螺旋回廊  







第四章  再 び




 エアコンが低い唸りを上げて寒かった部屋に暖気を満たしていく。 ただ、それでも心の寒さは増していった。

 そのとき視線を感じ、こわごわとそちらを振り向く。

 (カメラ? 宙さん?)

 そこには先生に頼まれたらしい宙さんがじっとこちらを見つめていた。

 そう、あのアパートに設置されていた機械のような冷たい視線。 私は思わずそこから目をそらしてしまう。

 私は正直言って彼が怖い。

 先生といるときなら強気にも、普通にも対処できる自信はついていたけど、いざこうして向き合ってみると、心が恐怖に襲われる……

 彼が指を動かすたびに体がひきつけを起こしたように硬直し、彼が話し掛けるたびに心が萎縮していく。

 (彼は危険だ……)

 心がざわついていく。

 (彼がこの場所にとどまると…… 私の生活は元通りになってしまうかもしれない……)

 ふと、前の生活と今の生活の決定的な違いに私は気付いた。

 (今はそう、先生が守ってくれる…… ご主人様だもの…… 絶対に、絶対に守ってくれる)

 以前の弱い私は、責められて自分を傷つける勇気も、まして他人を傷つける勇気もなかった。

 (今は、今は違う。 違うはず…… たしか……)

 台所にある包丁、居間にある果物ナイフ、ピアス用の長い針……

 頭の中に反撃するための武器が浮かび上がる。 そのいずれでも宙さんを…… 宙さんの命を奪う事ができるだろう。

 (不意さえうてれば何とかなる……)

 今まで私を苦しめていたものを、自らの手で破壊できる。

 (以前、私が壊されたように!!)

 あの何度犯されたかわからない身体に刃物を突き立て、真っ赤な血を流し倒れる宙さん。 それを見下ろす私……

 歓喜が湧き上がる。

 なんという甘美さだろう……

 しかし、その妄想を打ち破るように宙の声が響いた。

 「まあ、好きにするからお前も見てれば?」

 気がつくと草薙先生は既に裸になっており、調教なのだろう股間にはバイブが差し込まれていた。

 「あっ!」

 「おいおい、お前が感じてどうする?」

 思わず私が上げてしまった声を勘違いしたのだろう、宙さんがいやらしそうな目でこちらを見ていた。

 「ち、違うっ!! 違います……」

 そう否定するのが精一杯だ。

 反抗心や殺意は、動揺と恐怖によってあっさりと消え去っていた。

 そんな私を無視して、宙さんは草薙先生に命令を与える。 以前、私がされていたように。

 「まぁ、いいか…… おい香乃。 脱いだだけでいいのか?」

 その言葉を聞き、ちらりとこちらをみる草薙先生は羞恥に身を震わせているだけで、宙さんに対する敵意などは見当たらなかった。

 「…… い、いいえ…… あの……」

 「今さら…… ふぅ、分かったよ。 お前は命令なしじゃ、何をやって欲しいかもわからないんだろ? 言ってやる。牝豚の癖に恥かしがるな!」

 ビクンと草薙先生は身を震わせた。

 (飼いならされた犬…… いや豚ね)

 その様子は以前の自分を見ているようで、胸を締め付けていく。 だが、私は変わった、先生のためなら変われる。

 草薙先生とは違う。

 (そうよ…… 反抗する気もないくせに、表面上は嫌がって…… フフ…… いやらしく濡れているじゃないの……)

 香乃の内股は想像以上に濡れ、光っている。 桃をすり合わせるように動かす度にそれは面積を増していった。

 それを掻き分けるように宙さんの手が太ももを撫で上げた。

 「ふっ…… んっ! あ、あ、そ、それじゃあた、足りませんっ!」

 「だから、ちゃんと言えって言ってるだろうがっ!!」

 ビシッ!

 振り上げられた手は傷だらけの太ももに激しく打ち付けられ、赤く跡を残した。

 「うっ・・・・つん、ああ、も、申し訳ありませんっ」

 「なんだぁ? こうして欲しかったんだろう? 違うかっ!」

 ビシッ!

 「あああっ…… そ、そうですっ! ご、ご主人様! 香乃、香乃はっもっと、もっと痛くしてほしいのっ!」

 仮面を脱ぎ去るように羞恥を捨てて、快楽を求め始めた香乃。

 (やっぱり…… あさましいわ…… 初めから求めればいいのに……)

 「痛くして欲しいだぁ? オラ、お前何様のつもりだ!!」

 「す、すみまっ! がっ!」

 腹を蹴り上げられ、その場に転がる。 すぐさま膝をつき、土下座のような格好で宙を見上げている。

 そこには以前の凛々しいともいえる顔も、知性も感じられなかった。

 「口の利き方も忘れたって言うのかよっ! やっぱりお前は最低の奴隷だな、わかってんんのか?」

 「も、申し訳ございません…… 香乃は最低の奴隷です」

 (確かにその通りね…… 先生と私ならあんな事は言われなくても出来る……)

 ゾクッとした感覚が背筋を抜けていく。

 優越感だろうか…… いや、これは人を見下す快感。 それは葵を調教する時に生まれた心地良い悦楽……

 バイブレータが蠢めき、その快感に身をゆだねてみる。

 「ああ、分かってる。 けどな、お前は俺の奴隷なんだ。 最低でもな……」

 「は、はいっ…… 私は…… 香乃は宙様の奴隷でいられてとても幸せです。 で、ですから、香乃に、罰を与えてください……」

 「よし…… どんな罰がいい?」

 「…… 宙様が望むものならなんでも……」

 (ふぅん…… 正しいわ…… 奴隷に意志なんて必要ないものね…… やっと分かったの?)

 「ははははっ! よく言えた! ほめてやる。 よし、お前が望んでいるのは苦痛か?」

 「ご、ご主人様が与えてくれるならなんでも……」

 「ふふふ…… 分かっている。 けどな、お前は苦痛を与えられる時が一番いいだろ?」

 そう言われて香乃の顔は恍惚としている。

 「は、はい……」

 「待ってろ……」

 宙はそう言うと、自ら持ってきた鞄から麻縄を取り出し香乃を縛り上げていく。

 手つきは私にそうしていた時よりも手馴れており、あっという間に荷物のような状態にされていく。

 一段落つくと更にムチを取り出し、ビィンと両手で伸ばした。

 「葉子」

 私は突然声をかけられ驚いた。

 「……なんでしょうか?」

 「よく見てろよ、このムチはなお前に使っていたやわなものと違う。 最近取り寄せた本物のムチだ……」

 空気を切り裂く音が聞こえ、思ったよりも響かない肉のはじける音がした。

 「ぁうぅう……」

 草薙先生のお腹の当たりに鋭い裂傷が走り、血が流れ出している。

 声も出す事ができないのか、漏れるような吐息を漏らし目を見開いていた。

 ゾクリ……

 再び優越感に襲われる。

 「オラッ!!」

 ピシッ!!

 走る赤い傷。

 「あふっ……」 

 (ああ、最低の奴隷だわ…… 罰のはずなのにあんなに濡らして……)

 「ああああっ!! んっ! い、痛いでっす!」

 (それでも止めてって言わないのね……)

 宙さんの草薙先生に対する責めが激しくなるたびに、私は心地よい快楽に身を任せていった。

 そして、それがどれほど続いただろうか。 低い声で宙さんが草薙先生を呼ぶ。

 「香乃……」

 「は、はいっ……」

 「俺がお前を最低だと思うのはな……」

 「はい……」

 「俺以外の奴…… いや、苦痛を与えてくれるのが誰でもそんなに濡らすって事だ! そこの葉子の様にな!」

 宙さんはそう言って私を見る。 名前を呼ばれても、どうする事もできない。

 混乱し、改めて自分を見てみると絶望的な気持ちになる。

 「あ……」

 気がつくと、私の手は自らの股間をまさぐり快楽を求めていた。 先生に止められていたのにも関らず……

 にやりと笑う宙さんの目を、私は見ることができなかった。









・・・続く。