予期せぬ出来事。
その日芦原は一人で家に居るアキラの為に夕飯を作りに行くと約束していた。
最近アキラはなんだか元気がない。話し掛けても上の空だったり、ぼんやり外を眺めたりしていることが多いアキラを元気付けるつもりで芦原は塔矢家に向かった。
出迎えたアキラは芦原の買い物の量に目を瞠った。とても二人分の料理の材料とは思えない多さだ。
「・・・すごい量ですね。」
「うん。今日は豪華な料理作ってやろうと思ってさ。」
今日なんかあったっけ・・・?
アキラは頭を廻らしたがぴったり収まるような答えは出てこない。
芦原がうきうきしながら支度に取り掛かるのをアキラは不思議な顔をして眺めていた。
「あの・・・何か手伝おうか?」
「いいよ。アキラは座ってて。あれ?なんか今インターホン鳴らなかった?」
「うん。見てくる。」
突然鳴ったインターホンの音にアキラは玄関へと向かった。
行洋が家を留守にするようになってからというもの、客の出入りはぱったり少なくなった。しかも時計はもう18時を回っている。
いったい誰だろうと思いながら、玄関の引き戸を開けるとそこには予想外の人物がたっていた。
「緒方さん?どうしたんですか?」
「芦原が今日飯作りに来てるんだろう?ご相伴に預かろうかと思ってね。ほら、手土産。」
「ビール・・・?あのボクはまだ」
未成年なんだけど。
手渡された袋の中を覗きながら言うのに、俺が飲むんだ、と緒方は笑った。
「それから、手土産その2。」
は?
アキラが顔を上げると緒方は影に隠れていたもう一人の人物を目の前に差し出した。
「進藤・・・。」
緒方にしっかり掴まれている腕を振り解こうともがいていたヒカルは、アキラの言葉に一瞬固まったがやがてうろうろと視線を彷徨わせる。
「今日イベントで一緒だったんでついでに連れてきた。」
「俺は別に来たくなかったんだ!緒方さんが無理やり!」
「じゃあ帰れば。」
冷たく突き放すようにアキラは言うとぷいと横を向いてしまった。
ヒカルはむっと眉を吊り上げ、帰るさ!!と踵を返すが緒方の腕がそれを許さない。
「放してよ!!緒方さん帰るんだから!!」
「うるさい。ピーピー喚くな。」
緒方は騒ぐヒカルを強引に引っ張って勝手に家に上がりこむと、そのままキッチンに直行する。
アキラは溜息をつくと玄関の戸を閉めた。
「何騒いでんの〜?わぁ!緒方さん!どうしたの?あ、それに進藤君?」
「お前が飯作るって言ってたから来てやった。」
「はぁ?」
あ、そういえば緒方さんにそんなこと言った気がする。
合点が行ってぽんと手を合わせた芦原は、キッチンの入り口でアキラが腕組みをしながら睨んでいるのに慌てて手を横に振った。
「俺呼んでないよ〜!作りに行くって言っただけ!」
「別に・・・いいですけど。」
明らかに機嫌を損ねているアキラに芦原は自分の口の軽さを呪った。
緒方はそんなことにはお構いなしに自分が買ってきたビールを開ける。
「芦原、酒の肴。進藤もアキラ君もそっぽ向いてないでこっち来て座れ。」
勝手知ったる師匠の家。
緒方はキッチンの隣の居間に移動するとどっかり座った。
「も〜。まだ、出来てませんよ。だいたい僕は緒方さんの奥さんじゃないんだからってどうせ聞いてないんでしょうけど。ほら、アキラ君も進藤君も座ったら?」
芦原は立ったまま別方向を向いている若手棋士に声をかけるが二人とも微動だにしない。
首を傾げて緒方を見ると緒方はニヤリと笑った。
「けんかする程仲が良い。」
「「仲なんて良くない!!」」
緒方の声に二人同時に叫ぶのに、ほら仲が良い、と笑いながら手に持ってたビールを呷る。
なるほど。アキラが最近元気無かったのはこの所為なんだ。
ふ〜ん。な〜んだ。
芦原は一人納得して頷くと再び料理に取り掛かった。
「「頂きます!」」
目の前に広がった料理にやっぱり二人同時に声を出してじろりと睨み合うのを、緒方は口元に手を当てて笑いを堪えながら見ていた。
当然のように緒方の隣に座ったヒカルにアキラはなんだか面白くない。
「原因は何〜?」
芦原が間延びした声で尋ねるのに二人は何も答えない。
つまんない事だ、と代わりに答えた緒方にアキラの眉がぴくりと上がる。
「進藤、そんな事まで話したんだ?」
「俺は何も言ってねぇよ。お前じゃないのか、おしゃべり。」
「なっ!ボクがいつおしゃべりした!?」
「ま〜ま〜ま〜。も〜緒方さん二人をからかわないでよ〜。」
睨み合う二人に芦原がなんとか宥めようと中に入った。
そんな芦原の努力空しく、緒方が耐え切れずに声を上げて笑うのに二人は同じ顔をしてふくれる。
なんかホントに仲が良いというか、似た者同士と言うか。全然性格も顔も違うのに兄弟みたいだなぁ。アキラも普段よりずっと年相応に見えるし。
芦原はまじまじと二人を観察した。
小さい頃から知っているアキラは親しくしてるつもりでも、どこか1枚壁があってなかなか中へは入れてくれない、そんな感じがしていた。だから今のアキラは珍しくてしょうがないのだ。
ヒカルは気を取り直し料理に箸をつけた。芦原の料理は見た目はそうでもないが味は意外と美味しい。
そのまま芦原に伝えると、意外ってなんだよ、と口を尖らせたのでヒカルは少し笑った。
アキラは黙々と料理を口に運んでいる。
「進藤もビール飲むか?」
「え?いいの?」
「緒方さん〜進藤君はまだ未成年だよ〜。」
「まぁたまにはいいだろ。芦原と二人で飲んでもつまらん。」
「あ、ひどい。」
「頂きまーす!」
3人のやりとりにも関心を示さずアキラはひたすら料理を口に運んでいたが、ヒカルが早いピッチで缶ビールを1本2本と開けていくのにさすがに口を開いた。
「進藤飲みすぎだ。」
「塔矢には関係ないだろ。」
「ここでつぶれられてもボクが迷惑なんだよ。」
「こんなもんでつぶれっかよ。お前じゃあるまいし。」
「ボクがいつつぶれた。」
「どうせ飲めないんだろ。優等生だもんな、塔矢は。」
「優等生で悪かったな。どうせキミみたいな落ちこぼれにはなりたくてもなれないさ。」
「んだと〜!?」
ヒカルが勢いよく立ち上がる。
しかしそれは一瞬で、ふらりと身体が傾いだかと思うとアキラが驚いて身を乗り出すより先に隣にいた緒方に抱きとめられた。
アキラが知らず眉を顰める。
ヒカルは緒方の顔を見るとへらっと笑った。
「ありがと。緒方さん。」
「大丈夫か?」
「へーきへーき。」
二人のやり取りを何気なく見ていた芦原は急に部屋の温度が5℃は下がった気がして身震いした。
ふと横を見るとアキラから青いオーラが立ち上っていて直感的にまずい!と感じる。
アキラは袋からビールを1本取り出すとプルトップを開け、一気に呷ったかと思うと勢いよくテーブルに置いた。
「ア、アキラ?」
恐る恐る芦原が声をかけるがアキラはそれには答えず2本目を開ける。
そんなアキラにも緒方は知らん顔で料理をつついている。
ヒカルは酔いが回ってきたらしくウトウトし始めたかと思うと緒方の肩に寄りかかり静かに寝息を立て始めた。
突然アキラの缶がベコッとへこんで、芦原は悲鳴をあげそうになった。
「離れろ。」
アキラは低い声で静かにそう言うといきなり立ち上がり、すたすた歩いて緒方とヒカルに近付くともたれかかった頭をべりっとはがした。
寝入っているヒカルは、今度はそのままアキラの腕の中で気付きもせずにすやすや眠っている。
「人のものに勝手に触らないで下さい。」
「ア、アキラ〜??」
ああ、目が据わってるよ〜!!
芦原は一人でハラハラしながら兄弟子と弟弟子の睨みあいを見ていた。
とは言っても一方的に睨んでるのはアキラの方で睨まれた緒方は面白そうにニヤニヤ笑っている。
「いつから進藤はアキラ君のものになったんだ?」
緒方は懐から煙草を1本取り出すと口に咥えた。
「ただのライバルに対して異常な執着だな。これではまるで・・」
「みんなご飯食べようよ!!冷めちゃうよ〜!?」
芦原は慌てて場を取り繕うと声をかけるが当の二人には聞こえてないようだ。
アキラは今にも噛み付きそうな表情で緒方を見ている。
「まるでなんです?」
「今にも恋人を取られそうな情けない男のようだ。」
「え!?そうなの!?」
思わず声をあげてしまった芦原は慌てて自分の口元を手で塞ぐ。
緒方は笑いながら
「例えだよ。二人はそんな関係じゃないさ。アキラ君はどうか知らないが、進藤には寝耳に水の言葉だろうよ。そうだろ?アキラ君。」
「・・・・・だったらなんだと言うんです?誰がなんと言おうとかまわない。そうですよ。ボクは進藤が好きです!いけませんか!?」
「けんかしてたくせに。」
緒方の言葉に一瞬詰まってしまったアキラの瞳がみるみる潤んできたかと思うと、アキラの瞳から大粒の涙がポタリポタリと落ちた。
人前でこんなふうに泣くアキラの姿を芦原は初めて見た。
「好きなんだ・・・・誰にも渡さない。」
アキラは眠っているヒカルを抱きしめると静かに呟いた。
「勝った。」
「何が勝ったんですか!いい加減にして下さいよ!!もう!!」
芦原が声を張り上げると緒方は口元に人差指を当てて声を顰めるよう促す。
緒方の横でアキラとヒカルがくっついて安らかな寝息をたてていた。
芦原はどこからか毛布を持ってきて二人を起こさないよう静かにかけてやると溜息を吐いた。
「面白かったろう。アキラ君のいつにない姿が見られて。」
「あんなふうに苛めるのはやめて下さい。アキラにいつか復讐されるんですからね。」
「どーせ、覚えちゃいないよ。酔ってたみたいだから。」
「二人は未成年なんですよ。塔矢師匠にばれても知りませんからね。」
「ばれないよ。お前が黙ってれば。」
緒方は楽しそうに声を顰めて笑うのに芦原は眉を顰める。
こんなはずじゃなかったのに。今頃は夕飯も終わって自宅でのんびりしてる頃だ、等と思いつつ時計を見ると2時30分を軽く回っていた。
「明日仕事なんですけど・・・。」
「心配するな。俺は休みだ。因みにこのガキ共もな。」
今日ほど塔矢門下になってしまったことを、いや、緒方と知り合ってしまったことを後悔した日はない。
芦原はまた1つ大きな溜息をついた。
まぁいいか。
何が原因かは知らないけれどけんかする程仲がいいというのはまんざら嘘でもないらしい。
アキラがあそこまで思っているというのは驚いたけれど。
後日、全然覚えていないアキラに今日のことを尋ねられた緒方の大爆笑が棋院内に響いたのは、言うまでもない。
BACK
|