ふたり        


・・・遅い。

時計を見ると待ち合わせの時間を疾うに30分は過ぎている。
いつもの碁会所で一向に入ってくる様子のない待ち人を思って、アキラは本日何度目かの溜息を吐いた。
ヒカルは毎回時間通りにやってきたためしがない。
待たされるのはいつも自分で、それがそのまま相手への想いに比例しているようでなんともやり切れない気持ちになってしまう。


ふいにバタバタと足音がしたかと思うと、自動ドアが開いて見慣れた顔が現れた。
受付の市河にリュックを預けるとそのままこちらに向かってくる。
明らかに不機嫌そうなアキラの目の前に座ると、悪びれた様子もなく「ごめん。」と笑顔を向けた。

「俺が握るよ。」
「・・・・キミはなんで時間通りにやってこれないんだ?」
「謝っただろ?」
「そういう問題じゃないだろう。」
「指導碁が長引いたんだから仕方ないだろ。始めようぜ。」
「広瀬さんがキミを30分前にここの近くで見かけたそうだけど。」

アキラの言葉にヒカルの手が止まった。
そうっと目の前で険しい顔をしているアキラの顔を窺い、それから困ったようにうろうろと視線を彷徨わせた。
その様子に今言い訳を考えてることが容易く想像できて、アキラはますます不機嫌になる。

「キミにとってボクとの対局はそんなに嫌なことなのか。だったら、別に無理して対局することは無いんだ。」
「・・・・・。」

何も言わないヒカルに肯定の意味と取ると、アキラは立ち上がった。
自分はいつもヒカルとこうして会うのが嬉しくて時間より早めに来てしまうのに、
ヒカルにとっては違うのだ。


バカみたいだな。


アキラは沈んだ気持ちのまま「帰る。」と一言告げるとヒカルの横を通り抜けた。
その時背後から何かに引っ張られて振り返ると、ヒカルが俯いたままアキラの
ジャケットの裾を掴んでいた。

「違うんだ。」
「何が。」
「お前最近忙しいじゃん・・・・。」
「だから何?」

確かに最近は忙しい。手合いやら、指導碁やら取材やらで休みもほとんど無い
生活をしている。
だからこそ、こうしてヒカルと会える貴重な時間を大切にしたいと思っていた。

アキラは黙って次の言葉を待っていると、やがてヒカルはゆっくりと顔を上げ
まっすぐアキラを見た。


「待ってる間俺のこと考えた?」


瞬きもしないでアキラの顔を見ているヒカルに何も含みが無いことは分かったが、
言ってる意味がわからない。
何も言わないアキラにヒカルが「だからさ、」と続ける。

「いつも忙しくて俺の事なんか思い出しもしないんだろうけど、待っている間は
俺のこと考えただろ。だからわざと遅れてきた。」
「いつも・・・?」
「うん。ごめん。もうしない。」
「・・・バカみたい。」
「どうせ、バカだよ。」

ぷいと横を向いてしまった頬が少し赤くて、アキラはそれまでの沈んでいた気持ちが
嘘のように溶けていく。
自分がヒカルを想うように、ヒカルも自分を想ってくれている。


一方通行じゃなかったんだ。


アキラは少し屈むと素早くヒカルに口付けた。
途端に真っ赤な顔をして慌てるヒカルがおかしくてアキラは笑った。

「誰かに見られたらどうすんだよ!」
「見られてもいいよ。」


言っておくけど、とアキラが続ける。
「ボクはキミを想わない日は無いよ。そのことを忘れないでいてほしい。」

アキラの言葉にヒカルは真っ赤な顔のまま頷いた。
アキラは席に戻ると碁笥の蓋を開ける。



「打とうか。」





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