ABSOLUTE COSMOS ENFORCER
彼らはその頭文字を取ってACEとも、または特務執行官とも呼ばれる。
彼らは人類圏の秩序を維持するために生まれた者たちであり、
人類最大の脅威である【カオスレイダー】に対抗する任務を背負った者たちである。
APOLLON
―― ABSOLUTE COSMOS ENFORCER ――
― FILE 0 ― PROLOGUE 〜灼熱の特務執行官〜
そこは炎獄と呼ぶにふさわしい光景だった。
目に映るすべてが灼熱に包まれ、朱の闇に染まる。
折れ曲がった鉄骨と崩落した瓦礫が、無造作に散らばる。
火花を上げているのは、ちぎれた配線と用途不明な電子機器。床に点在するオイル溜まりは、業火の温床となっている。
横たわる重機と作業用人型機械【WA(ワーキング・アーマー)】。それらに紛れて見えるのは、黒焦げになった肉の塊である。
紛れもなく、かつて人だったもの――絶叫をあげて固まる者、脅えたように身を丸める者、原型を留めぬまでに破壊された者と様々あれど、今はそのすべてが肉の塊である。
そこは、すでに死の空間となりつつあった。
「……なんなんだ…………なんなんだよおおぉぉおぉ!!」
その中で、一人奇跡的に生き延びている男がいる。
だが、彼の瞳は恐怖で見開かれ、狂乱じみた金切り声をあげている。
それもそのはずで、男の目の前には信じられない生物が存在していた。
視界を埋め尽くすかのように立ちはだかる影――それは炎の中に幽鬼のごとく浮かび上がっている。
深みを帯びたオニキスの体色が特徴的なそれは、遥か古代の肉食恐竜に近い姿をしていた。
全長はおよそ三メートルほどか。口から荒々しい息を吐き、辺りを睥睨している。
その眼光にはわずかながら、獣らしくない知性の輝きがあった。
「チ……ハカイ……スベテハ、コントンニカエルノミ……スベテハ、スベテハ……」
獣は、熱に浮かされたように同じ言葉を紡いでいる。
「くるなよ……! くるなあぁぁぁああぁぁ!!!」
男は逃げることもかなわず、わめき続けている。
腰が抜けたのか、立ち上がることもできない。その股間には、たった今できたばかりの染みが浮いていた。
「……オオォ……スベテハ……コントンニ……オオアァオォ……チヲォオォォォォ!!!!」
獣は男の声に耳を貸した様子はない。
いや、それ以前に、お互い相手の言葉を理解しているか怪しいものだ。
地響きと共に一歩を踏み出した獣が、その巨大なアゴを開いて、一気に男に食らいつく。
「うぎあやああああああああああああああぁあぁあぁぁぁぁぁ……!!!」
ぞぶりという音をたて、牙が男の身体に食い込む。
溢れる鮮血に加え、びきびきと骨の砕ける音が響く。
宙に持ち上げられた男は断末魔の絶叫の中で、絶望に浸る。
「ごぎょあああぁあぁあぁぁぁぁあぁ……!!!」
だが、獣は男を食らい尽くすつもりではないようだ。
代わりに何度も噛み直し、男の全身を穴だらけにしていく。
まるで、なぶって楽しんでいるかのようだ。
異形の瞳が、どことなく嬉しげな光を宿している。
「た、たす……あがああ……け、ぐ………あぁ…………」
やがて絶命した男は、動かなくなった。
それを見届けると、獣は男を吐き捨てる。まるで噛み終わったあとのガムを捨てるように。
「……チ……コントン……ハカイ……ハカイヲ……」
巨躯を引きずるようにして、獣は歩き出す。
獣は、次の獲物を求めていた。
このファクトリーで獣は目に映るものすべてを破壊し、逃げ惑う人々を次々と手にかけた。
今の男のように、じわじわとなぶり殺した。
恐怖、悲しみ、絶望――辺りを埋め尽くした負の感情の渦は、獣にとって最高のごちそうだったのだ。
呼吸をするたびに、今もその残滓を感じ取れる。
たまらない。
だが、まだ足りない。
もっと破壊し、殺さなければ。
満たされない。
獣の頭にある衝動は、ただそれだけだった。
数十メートルは歩くも、すでに辺りに生きるものはいなくなっていた。どうやら先ほどの男で、最後だったようだ。
獣にしてみれば不本意ではあったものの、これまで殺してきた人間の数を考えれば、当然のこととも言える。
ならば、遠くに行くことにしよう。どうせ、時間はたっぷりある。外に出れば獲物はよりどりみどりだ。
爛々と輝く目の奥で、獣が漠然とした思いにとらわれた時であった。
ふと、その視線が上に向けられる。
穴の開いた天井の向こう。朱と漆黒がグラデーションを描く彼方――星々に紛れて光るなにかがあった。
燃えるような赤い光。周囲を満たす炎よりも鮮やかな輝きが、徐々に大きさを増してくる。
それが落下してくるのだということに、獣が気付いたかは定かでなかった。
轟音が響く。
光は凄まじい勢いで、獣の前方に落着した。
熱風と共に弾き飛ばされた無数の鉄片が、辺りに飛び散る。獣の身体にも、いくつかの破片がぶち当たった。
一時の静寂の後、立ち昇る陽炎の中にシルエットが浮かび上がる。
そこにいたのは、一人の人間である。
どこにでもいるような若き青年の姿――しかし、常識では考えられない現れ方をした彼は、果たして人間なのだろうか。
その髪は、炎に負けぬほどの朱を宿す。自然のものではありえない。
その瞳は、闇夜の猫に似た黄金の輝きを見せる。恐怖の色は欠片もなく、あるのはむしろ怒りの感情だった。
「……デルベス、ポイント【F104】到着……目標の覚醒体を発見した。ただちに掃討する」
誰に言うともなく青年はつぶやくと、一歩を踏み出す。
周囲を包む炎をものともせず、焼け焦げることもなく、彼は目の前の獣へと近づいていく。
不思議なことに獣は、動くことができないでいた。
先ほどの男のように、容易くいたぶれそうな相手にも関わらずである。
「……ずいぶんと派手にやってくれたな。だが、それもここまで……貴様の命はここで尽きる」
青年は辺りの惨状を見渡しながら、静かな口調でつぶやく。
金の瞳がより激しい輝きに満ち、炎の中に映える。
口から漏れたのは殺意だが、そんな生易しい言葉で言い表せない空気が彼の周りに漂う。
強いて言うなら、破壊の意志か。
「オオオオォォォォオオォォォオオォォォォォ…………!!!」
咆哮が轟く。
それは今まで威圧されていた獣の口から漏れたものだ。
風を巻いて、豪腕が振り下ろされる。
青年ごと地面を叩き潰すかのような一撃だった。
再びの轟音――それは肉のひしゃげる音にしては、あまりに大きなものだった。
「……ウガアアァァアアアァァァァアアァァァァァァ…………!!!」
しかし、その後に響き渡ったのは、青年の絶叫ではない。
巨大な獣が、天を仰いで叫んでいた。
肩口からもぎ取られたようにその腕がちぎれ、どす黒い血が飛び散っている。
宙を舞った異形の腕が消し炭のように燃え尽きて、床に落下していった。
青年はただ拳を振り上げて、その場にたたずんでいるだけである。
「バカ、ナ……キサマハ、ナンダ? ナンナノダアァァァ!?」
獣が、恐怖の言葉を口にする。
理解できぬ謎の存在を前に戦意は消え失せ、驚愕が脳を支配していた。
「我は太陽……炎の守護者!! 絶望導く悪の輩を、正義の炎が焼き尽くす!!」
炎を薙いで、青年の名乗りがこだまする。
「我が名は、ソルド=レイフォース! またの名を、ABSOLUTE COSMOS ENFORCER……【アポロン】!!」
七色に包まれた青年の手が、ゆっくりと開かれる。
太陽を圧縮したような力強い炎が、そこに生まれていた。
その炎が閃光と共に放たれ、獣の身体を包み込んでいく。
「ウ……ウオオオヲヲォォォォオオオォォォォオオォォ…………!!」
世界が一瞬、白く染まった。
巨大な異形が弾け、燃え上がり、塵となっていく。
断末魔の絶叫と共に、獣はあっけなく消滅する。
まるで初めから、その存在すらなかったかのように――。
「掃討、完了」
あとには、無情な青年の声が残るのみだった。
「オリンポス・セントラル……アクセス」
青年――【アポロン】ことソルド=レイフォースは、しばし周囲の状況を観察してため息をつくと、手の平を天に向けてつぶやいた。
そこに今度は、新たな光の渦が浮かび上がる。やがてそれは収束し、彼の目の前に立体映像を結んだ。
黒髪の女性の姿――その表情はどこか愁いを帯びている。
それでいながら、淡々とした響きの声が聞こえてきた。
『こちら、オリンポス・セントラル……【クロト】です』
「【アポロン】より、コードナンバー【S-120】の件で報告……対象の掃討は完了した。だが、生存者はない。完全に手遅れだ」
『……了解。お疲れ様でした』
ソルドの報告に、【クロト】と名乗った女性はわずか目を細める。
あくまで事務的でありながら、その様子は望ましくない言葉を聞いた人間のそれだった。
「事後処理は大変だろうが、よろしく頼む。もっとも生存者がいない分、情報操作は難しくないかもしれんが」
『それは……皮肉ですか?【アポロン】?』
「そういうつもりではない。ただ、もう少し早ければ、生き延びる者もいただろう。それが悔やまれるだけの話だ……」
ソルドの声は、普段より低くなっていた。
握り締めたもう片方の手は、わずかながらに震えている。
『仕方ありません……私たちは万能の存在じゃありませんから。でも、救える人もいることは確かですよ…………直接、現場に赴くあなたには、無責任なセリフに聞こえるでしょうけど……』
悔しげな青年を見つめ、やや穏やかなトーンで【クロト】は語りかけた。
気を遣わせてしまったことに気付き、ソルドはわずかに微笑みを返す。
「すまんな。【クロト】……少しグチっぽくなった。これより帰還する」
『了解』
通信を終えると映像は再び光に戻り、飛び散るように消えた。
閉じたソルドの瞳が開かれた時、そこには先ほどのような雄々しい輝きはなくなっている。
代わってあったのは、悲しみとも哀れみとも取れる光。
燃え尽きた生命と己が倒した獣に祈りの言葉を捧げながら、彼はいまだ赤に煙る空へと向けて飛び立っていった。
〜TO BE CONTINUED〜
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