Lost Paradise
佐伯祐司 最終章 「失楽園」
ありえないことがあった。
僕たちが外に出ると、すでに救急車が待っていた。
救急車は最寄りの病院に行くという。
道など覚えていない。
それは小さい病院だった。
その病院につくやいなや、紫苑くんは、すぐに手術を受けた。
僕と葵くんは、それを何時間も見守った。
手術は成功したが、非常に危険な状態だという。
もっと設備の整った病院に行った方がいいと言われ、
紫苑君は僕たちと共に、違う病院に搬送された。
そこは県下では有名な私立病院だった。
紫苑くんの傷口を見て、医師は言った。
「ひどいな…。 この顔は…。 どうやったらこんな風に
腰のはひどい刺し傷だ。 誰かに刺されたとしか思えない傷痕だな…」
僕はその時、初めて自分の冒したことに、震えた。
側にいた看護婦は、医師に書類を渡した。
「前の病院の診断書か…。ん?爆発事故によるガラスでの裂傷?
顔も腰も両方か? 」
僕はその言葉を聞いて驚く。
医師もそれを見逃さなかったようだ。
医師は明らかにいぶかしげな目だった。
それはそうだろう。
爆発事故で、縦に並行に傷つけられた顔の説明がつくはずがない。
加えて、僕たちの格好だ。
僕は、研究室にいた時のままだったし、
葵くんは、まるでサーカス団の一員のような派手な格好をしている。
釣り合いなど取れるはずがない。
医師は、しばらく僕たちを見たあと、詮索をしないことにしたようだ。
追求すれば、刑事事件になるに違いないのだから。
いや、後で思い直したかもしれない。
だが、次にその医師に会った時は、そのことは、一切口にしなかった。
紫苑くんは集中治療室に運ばれた。
しばらく付き添った後、葵くんは僕と共に、ひとまず家に帰ることになった。
葵くんは疲れでふらふらになっていたし、僕も精神的にひどく磨耗していた。
僕たちは、病院を出た。
もう深夜になっていた。夜空には星が瞬いていた。
横には…葵君がいる。 信じがたい事に葵くんがいた。
僕は何か話し掛けようとして、失敗した。
何を話せばいいのか分からなかった。
自分の気持ちも葵くんの気持ちもわからなかった。
葵くんもそうだろう。
すると、葵くんが、すっと僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
僕は少し動揺した。
葵くんはこちらを見てはいなかった。
ただ、僕の腕に自分の頬を当てて歩いていた。
僕の心に感動はなかった。 ただ、虚しさだけがあった。
ただ、葵くんが側にいたというその事実のみによって、
僕は救われていたのかもしれない。
そういえば…EDENはどうなったのだろう。
全てが空虚だった。
彼らがこの後、何をしてくるとしても、なぜかそれを考える気にはなれなかった。
そして、ぼくは、ただ何となく
「うちにくるかい?」と、そう言った。
葵くんはただ、こくっと、頷いた。
Lost Paradise
佐伯祐司 最終章 「失楽園」
完