ヒカルが目を覚ますと見覚えのある天井が見えた。
ずっと前に見たことがある天井、ひどく満ち足りて幸せだったという記憶とともに。
ふと横を見て心臓が跳ね上がるくらい驚いた。アキラがヒカルが寝ている布団の端に突っ伏して寝ていたからだ。まるで自分を守るように。

なんで!?
昨日は緒方さんと食事をして、日本酒を少し飲んで・・・それから・・・・。

いくら考えても日本酒を飲んだ後の記憶が無い。どういう経緯でここに自分が寝ているのか、ヒカルには全然わからなかった。
そっと起き上がって久しぶりに見るアキラの寝顔を眺める。
あの日、あの幸せだったあの日の朝と変わらない綺麗な寝顔。
ヒカルが手を伸ばしアキラに触れようとした瞬間、突然湧き上がった嘔吐感に慌てて部屋を飛び出すと、一直線にトイレへと駆け込んだ。
胃の中にあった消化しきれてなかったものを全て吐き出して、ようやく嘔吐感は収まった。
洗面所で口を漱ぎ終わるとそのままずるずると床に座り込む。人の気配に顔をあげると、眉間に皺を寄せたアキラが立っていた。何も言わずにそのままスイと居なくなったと思ったらすぐに戻ってきた。
ヒカルの前に膝をつくと、水の入ったグラスと錠剤を2粒差し出す。

「飲んで。少しは楽になるはずだ。」
「あ・・・さんきゅ。」

ヒカルは素直に受け取ると錠剤を口に放り込んだ。冷たい水が美味しくてグラスの水を一気に飲み干す。
アキラは空のグラスを受け取ると立ち上がった。ヒカルも慌てて立ち上がる。

「あの、俺・・・どうしてここに?」
「緒方さんが連れて来たんだ。酔っ払ったまま家には帰れないだろう。キミは未成年なんだし。ご両親にはキミがうちに泊まるって連絡しておいたから。」
「そっか・・いろいろ迷惑かけて・・・悪かったな。」

それっきり会話も続かず、静寂が二人を包んだ。
少し前までは気にもならなかった沈黙が今はなんて痛い。ずっとこのままでいたいのに、会話が何も見つからなくてヒカルは唇を噛んだ。

「じゃあ、俺帰るから・・。」



「キミは、」


歩いていくヒカルの背中にアキラが声をかけた。
ヒカルの肩が少し揺れる。

「・・・キミはボクに何か言うことはないの?」

ヒカルは振り向かなかった。
ただ、俯いて、震えた声でごめん、と呟く。

「整理がつかないんだ。佐為のこと・・・まだ何も言えない。言葉にしてしまったら本当に思い出になってしまうから。俺はまだアイツのこと思い出にできないんだ・・・でも、俺・・・お前のことちゃんと・・」



好きだったよ。



背後から突然抱きしめれて、最後の言葉は声にならなかった。
アキラはヒカルの肩口に顔を埋め、抱きしめた腕に力を込めた。前に回した手の甲に暖かいものが落ちてくる。
ヒカルの瞳から零れ落ちてくるそれは、頑なだったアキラの心を解かしていく。

「キミが好きだ。もうずっと前からキミのことだけが。」
「塔矢・・・。」
「キミの心の中に誰が居てもボクの気持ちは変わらない。そのことに今頃気付いた・・。」
「・・・・。」
「もしキミが許してくれるなら・・・ボクは・・・。」

アキラは何かを耐えるように大きく息を吸い込んだ。掠れた声にアキラも泣いているのだと気付いた。
ヒカルはアキラの腕を解くと、アキラの正面に向き直り視線を合わせた。赤い瞳のアキラもじっとヒカルを見つめる。未成年とは言え、良い年した男が二人で泣いているのはなんだか滑稽に思えた。

「何、泣いてんだよ。」
「キミだって。」

顔を見合わせて二人で笑う。離れていた距離が一気に縮まった気がした。
アキラはそっと顔を近づけ、ヒカルの唇に触れるだけのキスを送ると、再びヒカルを抱きしめる。
背中にヒカルの腕がまわされるのを感じてうっとり目を閉じた。

「俺もお前が好きだよ。」

吐息のように優しく囁かれた言葉に返事の代わりに抱きしめる腕に力を込めた。





「あ、緒方先生〜!」

緒方が顔を上げると、廊下の奥の方で元気に手を振り上げてるヒカルが見えた。そのまま緒方の下へ駈けてくる。
この前とは全然違う声音に緒方の片眉が上がった。

「この間は御馳走様でした。朝起きたら塔矢ん家でびっくりしたけど。」
「二日酔い大丈夫だったか。」
「二日酔いはしなかったけど・・・でも朝トイレ駆け込んじゃった。吐いたらスッキリしたけど。」
「アキラくん怒ってなかったか?」

「怒ってますよ。」

突然緒方の背後から声がして、思わず振り返ると爽やかな笑顔を貼り付けたアキラが立っていた。
笑顔とは裏腹に、アキラから滲み出ているのは明らかに怒りのオーラだ。

「今度進藤と食事する時にはボクもちゃんと呼んで下さいね。」
「そうだな。また二人がけんかでもしてるようだったら連れて行ってやろう。」

同時にギクリと肩を震わせた二人を見て緒方は不適な笑みを浮かべる。

「べっ、別にけんかなんか、」
「ケンカなんかしてません。」
「ふ〜ん。でも仲直りはしたんだ?」
「えっと・・・。」

途端に赤くなる二人に緒方はさらに笑みを深くする。
こんな時アキラは思う。結局この兄弟子には適わない、と。
遠くで和谷達の呼ぶ声にヒカルは緒方に一礼すると、さっさと向こうの方へ行ってしまった。

「明日からリーグ戦が始まるな。アキラくんが上がってくるの楽しみにしているよ。」
「・・・緒方さん。」

歩き始めた緒方の背中にアキラは声をかけた。
緒方がゆっくりと振り返る。


「ありがとうございました。」


アキラが頭を下げると、何が、と返されてアキラは何も言わずにただ微笑む。

“なんか幸せそうな顔しちゃって。”

以前芦原が言ってた言葉を思い出す。
やっと見れたな。
緒方は小さく呟くとその場を後にした。




目を開けて1番に飛び込んできたのは、明るい金茶色の前髪。触れ合ったところが暖かくて、これは夢の中じゃないのだと、横に居るのは確かに自分の大切な人なのだと確信できたアキラは小さく安堵の息を吐いた。
この前までの出来事が嘘のようだ。自分の胸に顔を押し付けて眠るヒカルはとても幸せそうで、自然に笑みが零れる。
もうすぐヒカルも目を覚ますだろう。
アキラの顔を見て少し照れたように笑って、おはようって言うはずだから。

ほら、もうすぐ。






「塔矢・・・おはよう。」




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