眠れない。
アキラはベットの上で何度も寝返りをうっていたが、そのうち眠ることを諦めて起き上がった。
窓辺に置いてある椅子に座り、外を眺める。窓の外はいつの間にか雪になっていた。
真っ暗な空から降る白い雪はとても幻想的だ。
アキラは帰る途中の馬車の中で緒方が言ったことを思い出していた。
「あの人形はただの人形ではないんだよ。生きている人形なのさ。」
「生きている?」
「そう。魂が抜けてしまった元は人間。」
カタカタ揺れる馬車の中で緒方は煙草を取り出した。シュと燐寸を擦ると大きく息を吸い込む。
煙草の先が赤く灯るのをアキラはじっと見ていた。
「魂の抜けた人間に価値は無い。大抵は切り売りされてしまうところだ。心臓とか肝臓とか欲しいという人は
いっぱい居るだろうしね。でも、見目形が良かったりすると人形として
高値で売られる。買うのは金持ちの変態親父どもさ。なぜかわかるかい?」
「え?」
「そういうことに使うのさ。抵抗もしない逃げも隠れもしない、見た目も綺麗で従順な人形という名の人間だ。
アキラ君ももう子供じゃないから意味わかるだろう?」
かぁっとアキラの頬が赤く染まる。
汚い大人達の慰み者の人形。だからあんな裏通りで売られているのだ。誰かが自分を買うのを待っている。
それではあの人形もいつか誰かに連れていかれるのだろうか。
綺麗な青白い顔をしたあの。
アキラは溜息をつくと窓硝子に額をつけた。ひんやりと冷えた硝子が気持ちいい。
でも、僕には・・・僕には何もできない。
それが“彼”であっても。
いや、彼であるはずがない。似てるだけだ。
彼であるなら側にきっと“あの人”がついてるはずだから。
「・・・ヒカル。」
アキラの呟きが闇にとけて消えた。
* * *
「お誕生日おめでとう。」
口々に皆アキラに囁く。その度にアキラはニッコリ微笑む。
年に一度のアキラの誕生日には毎年国の有志が集まり華やかなパーティが繰り広げられていた。
アキラにとっては年に一度会うだけの人がほとんどで顔なんかろくに覚えていない。
内心うんざりしていたがそれでもアキラは終始笑顔を絶やさずにいた。
上辺だけのお祝いの言葉。形ばかりのプレゼントの山山山。
くだらない。
こんなに人が居るのに僕が本当に祝ってほしい人はここには居ない。
こんなにプレゼントされても僕が本当に欲しい物は誰もくれない。
「アキラも15歳かぁ。」
気がつくと芦原が横に立っていた。二つ持っていたグラスの一つをアキラへ差し出すのをアキラは黙って受け取る。
芦原は彼独特の人の良さそうな笑みでアキラを見ていた。
「アキラと初めて会ったのはアキラが6歳の時だったんだよなぁ。こーんなに小さかったアキラが、なんか立派に
なっちゃって嬉しいような淋しいような不思議な気分。」
「芦原さんと緒方さんのおかげかな。」
「お。良くわかってんじゃん。」
芦原がへらへら笑うのにアキラもつられて少し笑った。
「俺のプレゼントさぁ何にしようか迷っちゃってさ〜結局お前の好きな囲碁の本にしたよ。」
「ありがとう。嬉しいよ。また、囲碁の勉強しなくちゃ。」
「それ以上強くなったら俺相手できないよ〜。」
芦原は苦笑いしながらそういえば、と切り出した。
「緒方さんから何貰った?」
「え?まだ何も。」
「そっか。俺が何やるんですか?って聞いても絶対教えてくれないんだよ。ま、あの人の秘密主義は今に始まった話じゃないけどさ、気になるじゃん。」
「プレゼントなんて別になんでもいいよ。なきゃなくてもいいんだ。今日貰ったのも芦原さん気に入ったのあったら
あげるよ。」
「マジ?・・・なーんてな。お前の誕生日プレゼントなんだからちゃんと貰っとけ。」
「今年で最後だし?」
アキラの言葉に芦原の顔が強張ったのをアキラは見逃さなかった。
アキラは小さく息を吐くとごめん、と呟いて芦原の側を離れる。人込みに消えてくアキラの後姿を芦原は見つめていた。
「どうした?神妙な顔して。」
相変わらずの白いスーツを身に纏った緒方が芦原に話し掛けたが、芦原はまだアキラの消えた方向を向いたまま動けずに居た。
「俺、悔しいです。アキラにあんな顔させたくないのに。一生懸命なんでもないふりして、でも本当の気持ちは違うと思うんです。今日だってこんなに大勢の人に祝ってもらうよりも、たった一人の母親に1番祝ってほしかったんじゃないですかね。」
「ああ、わかってるよ。でも俺達には何もできない。俺達の役目はアキラ君を立派に“送り出すこと”だ。その為だったら俺は何だってするよ。」
「国の為・・ですか。でも、俺は納得できません。こんなこと間違ってる。」
「そうだな。」
緒方が静かに言うのを芦原はどこか遠くで聞いていた。
華やかなパーティも終わり、アキラはほっと息を吐く。
年に一度のこの面倒なパーティも今年で終わりだ。来年の今日、自分には大きな仕事が待っている。
パーティの後片付けを始めた使用人達に挨拶をしてアキラはパーティルームを後にした。
廊下の窓硝子にトボトボ歩く自分が映り苦笑する。
「誕生日か・・・。」
そういえば、緒方さんプレゼント何もくれなかったな。
ふと芦原の言葉を思い出したが、考えたら去年何貰ったのかも思い出せない自分にはたいした事じゃなかった。
プレゼントなんて貰っても開けもしないものがほとんどだ。
アキラは着ていたスーツのタイを緩めると目の前の大きなドアを開ける。
今日は疲れたからお風呂に入ってすぐ寝てしまおう。
しかし、アキラはドアを開けたまま呆然と立ち尽くしてしまった。
目の前に広がったアキラの大きな部屋の調度真中に椅子に座りこちらを向いている大きな影。
月明かりに縁取られて灯りを点けずともそれが誰だかわかった。
ショーウィンドウの人形。
青白い顔の瞳は未だ閉じられたままで。
彼は何を言うわけでもなく、ただ座っていた。腕に白いバラを抱えて、静かに。
「・・・ヒカ・・。」
思わず呟いた自分の言葉にアキラは我に返り、そのまま踵を返すと元来た方へアキラは走り出す。
遠くで小さくアキラの部屋のドアがパタンと閉まる音がした。
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