『甘い罠』



 どこにいったんだ?
 どうして俺の前から消えたんだ?
 愛しているのに。
 愛してるのに…。ちきしょー。

隣に寝ているはず拓海の姿がなかった。
啓介の寝ている間に黙って出て行った。置き手紙も無く。
秋名に飛ばしてきたものの拓海の姿はなく実家の豆腐やにも帰っていなかった。
しかたなく秋名を後にし、町へ出て見た。特に何をしたい訳ではない。
拓海の匂いがする土地を離れたかった。居なくなった事を余計に思い出すからだ。
それでも想いは果てしなく溢れ出した。

 何故、ナビには拓海がいない。
 俺に微笑んでくれ!
 愛してる。
 愛してる。
 愛し合っていたのではないか?
 俺の独りよがりだったのか?
 あの言葉は嘘だったのか?

頭の中で考えていたはずが、最後の方は叫び出していた。
泣き叫び、また泣き、疲れ果てた啓介は愛車を適当な所へとめ、当ても無くさまよっていた。
見知らぬ街の裏通り。道には酔っ払いが2、3人いるぐらいで誰もいない。
啓介はつぶやきながら歩いた。そのうち啓介の思考は悪い方向へすすんでいった。

 捕らえ所のない野良猫。
 飼いならすのは無理だったか?
 俺より美味しい餌(男)の所に行ったのか?
 子猫のような瞳(め)
 抱きしめると壊れてしまいそうな白い体。
 甘い香りがする唇。
 全て俺の物だ。
 逃げていくなんて許されない。
 許さない!上等だ。捕まえてやる。

苛立ちポケットからタバコにジッポで火をつける。
シルバーのジッポは拓海が誕生日に買ってくれた、オリジナルメッセージが書かれた物だ。

「ここに書いてある事は嘘なのか?」

啓介はジッポを投げ捨てた。
女が投げ捨てた物を拾い啓介に手渡した。

「これ大切な物なんでしょ。駄目よ捨てたりしたら。」

女は少女のように微笑んだ。

「欲しけりゃお前にくれてやる。」

「でもこれは大切なものでしょ。駄目よ。捨てちゃ。ふふふ。彼女にふられたの?」

さっきから啓介が呟きながら歩いていたのを、女は聞いてたのだから当然解る。

「お前に何が解る!」

「顔に出てるわよ。私これでも占い師だもの。」

「占いは信じない主義だ。」

「まあまあ、ちょっとついてきてよ。すぐ側に私の店が有るから」

女は強引に啓介の手を引き店の前に連れて行く。

「ここ店かぁー?」

「そうここよ。地下一階が私の店」

所々ひびが入っている、今にも崩れそうな建物。そう破屋といった感じのビルだ。
手をひかれ、地下室へ案内される。店という割には看板も無く、薄暗い。
啓介は怪しいと内心思ったが先ほど自分の心情が当てられてしまっている為、
ばつが悪かった。

「少し準備に時間かかるからソファーにでも座っていて」
啓介の前に水晶を一つ、香炉を置くと何やら呪文のような言葉を紡ぎ出す。
香炉から甘い香りに酔いそうになる。

「●◎×△■…」

「まだかよ。」

「△▲■…」

啓介の言葉には耳をかさない。しかたなく、タバコに火をつけ待つことにした。
時間にして2、3分だろうか、女がお告げをつげる。

「貴方は愛してはならない人。捕らえどころの無い人を愛しています。
 留めておくことはけして出来ません。何故なら…」

「お前に何が解るんだよ。知ったふうな口をほざくな…」

と、おどおどしながらつぶやく。

「でも図星でしょ。これねよく効く薬、惚れ薬よ。
相手に飲み物に混ぜたりして飲ませてね。」

「ヤバイ物じゃないよな」

「安心して麻薬(ドラック)ではないわ。
 これを飲んでしばらくの間は貴方に夢中になるはずよ。
 ほんのお遊び程度の物だから。使うのも捨てるのも貴方しだい。
 とりあえず持って行って。勿論お金はいらないわ。」

「いらねーよ」

「いらなければ、後で捨てれば良いでしょ。とりあえず持っていって。」

女はそう言うと啓介を店の外に追い出す。
啓介の出て行った後のビルの中で

「上手くいったわ。ちょろいもんよ。単純そうな坊やを騙すのは。ふふふ。」

薄暗い部屋の中で女の不気味な笑い声だけが響いていた。

啓介は店を出て、また歩き出す。
いつしか白い綿のような物か天から舞い降りてきた。

「雪かぁ。通りで寒いわけだな。」

車を取りに行き家路に向かうことにした。

高橋家別宅
《作者注・独りになりたい時に啓介が使用している別荘だと思って下さい(笑)》

車を駐車場にとめる。
門の前に白い雪ウサギのように拓海がしゃがんでいた。
拓海が啓介の姿に気がつくと

「遅いですよ。今何時だと思っています?」

「4時(朝)過ぎだな。今更、何しに来た?」

「とりあえず、中に入れてもらえますか?
 寒くて凍えそうなんですけど…。」

「…。」

無言のまま、拓海を家にいれる。

「シャーワー浴びて来い。風邪をひく。」

「はい。」

拓海がシャワーを浴びている音が響く。

先程、強引に持たされた薬のビンを見つめ啓介は悩んでいた。

 これを飲ませたら…
 俺だけを見つめてくれる?
 俺だけを愛してくれる?
 俺だけを欲しってくれる?
 いや、こんな怪しい薬であいつを繋ぎ止めても。

 ノマセチャエヨ!
 イマサラ ナニヲ タメラッテイル? 
 ダイジョウブサ。

やがて拓海がシャワーから出てきた。

「着るもの貸して貰えます?俺のはずぶ濡れだから。」

「…。」

「啓介さん?」

「あっ。着るものか。ちょっと待ってろ。」

クローゼットの中から適当に服を出してくる。

「これ、着ろ。」

「なんか、趣味悪いんですけど。」

そう、啓介は考え事をしなから適当にもってきたので、
チノパンにワイシャツという変な組み合わせのものを
拓海に手渡したのである。

「啓介さん。チノならトレーナーかなんかないんですか?
 スーツ着るんじゃないんだから、ワイシャツってないと思いますよ?
 ねぇ。何かあったんですか?」

「つべこべ言わずに着ろ!」

「あっ。はい!」

しょうがなく言われた通り着替える事にした。

 『…お前は何も解ってない。何かあったんですか?だってぇ。
  お前のせいに決まってるじゃないか!
  どうしてわからない。』

拓海は着替え終わり、ソファーに座り窓の外を眺めついた。

「雪積もりそうですね。」

「ああ…。」

「ねぇ。啓介さん。どうしたんですか?
 さっきから変ですよ。俺、何かしました?」

拓海は啓介の顔を覗きこみながらつぶやいた。

「何でも無い。何か入れてくる。」

「あっ。俺ココアがいい。」

「ココアか。解った。」

そう言うとキッチンに行き、お湯を沸かし始めた。
冷蔵庫の中からビールをとり、あおる。

 『やるなら今だ。なーに。少しなら大丈夫。』

お湯が沸き、マグにココアを入れる。そして薬を少しまぜた。
拓海はおいしそうにココアを飲んでいた。
啓介はビールを飲みながら、それでも何か不安そうに拓海を見つめる。

「俺の顔に何かついてるんですか?」

「あまりおいしそうに飲むから、みていただけだ。」

「そうですか?」

部屋の外では相変わらず、雪が降っている。
拓海は、また窓から外を眺めてる。

「そんなに雪が珍しいか?秋名でも雪降るだろ。」

「降りますよ。」

「何故、雪ばかり見てる。」

「何ででしょうね。」

しばらくすると、拓海は眠くなったのか、ソファーに寄りかかり目を閉じた。
拓海が寝ている隣に啓介は座わり、二本目のビールをあおる。
拓海の無邪気な寝顔に想わず微笑み、髪を撫ぜる。
拓海は熟睡しているらしく、それぐらいでは、目覚めそうにない。
啓介はこのままでは、拓海が風邪をひくと想い、抱きかかえ、寝室へ連れて行く。
拓海をベットに置き、毛布をかけてやる。
啓介は明かりを消し、寝室を後にした。

『何だ。あの薬、効果ないじゃないか。
 何も起こらないぞ。あの女騙しやがったか?』

啓介はタバコに火をつけると、やがて紫煙が立ち昇る。
吸う訳でもなく、ただ、ぼーとソファーに座っていた。

昼近くに拓海は目がさめた。
ただでさえ寝起きの悪い拓海は、寝ぼけ眼で啓介の姿を探す。
不安になり思わず叫んだ。

「啓介さん!何処にいるんですか!」

返事がない。
しーんと静まりかえった部屋は、拓海をより一層不安にさせた。
薬が効いてきたのか、拓海の足どりは重い。
ベットから這い出て、ふらふらになりながらも、啓介の姿を探す。
リビングに行くと、啓介がタバコをふかしながら、ソファーに座っていた。

「啓介さぁーんっ」

啓介の姿を見つけ安心したのか、涙が止めど無く流れる。
薬の効果だろうか、普段より艶ぽい。

「拓海…俺が居なくなって、少しは不安になったか?
 寂しくなったか?少しは心配したか?
 俺は、お前が居なくなって、嫉妬し、憎み、それでもお前を欲し、
 探していたんだぜ。お前は何処へ行ってやがった!
 どうして俺から逃げて行きやがった!」

啓介は拓海の肩を掴みながら問う。

「それは、それは…。」

朦朧としてきた頭に、追い討ちをかける様に、問い詰められ言葉を無くす。

「じゃー身体に聞いてみるか!」

そう言うと、拓海を抱え上げて寝室へ連れて行った。
拓海はベットに倒された。
シーツの感触と一緒に、柔らかな唇が重なる。
絡められる舌。息さえ出来ない程激しく。
啓介は感情の高ぶりを、そのまま、ぶつけていった。
Yシャツを脱がすのも、もどかしく一気に毟り取る。
そのYシャツで、拓海の手の自由を奪う様に、縛り上げる。
何もかもが、じれったかった。
一つ一つ確かめる様に唇を下へずらしていく。

「やっ……あっ……ぁ」

拓海は目を見開き、それからすぐにきつく目を閉じた。
と、その時、艶かしい薄紅色の花びらを発見した。

啓介は拓海の肩口を掴み、詰め寄る。

「啓介さんの…。どうして信じて…貰えないんです…。
俺は。俺は…。」

涙声で訴えた。

「俺が悪かった…。俺が…」

啓介は拓海の手の自由を奪っている物をとく。
手首はうっすら血が滲んでいた。
今までしてきた事に酷く後悔いた。
啓介は手首の傷を猫の様に舐め、そして優しく抱き寄せる。

 ― 啓介さんの匂いだ…。
 それだけで、自分は幸せ。

拓海は啓介の唇ににそっと口付けた。

 ― 好き −
 貴方に閉じ込められたい。
 貴方に囚われたい。
 貴方に滅茶苦茶にされたい。
 一緒に滅茶苦茶になりたい。
 あなたに抱かれる悦び、あなたに愛される喜び。
 全て感じて痛い。

啓介の香りを取り込むと、体の隅々まで好きって気持ちが伝わって行く気がする。
そんな拓海をいとおしくなり、啓介はいつのまにか指の力を強くした。
しばらく、お互いの存在を確かめるように抱き合っていた。

「ク・ル・シ・イ…。メ・・ガ・・マ・ワ…。」

拓海の視線は朧げで啓介の姿を捉えていない。

「拓海どうした!俺が解るか?えっ!」

拓海は薬が効いていて、もう啓介の声は届いていない。
啓介はやるせない気持ちで一杯だった。

「うっ〜ぐっ〜あぁ〜」

拓海は苦しげに喘ぎながら暴れ出した。

「俺は…。俺は取り返しの付かない事をしてしまった・…。
 どうすればいい。どうすれば…ちきしょう・…。」

啓介は暴れている体を支えなら叫んだ。

苦しげに喘いでいた拓海が、啓介の胸の中で急に静かになった。

「拓海っ。拓海っ。おい。俺が解るか?」

「…………」

「拓海……」

まるで廃人のように、おしだまりぐったりしていた。
目は虚ろで啓介の声も届いていない。

啓介は拓海を抱きかかえ、愛車のキーを取り、
FDのナビに乗せた。
アクセルフルスロットで、あの女の店に向かった。
病院に向かえばいいのだが、怪しい薬を飲ませたとあっては、
病院には行けない。
やはりここは女を問い詰めるしか手はない。

店の近くに車を停め、拓海を車に残して、ボロビルへ向かう。
階段を降り、店のドアを開けると、やはり薄暗い部屋の中に
ぼんやりとした明かりしかない空間。

「おい!いるのか!!」

啓介は叫んだ。

「五月蝿いわぇ。叫ばなくても出てくるわよ。」

女は奥の部屋の方から出てきた。

「おい。お前変なもの渡しやがって。」

「ふふふ。飲ませたの?」

「あーそうさ。どうすればなおるんだよ!」

啓介は女に詰め寄り、怒鳴った。

「ただでは、教えてあげられないわよ」

女は子悪魔のような微笑を浮かべ言う。

「力づくでも、答えてもらう!」

啓介は女の肩を掴み、今にも殴りつけんばかりに、
壁に女を押しやった。

「私を痛めつけたら、答えられないわよ。得策じゃないと思うわよ?」

女は平然な顔して言い放った。

「どうすればいい?」

時間がねぇんだ。早くしろよ…

啓介は女に問う。

「そうねぇ。世の中はただではすまないって事よ。」

「もったいつけやがって、いくら払えばいい?」

「有り金全部。それぐらいしてもいい品物なのよ。
貴方もおいしい思いしたのでしょ?」

「金渡せば拓海を助けてくれるんだな!」

と言うと財布を女に渡す。

「お利口な坊や。ふふふ。」

「渡したんだから答えてもらおうか。」

「そうねぇ。あれは一種の合法ドラックみたいな物なのよ。
 合法なんだけど量を間違えると、幻覚症状が現れるの。
 薬が切れるまで、貴方が支えてあげるしか方法がないの。
 こうしている間にも…」

「解った。」

啓介はそういうと拓海が待つ愛車へと急いだ。

女は啓介が去った後も、薄暗い部屋の中で一人佇んでいた。

 それが数日になるか。数ヶ月になるかわからないのよ。
 貴方に出来るかしら。まーいいわ。金が手に入れば。
 あの方は喜んでくれるのだから。
 でも、本当にこれで良かったのかしら…

紫煙の中に見えた女は、何か寂しげな表情を浮かべていた…

啓介が車に戻ると拓海は、眠ったかのように動かなかった。
啓介は自分が犯した罪を今更後悔した。
自分のマンションに帰る道のり、後悔の念で一杯だった。

拓海をベットに寝かせ、髪をなぜる。
何の反応のない拓海に不安で、押しつぶされそうだった。

 − 嫉妬、独占欲という名の罪 −

   それに対しての罰。
   人は何故に幸せにひたっていながら、
   それ以上を求めてしまうでしょうか?
   愛しい人が壊れる事も知らないで…

−完−

≪言い訳させてくだされー≫

オチはないです。
話途中のような終わりでごめんなさい。
この後、拓海が元に戻ったかどうかは、
ご想像にお任せします。
暗すぎ…。
この続きは書かないです。
私的には、この後元に戻ってラブラブになって、
欲しいんですけど。
最後に、くだらない話につきあってくれて、
有難うございました。(逃)