(注)
剣心と薫は結婚しております。
剣路くん誕生、10年後の設定です。
星霜編をまったく無視した話になっております。

『心の破片』

もう何年目の冬であろう…
繰り返しやってくるこの季節は、呪縛のように訪れる。
巴の命日に墓参りする度に、薫のせつなそうな顔が心苦しくて、
毎年言いだせずにいる俺だけど、決まって言いだすのは薫の方。
「今年も京へ行くでしょ…」とさりげなく言って、手際よく旅支度をした。

雪がチラチラと舞い降りて、辺りを白く染めてる。
二人で肩を寄せ合いながら京の道を歩く。
交わす言葉はなく薫の足取りに合わせゆっくり歩み続ける。
道端には小さな地蔵があり、誰が手向けたのだろう
真紅のさざんかの花が風に揺れている。
手を合わせ祈る薫のうなじに雪が積る。
俺はそっと手の平で振り払い、再び歩き始めた。

やがて古寺に着くと、名も無い墓石に花をたむけ、線香に火を灯す。
煙が上空へ上る様を見つめ二人で手を合わす。
線香が全て灰になる迄、その場に屈み込む。

「…剣心……」

不安そうに俺を見つめ、か細い声で言う。

「ああ…巴また来るよ…」

俺は立ち上がり愛しい人の肩を抱き、旅篭へ戻る。
道行く人々もまばらで、薫の顔が、心なしか少しこわばっていた。
俺は手の力をやや強めた。
空は灰色で、あくまでも低く、濁っている。
ああ・・・あの日もこのような雪の降る日であった…
俺の頭の中で、繰り返し同じ場面が思い浮かべられ、
俺の心を狂わせた。
薫はまるで俺の心を読み取ったかのように、

「大丈夫…?」

と囁いた。

それはとても不安げで、か細い声だったが、
闇の中にある一筋の光のように、
俺の中ではっきりと今を感じた。

夕刻、旅篭に着いた俺は、

冷えきった身体を暖めた方がいいと先に薫を湯に誘った。

食事も済ませ、床に疲れた身体横たえると
俺の傍らに寄り添うように横たわる。
薫の指先が頬の十字傷をなぞるように触れた。
何か言いたげな瞳でそれでも唇をぎゅっと結び、
俺を見つめている。

「大丈夫…心配ない…それより疲れたであろう…」

薫は頭(かぶり)を振り、

「大丈夫よ…来年も来ましょ……」

けなげに言う薫の背中に手を回し抱きしめた。
愛しくて…愛しくて…
そうしなければ、何処かに消えてしまいそうで…

「かたじけない…薫殿にも、剣路にもすまないと思っている。
 来年からは拙者だけで来るでござるよ。」

「えっ?何で剣心が誤る事が有るの?私は剣心の妻よ…
 巴さんは剣心にとって大切な人…
 剣路も今は理解してくれなくても、
 やがて大人になって解ってくれる日もくるわ…
 貴方が誤る必要なんて、何処にもないのよ…」

気丈にふるまう薫の優しい言葉の一つ一つが、
刺と成り突き刺さる。
俺は黒髪を一房掴むと唇を寄せる。
微かにシャボンの香がする。
こうする事はずるいのは解っている…
解っている…
こうして甘えるだけの俺…
一番辛いのは薫の方…
それでも、俺を支えてくれる…
どんなに切なく苦渋を呑んだだろう…

「……解ってもらおうとは思わぬよ…憎んでも恨んでも仕方ない事…
 自分の母を父の前妻の所へ行かせる愚かな父の事なぞ…
 恨まれても仕方ないでござる…」

「ねっ。剣心。私こう思うの…貴方の中に巴さんが、今でも
 住んでいて、言葉にするの難しいけれど、そんな剣心だから、
 私…貴方を愛する事が出来たって…
 だから…いつかはきっと剣路も…」

「巴が居たから…?拙者を好いてくれたのでござるか…?」

「そうよ。簡単に忘れてしまって、こうしてここにも訪れない
 薄情な人なら、私…好きになる事なんてなかったと思うの。
 剣心は忘れる事など出来ないでしょ…」

「薫殿…拙者はそんなに善人ではない…」

「嘘…剣心はとても優しい人…
 自分の事なんて考えないで、いつも人の事ばかり気遣って、
 巴さんの事も私の事も大切にしてくれるじゃない!」

「違う…拙者はただ…薫殿を失うのが…怖いだけ…」

薫の手が俺の背中をポンポンと、まるで赤子をあやすかのように
叩き、静かに溜息をつく。そして俺の手をとり、薫の下腹部に誘う。

「馬鹿ね…それくらいで私が剣心の側から離れる事なんて出来ないわ。
 ねっ。剣心…剣路は私達の息子……」

薫の下腹部に置かれた手の平は、やんわりと暖かく、
まるで、小春の日差しのようだ。
言葉無くしている俺に

「貴方の子が確かにここにいたのよ…」

と薫が小さく呟いた。

「ああ……」

言葉を詰まらせる俺の頬に触れながら、

「こうして京へ来るのは、とても辛い事かもしれない。
 でも京都までの道のりを剣心と二人で来る事に意味があると思う。
 そうする事が、私達が出来る唯一の償いじゃないかしら…?
 だから、ちっとも無理なんてしてない。私の為でもあるの。」

とまるで子供に言い聞かせるように囁いた。

「……か…おる…どの…」

喉の奥が酷く乾き、絞りだす声。
何かが目の奥底から溢れだし頬を伝う。

何も言わず薫はそれを指の腹で拭い、俺の髪に手櫛を通す。
その溢れるものが、涙だと気づくのに時間がかかった。
俺が落ち着くまで、薫は、見守ってくれた。
少し落ち着きを取り戻した俺にくれた口付け・・・
軟らかいその唇を飽くなく、重ね、深く・・・深く・・・
お互いの存在確かめ合うかのように貪る。
生きる喜びを与えてくれた薫・・・
静寂の部屋から漏れるのは
互いの吐息と鼓動・・・他に何も聞こえない・・・
愛しくて・・・狂う程に・・・抱きしめたい・・・
首筋に残すは、契約の印・・・
次第に高揚し桃色に染まる艶を見つめ、
生娘の様に恥じらう薫に

・・・愛してる・・・

と一言耳元で囁く。
例えそれが俺の甘えだとしても
もう戻る事は出来ない・・
だだコクリと肯く薫の頬を伝う物が
喜びの涙だと知った。

解かれた互いの髪が結ばれ、
漆黒と緋が交わり一つの川と成す。

次日の朝、
眼覚めた俺の横には
まだ、夢の中にいる薫が
すやすやと寝息をたてている。
薫の頬にはうっすら涙の後が残る。
眠りから目覚めないようにとゆっくり身体を
ずらし、障子を少し開く。
床に横たわったまま、障子ごしにみる庭先には
赤い花が一つ咲いている。
狂い咲きの寒椿の花を横目で眺めた。
雪は絶え間なく舞い降り、
辺りを包み込むように積り続けていた。

寒椿の下で
まるで見守ってくれるかのように…
巴の微笑む姿が今はっきり見える…
ああ・・・心の破片…
確かにそこに・・・

― 完 ―

−あとがき−

暗い…暗すぎるぅ〜(泣)
書いてる本人もダークはいってしまう程…
仕事をしていてもトリップして一人の世界に
行ってしまう始末…
星霜編を見たせいもあるのかなぁ〜(逃げ腰…)

今回は一応、隠しました。
別にHって言うわけじゃないんです。
単に重苦しいテーマだけに隠し
たかったと言うだけです。
期待した方申し訳無いです。
テーマは命の尊さです。
生まれてくる命。亡くす命。
上手く表現出来ない自分に苦しみ、
もどかしく、結局こんな駄文になってしまった…
改めて言葉で表す事の難しさを痛感しました。
こんな暗い話、最後までお付き合い頂き、
有難うございました。

平成14年1月某日 脱筆