初秋
「やぁ、久しぶり。新婚旅行はどうだった?」
棋院に続く道で旅行で二週間も会っていなかったライバルに声をかけると、彼は少し照れたように笑った。
最近はいつもどこかしらで会っていたから、二週間も会えなかったのがすごく長く感じていた。
「うん。天気も良くて楽しかったよ。」
「そう。良かったね。」
彼ー進藤ヒカルはこの間彼の幼馴染だという藤崎あかりさんと結婚した。
教会の式ではなんだか前の方に座るのも憚われて、1番後の席にひっそり座った。
二人ともすごく幸せそうで胸が切なくきりきりと痛んだが、それには気付かないふりをした。
ボクは進藤が好きだった。
もうずっと前から。
しかし、恋情を伝えようと思ったことは無いし実際伝えもしなかった。そのせいで自分がどんなに
苦しんでも彼を巻き込むわけにはいかないから。
「新婚旅行にヨーロッパなんて豪勢だね。」
「まぁな。でも、これから対局とかで家空けることも多いだろ。淋しい思いさせちまうから新婚旅行ぐらいはさ。」
「優しいんだね。」
にっこり微笑むと彼は顔を赤くして、そんなことねぇよ、と呟いた。大丈夫。ボクは上手く微笑えているようだ。
「お前は?」
「何?」
「好きな人とか・・・いねぇの?」
「居るよ。」
「え・・?」
進藤は一瞬驚いたような顔をして、それから花が綻ぶように笑った。
「そっか。どんな人?お前のことだから物腰の優雅な人なんだろうなぁ。」
その時なんでそんな気持ちになったのか分らない。
ただ、進藤は何も知らないで勝手に想像してるボクの好きな人になんだか腹が立った。
進藤はどこまでも幸せで、ボクは同じ所からずっと動けずに居るのに。
この気持ちが恋情であると気付いた時から、ずっと動けずに居るのに。
「結婚したよ。その人。」
静かにボクが言うと、彼はひどくすまなそうな顔をして小さな声で、ごめんと呟く。
「別に構わないよ。ボクはね、進藤、囲碁がある限りそしてキミがボクのボクがキミのライバルである限り
離れることは無いから大丈夫だと自分に言い聞かせたよ。それで、納得した気分になってた。
でも、やっぱりキミを見てると少し辛いよ。意味わかるかい?」
「塔矢・・・・?」
「キミが好きだったよ。もうずっと前から。そして多分今も。」
進藤はもともと黒目がちの大きな眼を見開いて、それから。
それから。
困ったような顔をして。
胸はキリキリ痛むのに、心のどこかで少しは悩め、と思っている意地悪な自分が居た。
ごめん。進藤。でも、キミは結婚したんだから誰よりも幸せなんだからいいだろう?
もうボクを開放してくれないか。
彼はしばらく自分の足元をじっと見詰めていたが、やがて顔をあげるとゆっくりと口を開く。
それはまるでスローモーションのようで、ただボクはその様子を眺めていた。
「塔矢・・・俺・・・・。」
気がつくと見慣れた天井が見えて、ボクは溜息をついた。
夢・・・。
なんていう夢だろう。ボク達にとって結婚なんてまだまだ先の話だ。
ああ、きっと。昨日進藤と藤崎さんが仲良く歩いてる姿を見たからだ。
ボクはもう1度溜息をついて立ち上がった。
気にしているつもりは無かったのに、こんな時自分がどんなに進藤が好きか思い知らされる。
いつか、あんな日が来るのだろうか。
その時ボクはちゃんと微笑って進藤に祝福の言葉をかけられるのだろうか。
どこからともなく吹く風が冷たく心の底まで染み渡るようだ。
棋院に行く近道の公園の木々から落ちてくる葉がもうすぐ冬だと告げている。
今日は手合いが無くて良かった。きっとこんな気持ちではまともな対局など出来やしない。
「塔矢、何してんだ?」
いきなり後から声をかけられ、自分がぼんやり立ち止まっていたと気付く。
「ああ、進藤。・・・もうすぐ冬だと思って。」
「うん。風冷たいもんな。」
進藤は相変わらずで、なんだか少しほっとした。
「今日夢でキミが出てきてさ。」
「うん?夢でもお前と対局してた?」
「いや、結婚してたよ。進藤と藤崎さん。新婚旅行とか行ってさ、楽しそうだった。」
「藤崎・・・って、あかり!?うわ!絶対無い!」
進藤は面白そうにけたけた笑った。
「あいつとは兄妹みたいなもんだもん。考えたことも無いよ。ってか、お前なんつー夢見てんの。」
「うん、ボク達にとっては結婚なんてまだまだ遠い話だよね。でもさ、きっといつかはそんな日が来るんだよ。
結婚して子供作って孫が出来て。」
「そうかもしんないけどさ、今は考えらんないな。それに、年取ってもお前と碁が出来たらいいや。」
そっと彼を見ると彼もボクを見てにっこり微笑った。ずっとなんて保障は無い。でも。
「ボクは後悔ばかりだよ。」
「え?」
「先の先まで読んで後悔しないように生きてるつもりだけど、気がつけば後悔しているよ。ああしておけば良かった、
こうしておけば良かったってね。結局ボクは逃げていただけなんだと思う。」
「何言ってるんだ?」
ぽかんとした顔をして進藤はボクを見ていた。キミは夢でボクに何を言おうとしたんだろう。
ボクの夢なんだから都合のいい言葉を想像しても許されるだろうか。
「キミが好きだよ。」
進藤は目を2、3回瞬かせていたがやがて、俺もだよ。と言ってまた微笑った。
きっとボクのこの言葉の本当の意味を理解していない。
「キミが昨日藤崎さんと二人で歩いてる所を見たよ。おかげであんなイヤな夢を見て、ボクはなんでキミに気持ちを
伝えなかったんだろうとひどく後悔した。そういう好きだよ。キミの好きとは違う。」
上からは色を変えた葉がはらはらと落ちてきて、雪のようだなと思う。
「昨日はあかりの買物にちょっと付き合っただけだよ。それに、俺も同じだし。塔矢の事好きだよ。」
落ちてくる葉に向けてた視線を降ろすと、ボクよりも少し下の位置にある進藤に視線を合わせた。
進藤は真っ直ぐボクを見ていた。
「本当は言わないつもりだったんだよ。こんなこと言って、お前真面目だからちゃんと悩んで対局とかに影響したらヤだし。
でもさ、お前言ってくれたから。危なく俺も後悔するところだった。」
「進藤・・・。」
風が吹いて落ち葉が舞った。先程より寒さを感じないのはなぜだろう。
進藤の顔が薄っすら赤くなっていて、きっとボクも赤いんだろう。二人で顔を見合わせて微笑った。
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