ハニー
昔々ある所に旅人がおりました。旅人はあちこち旅をして地図を作るのが仕事でした。
自由気ままな一人旅は旅人の性に合っていたので、辛いとか淋しいとか思ったことはありませんでした。
旅人が今日たどり着いたのは塔矢国という大きな国です。旅人はまずこの国を象徴するお城を観に行きました。
近隣諸国に評判なだけあってお城もかなりの大きさでした。そして、そのお城はとても美しい建物だったので、旅人はこの国の王様は美的感覚の優れた方に違いない、と関心しました。
もちろんただの旅人がお城の中に入れるはずもなく、とりあえず城の周りを一周することにしました。
城の周りをぐるりと囲んだ高い鉄柵の横を、城を見ながら進んでいきます。ちょうどお城の裏手に来たところで鉄柵の向こう側に見事なバラの花が一面に咲いているのを見ました。赤いバラはそれは見事なもので、旅人はその光景に暫し見とれました。鉄柵の間からバラの花が何本もぴょこんと顔を覗かせています。旅人は近付くとバラの花に鼻を近づけました。バラからはとてもいい香りが漂ってきました。
「なんていい香りだろう。」
その時風が吹いてバラの花びらが舞ったので旅人は思わず目を閉じました。旅人が再び目を開けると、鉄柵の向こうの辺り一面のバラの中に一人の少女が佇んでいました。
淡いピンクのドレスを着たその少女はたくさんのバラの花を抱え、旅人をじっと見ています。
旅人はその少女の美しさに息を呑みました。
サラサラの漆黒の髪、涼しげな目元、ふっくらとした唇はドレスと同じ淡いピンク色でした。少女が静かにこちらに歩いてくるのを、旅人はただ黙って見ていました。少女は旅人の目の前までくると立ち止まりました。鉄柵を挟んで二人は見つめあいました。やがて少女はにっこり微笑み旅人にバラを一輪差し出しました。
「あの・・・。」
「よろしかったらどうぞ。」
「あ・・ありがとう。」
旅人は少女の差し出したバラを受け取りました。それはとてもキレイに咲いたものでした。
旅人が礼を言うと少女は優しく微笑みました。その微笑みは見事に咲いたこのバラとなんら大差ない、とてもキレイな微笑みでした。少女の声は旅人が想像してたよりも幾分低めでしたが、そんなことは全然気になりませんでした。
思わず旅人は頬が熱くなるのを感じました。
「旅をしてるの?」
「うん・・あ、えと、はい。いろんな土地を歩いて地図を作るのが仕事なんです。今日ここに着いたばかりで、大きくて美しいと評判のお城を観にきたんです。本当に大きくてキレイな城・・・。」
「ここはボクの父が建てたんだ。大きいだけで何も無いんだけどね。」
「じゃあ、あなたはここの・・・。」
「アキラと言います。キミは?」
「俺はヒカルです。進藤ヒカル。」
「ヒカル。またお会いできますか?」
「え?も、もちろん!」
旅人が思いっきり言うとお姫様はくすくす笑いました。旅人も照れて頭をポリポリとかきました。
なんてステキな人だろう。
宿についてベッドに横になりながら旅人は昼間会ったお姫様のことばかり考えていました。
目を閉じても開けても彼女の美しい微笑が頭から離れません。旅人はお姫様を一目見た時から恋に落ちてしまったのです。でも、自分はただの旅人で相手はこの国のお姫様。どうにかなるような身分ではありません。
それでももしかしたらまた会えるかも、と淡い期待を抱いて次の日も同じ場所に向かいました。
昨日と同じようにバラは美しく咲いていましたが、お姫様の姿はどこにもありません。旅人はがっかりしました。
バカだな俺・・・・。一国のお姫様にそんなに簡単に会えるわけないのに。昨日は偶然会えただけで・・・。
彼女の言葉だって、ただの挨拶にすぎないのに・・。
旅人は鉄柵を掴んで暫くバラ園を眺めていましたが、やがて諦めて帰ろうと横を向くと、昨日のお姫様が息を切らして立っていたので旅人は驚きました。
今日のドレスは淡いブルーです。ほんのり上気した頬にとても似合っていました。
「お姫様・・・?」
「走ってきたんだ。キミが見えたから。」
「えっ?」
お姫様の言葉に旅人は舞い上がりそうになりました。お姫様は息を整えると微笑んで旅人を見ました。
旅人より少し背の高いお姫様に見つめられ、旅人の心臓がドキドキと高鳴りました。
「旅の話を聞かせてくれないか?ボクはずっとこの国に居たから外の国のことを何も知らないんだ。」
「いいよ、あ、いいですよ。俺の話で良ければ・・。」
「敬語は別にいいよ。見たところボクと対して年変わらないみたいだし。キミみたいな人が友達になってくれたら嬉しいな。」
「俺も!俺も友達になりたい!」
それから二人は毎日会うようになりました。
旅人の旅先での話をお姫様はいつも興味深げに聞いていました。旅人は嬉しくなっていろんな話を聞かせました。
いつの間にか二人はとても仲良しになっていました。
「ヒカルはいいな。ボクもいろんな所を旅したいよ。ここでの生活はとても便利で楽なんだけど、なんか物足りないっていうか。」
「でも、アキラはここのお姫様なんだし。」
「ボクはここの後継ぎじゃないよ。ボクの上には兄二人と姉が一人いるからね。ほら、このドレスだって姉のお下がり。」
お姫様はそう言うと少し悲しそうに微笑みました。
旅人はもしかしてお姫様はお姉さんに虐められているのではないか、と思いました。
そうだよ!最初に会った時だってバラの花摘んでたし、そんなこと普通はメイドとかがやる仕事だよな。
それに一国のお姫様がお姉さんのお下がりのドレス着てるなんて!
旅人はお姫様の手をぎゅっと握りました。突然のことにお姫様は旅人をぽかんとした顔で見つめています。
「アキラ・・・もしかしてお城でひどい目に合ってるの?」
「ひどい目って?」
「えと・・お姉さんに虐められてるとか・・・。」
「ああ、違うよ。あの人ボクで遊んでるんだ。ボクは全然構わないよ。ドレスだって嫌いじゃないしね。」
お姫様の笑顔に切なくなった旅人は、思いっきりお姫様を抱きしめました。
最初驚いたお姫様は、やがてそろそろと腕を旅人の背中に回すとうっとりと目を閉じました。
「ヒカル、ボクのこと好きなの?」
「・・・好きだよ。」
「ボクもヒカルが好き。」
二人はいつまでも抱き合っていました。
永遠にこのままでいたい、と旅人は強く願いました。
しかし、現実はそううまくはいきません。
1ヵ月も立った頃、旅人のお金が底をついてきました。同じ国に1ヵ月も居るなんて初めてのことです。早く次の土地に行かなくてはいけません。
旅人は悩みました。せっかく仲良くなれた大好きなお姫様と別れるのは忍びなかったのです。
それでも旅人は所詮旅人。一国のお姫様と結婚できるはずもありません。
旅人は身を裂かれる思いで、お姫様にお別れを言いに行きました。
「俺はそろそろ次の国へ行かなくちゃいけないんだ・・。」
「え?」
「お別れです。今までとても楽しかった。また、いつか・・・。」
「行ってしまうんだね・・・。しょうがないよね。キミはそれが仕事だもの・・・。いつかまた会おう。その時はボクもう結婚してるかもしれないけど・・・。」
お姫様の言葉に旅人は驚いてお姫様の顔を見ました。お姫様は辛そうに下を向いて唇を噛み締めています。
「どういうこと・・?」
「今、ボクの結婚の話が出てて、近々決まりそうなんだ。」
「だ、誰と?」
「大きな国の王子様だよ。ボクのことを一目見て気に入ったんだって。10歳も年上だけど・・・。でも、みんないい話だって。しょうがないよね。この国の為だもの。いいんだ、ボクはキミとの思い出があるからそれをこれからも大切にするよ。元気でね。」
お姫様はそう言うと走って行ってしまいました。その時、旅人はお姫様の涙を見たような気がしました。
旅人は一人、宿の部屋で自分の荷物を広げたままぼんやりとしていました。
昼間のお姫様の悲しそうな顔が頭から離れずに、整理しなきゃいけない荷物も手につきません。
大好きなお姫様が好きでもない人と結婚しようとしている。
大好きなお姫様が・・・・。
そう思うと胸がズキズキ痛みました。
結局その日旅人は一睡もできませんでした。
次の日、この国に来た時と同じ大きなリュックを背負って旅人はお城にやってきました。
この国を出る前に、お姫様にどうしても言いたいことがあったのです。
旅人は逸る気持ちを抑えながらいつものバラ園へ向かいました。バラが好きだと言っていたお姫様は、いつもその場所にいたから。
「アキラ!」
いつもと同じように一人バラの中に佇んでいたお姫様は旅人の声に一瞬驚いた顔をしましたが、すぐに嬉しそうにかけよってきました。
「ヒカル!」
「アキラ、俺話があるんだ。」
旅人は鉄柵の向こうのお姫様の色の白い手を握りました。
「俺、アキラが好きだ!俺はこんな暮らしだけど、もし良かったら俺と一緒に来てほしいんだ。そりゃアキラはここの大事なお姫様だってわかってるんだ。身分違いだってこともよくわかってる。でも、俺アキラが好きでもない人の所へお嫁に行くのはイヤなんだ!俺と・・・俺と一緒に暮らそう!」
「ヒカル・・・。」
「俺、今日夜までアキラの返事待ってるから・・・だから、考えてみてほしいんだ。」
「行く。」
「・・え?」
「一緒に行く!待ってて荷物持ってくるから!」
お姫様の即答に旅人はぽかんとしました。そうしてる間にお姫様は駈けてお城の中へ入っていったと思ったら、何分もかからずにすぐ出てきました。手には大きなスーツケースを持って。まるでこのことを予想して、昨日のうちに荷物を用意していたかのような素早さです。
お城を出てくるお姫様が「いってきます!!」と大きな声をあげていたような気がしましたが、気のせいだろうと旅人は思いました。何せ、自分達は駆け落ちするのです。駆け落ちはひっそりとロマンチックに行うものです。
お姫様は勢いよく走ってきたかと思うと、旅人の腕を掴んでどんどん進んでいきました。
お城があっという間に小さくなっていきます。お姫様の意外と強引な所や、しっかり握られた手の力強さも旅人にはちっとも気になりませんでした。これから大好きなお姫様と一緒にずっと旅をするのだと思うと、嬉しくてしょうがなかったのです。
やがて辿り付いた小さな町に二人はその日の宿を取りました。夕飯は豪華とはかけ離れたとても質素なものでしたが、二人で食べる食事はとても美味しく感じました。
食事を取り終えた二人は宿の部屋へと戻りました。ドアを閉めて静かな部屋に二人っきりになってしまうと、途端に旅人の胸がドキドキと高鳴りました。
どうしよう・・・なんか緊張してきた・・。
お姫様は部屋に設置されたベッドの端にちょこんと座って、いつまでもドアの所に立っている旅人に手招きしました。
「ヒカル。こっち来て座って。」
「え、あ、うん・・。」
旅人は促されるままお姫様の隣に腰をおろしました。心臓は相変わらずドキドキとうるさいぐらい高鳴って、お姫様に聞こえたらどうしよう、なんてバカな心配をしました。そんな旅人の様子を知ってか知らずか、お姫様はニコニコと旅人を見ています。旅人は息を大きく吸うと、意を決してお姫様の顔を正面から見ました。
「あの、キスしてもいい?」
旅人の言葉にお姫様は笑みを深くして言いました。
「いいよ。」
その言葉を聞いた旅人はそろそろと顔を近づけると、お姫様の唇にそっと触れました。お姫様の唇は温かくて柔らかくて旅人はうっとりしました。軽く合わせただけのキスに、心の中がぽかぽかと暖かくなっていきます。
唇を離し、お姫様を伺うとお姫様もじっと旅人を見ていました。いつもは涼しげな目元が少し潤み、頬も少し上気してなんとも言えない艶を醸しだしています。旅人は押し倒してしまいたい衝動をぐっと堪えました。いきなり襲い掛かってお姫様を怯えさせてはいけないと思ったからです。でも、その心配は必要ありませんでした。
なぜならお姫様の方から旅人に近付いて再びキスをしたからです。
唇を舐められて思わず口を開いてしまった旅人の口の中へお姫様の熱い舌が入り込み、躊躇うことなく旅人のそれに絡めると思いっきり吸い上げました。先程とは違う濃厚なキスに旅人の頭がじんと痺れてきました。お姫様はそんな旅人にゆっくり力をかけてベッドに押し倒しました。そのままお姫様の唇は頬から首筋へと降りていきます。積極的なお姫様にぼんやりしていた旅人はいつのまにかシャツの中に忍び込んだお姫様の手に胸の辺りを撫でられて、やっと我に返りました。
「ア、アキラ!?」
「何?」
お姫様は旅人の言葉に顔も上げずに答えました。お姫様がときたま痛いぐらいに吸い付くので、旅人の首筋にはいくつもの紅い跡が残っています。
「アキラ、ちょっと待って。こんなのおかしいよ!」
「何がおかしいの?」
「だって・・・。」
「今日はボク達のハネムーンだ。そうだろう?」
「そうだけど・・・。」
「じゃあ、これは自然なことじゃないか。」
「そうじゃなくて、こういうことは俺が・・、」
お姫様はやっと顔を上げると、旅人の顔を上から見下ろしました。お姫様の瞳は相変わらず潤んでいましたが、先程とは違う強い光を放っていました。明らかに欲情を含んだその色に旅人は息を呑みました。
「ボクは初めて会った時からキミのことが好きだった。話をしてみてますます好きになった。それからずっとキミと1つになりたいと思っていた。キミの中にボクを入れたいって。」
「俺だって、アキラのこと・・、え?入れたい?」
「キミの中をボクで満たして。ボクだけのものになって。」
お姫様は旅人の耳元でそう囁くと耳朶を口に含みました。
旅人の頭の中はパニックになっていました。自分は大事なことを見落としていたようです。
旅人はお姫様の肩をがしっと掴むと、自分からべりっと剥がしました。
「アアアアアアキラッ、変なこと聞くけど、アキラはお姫様だよねッ!?」
「ボクお姫様だって言ったことあった?」
「だだだだだだだだだだって、いつもドレス着てたしっ!今だってっ!」
「うん。姉が面白がって着せるんだよね。でも似合ってるだろ?」
そう言って旅人が勝手にお姫様だと思っていた人は、ニッコリ笑いました。最初会った時に見せた笑顔と変わらないそれはそれは美しい微笑みでした。
旅人は何も言葉が出てこずに、まるで陸に上がった魚のように口をパクパクさせています。
「ボクは塔矢国、第三王子 塔矢アキラ だ。キミも男だって知ってるけど、好きになったものはしょうがないよね。これからは二人で幸せになろう。」
「なっなっなっ!!!」
二の句を告げずにいる旅人の手を取ると王子は指先にそっと口付けました。
それはまるでどこかのお姫様にするような、とても優しいものでした。
旅人は一瞬王子の姿に見惚れました。
「ボクが男だって知ったらキライになった?」
静かになった旅人に王子は心配そうに尋ねると、旅人は困ってしまいました。自分が大好きになった人がお姫様ではなかったからと言って、すぐ嫌いになどなれるはずがありません。目の前にいるのは正真正銘、自分が愛した人なのですから。
旅人が首を振ると王子はほっと息を吐きました。
「俺はアキラはてっきりお姫様だと思ってて・・・でも、それが王子様でも今更嫌いになんてなれない。もう、後戻りはできないから。」
「ボクも後戻りできない。」
「え?」
聞き返す間もなく王子の愛撫が再開され、旅人はくぐもった声を上げました。
そういう意味で言ったんじゃない、と旅人は言いたかったのに結局声にはなりませんでした。
王子様が触れるそこかしこが熱を持っていくのを感じます。一見お姫様に強姦されているような格好はとても滑稽でしたが、それ以上に卑猥で徐々に淫らな気持ちになっていくのを旅人は抑えられませんでした。
旅人は観念して王子様の背中に腕を回すと、ぎゅっと抱きしめました。
抱きしめられた王子様はそれはそれはとても嬉しそうに微笑み、旅人に口付けました。
朝の眩しい光が窓から燦々と降りそそぐ中、ベッドでぐったりしている旅人に王子様はにこにこと話し掛けました。
「チェックアウト10時だけどそれまでに起きられそう?」
「絶対無理・・・。」
「ねぇ今日もとてもいい天気だよ。今日はどっち方面に行く?」
「なぁ俺の話聞いてる・・?」
「うん。ボクもキミが好き。」
「人の話聞いてねーだろ!!だいたいお前がさんざん犯りまくるから・・・、」
思いっきり起き上がった旅人は、あまりの腰の痛みにまたへにゃへにゃとベッドに突っ伏しました。
王子は旅人の隣に腰掛けると頭をよしよしと撫でました。旅人がむっとして顔を上げると王子様の幸せそうな顔とかちあって、そんな顔を見たら怒る気も失せてしまいました。
「ごめんね。」
「う〜、もういい。それよりアキラその格好で旅続けるつもり?」
「だめ?これ着てるとボク達普通の夫婦みたいに見えて都合いいかなぁって。ほら、宿だってダブルで頼んだって怪しまれないし。」
そう言うと王子は着ているドレスの裾をヒラヒラと揺らしました。エメラルドグリーンのそのドレスは色の割にはしっとりと落ち着いたデザインで、ふわりと笑った王子に素晴らしく似合っていました。
その様子にぽやんと見とれてた旅人は、はっと我に返るとぷるぷると首を振りました。
「今、ボクに見とれてただろ。」
「そんなわけないだろ。」
「ウソツキ。ボクがお姫様だったらそうだって言ったくせに。」
王子に図星をさされて旅人は紅くなりました。口を引き結んでそっぽを向いても頬が紅いのであまり効果はありません。王子はそんな旅人の背後から抱きしめるとそっと囁きました。
「そんな顔しないでよ。もう一回犯りたくなる。」
それを聞いた旅人はさらに真っ赤になりました。
まるでお城の裏に植えられたあのバラのように。
ある旅人と王子の奇妙な旅の、これが始まりでした。
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