薬剤散布に関しての事例報告

2002.11.16(土) 

  日本弁護士連合会  公害対策・環境保全委員会 主催
           公開シンポジウム   「化学物質過敏症とは何か」
         −氾濫する化学物質汚染による被害と対策−

このシンポジウムで「事例報告者」という形で、【患者の現実】を聞いて頂ける機会を頂きました。
未熟な発表ではありましたが、以下、抜粋で記載致します。

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 私の住む所は、とても緑に恵まれた素晴らしい所です。
しかし、この環境が私達の体調を悪くする一番の原因ともなっている現状をお知らせしたいと思います。
 春、新緑が眩しくなると、患者同士「苦しい。息が出来ない。」という話ばかりです。

 その頃から私の家でも14歳の娘と私との「農薬散布」との戦いが始まります。
在住している住まいの直ぐ近くには観光名所の小さな山があります。其処のふもとに暮らす私達親子には
 6月からの「松枯れ防止薬剤散布」が襲ってきます。

 化学物質過敏症を発症してから3年、毎年、市に対して「中止」のお願いをしていますが、
「薬剤散布と体調不良は何の関係もありません」
という返事です。
しかし、私達親子は実際に医師により「有機リン中毒」という診断を受けているのです。

 手足のしびれ、眼球異常・倦怠感、一人で真っ直ぐに歩く事すら出来なくなってしまいます。

 娘と共に毎日有機リンの解毒作用のある点滴を繰り返す日々が続きます。
体調悪化を避けるため今年は県外に脱出を試みましたが、
何処に行ってもホッと出来る場所はなく、出費と体調悪化だけが残る結果となりました。
今年は化学物質過敏症を発症していない次女(11歳)が散布日、早朝より激しい下痢が始まり、5日間止まりませんでした。
一般にいう嘔吐下痢の風邪症状とは、かけ離れたものでした。

 松枯れが始まり、つぎに「田んぼ・畑への空中散布」
「公園・街路樹への毛虫防除の為の薬剤散布」です。

空中散布在住の市で行われていませんが、近隣の市町村では実施されています。
遠く離れた場所でも当日の風向きにより、とっても苦しく体調が悪くなります。

この時期は、ただただ身体を支え、時間が過ぎていってくれる事を願うしかありません。

公園・街路樹への毛虫防除の為の薬剤散布では、担当の課にお願いをして連絡を頂けるようにしてありますが、此処でも様々な意見の食い違いが生じています。

 自宅から離れているからと散布を実施された所が、娘の通う中学校の直ぐ裏でした。
当然、娘は体調を悪くし、寝込んでしまいました。
 そして後日、
知り合いの方から散布があった事実を聞き、「なるほど・・」と、体調悪化の理由を認識するのです。

 そんな事があり、市へ「薬剤散布に関して」の意見書などを数回に及びだしてきましたが、何の変化もありませんでした。

 そして、自宅付近への散布に関しては「お宅のご都合のいい時期に撒かせて頂きます」という問い合わせが来るのです。「いい時期」なんて患者には無いのです。

 先日も言葉を濁していた所、散布を申請していた区長の方から直接「散布をしたい」という電話を頂きました。
「何処で我が家の事をお知りになりましたか?」という問いに「市の関係者に知り合いがおりまして・・・」と、言う返事です。

市役所として、区長という立場とは言え、個人のプライバシ−を一般の方に漏らしても良いものなのでしょうか?
 「守秘義務」というものはないのでしょうか?
こういう事で住民同士のトラブルとなるケ−スはいくらでもあると思います。
その件について問い合わせをした処「お宅の状況を説明する必要があったので」という返事でした。

 市役所より散布中止距離を決めて欲しいという打診がありました。
そこで仕方なく、地図上に自宅・小中学校・保育園を中心として半径500メ−トルを薬剤散布中止区域として市にお願いをしましたが、「何をもっての距離なのか不明」という回答でした。

 私達患者にとって500メ−トルという距離では身の安全を確保出来ないのです。しかし、何十キロメ−トルと申し上げた所で聞き入れて頂けるとは思えず、妥協しての500メ−トルでしたが、理解していはただけませんでした。

 電話で直接、市の担当者の方とお話しする事がありますが、余りにも「薬剤に関して」の認識がない事に驚かされます。

 今現在、薬剤散布時に活躍している「有機リン」はあの大惨事となった「地下鉄サリン事件」に使われたサリンのきょうだいのような物なのです。

 現在、埼玉県新座市、石川県金沢市では定期的な薬剤散布を廃止し、
安全な環境作りに努力をされています。

 こうした活動が始められた事は私達にとって、とても喜ばしい事でした。

 現在、中2の娘は、発症をきっかけに、様々な精神症状が出始めました。
3人妹弟の長女として、しっかりとした娘でした。何事にも前向きに取り組み、難しい事も弱音を吐かずに頑張っていました。
 しかし、発症後は、いつもイライラし、おこりっぽく本当に腫れ物に触るような状態が続きました。

 大好きだった担任教師に「先生なんか大嫌い!」と繰り返す毎日が続いたのです。

今年の5月、中学の松に毛虫が発生し薬剤散布をした事がきっかけで、ほとんど学校に通学が出来なくなりました。
 学校・保育園など子供達が過ごす施設でも毎年大量の薬剤散布が行われています。

 続いて松枯れ・街路樹の薬剤散布・除草剤散布と心身共にボロボロの状態です。

 ほとんど欠席をしている我が家の状態を知る友人達から近くの評判のいい精神科を勧められました。
患者である私は娘の状態が良く理解出来ますが、友人には「不登校」という現実しか見えないのです。
友人の薦めもあって一度精神科を受診してみました。

 医院に行き、はじめに問診票に書込をしました。
「イライラする。人と会う事が嫌。憂鬱。何をする事も嫌。」などの質問事項に全て○がつき・・・
カウンセリングがはじまり、

 先生が一通り目を通された第一声は、
「化学物質過敏症という病気と、今の状態とを結びつけて考える事はしない方がイイと思います」と、おっしゃいました。
「学校に行けないという事は病気のせいではない」と言う事です。

 さらに娘へ・・・私へと質問が続きます。
話をしているうちにだんだん先生の表情が「困ったなぁ〜」という表情に変化しました。

 そして最後に
「では、この化学物質過敏症という病気になっていなかったとしたら、貴方は学校に行って、友達と一緒に部活をしたり、遊びに出掛けたりしたいですか?

と言う問いに娘は迷うことなく「ハイ、したいです」と答えました。

 ここで精神科の先生はギブアップです。「私には貴方に何もしてあげられる事はないようです。ただ言える事は決してガンバってはいけませんよ。頑張らなくっていいんだから」とおっしゃいました。

 11月初めに中学の文化祭が行われ、娘は必死の思いで参加をました。
生徒会・実行委員が企画運営をし、大成功で幕を閉じました。

その日、文化祭の話をしていると「私も生徒会や実行委員で頑張りたかった」という言葉が娘の口から漏れました。本当に辛い一言です。
 今まで学年でも良い方の成績だった娘は、現在4〜5行の詩を暗記する事も出来ないほど記憶力が低下ています。
「勉強が出来ない」と言う事ほど辛い現実はないのです。

化学物質過敏症という病気は子供達の明るい未来をも奪っていくのです。

 発症してしまった子供は、義務教育中は通学出来ずとも進級だけはしていきます。
現時点では、通学出来ない子供達の教育に関して、何の対策もされていません。

 そして高校進学ともなれば、もっと過酷な現実が待っています。
運良く合格出来たとしても、出席日数により、留年・休学または退学を迫られるケ−スもあり、

化学物質過敏症の子供達は教育を受ける事も出来ないのです。
 友達との交流もままならずに家の中に閉じこもり、辛い日々を過ごしている子供が沢山いる事を知ってほしいです。

最後に、
 薬剤の散布をされる事により、症状は悪化する一方です。

そして絶対に忘れてはいけない事。

 環境化学物質は83パンセ−ントが肺から取り込まれているのですから、

化学物質過敏症という病気は誰にでも発症の可能性がある
と言う事を付け加えさせて頂きます。

そして、「空気は自分で選ぶ事が出来ないもの」だと言うことを忘れないでください。
                                                                    −以上

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ながなが読んでくださって、ありがとうございました。

私達、化学物質過敏症の患者の事が少しでも理解して頂ければ・・・とても嬉しいです。