何もいらない。
 欲しいのはキラキラ輝く僕だけの太陽。



  
 花。



薄暗い街角、飾りのついた街灯がぽつりぽつりと並んでいる。
陽が落ちて外の気温が徐々に下がっていく。辺りは静まりかえり人もまばらだ。
皆、家路を急いでいるんだろう。早足で通り過ぎていく様を、アキラは街灯に寄り添うように立ちながらぼんやり見ていた。
シルクハットの品の良さそうな紳士や、買い物帰りの貴婦人達、通り過ぎる馬車。
息が白くなる頃アキラは着ていたコートのポケットに手を入れた。

緒方さん、遅いな。
ここで動かないように、と行ったままどこまで行ったんだろう。
僕が言いつけを守って、いつまでもここにじっとしていると思っているのだろうか。
いや、僕がどこへも行けない事を彼は知っている。

アキラは俯いて足元の淵の少し欠けた石畳を暫く眺めていたが、ふとどこからか花の香りがして顔を上げた。
甘い香りに懐かしさを覚えて、アキラは香りのする方へ足を向けた。
一歩路地に入ると街灯も無い暗闇で、じめじめと暗い。
アキラは緒方に裏道には行くなと言われてたことを思い出したが、もうどうでもよかった。
花の甘い香りはだんだんきつくなってくる。
誰かがどこかでアキラに早く早くとせきたてているようで、自然とアキラの足は早足になる。
やがて狭い路地から少し大きな通りへ出た。表通りから比べると街灯の数も少なく、あちこちに紙屑やらゴミやらが
散乱していて薄汚い中にそれはあった。

色素の薄い前髪が俯き加減のその青白い顔を覆うように張り付いている。瞼は閉じられたままでひっそりと溶け込むように
少年は椅子に座っていた。安っぽい照明の大きな硝子の檻の中で。

「人形・・・?」

アキラはウィンドウに手をつき、中を覗き込む。
自分と同じくらいの大きさの人形は今にも動き出しそうで、アキラはただ見詰めた。

・・・似てる。
ずっと昔まだ何も知らなかった頃、一度だけの楽しい思い出。
瞳は開かないのだろうか。ずっと閉じられたままなのだろうか。

アキラは時間も忘れてショーウィンドウの中の少年を見続けていた。
あまりに一生懸命見ていたので後に人が立っているのにも気付かなかった。
「生き人形だな。」
煙草の煙を吐き出しながら呟いた言葉に、アキラは肩を震わせた。
「驚かせてしまったかな。一生懸命見てたみたいだから。アキラ君が居なくて探したよ。まさかこんなとこに居るとはね。」
「・・すいません。」
「まぁいいさ。見つけたから。」
緒方は白いスーツのポケットから携帯灰皿を取り出すと、短くなった煙草を揉み消す。
「欲しいのかい?」
「え?」
「その人形さ。買ってあげようか。」
「要りません。僕には人形なんて必要ない。」
「ふ〜ん。」
「帰りましょう。緒方さん。」
アキラは名残惜しそうに一度だけ人形をちらりと見やり、やがて歩いてきた方へと足を向けた。
緒方もアキラの後を悠然と進む。


花の香りはもうどこにもなかった。





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