花見日和
それは突然の電話だった。
いつもならとっくに起きている時間だったけれど、昨日の夜は緒方さんと芦原さんに付き合わされてしたたか飲まされていたせいもあって(未成年だというのにあの人たちには関係ないらしい)、携帯が鳴った時はまだ布団の中だった。
遠慮無しに鳴る音に相手が誰か確かめもしないで通話ボタンを押すと聞きなれた元気な声が聞こえてきた。
―――――進藤ヒカル。
「塔矢今日暇だろ?花見しようぜ!じゃ、今から行くからな!」
それだけ言うと勝手に電話を切ってしまった。ボクに返事をさせる間も与えずに。
いつもながら勝手なやつだ、と思いながらもまだ覚醒しきってないボクは怒る気力も出ないまま再び眠りについてしまった。
それから何分もたっていないと思う。インターホンの音に目が覚めた。
ボクは諦めて起き上がった。パジャマ姿だったけれどどうせ進藤なんだから構わないだろうと玄関に向かう。
だいたい久しぶりの休日に花見とは迷惑な話だ。
「塔矢塔矢塔矢――――!!!」
なかなか開かない玄関の戸に痺れを切らしたのか、ついにそいつは叫びだした。
ああもう。
「うるさい!!」
戸を開けるなり、怒鳴ってやった。
前にたっていた予想通りの人物ー進藤ヒカルーは最初はきょとんとした顔でボクを見ていたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
寝起きだったせいもあってか、それがひどく眩しく映って正直
「鬱陶しい。」
と、思った。
「なんだよ。鬱陶しいって。」
いつの間にか声が出てたらしい。しまった、と思った頃には進藤の顔がみるみる不機嫌に歪んでいく。
「えーと、花見だっけ?」
苦し紛れに話題を変えてみると、もともと単純な進藤の思考はすぐそちらに向かった。
「そう、花見しようと思ってさ。ほら、弁当とかいろいろ持ってきたぞ。」
そう言って進藤は手に下げていた紙袋を目の前にかざした。
「ちょっと待って。今着替えてくるから。上がって待っててよ。」
「寝てたのか?」
「まぁね。昨日緒方さんと芦原さんに付き合わされてさ。」
「そっか。じゃ、塔矢寝ててもいいよ。俺一人で花見するから。」
「は?」
進藤はそう言うと、スタスタとボクを追い越して家の奥へ歩いていく。
ボクは慌てて追いかけると、調度中庭が見える所で進藤が止まった。カラリと中庭へ続くガラス戸を開けるとこちらを向いてニッコリ笑った。
そこには我が家で1本だけの桜の樹がある。最近ずっと忙しくて存在さえ忘れていた樹だ。
たいして大きくはないけれど桜の花は満開で、ああ、ここにも春がきてたんだ、なんてぼんやり思った。
進藤はその場に座り込むと紙袋から持ってきたお弁当を広げた。
「よく覚えてたね。」
「うん。前に来た時さ思ったんだ。咲いたら綺麗だろうなぁってさ。」
「そうか。」
「思った通り、綺麗だ。」
進藤はそう言ったまま、桜の樹を眺めている。ボクはそんな進藤を見ていた。
風が吹くと桜の花がさらさら流れた。
ボクは着替えをしに自分の部屋へ戻り、再びその場所に戻ると進藤はさっきと一寸も変わらず同じ表情をして桜の樹を見ている。
ボクが隣に座ると初めて気がついたようにこちらを見て、「あれ、着替えてきたの?」なんてすっ呆けた反応を示した。
そしてまた視線を桜へと移す。
「桜、好きなのか?」
あまりに一生懸命見てるからそう尋ねるとあっさり「キライ。」と返事が返ってきた。
じゃあなんでそんなに一生懸命見てるんだ?
「桜って一瞬じゃん。咲いたと思ってたらいつのまにか散っててさ、儚いからキライ。見てると淋しくなる。」
「じゃあなんでわざわざ花見しに来たわけ?」
「淋しいから。」
あいかわらず、わけのわからない進藤に頭を捻った。
ちゃんと日本語でしゃべって欲しい、とよく思う。最近は大分慣れたけれど。
「お前ずっと一人だろ?一人でこの桜見てさ、淋しいんじゃないかと思ったんだ。」
自分の頭の中のバラバラだった進藤の言葉がやっとすとんと文章になった。
心配してくれていた?あの進藤が?
途端身体の奥から暖かいものがじわじわと広がっていく。
進藤を見るとやはり視線は桜の樹に注がれていて、それでもなんだかすごく嬉しくて。
桜が咲くのをボクはそんな風に考えたことは無かったけれど、改めて見てみると確かにそうかもしれないと思った。
美しくて儚いもの。
「弁当食おうぜ。なんだか腹減っちゃった。」
進藤が渡した割箸を黙って受け取る。
僕達は他愛も無い話をしながらいつまでも桜の樹を眺めていた。
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