

「ああ…そうでござるな…」

酒の酔いが次第にまわり、眠くなった薫が、
剣心の肩によっかかり眠りにつくと
剣心は自分の着ていた羽織を薫にそっと掛けてあげる。

…いつまでも共に過ごしたいのは俺も一緒だよ…

薫の髪をそっと撫ぜて、いつまでもこのままで居たい気持ちを
振り払い薫の部屋に連れて行った。

   月は二人の心の奥深く照らし
 優しく語りかけるかのよう
 闇はやがて静かに開け
 光に満ち溢れる
 そう、明けない夜はないのだから…

‐ 完 ‐

  ー あとがき ー

これを書いていた時は、
丁度、十五夜の前ぐらいの時期です。
今はとっても寒い真冬…
またしても季節ネタなのに…
恥ずかしながら、PCにうもれていたのをUPしました。
テーマは『静かに流れる時』言ってみれば、日常ですね。
他人からは当たり前に感じる事でも
当人にとって素敵な出来事だったりしますよね♪
例えそれが些細な事でもね。
それにしても煮えきれない話ですいません(ペコリ)
友達以上恋人未満の関係の時の話のつもりです。
そう思って読んで頂けると嬉しいです。

明治の頃はとても綺麗な
満月が拝めるんじゃないかな?って
思いを馳せ書いていたのを思い出します。
今じゃー余りよく見えない月も
星もこの頃は綺麗に見えたでしょうね…
お付き合い頂き有難うございました。

平成14年1月某日 脱筆