明治41年(1908年)に天満社と合祀され立石神社となった天神社は、もとは上組にあり(現在の「上のお宮」)、少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀っていました。文永元年(1264年)に火災がおこり、その時火の玉となって飛び出した少彦名命の像をまつったものだといわれています。里人たちは、一晩のうちに祠を建て、拝んだといわれています。火の玉となって空を飛んだので「飛天神宮」、または「日天神宮」と呼ばれました。