晴れのち雨、時々曇り 2
ピンポーン
遠慮なく俺達の甘い雰囲気をぶち壊す玄関の呼出音に再び俺達はフリーズした。
もしかしてもしなくても、こんな時間にやってくる人物に心当たりは今のところ一人しか居ない。
「・・・社、じゃない?」
「まさか・・・早すぎるよ。電話切ってから5分しかたってないじゃないか。駅からだって5分ちょっとかかるはずだよ。」
「でもお前、社と30分以上話してたじゃん。」
「え・・・・?」
「社、移動しながら話してたんじゃねーの?」
俺の言葉に塔矢がビシリと固まった。
と思ったら、ぐらりと倒れて俺の隣に突っ伏したまま動かなくなってしまった。
おーい。生きてる?その間もピンポーンピンポーンとうるさく鳴り響いている。
塔矢は大きく息を吐くとのろのろと起き上がった。いつもの取り澄ました顔はどこへやら、不機嫌丸出しの顔で唇を少し突き出して、恨めしそうに俺を見る。おいおい、俺のせいじゃないぞ。
俺は立ち上がり、座ったままいつまでも動かない塔矢の手を取って立ち上がらせると、そのまま玄関に直行した。
玄関を開けるとそこには予想通りの人物がニコやかに立っていた。
「進藤も塔矢も久しぶりやな!今日は泊めてくれてありがとな!」
元気な社とは対照的に唇を真横に引き結びムスッとした顔の塔矢は、腕を組んで黙って社の言葉を聞いていたが、社が言い終わるか終わらないかのうちにくるりと後を向くとスタスタと奥に歩いて行ってしまった。
「なんや。塔矢めっちゃ機嫌悪。対局お前に負けとったんか。」
社が俺にこっそり耳打ちする。お前のせいだろーが。とは思ったが何も知らない社にもちろんそんなことは言えずに、とりあえず中に入るように促して、北斗杯の合宿でも使った客間に通した。社は荷物を下ろすと長い足を投げ出して一息ついた。
「あ〜疲れた。進藤ここに居てくれて助かったわ。」
「は?なんで。」
「進藤ん家は親も居るのに急に泊めてくれってのも悪いかな〜って内心思ってたんや。かと言って塔矢ん家ってなんか電話しにくいカンジやん?だからお前が間に入ってくれて助かったわ。対局しとったんやろ。悪かったな、邪魔して。」
「いや、別に・・。」
そういうわけじゃないんだけど・・・。
俺は少し後ろめたくなってしまい、うろうろと視線を彷徨わせた。そんな俺には気付かずに社は、せっかくだから一局打とうか、と切り出した。望むところだ。
「もう遅いし対局は明日にしたら?社は明日何時の新幹線で帰るんだ?」
さらりと障子が開いて、さっきと同じ不機嫌丸出しの顔で塔矢が入ってきた。立ったまま上から社を見下ろす。社は慌ててカバンから新幹線のチケットを出して確認した。
「17時の新幹線や。」
「それなら明日でもゆっくり対局できるだろう。今湯はってるから、もう少ししたら風呂入って今日はゆっくり休め。布団の場所はわかっているだろうが押入れの中だから自分で敷くこと。以上。進藤行くよ。」
「え?」
塔矢は息も吐かずに一気に捲くし立てると、俺の腕を取って客間を後にした。部屋を出るときちらりと見えた社はなんだかぽかんとしていた。
塔矢は俺の腕を放しもせずに自分の部屋へと続く廊下をずんずん進む。
俺はふと思った。このまま塔矢の部屋で寝るのはいいんだけど、同じように泊まる社が客間で、俺だけ塔矢の部屋でってなんかおかしくないか?俺は嬉しいけど社から見たらやっぱちょっと不自然だよな?俺達は男同士で世間一般に大っぴらに言えるようなことじゃないんだし、知り合いだったら尚更知られたくないわけで。
「塔矢・・。」
「何?」
「俺・・・・今日は社と一緒に客間で寝るよ。」
「なんで!?」
俺の言葉に塔矢が凄い勢いで振り向いた。もともとキレイな切れ長の目がキリッとつり上がってカッコイイ・・・とか思ってる場合じゃないか。
掴まれた右腕がちょっと痛いんだけど・・・。
「だって・・・なんか不自然じゃん?俺だけ塔矢の部屋で寝るのは。社だってわざわざ大阪から来たのにぽつんと客間に一人で寝かせるの、なんかかわいそうだし・・・。」
「ボクはかわいそうじゃないのか!?」
「どうせ社居るんだから何もできないだろ?それに俺ならいつでも泊まりに来れるしさ。」
「休日なんてなかなか重ならないのに?次いつになるかなんてわからないじゃないか。」
「会おうと思えばいつだって会えるじゃん。塔矢のくせに我侭言うなよ。」
「・・・我侭で悪かったね。じゃあ勝手にすればいい!」
ああ、しまった。もともと不機嫌だったのにさらに油を注いでしまった・・・。
塔矢はパッと手を放すとさっさと自分の部屋に入って、目の前で障子をピシリと閉めた。
参ったな。でも今更どうしようも出来ないし、ああ、なんでこんなことになっちゃったんだろう。
トボトボと客間に戻ると社は布団を押入れから出しているところだった。俺が戻ってきたからだろう、不思議そうな顔をしている。
「なんや。進藤は塔矢の部屋に行ったんじゃないのか?」
「俺も一応客だし・・・こっちで寝るよ。」
「そやな。間違いが起こったら大変やもんな。」
社の言葉に俺は押入れから出していた布団をドサッと足元に落とした。
なんだって?
まさか、こいつ俺達のこと知ってるんじゃないだろうな??いや、大阪に住んでる社が知るはずはない。俺が個人的に塔矢の家に泊まるのだって今日が初めてなんだし・・・・。でも、さっきの電話や出迎えた俺達の態度から察してしまったのだとしたら。鈍そうに見えるけどその実すごく聡いヤツだったら。
俺は伺うようにそっと社を見た。社は至って普通に布団を敷いている。
「ま・・・間違いって・・・?」
「塔矢ってキレイな顔してるやん。」
「は?」
「黙って微笑ってたら女の子みたいやしな。惜しいなぁ、あのキッツイ性格と性別が男じゃなかったら結構好みやねんけどな。」
「社のタイプって塔矢みたいなのか・・・?」
「顔だけならの話やで?お前はああいう顔、好みやない?」
「べっ、別に・・・。」
「そっか?そやな、もし塔矢が女だったとしてもお前とは全然似合わないカンジやしな。」
社の言葉がグサリと俺の胸に突き刺さった。
進藤にはキレイ系よりはかわいい系の方が似合ってるわ、とかなんとか社が続けて言っていた言葉が俺の耳を素通りしていく。
そうか・・・・似合わないか・・・。そうだよな。もともと性格だって俺と塔矢は180度違うし、うまくいってるのが不思議なくらいだ。
でっ、でも!大事なのは似合うとか似合わないとかじゃなく、本人達の気持ちの問題じゃないか!塔矢は俺を好きだって言ってくれたんだし、俺も好きだし、キスだってしたし、それ以上のことだって今日は社に邪魔されたけどそのうちするんだし!うわ!なんか恥ずかし!
「・・・・何一人で百面相してるんや。」
気がついたら社が訝しげな顔で俺を見ていた。う。そんな珍しい動物でも見るような目をするな。だいたいお前が俺と塔矢が似合うとか似合わないとか言うからだな、いや、その前に塔矢が好みだとか言うな!塔矢は俺の、こっ、恋人・・・?そうだ!恋人だ!うわ!恥ずかし!
「進藤ってなんか猿っぽい。」
しみじみ・・という感じの社の言葉に俺は敷きかけの布団にボスッと突っ伏した。
猿だとぉ〜!?
「どこが猿だよッ!?」
「小っちゃくてチャカチャカしてるとこ。」
「小さくて悪かったな!どうせお前みたいに無駄にでかくねぇよッ!」
「あ、悪い。無駄にでかくて。お前ちゃんとミルクとか飲んだ方がええで?もしかしたらまだ間に合うかもしれへんしな。」
くあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!こいつムカつく!!
俺は社に掴みかかると頬の肉をぎゅ〜っとつねってやった。社が大笑いしながら抵抗して暫くドタバタと暴れていたら突然襖が物凄い勢いでスパーンと開いた。
俺は社に馬乗りになったままビックリして顔を上げると、まるで仁王のような顔をした塔矢が両腕で布団を持って立っていた。
ええと・・・・塔矢今、足で襖開けませんでした?
「じゃれあっているとこ大変申し訳ないんだけど、退けてくれないか。」
「「え?」」
「せっかくだからボクもここで寝ようかと思ったんだけど。お邪魔なら遠慮するけどね。」
「なんで邪魔やねん。な?進藤。」
「え、あ、うん!全然!」
右手をぶんぶん振る俺を睨みつけている塔矢の視線がゆっくり上下して初めて、俺がまだ社の上に馬乗り状態だったのを思い出して慌てて下りた。
なんか知らないけどすごくコワイ。塔矢からゆらゆら立ち上る怒りのオーラが見える気がする。
さっきのことまだ怒ってるんだ〜。
俺は敷きかけの布団を社の方にずらして、右端に塔矢が布団を敷けるぐらいのスペースを開けた。
それなのに塔矢は立ったまま動く気配がない。あれ?
「・・・塔矢?」
「ボクは真ん中がいい。」
「へ?」
あまりに塔矢らしくない言い方に俺も社もポカンと塔矢を見上げた。
「進藤、布団そっち側ににずらして。」
「や、やだ。」
今度は塔矢と社がポカンとした顔で俺を見た。咄嗟に出てしまった言葉。だって塔矢が真ん中で寝るってことは社の隣で寝るってことで、社は塔矢が好みだと言ってたわけで。そんなのダメに決まってんじゃん!断固阻止だ!
「俺はこの場所がいいんだ!お前がこっち側で寝ろよ!」
「・・・なんだって?」
塔矢の怒りモードのレベル値がどんどん上がっていくのは目に見えて分かるんだけど、俺だって譲る気は無い。
社が塔矢に何かしようなんて気は毛頭ないだろうが、やっぱりいい気持ちはしないわけで。
「いいじゃん。どこだって同じだろ!」
「じゃあキミがそっち側でもいいだろう!」
「後から来たくせに威張るなよ!」
「なっ!ここはボクの家だぞ!」
「そんなの関係ない!」
「関係ある!」
「ない!」
「ある!」
延々と続きそうな言い合いの内容は実にバカらしいものだった。社は呆れたような顔で「どっちでもええやん。」と呟くと関わりあいたくないとでも言うように着替えを持って風呂に行ってしまった。
俺と塔矢は相変わらず睨み合いを続けていた。
「どうしてもその場所がいいってワケ?」
塔矢が持っていた布団を放したもんだから俺の目の前にドサドサと落ちた。
塔矢は落とした布団の上に肘をかけて俺に顔を近付けると、ニッコリ笑った。正しくは笑ったように見えた、だ。だって目がちっとも笑ってない。ハッキリ言って、超コワイ。俺は無意識に後退った。
「そんなに社の隣で寝たいんだ?そうだよね。さっきだって仲良くじゃれあってたものね。」
「なッ!?何言ってんだよ!?」
「さっきだってボクと一緒の部屋で寝るより、社と寝る方を選んだしね。」
「そう言うわけじゃッ!」
「じゃあ、どういうわけなの?納得出来るように説明してもらおうか。」
じりじりと塔矢が近付く。俺はじりじりと後退る。やがて背中が壁にぶち当たり結局逃げ場を失ってしまった。どうしよう、と思う間もなく塔矢の顔が近付いて次の瞬間噛み付くようにキスされた。塔矢が遠慮なく俺の口腔内を荒らしまくる。息も出来ないぐらい激しく。
「いッ!?」
突然塔矢の手に股間をぎゅっと握られて息が止まった。なんてことするんだ〜!塔矢のバカ〜!
俺は涙目になりながら塔矢をぎっと睨みつけた。まぁそんな目で見られても迫力なんか無いのはわかっていたけれど。
塔矢はすぅっと目を細めると俺の耳に唇を寄せた。どうでもいいけど手を放せ!うわっ!動かすな〜っ!!
「今すぐしたい。」
は!?何言ってんの??だから、動かすなってば!!
「今すぐだ。」
ふぅっと耳に息をかけられてぞくりと肌が粟立つ。
「バッ・・・や、しろが・・・・来たら・・・・うッ!」
塔矢が俺の大事な部分を摩り上げるものだから、息が弾んでうまくしゃべれない。ヤバイ。このままだとかなりヤバイ。どうしよ〜。
「社に見られたっていい。寧ろ見せ付けたいぐらい。」
「バカやろ・・・!」
塔矢の唇が俺の首筋をなぞる。俺は塔矢の手を退かそうと必死で抵抗したが、圧し掛かってくる塔矢はビクリともしない。いつの間にこんなに体力的に差がついてしまったのか、昔は絶対俺の方が力が強かったはずだ。そう言えば最近大した運動もしていないし、ってそんなこと思ってる場合じゃない!なんとかしないと、ホントに社に見られてしまう、それだけはなんとしても避けたい。
俺は大きく息を吸い込んだ。
「そんなことしたら絶好だ!!」
絶好、なんて出来ない事は自分が1番よくわかっていたんだけど、頭に浮かんだのは小学生がよく使うような陳腐な言葉で、そんな言葉に塔矢が止めてくれるどころか、結構だ、なんて言われた日にゃ立ち直ることが出来るのかどうかさえ妖しいというのに。それでも意外なことに塔矢の動きがピタリと止まった。
「・・・・・そんな言葉を使うなんて卑怯じゃないか。」
塔矢はぼそりと呟くと、くるりと後を向いて持ってきた布団を持ち上げた。部屋を出て行きそうな気配に俺は慌てて塔矢に飛びついた。
「どこ行くんだよ!?」
「別に。自分の部屋に戻るだけだ。」
「なんで戻るんだよ!?」
「嫌なんだろう?もうキミには触らない。」
「バカ!!」
「バッ!?」
塔矢が声を上げた所ですかさず塔矢の布団を奪うと俺の右隣にさっさと敷いてやった。
「お前はここ!!俺は真ん中!!」
「何勝手なこと・・・!」
「うるさい!これでいいんだ!!」
俺は真ん中の布団に素早く潜り込んで頭の上まで布団をすっぽりと被った。
「進藤〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
塔矢は俺の布団を剥がしにかかったが、俺は端をぎゅっと握って絶対放さなかった。やがて諦めた塔矢がわざと俺に聞こえるように大きな溜息を吐いた。続いて隣の布団を捲る音。
俺はそっと布団から顔を半分出して塔矢の様子を伺った。明らかに不満そうな顔をした塔矢が布団の曲がりを直している。塔矢、と声をかけると素っ気無い声で、なに、と返ってきた。
「社、塔矢の顔が好みだって、さっき言ってた。」
「―――――え?」
「もちろん塔矢が女だったらの話だし、心配なんてする方がバカげてるってわかってる。でも、俺やっぱヤだから。絶対この場所譲らないから。」
「進藤・・・・。」
塔矢がこっちをじっと見ている。俺はなんだか恥ずかしくなってまた布団の中に潜って丸くなった。
呆れたかもしれないな、俺って意外と嫉妬深いのかも。なんかみっともない。
調度肩の辺りに布団を通じて塔矢の手の感触が伝わってきた。
「進藤、心配してくれたんだ?」
俺は返事をしなかった。塔矢が微笑ってるのが気配で伝わってくる。
「ボクも同じこと心配した。」
え?
俺が布団から顔を覗かせると待ってたようにキスされた。さっきのような激しいものではなく、軽く触れるだけの。塔矢は照れたように笑って、つられて俺も照れて笑った。もう1度唇をそっと寄せる。
「ああ、ええお湯やった!!」
いきなりスパーンと襖を開けて、社がタオルで頭をがしがし拭きながら入ってきた。その時の俺達の離れようは神業に近い、と思う。マジで。
「結局進藤が真ん中になったんか。まぁお子様には適わないもんな。」
「誰がお子様だ!誰が!」
「ああ、悪い。小さいから子供か思ってしまったわ。同い年やったな〜。」
こいつマジムカつく!
「小さい小さい言うけどな、塔矢だって俺とたいして変わんないぞ!」
「二人ともいい加減にしてもう寝るよ。明日早いんだから。」
「「え!?明日早い!?」」
思わず社と声がかぶってしまった。
塔矢はニッコリと笑って言った。
「明日死ぬほど打つんだろ?」
「死ぬほど打つんかい!!」
なんだかんだ言っても塔矢は立派な棋士だった。対局に燃えるのは俺と同じか。社は隣で、かなわんわ、と呟いていたがその顔はとても嬉しそうだった。俺も明日は負けられない、そう思ってわくわくした。
「・・・進藤。」
電気を消して30分もたっただろうか。社は寝られないようで、何度も寝返りを打っていた。俺も実は起きていたんだけど、なんだか返事するのも面倒くさくて寝たふりを決め込んだ。返事がない俺に寝たと思ったのか、社が息を吐いた。
「・・・なんや。寝たんか。」
ぼそりと呟いた社に反応したのは塔矢だった。
「寝られないのか。」
「塔矢、起きとったんか?静かやったから寝たのかと思った。」
「ウトウトしてただけだ。キミの声で目が覚めた。」
「そりゃ悪かったな。」
俺は二人の会話を布団の中で黙って聞いていた。
「今日は突然押しかけて悪かったな。」
「・・・まぁ、いいさ。」
「久しぶりにお前達の顔が見れて良かったわ。」
しみじみ・・と言った社の言葉に、塔矢はちょっと考えるように間をおいて、再び口を開いた。
「・・・何かあったのか?」
塔矢の言葉に俺も息を詰めて社の返事を待った。社はすぐには答えなかった。
そんな社の様子に俺もなんだか心配になってくる。
「・・・・なんも。」
ないのかよ!!
思わず突っ込みそうになってしまうのをなんとか耐えた。塔矢も気が抜けたように、ああそう、と呟く。
「変わりないわ。親は相変わらず、棋士の俺を認めておらんし。・・・・北斗杯な、親父が見に来とったらしいんや。先生が教えてくれはったんやけど、当の親父はそのことはなんも言わん。俺もなんも訊かん。相変わらずや。」
そう言った社の声はなんだかとても淋しそうだった。
そう言えばうちのお母さんも北斗杯見に来たって、後になってからじいちゃんに聞いた。不甲斐ない対戦を見せてしまったこと、すごく後悔してる。母さんも何も言わないけれど、それは認めてくれてないからじゃなくて俺を尊重してくれてるからだと思う。だから俺はもっともっと頑張らなくちゃいけないんだ。俺を誇りに思ってもらえるぐらいに。
塔矢の両親はもちろん、俺の親も棋士という職業をちゃんと認めて俺を自由にさせてくれている。でも、社の両親は全然理解してくれていないようで。まぁ何も知らない親から見たら棋士なんて馴染みのないものだし、そんな浮き沈みの激しい職業よりも、安定した会社勤めをさせたいと思うのが普通なんだろう。
「社は高校行ってるんだったね。棋士と学校の両立は大変だな。」
きっと塔矢も俺と同じことを思ったんだろう、静かにそう言った。
「そんなこともないで。」
しかし、当の本人はけろっとした調子で答えた。
「俺んとこの高校共学やから結構可愛い子とか居るし、それはそれでなかなか楽しいで?碁ばっか打っとったら出会いなんて全然ないやろ?俺達まだ若いんやし、そこそこ遊ばんとな!仕事も勉学も遊びも全部やってこその人生や!そう思わんか?」
「・・・・・バカか。」
塔矢が心底呆れたように息を吐くと、ムッとした声で社が返した。
「碁ばっかやっとると早よジジィになってしまうで!」
「今は囲碁ばっかりじゃないよ。」
「え?」
「最近、囲碁以外にも楽しいと思うことが出来た。以前ならきっと考えもしなかったことだ。」
「なんや塔矢。彼女でも出来たんか」
「かッ、彼女とかそんなんじゃ・・・・・・・でも、好きな人は居る・・・すごく好きな人。一緒に居るとすごく楽しくて、優しい気持ちになって、時間なんてあっという間で。まぁケンカもよくするけどね。」
それって・・・・・・俺のことだよな?
そう思ったらなんだかカーッて全身が熱くなってきて、顔なんか火が出そうなくらいで。ああ、部屋が暗くて助かった。
寝たふりをしてる手前、俺もだよって伝えられないのが残念だけど。
「へぇ。塔矢もちゃんと普通に恋愛とか出来るんやな。なんか塔矢ってそういうことに無関心、ボクは囲碁さえ出来ればいいんです、とか平然と言いそうやったから意外や。」
「そんな欠陥商品みたいに言うな。」
「で?どんな子?かわいい子?キレイ系?年上?年下?同じ年?どこで知り合ったん?」
「そっ、そんなこと社には関係ないだろ!もう寝るぞ!」
「ちぇ、ケチ。ええやんか、別に。」
塔矢が返事をしなくなったから、社は諦めたようにごそごそと寝返りをうったようだった。俺は布団の中でじっとしてたから様子は見えなかったけど、布団の擦れる音でこちら側に背中を向けたんだろうということが予想できた。やれやれ。
「・・・・・塔矢。」
「・・・・・・・。」
「進藤はそのこと知ってるんか?」
「・・・・・・・・・知ってる。」
「そやろな。お前ら一見仲悪そうだけど、結構仲良いもんな。」
「・・・・・・・。」
「進藤には居るんか?そういうヤツ。好きな子とかさ。」
「え・・・・?」
塔矢はなんて答えようか迷っているようで。言っていいのに。俺、お前のことちゃんと好きだよ?
俺はそっと手を伸ばして塔矢の布団に潜り込むと見つけた手をぎゅっと握った。いきなり俺に手を握られた塔矢がピクリと動く。でもすぐに握り返してきた。
「うん。居るって言ってたよ・・・。」
「なんや、進藤も居るんか。なら俺も頑張らないかんな。」
「共学だからかわいい子がいっぱい居るんだろう?」
塔矢が笑うと社が、今から見つけるんや、とぼそりと呟いてそれっきり二人の会話は途切れた。
その夜、俺と塔矢は子供みたいにしっかり手を繋いで眠った。
すごく幸せな夜だった。
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