デート        

「今さ、碁会所に居るんだ。塔矢、お前も来いよ。」
進藤ヒカルからの不意にかかってきた電話。
「分かった、じゃあ、もう少ししたら行くよ。」
素っ気なく返事をしたが、進藤ヒカルの声は少なからず塔矢アキラの胸を高鳴らせていた。

「別に着替える事も無いか。」
鏡に映っている自分の服装を眺めてアキラは呟いた。

― デートって訳でもないし。

「・・・あ、」

嫌な事を思い出した。

 あれは先週の日曜日。
「映画のチケット貰ったから一緒に見に行かねー?」とヒカルに言われ、何でキミと、などと思いながらも
「いいよ。」とアキラは答えてしまった。

どーせ、明日は予定なかったから(緒方さんから以外なら)どんな誘いでも受けたさ、と言い訳しながら
着ていく服を考えている自分が滑稽だった。

いろいろ悩んだ末、結局着慣れている空色のVネックのセーターに落ち着いた。
このセーターは着心地が良い。
父親にその色がお前にはよく合ってると言われた事もあって、アキラは持っている服の中でこのセーター
一番気に入っていた。


「遅いな。」
約束の時間が過ぎても待ち合わせ場所にヒカルの姿は現れず、腕時計を見る回数だけが増えていく。
「あと10分待って来なかったら・・・、」・・・20分待とう。
大きな溜め息を吐いた時、「ワリィ、塔矢!」と後ろから声を掛けられた。
「進藤。」
振り向いたアキラの笑顔は凍りついた。
よぉ、と手を上げたヒカルは緑の上下のジャージ姿。しかも白の縁取りまである。
お前、部活を途中で抜け出してきたのか、とツッコミをいれたくなるような格好だ。
靴だけはいつも愛用しているもので全体的に見ると物凄くアンバランスだった。
顔を引きつらせながら上から下まで眺めているアキラに気付き、ヒカルは「何だよ。」と不機嫌になった。
「い、いや別に。」
「・・・あんま、見んなよ。ん?あっ、ヤベ!映画始まる!走るぞ塔矢!」
手首を掴まれて無理矢理走らされる。
「何で待ち合わせ場所を映画館の前にしなかったんだ!」と怒ると「だよな。」なんて気が抜けるような
言葉が返ってきた。
気が付かなかった自分も悪かったと思い、アキラはそれ以上何も言わなかった。

日曜という事もあり人通りは一際多く、二人は掻き分けるように走った。
行き交う人達の視線が痛い。
知らない誰かと目が合う度に、ボクは部活に連れ戻されそうになっている部員ではありませんっ!と言いたくなる。
忌々しそうにヒカルを睨むと、視線に気付いたのか振り返ったヒカルは微笑んだ。
映画を見終わり「何か食べて行こうか?」と聞くと、「いや、オレ帰るからいーや。」とヒカルは答え、呆然としている
アキラを一人残してさっさと帰ってしまった。

本当に映画だけだった・・・。
あれがデートというならば、碁会所で検討しながら碁を打っている方が余程
デートらしい。
 
「塔矢君?」
嫌な思い出を打ち消そうと地面を睨みつけながら歩いていたら、不意に声をかけられた。
顔を上げると見知らぬ女性が目の前に立っていた。
買い物途中らしく、近くのデパート名が入った紙袋をいくつも両手に提げている。
「あ、やっぱり!!どうもー、いつもヒカルがお世話になってー、ヒカルの母ですー。」
ああ、と気が付き、「こんにちは。こちらこそ、進藤・・・くんにはいつもお世話になっています。」と微笑んだ。
ヒカルの母とは初対面だった。言われてみれば目元が少し似ている。
「まぁテレビで見るよりずっとお人形さんみたいねー。とても綺麗なお顔立ちで華奢で色白で・・・、」
ヒカルの母親は、男にとっては一つも誉め言葉にならない、どちらかというと落ち込ませるような言葉を立て
続けに口にした。
別段、悪気はないようなので更にたちが悪い。

(間違いない!進藤の母親だ!!)

納得し頷いているアキラの横で、「ヒカルも連れてくれば良かったわねー。」と頬に手をあて母親は呟いている。
「今から進藤くんと碁を打ちに行くんです。すぐそこの碁会所にいるらしいので。」
アキラの言葉に反応して母親の眉間に皺が寄った。
何か悪い事言ってしまったかな、と考える。
「あらやだ、何あの子、こっちまで来ているの?アタシには近所の碁会所に行くって言ったのに。・・・あぁ、
思い出しちゃった、ウフフフフフフフ。」

予想に反して、いきなりヒカルの母が笑い出したため、アキラは思わず身を引いた。
「この前の日曜日ね、あの子デートだったらしいのよ。」
ヒカルのデートという事実が可笑しかったのか、母親は一人、ウフウフと思い出し笑いをしている。
「違います進藤のお母さん!あれはデートとは言いません!!あれじゃあ、ただの付き添いです!!」と
伝えたかったがそれでは、「相手はボクでした。」と公言しているのと似たようなものなので、取りあえず
「そうだっ
たんですか。」と話を合わせた。
「前の日にバーゲンでヒカルに服を買ってきてあげたんだけど、見せたら「ダッセー!!こんなの着れっかよ!!」
って言われてね。頭にきたからその服以外、夜にぜーんぶ洗濯したの。次の日の朝のあの子の顔見て、
あーちょっと悪かったかなーなんて思ったけど、家に居るんだからまぁいいかって。まさか、その日デートがあるなんて
知らなかったから。結局デートは失敗しちゃったみたい。泣きそうな顔で帰ってきてね、・・・実は昨日まで

口を聞いてくれなかったのよ。」
そりゃあ当たり前でしょう、と思いながらアキラは苦笑した。
割と服装には煩いヒカルが何故あの日に限ってジャージを着てきたのか、その理由が今はっきりした。
遅れてきた理由も。すぐに帰ってしまった理由も。
きっと家から出たくなかったに違いない。
何だか急にあの日のヒカルが気の毒になってきた。
「今日はね、そのお詫び。あの子、喜んでくれるかしら?」
促されるままに紙袋の中を覗くと、そこには空色のシャツが入っていた。
アキラのセーターと同じ色だ。
「今はこの色が好きなんですって。前は原色が好きだって言ってたのよ。これもやっぱり好きな子が影響してる
のかしらねぇ、ウフフフフフフフフ。」

母親の勘繰りに何と言っていいのか分からず、「彼、喜ぶと思います。」とだけ答えた。
チラリと横目で時計を見遣ると、ヒカルから誘いの電話がきてから大分時間が過ぎている事に気が付き、
もう
行かなければならないと母親に伝えた。

「塔矢くん、これ買ったことヒカルには内緒にしててね。」
分かりました、それでは失礼します、と軽く会釈をしてから碁会所へとアキラは急いだ。

「塔矢ー!!こっちこっち!!」
立ち上がって手を振っているヒカルの許へ行くと「お前、来るの遅いよ!!」と思い切り怒られた。

「ごめん。」

申し訳なさそうに微笑みながら席に着く。
そんな気は全然無かったが、つい、向かいに座っているヒカルの服装をまじまじと見てしまい、慌てて目を逸らした。
今日は赤のパーカーにジーンズという無難な格好をしている。
少し沈黙が続いた後、アキラが口を開いた。
「進藤、また映画一緒に行かないか?・・・実はこの前の映画、中身よく覚えてないんだ。」
それを聞いたヒカルは直ぐに「オレもそう!!」と笑った。
「じゃあさ塔矢、お前この間と同じセーター着てこいよ。すげー似合ってるし。・・・オレ、あの、好きだし。」
少し照れたようにヒカルは俯いている。
「色のこと?」
アキラが聞くと、顔を上げたヒカルは悪戯っぽく笑いながら「お前のこと。」と答えた。
冗談めいたヒカルの科白に、何言っているんだか、と呆れながらも心が揺れた。

進藤、一緒に映画を見に行こう。


今度は揃いの色の服を着て。



   夜合樹嬢から私の誕生日プレゼントにアキヒカ小説頂きましたv
   ほんわかラヴラヴちっくでステキよ夜合樹ちん!



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