「螺旋回廊」MY続編  〜その1〜 マルチアングル 天野編

 

 

 

「夏だね〜〜。」

窓の外から蝉の声が聞こえる。

俺は今、廊下を歩いている。佐伯先生に呼ばれた為だ。

別に暇だった俺は断る理由もなく先生の研究室に向かっている。

世間では夏休みといわれている今、本当なら家で香乃相手に遊んでいたのだが・・・。

香乃が「仕事がありますので。」とか言いやがる。

俺は優しいご主人様だからな。大学へ行くのを許してやった。

そうすると、家にいても別段することもない俺は香乃について学校にやってきた。

香乃と学校で遊ぼうと思ったからだ。しかし、大学へ来てみると暇そうな奴が二人も来ていやがる。

「ちぃ、ついてないな。」

他の二人の目を盗んで、香乃に挿入しているバイブレーターのスイッチを入れたりしていたが、それも飽きていたころ、先生からお呼びがかかったわけだ。

「暇つぶしにはなるだろう・・・。」

 

 

「ウイーッス、先生。話ってなんですかー?」

俺はドアをあけて中に入る。

「ああーすまないね。とりあえず鍵をかけてから、そこに座ってくれ。飲み物はコーヒーでいいかな?」

鍵? へー面白そうな話か?・・・。

先生が奥の台所の方へと向かう。

「ああーいいっすよ。俺がいれるっす。」

「すまないね。」

あれ以来結構ここにも来ているからな、コーヒーの場所ぐらい覚えている。

コーヒーを二ついれると俺はソファーへとむかった。

先生はすでに向かいのソファーに座っていた。

「それで、話っていうのは?」

俺は挨拶もそこそこ、いきなり本題に入ろうとした。今ではこういう会話も先生と出来る。

まあそういう仲だ。

「ああーうん。天野くんに・・・、いやこの場合は“ちゅうた”くんに話があるっていったほうがいいかな?」

“ちゅうた?”。俺はちょと戸惑った。思ったとおりの展開だが・・・、鍵をかけさせた時点である程度は予想できたが、こうもストレートとは・・・。慎重な先生らしくないな・・・。

たんなる、暇つぶしのつもりだったが、これは面白くなってきそうだ。

俺は次の先生の言葉を待った。

 

 

「実はEDENに依頼をしようと思ってね。そのことでちゅうたくんに相談したいと思って呼んだんだ。」

「依頼?」

俺は聞きかえす。

「ああ。」

「・・・はじめてじゃーないっすか。先生が依頼するなんて。」

「ああ、そうだな。」

「・・・・・」

「・・・・・」

俺は話を続けた。

「それで依頼内容ってのは?・・・」

「最近遊んでないだろう? それで遊ぼうと思ってね。」

「へ〜〜いいっすね。あいつらも喜びますよ。それで、相手っていうのは?」

先生の口から遊びの依頼が出るとは・・・、これはますます面白くなってきた。

「・・・ユカリくんだ。」

・・・え!今なんて・・・?ユカリ? 紫苑の事じゃーないか。からかっているのか?

「・・・いやだなー先生。からかわないでくださいよ・・・。」

だが先生の表情は変わるでもなく、いつもの表情のままだ。

俺はタバコを取り出した。気分を落ち着かせようとしたためだ。

「私は本気だが・・・。」

「ユカリは・・・紫苑は男ですよ!」

俺はちょっと声をあらげた。なにをいっているんだ・・・この人は?

 

 

「いや、私はいたって真面目なのだが・・・。」

「しかし・・・しかし・・・」

どうやら、先生は本気らしい。

「ユカリくんは、姿・形・声まで女性そのものだ。葵くんとうりふたつなのだからな。パチくんあたりは好きそうだと思うけどね」

まああいつは・・・穴さえありゃー何でもいいんだ。

「あ、それはそうかもしれませんが・・・。紫苑も一応EDENのメンバーですし。ルールに違反するんじゃー・・・?」

俺は確認の意味を込めて聞いてみる。

「“メンバーで遊んではいけない“とは聞いていないけどな・・・」

「それはそうでしょうが・・・」

それはそうだ。誰もこんなこと、考えもつかなかった。現在のメンバーは男ばかりだ。

そりゃー過去には女からの依頼もあった。もちろん、ターゲットも女だ。しかしだ・・・。

・・・いかんな。どうにも考えがまとまらない。

 

 

「協力してくれるのなら、君の公私ともにならべく援助していきたいと思うのだが・・・」

「!・・・。公私?・・・」

聞き返したのは、上手く聞きとれなかったからだ。

「ああ、君も将来大学に残るにしろ、就職するにしろ、なにも考えていないってことはないのだろう?・・・まあ、プライベートではあまり協力することはできないかもしれないがね・・・」

俺はタバコを深く吸い込んだ。

・・・将来ね。まあまったく考えてないってことはないが、ほとんど考えてないのも事実だ。

俺はいまが楽しけりゃーそれでいいんだ。

それにしても・・・。

「このことは・・・webmasterは知っているんですか?・・・」

そうだ、これが肝心なことだ。

「いや、まず君の意見を聞こうと思ってね。webmasterには今夜にでもメールを出そうと思っている。」

「・・・webmasterがどう判断するかですね。すべてはそれからじゃーないですか?」

「ああーそうだな。だからその前に君の意見・・・つまりは味方が欲しいのでね。今日呼んだののもその為なのだが・・・」

俺はタバコを取り出し考えをまとめる。

 

 

佐伯先生。昨年末にまとめた論文は好評で、学会や学内でも評判も高い。助教授から“助”の文字がとれるのも時間の問題だろう。将来有望説が現実味をおびており学生の人気ももちろん高い。

EDENでの先生はどうか?

これは実際に決まっていることではないが、実質EDENのNo2だ。webmasterの信任も厚い。年齢的なものもある。

しかも、先生は有名名門大学の助教授で将来有望。次期教授が決まったも同然の心理学の助教授様だ。そしてスポンサー様でもある。

 

 

前者はwebmasterに喜ばれている。webmasterは忙しいのか、俺たちの楽しみを横取りしない為か、あまり遊びには出てこない。メールで指示することがほとんどだ。

しかし、その場合やりすぎて壊してしまい、クライアントの意向に添えない場合が出てくる。

そこで先生の登場ってわけだ。

「いいかい、薬や暴力を使えばいいってもんじゃーない。それでは無理やりやらされているという感情しか生まれてこない。そのまま続ければ精神が崩壊して壊れてしまう。

それではだめだ。言い訳や逃げ道を作ってやるんだ。・・・そうだな・・・例えばこういうのはどうだろう? 

今の現状は女の子にとって地獄のようだ。はやく家に帰りたい。そう思っているだろう。そこで一言いってやるんだ。

彼らがやっているのは、ただの遊び。女を調教して、その過程を楽しんでいるんだ。だから調教が終わってしまえば、彼らも飽きるだろう。

だから彼らが言っている以上に淫乱な行動をとってみたらどうだい? 彼らは拍子抜けして興味を失って、飽きられて捨てられて終わり。無事に帰られる。

ってな具合にね。まー嘘も方便ってやつだ。ただ、それに気付いたときには体が言うことを聞かなくなっている・・・。うーん、即興で考えたわりにはなかなか良い案じゃーないかな?」

先生はやさしい口調で笑いながら恐ろしいこと言っていたな・・・。パチなんかえらく感心していた・・・。いままで、行き当たりばったりだったのに、計画性ってのが生まれてきた。

「肝心なのはやらされているって思ってやることじゃないんだ・・・。早く帰りたいっていうのが理由でもいい。自分からやるってことが重要なんだ・・・」

 

 

後者は俺たちにとって重要だ。俺たちはほとんどがフリーターや学生。プーもいるからな・・・。金を落としてくれるっていうのはありがたいものだ・・・。

 

 

それにくらべて紫苑はどうだろう・・・?

俺にとっては弟みたいな奴だ。葵の調教の仕方も俺が教えてやった。

紫苑もEDENの遊びやOFF会にも顔を出している。あの容姿で“ニコッ”と笑われると、たいていの奴は警戒心を解く。だから、遊びの時ターゲットに接触させることもある。

だが、それっきりで再び紫苑が出てくるのは遊びも終盤にかかったころだ。紫苑は・・・危険なことはしない・・・。

まあ紫苑の場合、葵以外は興味がないのか、そんなに参加するってことも無いのだが・・・。

独占欲も強いのかあれ以来、葵もほとんど使わせない。だから紫苑に対して不満を持つ奴もいる。

俺に言わせればお門違いもいいとこなのだが・・・。

 

 

先生と紫苑・・・どちらにつくか・・・。そんなもの決まっている。考えるまでもなかったな。

「わかりました。協力しましょう。ただし、webmasterがダメと言ったときはこの話はなかったことに・・・ということでいいんですね?」

「ああーそれでかまわない。ダメだった場合は君の胸にしまっておいてくれ。君を信用して一番最初に話したってことを忘れないでくれ・・・。そうだな、さしあたって君からもwebmasterにメールを出しておいてくれないか。“Profさんの計画は面白そうだって“ね」

「そうですねー。それぐらいならいいっすよ。」

そんなことおやすい御用だ。

俺は新しいタバコに手をだす。

 

 

「それにしても、先生の目的は紫苑じゃーなくて葵じゃーないんですか?」

あんなになった葵にまだ執着があったとは・・・。

「うん。それはそうなのだが・・・。人の物に手を出したんだ・・・。それなりに罪をつぐなってもらわねばね。それに今、人の物に手を出すのはそれこそルール違反だろう?」

なるほど。

「そうですね。それはルール違反だ。なるほど、先生考えましたねー。」

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 

さすがは次期教授様。よく斬れる頭をおもちのようで・・・。

これは先生についていったほうが得策だな。

webmasterはEDENの総責任者、誰も逆らわない(逆らえない)が実際の現場を任されているのは、ほとんど先生だ。

Profさんと良く相談してやってくれ。だいたいの経緯は彼にメールしてある」

よくwebmasterからのメールにある一文だ。信任も厚い。webmasterは現場にはあまり出てこないからな。

それでも先生も忙しいから、実際に会っているという理由で、いままで俺が先生と他の奴らとの連絡をしてきた・・・。

まてよ、今考えるとこれは俺にとってEDENでの地位を確立するチャンスなのでは・・・。

俺はEDENのメンバーになってから結構たっているが、他のメンバーのやつらとかわりはない。

webmaster以外は皆、同一ライン上だったのだ。いままで疑問にも思ってなかったが・・・。

その良い例がこのまえの香乃の時だ。

「君はご主人様候補であるが、まだご主人様ではない。」

「ふざけるな!」と言いたかった。でもwebmasterには逆らえない。

あのあと、上手くいって香乃を手に入れられたからよかったものの、一歩間違えば葉子を手放し、香乃も手に入れられなかった可能性もあるわけだ・・・。

 

 

改めて思う。何の力もない紫苑より先生についていったほうが、何倍も良いに決まっている。

だいたい、この計画は俺にとってメリットばかりでデメリットは何にも無い。

この計画がwebmastrに認められ上手くいけば、公私にわたって先生の恩恵がうけられる。

あんな危ない賭けはもういい。

認めなければいままでのままだ。失うものは何も無い。良い事づくめだ・・・。

しかし・・・。

 

 

「先生、私からも話があるんですけどねー。」

「ん? なんだい?」

「そうやってうまくいったあと、・・・香乃・・・香乃も取り戻す気なんですか?」

我ながらなさけない質問をしてしまったが・・・、俺にとっては重要なことだ。

「いや、彼女は私の友人ではあったが、私の物ではなかった。それにこのことが上手くいったら、新しいルールを加えるつもりだよ。つまり“メンバーには手をださない”ってね。もちろん、メンバーの持ち物についてもだけどね。」

・・・・・。

「君はあの時約束を守って葉子を僕に譲っただろう? まあ、まさか草薙先生が変わりにいたってのは気付かなかったけどね・・・。僕も約束は守るさ。」

くっくっく・・・。思わず笑いがこみ上げてくる。良い事づくめじゃーないか。

本当にメリットばかりでデメリットがない。

こんなにおいしい話はない。たまにはこんな事もあってもいいだろう。

いざとなったらお返しに先生に照子をプレゼントしてやろう。あいつも先生のこと好きだからな。

きっとどちらも喜んでくれるだろう。

 

 

「これで利害関係は一致したようですね。喜んでお手伝いさせてもらいますよ。」

先生も嬉しそうな顔をしている。

俺はソファーから立ち上がってドアへとむかっていく。

「それじゃーメールだしときますよ。上手くいくといいですね。」

先生は「うむ。」といってこっちを見ていた。

 

 

俺は廊下にでてから、またタバコを取り出した。

「廊下は喫煙禁止」の張り紙がしてあったが、そんなことしったこっちゃない。だいいち誰も見ていねー。俺はかまわずタバコに火をつけ、角の休憩室にむかった。

俺はそこのソファーに腰掛け考える。

「それにしても先生変わったなー。迫力がでてきた・・・。」

ほんの半年前までは、選択肢の無い、ただ従うだけの哀れな子羊っていう感じだったのだが、いまでは堂々としている。

まあ変えてしまったのは俺たちなのだが・・・。

俺は灰皿にタバコを押し付けて立ち上がった・・・。

「おー恐ー。さようなら紫苑・・・先生に目をつけられたのが運の尽きだったな・・・。別人になってから会いましょう・・・。」

 

 

 

続く。