涙        


今日行った指導碁先のおじさんは話しやすい人で、何度か行ってるうちにすっかり親しくなった。
どこかの会社の偉い人らしいけど俺にはそんなこと関係なかったし、気兼ねなく話すのが気に入ったのか
囲碁以外のこともよく話した。
指導碁というのは結構自分に向いてるかもしれない、こんな時そう思う。
そのおじさんから帰り間際、映画のチケットを2枚貰った。
「彼女とでも言っておいで。」とからかうように言われて素直に「ありがとう。」と返した。

「誰と行こうかなぁ。」

帰り道、佐為が居た時のくせが未だに抜けることがない俺は独り言をもらしながら、それでも頭の中に
チラチラ浮かぶ人物に気付かないふりをする。
そういえば映画なんてしばらく見ていない。
貰ったチケットの映画は今話題の感動作と言われてるもので、CMを何度か見た事があった。
感動作・・・ってことは泣ける映画なのかなぁ。
先程から頭の中で浮かんでは消える人物(正直に言えば「彼女と」と言われた時点から浮かんでいる)が
鮮明になっていく。
キリリとした顔で俺を見返す。
彼の泣き顔を俺は知らない。

面白い、と思った。

いつも凛としている彼が、花が綻ぶように微笑う彼が、面差しは人形のような彼が、泣く。
どんなだろう?どんな風に涙を流すんだろう?
そう思ったらなんだかワクワクして、ポケットから携帯を取り出すとリダイヤルから名前を探す。
2回押した所でその名前は出てきた。塔矢アキラ、と。


俺と塔矢は5列目のちょうど真中に座った。
塔矢に映画のチケット貰ったから一緒に見に行かないかと言ったらあっさりOKした。
映画見るより碁の勉強したい、と言われるかと思ってたいたから少し意外な気もする。
チラリと横を窺うとニッコリ笑顔で返された。
相変わらず綺麗な顔してんなぁと思うとともに、泣き顔も綺麗なのかなぁと再び興味がわく。
映画の最終時間に来たから人はまばらだった。
休日の昼間来るよりは平日の最終とかの方がいいのかもしれない。


やがて周りが暗くなり静かに映画が始まって1時間もたつ頃には、俺はこの映画を選んだことを
ひどく後悔した。
家族愛に重点を置いたその映画の内容は自分が思っていたよりずっと感動的なもので、塔矢の
泣き顔を期待する前に自分の方があやしくなってきたのだ。

目にじわりと涙が溜まってきたのを気付かれないように、頬杖をつき流れる前にさりげなく拭う。
そのうち鼻がつーんとしてきて、すするとバレるから口で息をする。そしてまた涙が溜まり拭う。
そんなことを繰り返してきたが、どんどん進む感動的な内容に追い付かなくなってきた。
チラリと隣の人物を窺うと平気な顔をして、でも画面に見入っているようだ。
あ〜もう。
どうせ周りは暗いんだし、いいやと覚悟を決めて映画に集中した。

ボタボタ落ちる涙をそのままに画面を見ていると、ふいに指先に暖かいものが触れた。
塔矢の指先だった。
それははっきりとした意志を持って、俺の指に自分の指を絡めてきゅっと握る。
俺が横を見るとやっぱり平気な顔をしてスクリーンを見つめていた。こちらは見ずに。
それから映画が終わるまでずっと手を繋いでいた。


映画が終わり、周りが明るくなって他の客達が席を立って出て行く。
誰も居なくなった頃、塔矢が席をたった。

「行こうか。」
「ああ。」

きっと目が赤いだろうと思っていた俺は、塔矢がそのことに気を使ってくれたのだとその時気付いた。

かなわない、と思う。

塔矢の泣き顔が見たい為だけに誘った映画に自分の方が貰い泣きしてしまって、恥ずかしいったら
ありゃしない。

映画館の外は真っ暗で正直助かった。
駅に着くまでにはこの目の赤味もとれていることだろう。

「映画結構良かったな。」
「そうだね。」
「その割には平然とした顔してたよな。」
「そんなことないよ。感動した。」
「へぇ?」
「キミの泣き顔に。」

塔矢の言葉にビシッと固まってしまった俺を見て、塔矢が微笑む。
顔に熱が一気に集中してくるのがわかって慌てて下を向いた。
ますます上機嫌になった塔矢の気配に不愉快極まりない俺は、恨めしそうに下から睨みつけたが
逆効果だったようだ。
塔矢の微笑が深まる。

おかしい、こんなハズでは。

当初の目的を思い出しそっと溜息を吐きながら、並んで歩く塔矢の顔を見るとなんだかとても嬉しそうで
やはり塔矢の涙なんか見なくてもいいかと思い直した。




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