「Lost Paradise」
水代紫苑 第二章 「破損」
あの夜から、僕は変わった。
……気づいたんだ。
僕にとって姉さんは、誰にも渡せないものだという事を。
そして…姉さんは佐伯助教授に心を奪われた…。
それを認められるようになった。
だから………僕は……。
姉さんの幸福を奪うものとしているしかないんだ。
僕の存在は姉さんにとって、そういうものでしかないのだから。
僕はそういう役割でいるしかない。
あの夜……僕は風呂場で眠った葵を起こすと、服を着せ、リビングに連れて行った。
いつも家族で食事をしているリビング…。
父や母のそして姉さんの笑い声が絶えなかったリビングで…。
僕は葵を食事のテーブルの椅子に座らせた。
つい先程、バスルームで後ろの穴を犯された葵は虚ろになっていた。
僕は葵を椅子の背もたれに後ろ手に括り付けると…。
また呼びかける。
「姉さん……」
葵はびくっ、と反応する。
「あ……ご主人…さ…ま」
葵は虚ろな表情で、そう応える。
EDENの連中に教育されたように。
しかし僕は…
「違うだろ…」 そういった。
「ご主人さま……」
僕は葵の肩を掴んだ。
「ひっ……」
「違う。」
葵は怯えた目でこちらを見る。
………姉さんのこんな顔を見るとぞくぞくする…。
あの明るく優しい姉さん。
その姉さんが、今、僕の前でこんな表情をしている。
そう思うと、たまらなくなる。
それとも、僕は狂ってしまったのだろうか…。
「僕は誰だい?…姉さん」
『姉さん』という部分を強調する。
「私…ご主人様のいうことには何でも…」
「違う!」
びくっとなる。
……教育された言葉。
どうしていいか……行き場のなくなった心は、与えられた言葉をなぞるように口にする。
「僕は……紫苑だろ?」
「……………」 困惑の表情。
どう応えていいかわからない、といった表情。
今の姉さんに僕が紫苑だという認識はまるでないに違いない。
きっと……自分の精神の逃げ道を必死に探している…
それだけに神経を向けているのだろう。
哀れなほど、必死に。
そんな姉さんに僕は優しく話し掛ける。
「姉さん、僕は紫苑だよ。忘れたのかい?」
「………ぁ……ぇ……」
「僕を紫苑と呼ぶんだ。」
葵の目がきょろきょろと動く。
僕はそんな葵の目をじっと見ている。
「………し………おん様。」
やっと、葵はそういった。
それが葵にとって、やっとの妥協点なのだろう。
ふっ…と僕は笑う。
どうやら、先ほど浮き上がってきた姉さんの心は、奥に引っ込んでしまったようだ。
先程のは多分……佐伯の事を無意識に思い出していたからだろうとは思う。
……佐伯助教授なら、今の葵の心理について説明できるのだろうか。
一応、心理学で助教授までになった人だ。
……やってもらいたいもんだ、と僕は思う。
葵を自分の心理学の教材として、分析し、説明してみてもらいたい。
おそらく……研究対象として、EDENに足を踏み入れたあいつには、それがお似合いだ。
自分には関係ないとして、ショーを見る気分にでもなっていたのか?
普通の人間なら、そのあまりの異常さに嫌悪感をもっただろう。
吐き気のような気持ちを覚え、あのHPを開く事はなかったに違いない。
人によっては、その非現実性に恐怖さえ覚え、開く事はなかったに違いない。
だが、あいつは違った。
恐いもの見たさという言葉があるけど……
あいつの場合は、研究対象としても、『おもしろい』と感じたのだろう。
だから、僕はEDENに、再びくると確信していた。
なぜなら……僕でさえそうだったのだから。
裏の気持ちを知ることで、確かな満足感と強さを得たような気持ちになったのだから。
心理学の徒ともあろう人間がEDENに興味を抱かないはずがないのだ。
そうだ……。
そうさせてやろうか……。
あいつに今の葵の心理を分析させるんだ。
佐伯祐司という個人としてではなく、一心理学者としての、
水代葵という生きた実例を目の前にしての講義を、ぜひ聞きたいものだ。
葵が二度とあいつへの気持ちをもてなくなるぐらいに。
あいつへの気持ちを持っていたことに羞恥心を覚えるようになるくらいに。
葵のあいつへの気持ちを壊す。
自分にはあいつを想う資格はないってことを葵に思い知らせる。
無論、佐伯助教授にもだ。
そして……そんな葵を受け入れられるのは、僕だけだという事を。
そうしたら、葵は…僕だけのものになるかもしれない。
僕はほくそえんだ。
「姉さん…」
「はい…紫苑様……」
「これからは僕の事は紫苑と呼び捨てにするんだ」
………びくっ…………
やはり抵抗があるらしい。
僕がただの弟だった…以前の呼び方に嫌悪感があるからではない。
ご主人様を呼び捨てにする事に抵抗を覚えているのだ。
でも、そう言わせなくてはな…。
その方が面白い…。
僕にとっても、佐伯にとっても…。
実の弟に犯される葵が僕の名を絶叫する。
そんな葵の姿を見て、どう思うだろうか…。
「し……お・・・・・・ん」
「そう。それでいいんだよ、姉さん」
そう言うと、僕は本当の笑顔を見せた。
邪悪な毒に彩られた、今の僕の心に一番近い笑顔を。
僕は食卓に置いてあったフォークを手にとった。
そして、葵の服とボタンの間にフォークの先を差しこむ。
そして…引っ張る。
ぶちっ…。 ボタンが一つ飛んだ。
(大人びた白いブラウス…清楚な感じがするのはいい…)
(でも、姉さんには似合わない)
(こんな大人びた服を着たのは……恐らく…佐伯のため…)
僕の目が狂気に彩られる。
僕は2のボタンにフォークを差し込んだ。
びくっ……。葵の体が動く。
ぶちっ…。
葵は、顔を背けてじっとそれに耐えている。
まだ少しは貞操観念というものが残っているようだ。
……姉さんらしくていい。
やはり、葵の心は完全には失われていないのかもしれない。
自分で…あるいは他者の手によって、自己の心を抑えられる事はある。
だが、身についたものはそう消えはしない。
そうでなくてはいけない………。
水代 葵を凌辱する事が目的なんだ…。
水代 葵でいてくれなければ…。
それとも、単にこれから何をされるのかわからなくて、怯えているのだろうか…。
いずれにせよ、以前の葵なら、悲鳴もあげて抵抗していただろう。
ぶちっ…また一つボタンを飛ばした。
…ぞくぞくする。
葵は、ただただ僕のする事を黙って受け入れている。
怯えた顔で……黙ってそれに耐える…。
……それが、たまらない…。
姉さんが自分だけのものになったように思える。
僕は姉さんになんでもする事ができる。
自分のしたいことなら何でも。
ぞくぞくと背中に電気が走る。僕の顔が邪悪に染まる。
かたっ…僕はフォークを置いた…。
そして調理場に向かう。
葵に作らせた夕食のコーンスープ
鍋ごとテーブルに移動させる…。
僕は、姉さんに近づく…。
ボタンのちぎれた白いブラウスの隙間から…葵のつややかな白い肌が顔を覗かせた。
柔肌…というやつだ。
乳白色の肌は、なだらかな曲線を持って、胸のあたりにふくらみを作っていた。
白のブラがそれを包み込んでいる。
汚れのない肌…。
何度、凌辱を受けても、変わらない清楚な肌…。
僕は、鍋の淡い色のコーンスープをお玉ですくうと……そこに注ぎ込んだ。
少し、とろみのついたスープが…葵の柔肌に絡みつく…。
葵の肌がそれに反応してか、びくっと波打つ。
その様はなんとも卑猥だった。
そして、一度、絡みついたコーンスープはそのとろみを保ったまま、下方へと流れ落ちていく…。
ブラウスと同色のブラは、暖かなクリーム色に染まる。
コーンの粒がその上に少しだけあり…、それが服の色でも肌の色でもない事を主張する。
僕は葵の表情を盗み見た。
後ろ手にくくられた葵は、動揺と悲しみが入り混じった目で、その様を見ていたが…やがて目を伏せた。
僕はそれを満足そうに眺めると、目を伏せた葵のために、
視角ではなく、感覚で自分の様を味あわせてやることにした。
そういうわけで、再びコーンスープを掬う……。
今度は……右肩にそれを流し込んでやることにした。
僕はいやらしく…とろとろと葵の肩にスープをこぼす。
まだ、ほのかに熱がこもっているのか…葵はその感触に嫌がるように身をよじらせる。
背中のブラウスの白が…ほのかな抵抗を持ちながら、流れ落ちるスープに従って、
クリーム色に染まっていく様子はいたって僕を満足させた。
どろっ・・・。 僕はまたスープを掬う。
そして・・・葵の白のブラウスを僕の色で染めていく・・・。
ブラウスで覆われた細腕が・・・徐々にスープの色に染まっていく。
吸い切れなくなったブラウスの端から、ぽたっ・・・ぽたっ・・・とスープが床に流れ落ちる。
葵はクリーム色に染められた。
気持ちが悪いのか、くねくねと身をよじらせる。
しかし、後ろ手にくくられた体がそれから逃れる事を許さない。
からん…
僕はお玉を食卓に捨てると…背中側から、葵の顔を両手で挟んだ。
あごに指をかけ…ぐいっと顔を持ち上げる。
「あっ……」
くちゅ…。
唾液を唇に含ませながら、葵の口に口をつける…。
「ん…………む……ぱっ」 息苦しくなったのか、葵は顔を背けて息をつく。
ぼくは葵の頭を掴んで、再びこっちを向かせる。
僕は葵の唇をぺろりと舐めると、その淡い粘膜を犯しにかかった。
舌でその細くしっとりとした唇を開く…。
絹のように柔らかな口…。
佐伯はこれに触れた事があるのだろうか…。
僕は葵の歯茎を舌で舐めまわす。
葵はただ目をきつく閉じて、その感触に耐えている。
葵の鼻をつまみ、口に唾液を送り込む。
「ん……むぐっ……」 飲み込むしかない。
しばらくのためらいの後、葵は僕の唾液を嚥下した。
すぐに僕は次の唾液を送り込む。
「んぐぅ……」
こくん…・・・飲み込む。
しかし、僕はその間に唾液を溜めていた。
それを葵の口に流し込むように送り込む。
「うぐっ……」
息が出来ない。
僕はそんな葵の苦しむ顔を堪能する。
葵は息をするためにすぐ嚥下するが…
すぐに、飲み込みにくい泡だった唾液が送られてくる。
顔は僕の両手でしっかり押さえられている。
葵は必死にこくこくと僕の唾液を飲んでいる。
その様は、赤ん坊が母乳を飲むようだった。
僕が与えるものをただ従順に受け入れている。
そんな葵の姿に、僕は興奮した。
そして……つまんだ鼻を解放してやる。
葵が息を吸おうとする。
僕はすかさず、今度は鼻に舌を滑り込ませる。
と同時に、片手で葵の口をふさぐ。
「んぐぅぅぅぅ!!」
僕は葵の鼻を口で覆うと、ひとつひとつ葵の鼻の穴に丹念に舌をもぐりこませる。
葵がじたばたしだした。
相当、苦しいらしい。
舌が差し込まれていない、一つの鼻の穴だけで、必死に息を吸い込む。
しかし、それで十分な呼吸ができるはずもない。
さらに、その瞬間、僕は息を吸っている方の鼻の穴に舌を滑らせるのだ。
葵は足を悶かせ始めた。
(そろそろ限界か…)
これ以上すると失神してしまうだろう。
僕は葵の口と鼻を解放した。
「ぷーっ。……はっ……はぁっ…はぁっ……はぁ」
心が虚ろになっても、酸素は必要だ。
葵は必死に息を吸い込んだ。
僕はそんな葵の、なかば剥き出しになった胸をもむ。
抵抗はない。息をするのに必死なのだ。
僕はにやりと笑った。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」
葵は恨めしげな目でこちらを見ている。
(ふん…………)
僕はそんな葵に更なる凌辱を加えようと考える。
僕は冷蔵庫の前に行くと、卵を何個か取り出した。
それをボウルに割ると、箸で強くかき混ぜる。
(泡立たせるには、泡だて器の方がいいんだったかな…)
僕は冷蔵庫から、ありったけの卵を取り出した。
そして同じ回数、卵を割る…。
ボウルに半分ぐらいの量の卵汁ができた。
「姉さん………」 僕は葵の方を見て、にやりと笑った。
手でボウルの中味を掴む……。
こういうとき、粘り気のあるものは酷く卑猥に見える。
僕はそれを葵に見せた。
葵は生理的な嫌悪感からか、それから目を逸らす。
僕はもう、そんな葵の態度を改めようとはしない。
姉さんはもう奴隷じゃないんだ。 僕の中では。
姉さんは姉さんとして、いて欲しい。
だから姉さんの好きな態度でいればいい。
その方が、僕は姉さんを感じられる。
だけど……それは、姉さんが僕のそばにいることを前提としている。
姉さんは姉さんでいてもいい。
だけど、僕の側からは離しはしない。
どんなに嫌っても……
どんなに嫌がっても……
僕は姉さんの幸福を邪魔するものなんだから。
嫌がればいい……いや、むしろ嫌がって欲しい。
そうすれば、僕の心に満足感が生まれる。
奪ったものとしての誇りと、征服感が生まれる。
それが僕に与えられる砂上のものであるのだ。
姉さんの愛情は…得られないのだから。
僕は興奮する。
(姉さんは僕のものなんだ)
それを示してやらなければいけない。
姉さんに、そして佐伯に。
僕は、ボウルの中身を掴むと、それを葵に軽く投げつけた。
びしゃっ……、葵は顔を背けた。
しかしそれは葵の身体に張り付く。
スープでクリーム色に染められた葵の白いブラウスの上に、透明な膜が重ねられた。
ぼくはさらにボウルの中味を掴むと……
葵に近づき、葵の胸にそれを塗りたくった。
「……?!」 たちまちのうちに葵の胸が卵液に染まる。
葵の胸の谷間に、黄身と白身の交じり合った卵液がたまる。
ブラが少しずれ、葵の乳首が見え隠れしていた。
僕はその淫靡な様に満足すると、更にボウルの中身を、葵の身体に塗りたくった。
「あぅ………」 葵はそのたびごとに悶える。
身体を刺激されているのか、それとも被虐心を刺激されているのか…。
どちらでもよかった。
重要なのは、僕のする行為で、葵が悶えているという事実。
これこそ葵の幸福を奪った僕にふさわしいものだった。
そして、僕に幸福を奪われ、僕に凌辱される姉さんにとっても。
これが葵にふさわしい化粧だ…。
僕は残りのボウルの中身を、葵の頭にかける。
両手でそれを、髪に……顔に……うなじに伸ばしていく。
「あぅぅ……」 そんな葵の表情は…決して嫌悪では彩られてはいなかった。
まして、喜びなどではない。
ただただ、自分のされている事を受け入れている。 そんな悲痛な表情。
なすすべもなく、自分の状況を受身に受け入れている被虐な顔つき。
それは僕には悲壮なものに見えた。
「………写真に………撮っておこうか?姉さん…」
そうだ。 今のこの……葵の姿を記録しておかねばならない。
この姿こそが、今の葵にとって一番ふさわしいものだから。
一番美しい姿なのだから………。
被虐の美とでも言おうか。
僕はデジタルカメラを取りに行く。
(どう思うか………)
(佐伯先生………あなたはこんな葵の姿を表情を見て…)
「くくっ……」 僕は忍び笑いを殺せなかった。
デジタルカメラを持ってくると、僕はキャップを外すと、さっそくそれを葵に向ける。
「姉さん……」
葵が虚ろな表情でこちらを見る。
髪に、顔に、卵黄が白身が、まとわりついている。
葵の表情は、希望を奪われた少女のようで…それがひどく妖艶に思えた。
ぱしゃっ! フラッシュの音と光が部屋を染める。
僕は一枚全体が映るように撮ると、葵に近づいた。
左手で、葵の髪をぐぃと掴む。
僕は右手にカメラを構えると、葵にそっぽを向かせる。
そして、一枚、接写した。
黄身がまとわりついた葵の首すじ……赤く染まった頬…それらを写す。
こういう風に凌辱されたという事実……。
表情を映さないことによって、客観的なものを記録に残す。
結果的にはそういう意図があったように思われるだろう。
ただ、この時は、そこまで考えていたわけではなかった。
ただ、何となく……そうしただけだった。
もちろん表情も撮る。
だが………このままでは、虚ろな顔が映るだけで、
佐伯にそれ程、衝撃を与えるだろうか…。
そういう考えが僕の中に写る。
この時……もう、僕は本当に壊れてしまったのかもしれない。
より、佐伯が苦しむ方法を…葵の姿に苦悩する方法だけを考えていた。
……それは既に人間の考えていい事では、ないように思う。
僕は葵に甘くささやく。
「姉さん、佐伯先生に会いたいかい?」
葵はしばらく、虚ろにしていた。
僕はそんな葵の顔を見ていた。
「………せ………ん…せ……い……?」
「そうだ。先生だ。」
「姉さんの好きな先生だよ。」
「せ・・・……せん………せい……」
葵の心にその言葉が連想させるものを探り出している…。
僕にはそういう風に感じた。
不意に葵の目に生気が戻ってきた。
僕はその経緯をずっと見ていた。
「せんせい………せんせい……」
その言葉を口にするたびに、葵の心が戻ってくる。
そう感じられた。
それは、佐伯という鍵によって、
葵の最も綺麗な部分がロックされているようで、不愉快極まりなかった。
「せんせい……佐伯せんせい……」
知らぬ間に葵は大粒の涙をぼろぼろとこぼし始めていた。
「せんせい……せんせい」
その清浄な気持ちからこぼれた透明の涙が、僕のつけた汚れを流していく。
それは何か象徴的なもののように思えた。
僕は自分でも知らぬ内にうろたえていた。
そのことが示す事実を、直視できなかったのかもしれない。
僕は捨てられる。
汚い汚物として、流される。
この姉さんの透明な涙に…………逆らう術なんてない。
僕はそう思った。
僕はもう元には戻れない…汚れた人間なのだから。
「せんせい……佐伯せんせい……」
葵はうわごとのように奴の名を呼ぶ。
「佐伯せんせい……ごめんなさい」
「?!」
僕は思わず、葵の顔を見る。
「ごめんなさい。せんせい。」
その言葉が、自分の考えに浸っていた僕を引き戻した。
葵は謝っていた…………。
なぜだ? 誰にだ……。
せんせい? あいつに謝っているのか?
「ごめんなさい」
僕は葵の首をくぃっと上げる。
「何でだ? 何を謝る?」
葵に疑問の声を投げかける。
葵は………僕を見てはいなかった。
その視線は、僕を突き抜けて…何かを見ていた。
僕はそんな葵を見ていたたまれなくなる。
「くっ!! あいつに何をあやまるってんだ!! 」
僕は葵の肩を掴むとそう叫ぶ。
「謝るのはあいつの方じゃないか! 」
「元はといえばあいつが姉さんを… 」
葵から掴んでいた手と目を離す。
「だからねえさんはこんな目にあっているんじゃないか」
「だから僕が姉さんをこんな風にしてるんじゃないか」
そして、決して僕の事を見ていない葵を見る。
「僕がEDENに依頼してそんなふうにさせたんじゃないか! 」
「あいつがいらない事をしなければ、僕はそんなことはしなかったんだ」
「姉さんに! こんな事はしなかったんだ! 」
僕の頭が混乱してくる。
自分の頭が急速に狂気を失った正常なものへと変わっていくような気がする。
そこにいるのは…………ただの捨てられた……コドモ……
僕は頭を振る。
(そんなことは認めない)
(絶対に認めない)
(そんなことを許しはしないぞ! )
僕は葵の方を見ると、
いつまでも、つぶやくように佐伯に謝りつづけている葵の唇に吸い付いた。
(だまれ………)
(・…・何も言うな…)
(これ以上僕を惨めにするなぁ!)
それは先ほどのようなものではなく、ただ、奪うだけの乱暴な接吻だった。
「あ…ぷっ……」
葵の唇がいびつに歪む。
「ぷはっ……・」
一通り、気が済んだところで葵を解放する。
「佐伯先生に会いたいのかい……」
「そんなに会いたいなら合わせてやるよ、姉さん……」
葵の身体がぴくんと跳ねる。
「あいつのところに行きたいなら、行かせてやってもいい」
その言葉を聞いて、葵の目にほんのかすかに…
…期待の色が浮かぶのを僕は見逃さなかった。
心なしか…潤んでもいる。
「ただし………佐伯が今の姉さんを受け入れてくれたらな…」
葵の身体が、またかすかに蠢く。
「そのための……………証拠写真を撮らせてもらうよ…姉さん」
僕は今、一体どんな顔をしているのだろうか………。
きっと、本物の悪魔に近いような顔をしているはずだ……。
人は悪魔というものを想像する。
しかしそれは、むしろ人間の狂気の顔から想像された物ではないのかと僕は思った。
悪魔や神は人間に似ているという。
それは神が人間を自分の姿に似せて創ったからで、悪魔はそんな神の堕落した姿であるからだという。
でも、本当に現実的に考えると……人間が神や悪魔の姿に似ているのではなく、
神や悪魔が人間の姿から生み出されたものではないかと思うのだ。
僕はにやりと笑って葵に語り始める。
「この写真は佐伯先生が見るんだよ……」
テーブルをどけにかかる。
全身を写すにはテーブルは邪魔だ。
「佐伯せんせいが、今の姉さんの姿を見るために撮るんだよ……」
その間も、葵に言葉をかけるのを忘れない。
「どうだい? 今のこの姿をせんせいに見られるのは……」
テーブルをどけ終えると、僕は葵に宣告する。
「こんな姿を見ても、佐伯せんせいは姉さんを受け入れてくれると思うかい? 」
僕は葵の精神を追い詰めるための毒の言葉を次々に吐いた。
それは激しくはなく、むしろ優しさを伴って、この二人だけのリビングに響く。
狂気とは……自分の弱さを認められなくなったときに生まれるものなのかもしれない。
僕が一言一言をかけるたびに、葵は明らかにうろたえだした。
この姿を………こんな姿を………せんせいに……見られる。
それはたまらない事なのだろう。
葵は暴れだした。
しかし、椅子の背に後ろ手にくくられた葵は容易に立つことさえ出来ない。
パシャ! 僕はそんな葵の姿を撮る。
葵がこちらの方を見る。
怯えた眼差し……。
虚ろなそれではない。
諦めたそれでもない。
本当に怯えたそれ。
自分の希望を奪われる怯えの眼差し。
僕は、そんな姉さんの眼差しを見て、本当に美しいと思った。
佐伯にはそんな感情を持てない。
僕にはそう思えた。
あいつはこんなぼろぼろになった姉さんを哀れだとは思っても、美しいとは思えるはずがない。
あいつは明るく清楚だった姉さんに幻想を抱いていただけだ。
そんな姉さんが好きだっただけだ。
犯されて、身も心も汚れてしまった姉さんを受け入れられはしない。
だから、絶対に渡せない。
僕は、その姉さんの表情をカメラの中に収める。
何枚も…何枚も。
平和で家庭的なダイニングキッチンにそぐわない…
フラッシュの光が雷光のように明滅していた。
「Lost Paradise」
水代紫苑 第二章 「破損」
完