アキラの父親はアキラが4歳の時に流行り病で他界した。
もともと裁縫の得意だった母親は近くの仕立物屋で働くことになり、まだ4歳のアキラは昼間父親の知り合いが
経営していた碁会所に預けられた。
3歳の頃から父親の影響で囲碁と親しんできたアキラにとって碁会所はいい遊び場だった。
椅子にちょこんと座り黙って対局を覗いてる姿は愛らしく、すぐ飽きるだろうと思っていた大人達は皆それぞれに
アキラの世話をやきたがった。
優しい大人達に囲まれてそれなりに平和で楽しい毎日をおくっていた。
相手してくれるのはみんな大人で自分と同じ年の子供とは遊んだことがないのを別に不思議にも思わなかった。
あの日までは。
その日いつものように椅子に座って人の対局を見ていると、窓から碁会所の様子を伺う小さな影に気付いた。
アキラと同じくらいの子供だった。窓には少し背が足りないらしくこちらからは子供の顔半分しか見えない。
アキラは椅子を降りると碁会所のドアを開け、そっと様子を伺う。
それに気付かない少年は一生懸命背伸びをして窓から中を覗いていた。
少年の後ろには髪の長い美しい面差しの青年がひっそりと佇んでいる。
アキラに気付いたのは青年の方だった。彼はにっこり微笑み少年に近付き何かを囁くと、少年がぱっとアキラを
見る。
少年の前髪だけ薄い色が太陽の光に透けてキラキラしていた。
「何してるの?」
「ここ碁打てるとこだろ?」
「そうだけど。碁できるの?」
「うん。まぁ。」
「じゃあ、入ったら?」
「お金無いんだ。」
そう言って少年は困ったように笑う。アキラは少年に待つように言うと碁会所の中に消えていった。
暫くしてドアから顔を覗かせると、少年に手招きする。
「オーナーがね、いいから入っておいでって。」
「え?いいの?良かったな!佐為!」
佐為と呼ばれた青年は少年の言葉に微笑んで頷いた。
「おやおや、二人だと言ってたのにこの子だけかい?」
オーナーの言葉にアキラは首を傾げるが、オーナーはまぁいいかと呟くと開いてる席を指差した。
3人で席につくとアキラが口を開いた。
「僕が相手でもいい?」
「いいよ!俺、ヒカルっていうんだ。ヨロシクな!」
「僕はアキラ。よろしく。」
「じゃ、始めるか。」
ヒカルが碁笥の蓋を開けるとアキラがそれを制した。
「その人は?」
「え?」
「君の横にいる人は?」
アキラの言葉にヒカルはぱちぱちと瞬きをすると身を乗り出してアキラに近付く。
「・・・見えるの?」
今度はアキラがぱちぱちと瞬きをする番だった。
何を言ってるんだろう?
アキラが首を傾げた所に受付をやっている市河がジュースを持ってきた。アキラとヒカルの前に1つずつ
グラスを置く。
「珍しいわね〜。君も囲碁するんだ?」
「あ、はい。」
「良かったね。アキラ君お友達になれそうじゃない。」
「あの、市河さん。一人分足りない・・・。」
「え?」
「いいんです!」
ヒカルが慌てて割って入ると市河は不思議そうな顔をして去って行った。
ヒカルは再び乗り出すとアキラに囁く。
「お前、佐為が見えるの?」
「さっきから何言ってるんだかよくわからないんだけど・・。」
「佐為は幽霊なんだ。だから俺にしか見えないんだ。」
「幽霊!?」
アキラが叫ぶとみんなが一斉にこちらを向いたので、アキラはぱっと口に手を当てた。
ヒカルに向き直ると小声で囁く。
「うそでしょ?だって、こんなにハッキリ・・・。」
「お前すごいよ!俺にしか見えないと思ってたのに。」
幽霊なんて・・・。
アキラが佐為の顔をまじまじと眺めていると、佐為が口を開いた。
何かしゃべるのかとアキラは待っていたが一向に耳には届かない。それでも佐為はアキラに何か話し掛けて
いるようで口が動いてるのをアキラはただ見ていた。
「あの・・・・その人何かしゃべっているの?」
「聞こえないの?」
「何も。」
「そっかぁ。姿だけ見えるんだ・・・。でも、それでもすごいよ。今まで佐為に気付いた人一人もいなかったもの。」
隣で佐為がヒカルに何か話し掛けると
「佐為も嬉しいって。」
ヒカルの言葉に佐為は頷く。
「佐為とはずーっと一緒なんだ。佐為は囲碁がうまいんだよ。でも、幽霊だから打てなくて俺が代わりに打って
やるんだ。俺も教わってるけど、まだ下手だから今日は佐為が相手するよ。よろしくお願いします!」
ヒカルと佐為が頭を下げるとアキラも慌ててお願いします、と頭を下げた。
外に出るともう陽はすっかり傾き、空全体を真っ赤に燃やしていた。
夜が訪れる前の一瞬の輝きはとても儚くて切ない。
「また来る?」
アキラの質問にヒカルは笑って頷いた。
「何年後になるかわからないけど、また来るよ。佐為と一緒に。その時は俺お前に負けないぐらい強くなってる
からな。」
「うん。待ってる。」
ヒカルはあの山を越えて行くんだ、と今まさに陽が沈もうとしている山を指差した。
両親が死んでしまい遠い親戚の家に行くのだと。
佐為が居るから平気と言いながらも淋しい表情は隠せない。アキラはなんだか切なくなった。
いつまでも手を振りながら歩いていくヒカルに、自分も手を振りながらもう1度会いたいと心の底から思った。
緒方がアキラの教育責任者として、アキラの前に現れたのはその次の日の事だった。
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