天に華降る 地に人ぞ咲く

〜 彼岸花御(五)題 〜






一. 天蓋花




「……お前なら白花だな」
「「……は?」」
無駄に自己主張の激しい長身の図体が突然横から消えれば、気配の喪失感のひとつも起こる。
話し込んでいた青年たちが違和感に振り返ると、件の男は立ち止まり何処かを眺めていた。
一向に歩き出そうとしない彼に焦れて同郷の青年が歩みを促した時、冒頭の台詞と相成ったわけである。
「突然何だよ、永夏。秀英、こいつどーしちゃったわけ?」
「残暑で頭がやられたのかもしれない。前々から変な奴だとは思ってたけど……」
「ああ……そういえばここ2・3日暑かったからなぁ。日本に来るなら、もう少し涼しくなってからの方が過ごしやすかったのに」
「生憎時間が取れなかったんだ。僕一人だったら何とかなったんだけど、永夏も行くって聞かなかったから余計にスケジュールが合わせられなくて。おかげで僕まであわただしいことになって、いい迷惑だよ」
「でっかい子供のおもりも楽じゃないな?」
「もう慣れたよ」
「……秀英、進藤、お前たち俺をなんだと思ってるんだ」
本人が口を開かないのを良い事に言いたい放題話している洪秀英と進藤ヒカルを一睨みし、韓国棋院の若き帝王 高永夏は自分より低い位置にある頭二つをぶつけてやった。
「ってぇっ! 何すんだよ! 頭おバカになっちゃったらどーすんだよっ!」
「安心しろ、お前らはそれ以上馬鹿になりようがない」
「む、ムカツク……マジムカツクんですけど」
「永夏にだけは言われたくないよっ!」
ぶつかった額を涙目でさすりながら、ヒカルと秀英はまたしても永夏に対する罵言雑言の数々を言い募る。
それも落ち着いた頃、まだ恨めしげな目でヒカルが促した。
「……で? 何が白花なの?」
「これだ」
永夏の視線の先を追って青年たちは横を見る。
道角の植え込みに一際目立つ緋色の花を見出し、花という単語が出たからには彼が見ていたのはこれであろうと思い至った。
「彼岸花?」
「日本ではそう呼ぶんだったな」
「曼珠沙華とかも呼ばれてるみたいだけど……これが何?」
日本の秋花の代名詞でもある、どこにでも咲くその花の何が永夏を立ち止まらせたのだろうか。
「丁度この花の横を通った時、俺は話し込んでいるお前と秀英を見ていたんだが、位置的にお前の顔の周囲に花が重なって見えた。……だが、妙な違和感で動けなくなって、思わず考え込んでしまった」
「……考え込むなよ、そんな事」
ヒカルは、自分は花に喩えられるような容貌を持ってはいないと思っている。そもそも花に喩えられるのは古来より女性が多く、故に男性であるヒカルにとって喜ばしいものとは言い難い。いつまで経っても線の細い中性的な容姿をそれなりに気にしている事もあり、思わず眉を潜めてしまう。
だが、永夏は彼の文句を素通りし、尚も思考に沈む。
「何が引っかかっているのか色々考えて、ようやく思い至った。この色が悪いんだとな。お前に、この花の天蓋のような造形自体は合わないとは思わない。この複雑な繊細さは、お前の打つ碁にもどこか通じるような気がするからな。だが、この花の毒々しいまでの赤だけはどうしてもお前にはそぐわないと思う。……お前の相棒なら、また話は違ってくるだろうがな」
「相棒って……塔矢?」
塔矢アキラと進藤ヒカルが一対の棋士として扱われている事は、日本のみならず他国の棋士にも知られている。
――――尤も、永夏や秀英が知っている彼らの関係はそれだけではないが――――、ともあれ、この場合ヒカルの相棒とやらが塔矢アキラを指す言葉である事は疑うべくもないだろう。
「ああ、確かに塔矢アキラなら赤花のイメージかな。実際打ってみると、ものすごい激情家って感じだし」
「正統派ではあるが、それにしても苛烈な碁を打つ男だからな。あいつならこの赤に食われないだろうが……」
「進藤にはそういう血生臭さはあんまり似合わない、だろ」
塔矢アキラが棋神に導かれた若武者ならば、進藤ヒカルは棋神に仕える巫子である。その呼称が不遜ではない程には彼らの実力は高く、その呼称が示す通り彼らの碁も気質も異なる。
敵の返り血に塗れながら天下取りを狙う姿を彷彿とさせるアキラとは違い、ヒカルの碁は神に捧げられる調べと舞いに通じる。それは、彼らと直接対局した棋士――――それも、力のある者ほど――――であるが故に実感する性質である。
神より碁盤に落とされた天蓋に護られ、片や血塗れの、片や汚れを知らぬ白の。
韓国棋院の先鋒たちの目の前にいる青年は、斬り結び食い殺す事でしか駆け上がる術を知らぬ片割れをも洗い清めるほど、誰を受け止めても堕ちぬほど白く輝かしい。


―――― だからこそ、これほどまでに愛(かな)しいのだ、彼は――――


「白花だったら良かったのに。進藤、白花は咲いてないのか?」
「……一応咲いてるよ、赤い花よりは一般的じゃないけど。この辺でも見かける事はあるし」
「よし、じゃあ見に行こう」
「えっ、ちょっと待ってよ。囲碁サロンに行くんじゃなかったの!?」
「後でいいじゃないか。時間が勿体ないんだったら目隠し碁でもしながら行けばいいだろ」
「じゃあ俺と進藤だ」
「永夏は昨日僕よりも多く進藤と打っただろ! 最初は僕と進藤だ!」
「何を突っ立っている。進藤、行くぞ」
「……あー、もー……いいや、好きにしてよ……」
永夏と秀英に引きずられながら、ヒカルはため息を吐いて苦笑を落とした。





二. 曼珠沙華




不機嫌そうな年下の先輩棋士に苦笑し、心優しき伊角慎一郎はコーヒーに口をつけた。
「まあ、いいじゃないか。日韓友好の一端を担ったと考えれば」
「良くないよ。ああいう時に限って運悪く白い彼岸花が見つからなくて、結局3時間ばかり歩いたんだから」
まだ暑さの残るこの季節に、炎天下の中長時間の散歩は流石のヒカルも疲れたようで、うんざりと首を振った。
「それにしても物好きだよなぁ。彼岸花なんてあっちでも咲いてるんだろ? それを会話の流れっつっても日本くんだりまで来てわざわざ探し回るなんて。もしかして、韓国じゃ好かれてる花なのかなぁ」
妙に疲れた様子のヒカルを案じて喫茶店に連れ込んだ張本人である和谷義隆は、とっくに飲み干してしまったドリンクの氷をかき回して首を傾げている。
「どうだろう。確か中国あたりではとことん忌み嫌われいる花だったようだけど」
「だろうなぁ。正直、俺だって好きじゃないぜ。なんか不気味だろ、あれって」
「まあ、俺たちがそう思うのは文化というか、育った環境のせいもあるだろうな。だいたい子供の頃、親に言われてるんじゃないか? 『彼岸花に触ると手が腐る』とか『火事になる』とか」
それは本来、彼岸花の持つ毒性に対する警鐘を暗示する叱咤であるが、子供たちにそのような理論は分かろうはずもない。ただ、繰り返される警告に、彼岸花を無条件で恐ろしいもの、不気味なものとして記憶する事になる。
その花のリスクばかりを覚え、その花の功績を知る事はなく。
「でもな、和谷。彼岸花は命を繋ぐ最後の砦だった事もあるんだぞ?」
「ええっ、何それ?」
「あ、それは俺も知ってる。むかーし飢饉の時には彼岸花を食べてたんだよね」
「でも、毒があるんだろ? だったら超ヤバいんじゃ」
「球根を何度も水にさらして毒を抜いて、他の雑穀……粟とか稗とか、その当たりがあれば良い方だったんだろうな、そういうものと混ぜて『すいとん』……うどんのもったりしたような奴だな、そうやって食べていたらしいよ」
「彼岸花がお墓とかに咲いてるのは、普段掘り返されない所に植えて、いざっていう時に備えるっていう意味もあったみたい。しかも、球根の毒だって、裏を返せば薬にもなるって事で。実は結構偉い奴なんだよな、彼岸花って」
「ほえー、……ちょっと見直したかもしんねー」
和谷が見直したのが彼岸花なのか、それとも意外に雑学知識を持っていたヒカルに対してなのか――――伊角が博識なのは皆分かり切っているので今更だ――――は本人にしか分からないが、和谷は大げさに肩をすくめて見せた。
「それに、彼岸花の別名の『曼珠沙華』っていうのは、そもそもとても良い意味なんだぞ」
「それって?」
「『摩訶曼陀羅華曼珠沙華』……原典は法華教で、天上の花、おめでたいときに天から降ってくる赤い花、って事らしい」


―――― 天に通じる大輪の花。
―――― 美しく喜ばしい、天上の緋。


「それじゃあ、俺たちが持ってるイメージとは逆ってことじゃん。彼岸花に悪い事しちゃったなー」
「毒があるのも事実だし、嫌ってる人は多いから贈答には向かないけどな。でも、毛嫌いするものでもないと思うぞ」
「そうだね。俺も意外に嫌いじゃないよ、あの花」
「俺もこれからは見方を変えるようにしてみるかな。そう言われてみれば、なんか派手でめでたいような気もしてきたし」
「和谷、単純〜」
「うるせー」
こうして日本の極一部でひっそりと、彼岸花のイメージは僅かながら好転した。





三. 舌曲




「…とは言ったものの、なぁ……」
紫煙を吐き出しながらの苦笑いに、横を歩いていた青年も僅かに笑う。
「そうだな、どうしても悪印象は拭えないか」
「一応食えるっつったって、毒がある事にゃ違いねぇしな。ついでに言っちまうと、好きこのんで食う気にもなれねぇってのが本音だろ」
「まあ、そりゃそーだけど」
男臭い容貌と生真面目めいた横顔に子供じみた膨れ面を向け、ヒカルは足下の小石を蹴る。
「岸本さんや加賀も、やっぱり彼岸花って嫌い?」
「嫌い……というよりも、少なからず恐怖心を煽られるのは事実だ。昔読んだ詩のせいもあるだろうが」
「詩?」
岸本薫が思案するように眼鏡のフレームを僅かに引き上げる。それだけで生真面目な印象がより一層増すのは不思議なものだ。
「北原白秋が書いているんだ、『曼珠沙華』という詩をな。俺がそれを目にしたのは、まだ、海王の初等部にすら入る前だ……幼児だっただけに、あまりにも不気味だったし、恐ろしくてな。その印象がどうしても拭えない」
「そーいや高校ン時テストに出たな。それで岸本、珍しく朗読渋ってたのか」
「俺、知らないや。どんなの?」
首を傾げるヒカルに、岸本はひとつ息を吸い込んで静かに紡ぐ。

『GONSHAN.GONSHAN.何處(どこ)へゆく。
  赤い、御墓の曼珠沙華、
  曼珠沙華、
  けふも手折りに來たわいな。

  GONSHAN.GONSHAN.何本か。
  地には七本、血のやうに、
  血のやうに、
  ちゃうど、あの兒の年の數。

  GONSHAN.GONSHAN.氣をつけな。
  ひとつ摘んでも、日は眞晝(まひる)、
  日は眞晝、
  ひとつあとからまたひらく。

  GONSHAN.GONSHAN.何故(なし)泣くろ。
  何時まで取っても、曼珠沙華、
  曼珠沙華、
  恐や赤しや、まだ七つ。』


「…………」
ヒカルは眉を潜め視線を逸らす。その視界の中では、誰かの手で植えられたのであろう赤い花の群が揺れている。
「……確かに、怖い詩だね」
「今だったら、それほどでもないんだがな。何しろ子供だったからな、俺も」
「岸本に子供時代があったって事の方が信じられねぇけどなー」
「……人のことが言えた義理か、加賀」
「まー、それもそーだなー」
豪快に笑う加賀鉄男の横顔に視線を移しながら、しかし、ヒカルは気付いている。彼はどこか張りつめた空気をリセットする為に、わざと話題を逸らしたのだ。
一見傍若無人に見える加賀だが、彼は目に見えぬ空気に敏感で配慮に長けた人間である。配慮の欠片もなさそうに見せかけ、後々になってみれば相手を深く思いやっての言動だと思い返される事が多い。その独特の話術には、ヒカルも密かに頭が下がる。
そんな加賀だからこそ、神経質な岸本や温厚な筒井という全く別性質の友人たちとも、反発することなく上手く付き合って行けるのだ。
「じゃ、加賀はどう?」
「俺か。俺の場合はなぁ……そうだな、こいつらは同類項って感じだな。俺ら将棋差しとも、お前ら碁打ちとも」
「その心は?」
にやり、と野性味溢れる笑みを浮かべ、殆どフィルタだけになっている煙草を手元でもみ消した加賀は一言。
「上っ面は繊細そうに見せかけて、どいつもこいつも毒だらけ、ってな」
「おー! それは言えてるー!」
プロ入段からそれなりの年数を重ね、棋界の影の部分からも目を逸らせぬ立場にまでのし上がったヒカルにとって、それは納得の行く答だった。思わず拍手まで漏れる。
だが、岸本は苦笑に留め、加賀の不備を指摘する。
「上手い、……と言いたい所だが、『食えない奴』とまで掛けられないのが惜しい所だな。一応とは言え、食用では」
「あ、そういえば」
「てめェ、しつこく揚げ足取るな! フィーリングでいいじゃねぇか、フィーリングで!」
毒を含む花々の隙間を縫うように、3人は笑いながら歩いて行く。そこには、視界を覆う赤を恐れる色は最早ない。
そうして、笑い飛ばして進む強さを、人間は持っているのだ。
例え、美しい花の根に潜む毒を踏み潰してでも、洗い流してでも、忘れ去ってでも。





四. 想思花




一面の赤に囲まれ、僅かに空いた緑の絨毯に寝転がる恋人を見下ろし、堤防の傾斜に腰掛けた青年は小さく笑う。
「そもそも曼珠沙華と呼ばれる花は、中国から渡来した帰化植物でね。特に、日本の曼珠沙華は結実しないから、球根の分球だけで増えたそうだよ」
「……塔矢。それってつまり、元々人の手によって植えられた分だけで、自然には咲いてないって事?」
「そういう事になるな。一番よく見かける赤い曼珠沙華も、黄色の鍾馗水仙(ショウキズイセン)にしても、この交雑種である白花曼珠沙華にしても、殆どの曼珠沙華は結実しないから、誰かが植えたからこそそこに咲いているんだ。まあ、その後は親株の周りで球根が分裂して野生化したものもあるだろうけど、基本的には人が咲かせているという事だね」
以前母から聞きかじったという知識を披露して、塔矢アキラは溜息を吐く。
「……どしたの?」
「いや……自分たちの手で増やしておいて、しかも食用として重宝さえしておきながら、不吉な呼び名ばかりを増やすのも失礼な話じゃないかと、ふと思ったんだよ」
彼岸花の呼称は一つではない。彼岸花、曼珠沙華という比較的一般的な呼称以外にも様々なものがあり、中には一部地域でしか使われない名も存在する。
「幽霊花、死人花、墓花、捨子草、舌曲がり、手腐り花、疫病花、狐花、苦草……他にも色々あるが、どうも忌んでいる事を如実に語るものが多くて、恩知らずにも程があるような気がするよ」
「……塔矢は、嫌いじゃないんだ? 彼岸花…」
行儀悪く寝転がったまま視線だけを上に向けるヒカルに、アキラは暫し考えて頷いた。
「……そうだな、嫌いじゃない。日本の秋を立派に代表する、美しい景色の一端を担う立て役者だと思っているよ」
「だよな。第一、彼岸花の咲いてない秋なんて、想像すると色的に寂しいよ」
「山は紅葉するけれど、野は枯れて行くだけだからね。日本の秋が茜色なのは、彼岸花のおかげでもあるんだろう、多分」
ヒカルはひっそりと微笑むアキラを見つめる。
夕焼けに染まる赤い花の中に座するアキラは、まるで荒ぶる炎を御し従えているようにも見える。赤い彼岸花はアキラのイメージだと言った永夏や秀英の言葉は、全く持って正しい。この極彩色の血色の緋を凌駕し、禍々しい印象を拭い去りねじ伏せるまでの存在感を醸し出せる者など、彼をおいて他にはあるまい。
盤上でアキラから放たれる気配に似た、鮮やかなる炎の花。
だから、ヒカルは嫌われがちなこの花を、愛おしくさえ思うのだ。
「秀英から聞いたんだ。韓国では彼岸花の事、『サンシチョ』って言うらしいよ。知ってた?」
「いや……いくら韓国語を勉強していても、細かい所までは流石にね。……どんな字を書くんだ?」
「『想思花』――――『想い』に『思う』を重ねて、『想思花』」
聞き慣れない響きは、それでもどこか麗しい香りを纏う文字を形作った。
「一つの茎を持つ彼岸花の花と葉は、決して出会う事がない。だから、花は葉を想い、葉は花を思うんだって」
「成る程。彼岸花は花が咲いている間は葉が生えない。葉が生えるのは花が枯れた後だ。だから、花は後に続くはずの『葉を想い』ながら咲き、葉は冬の厳しさに耐えながら翌年にまた咲くはずの『花を思う』……という事だね」
「そ。結構ロマンチックな事言うよなぁ、あの国の人たちも」
笑むヒカルの顔に影が落ちる。視線を上げれば逆さまながら近しい笑みを浮かべる男が覗き込んでいて、慣れ親しんだ空気に瞳を閉じると優しく唇が塞がれた。
「……僕達は、同じ碁盤の上で出会えて良かった。過去でも未来でもなく、同じ時に同じ場所で咲くことが出来て、本当に良かった……」
「……うん」
逆さまの視線を合わせたまま、静かに指先を絡める。
「俺達は……出会えて良かったよ……」


違う株として生まれ、違う場所で育ち、色違いの同じ花として芽を出した想思花。
優しい導きの手によって引き合わされ、同じ場所に寄り添い共に咲き誇る喜びは、紡がれる美しい時によって語り継がれて行くのだろう。





五. 彼岸花




宵闇の岸辺に立ち、青年は水面を見下ろす。
辺りと同じ闇色に光る川は穏やかに流れ、今この時にも時間を留めることがない事実を歌う。
「…………またひとつ、歳食っちゃったよ。って、まだまだ嘆くような歳じゃないけどさ」
人影はない。呟きを聞き咎める者の姿はない。
けれど、瞼の裏に今も鮮やかに甦る、在りし日の凛とした姿。
「お前、最期は幾つだったのかな。近づいてるのかな、それとも、置いて行っちゃってるのかな。……考えてみれば、俺はお前の事、何にも知らないんだよ。あんなに近くで、いつだって離れずにそこにいたのに」
彼の花が咲いていた時、ヒカルはまだ世界を知らず。
ヒカルが日の当たる場所に立ったとき、彼の花は既に散り立ち消えていた。
同じ株を分け合っていた想思花。傍らに在る最愛の敵さえも未だ真実を知らぬ、もう一人の最愛の人。
進藤ヒカルという巫子だけを残し、棋神の元へ還ってしまった天上の華。
「もうここにはお前の残してくれた俺しかなくて、どんなに俺が叫んでも思ってもこの命を差し出しても、お前を生き返らせる事は出来ないけれど……」
今年咲く花が去年のそれとは違うように、二度と過去を呼び戻す事は出来ないけれど。
「けれど、お前が俺に想い、残してくれたもの、きっと受け継いで行くから」
進藤ヒカルの中には確かに眠っているはずだから――――彼の人がここにいたという、足跡。
「いつかは俺も散り、ここからいなくなるんだろう。でも、その後に咲かせられる花はきっとあるはずだから。俺と同じ株を分け合わなくても、他の花の新芽だっていい。その中に少しでも証を残せるように……礎として残れるように……お前の想いに恥じないように、生きて行きたいと思うよ」
それは、名前でなくてもいい。棋譜さえも残らなくてもいい。
ただ、自分たちの咲き誇っていた時間を――――碁打ちとして生きてきた名残なりでも、誰かが受け継いで、そしてまた伝えてくれればそれでいい。
「だから、想っていてよ。俺も想うよ、お前を、過去を。いつか繋がって行く、遠い未来を。始まりを知らない、終わりのない道を、あいつやみんなと一緒に歩いて行くよ」
過去、千年、二千年が紡がれてきたように。
「お前と同じ場所で咲く日まで、諦めずに歩いて行くよ――――佐為」
千年、二千年の未来へと――――


ヒカルは静かに膝を付き、白と赤の彼岸花を水面に捧げた。
誰よりも美しく慕わしかった最愛の師に、この願いと決意が届くように。


想いを継ぎ、想いを繋ぐ。
この声、この花、彼の岸へ届け――――













2004.9.20
潮音優樹



今年は台風等で暑中お見舞いをお送りする時間がなく、申し訳ありませんでした。
代わりにヒカルの誕生日に合わせて、初秋お見舞い申し上げます。

Web Site "LA FIAMMA"(サークル"NO DOUBT")
潮音優樹 拝


優樹さんから初秋お見舞い頂きました!(≧▼≦)9
ステキ小説ありがとうございました!
相変わらず雰囲気のある綺麗な文章に舞風くらくらですv
彼岸花ってあまり良いイメージ持ってなかったんですけど、見方変わりましたよ。
最後がなんだか切なくて・・・佐為の存在ってなんて大きいんだろうと改めて思いました。
ヒカルにもアキラくんにもこれからどんどん頑張っていってほしいなぁ。
優樹さん、ホントにありがとうございました!!
                                    舞風 紅蓮