「治るのか?」

緒方がアキラの主治医である白川に尋ねると、白川は眉間に皺を寄せて「そうですねぇ。」と言いながら、
眠るヒカルのベッドの端に突っ伏したまま動かないアキラをチラリと見遣った。

「肺炎は起こしてないようなんで、大丈夫かとは思うんですが・・・。」

言いかけて視線を緒方へと戻す。緒方は黙って白川の言うことを聞いていた。

「熱が下がるまで誰かが付いててあげないと・・・ヒカルくん?でしたっけ?彼を私の部屋に運びましょう。
ここじゃアキラ君も落ち着いて眠れないでしょうし。」

「いやです。」

突然上がった声に、緒方と白川は声のした方へ視線を移した。
アキラは相変わらず突っ伏したまま顔も上げず、もう一度「いやです。」と繰り返した。

「アキラ君、後は私に任せて君はもう寝なさい。心配しなくても、もう大丈夫だから。」

白川がアキラに近付き優しく背中を撫でると、アキラはゆっくりと頭を上げた。
泣いているのかと思ったその顔に涙は無かったが、いつもの精彩もそこには無かった。

「ボクが看病します。ボクがずっと付いてます。」
「アキラ君、」

言いかけた緒方を白川は目で制した。ゆっくりと首を振ると緒方はそれ以上何も言わなかった。

「わかりました。何かあったら私を呼ぶんですよ?いいですね?」

アキラが頷くのを確認して白川は立ち上がった。緒方の背をとんと叩いて部屋を出るように促しながら、
「それからね、」と付け足した。

「それからね、彼が風邪をひいてしまったのは君のせいじゃないから、自分を責めるのはやめなさい。」

項垂れたアキラから返事は無かったが、白川はそのまま部屋を出て行った。



「人形が風邪をひくとはね・・・。」

緒方は懐から煙草を取り出すと口に咥えた。
燐寸で火を点けると大きく吸い込む。

「ひきますよ。人形とは言っても“生きて”いるんですからね。風邪もひけば怪我もする。普通に死にますし。」
「死ぬのか?」
「死にますよ。普通に生きてる我々より簡単にね。何せ、生きようとする意志がないんですから。」
「・・・あの人形、殺すなよ。」
「そんなこと言われても私は神様じゃないんで、なんとも言えませんねぇ。」

白川は困ったように笑った。

「ずっとじゃなくていいんだ。1年もてばいい。」
「来年の12月14日まで、ですか?」

今度は白川は笑わなかった。緒方は廊下の窓から微かに見える、今まさに建設中の完成したら世界一の長さと
なるだろう橋を眺めた。
夜の帳が降りても、ライトアップされてる橋が消えることはない。
この屋敷は小高い丘に建てられてある為、町が一望できる。その先の広大な海も。
白川は先程のアキラの姿を思い浮かべていた。
誰かにあんなに一生懸命なアキラを白川は知らない。きっと緒方も。

「貴方はこの仕事を嫌々やってるのかと思ってましたが、どうも私の勘違いだったようですね。」
「失敬なヤツだな。」
「貴方のことを少し好きになりました。」

白川独特のくせのない笑顔で微笑むと、緒方は心底迷惑そうに眉を顰め、「よしてくれ。」と呟いた。



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