Panzer Frame J-PHOENIX Side Story
―― 悪夢越える翼 (後編)――
限りない朱の世界――そこでは、なにも見えなかった。
動く者がない世界――静寂だけが、そこにはあった。
痛み、苦しみも感じなかった。
もう、なにもかも終わったと思った。
深淵なる恐怖と絶望感だけが、心を支配していた。
「……クラン! クランッッ!!」
呼ぶ声は、霞んでいた。
誰だろう? 私は、もう死んだのではないのだろうか? 生きている者の声が聞こえるはずが――。
微かな音が、聞こえた。
すべてを失った世界の中――だが、そこに、誰かがいた。
「クラン!! しっかりしなさい!!」
聞き慣れた声に、おぼろげだった意識が蘇ってくる。
私はまだ生きている。
けど、なにも見えない。赤い闇だけしか――。
自分を抱き起こす感覚があった。力強く、それでいて優しい感覚。
「……死んではダメ!! 生きるのよ!!」
熱い叫びが心に染み渡り、喉がゆっくりとその名前を紡いだ。
「……チェン……ナ……」
キース小隊とバールの戦いから、およそ二十分後。
遅れてJポイント付近に到着したコバルトリーダーたちの小隊が見たものは、巨大な湖の上に浮かぶ浮き石のような無数の氷と、無残な姿になった二機のPFの姿であった。
すでにバールと親衛隊の姿はなく、ただ深い静寂のみが、その場を支配している。
移動司令部となる大型輸送機はJポイントに強行着陸。
整備班との共同作業で、彼らがキース小隊とギブソン小隊の救出作業を完了したのは、それから一時間後のことであった。
部屋の中は、緊張に包まれていた。
誰もが厳しい表情をしていた。場を支配する静寂は、鉛のように全員の心に圧し掛かっている。
大型輸送機のミーティング・ルームである。
大怪我を負ったキースを除くすべてのメンバーがそこに集まり、緊急のミーティングが行われていた。
「……状況は、極めて深刻です」
全員の顔を順に見ながら、クランがいつもの事務的な口調で言った。
しかし、その声は重い。
「キース小隊、ギブソン小隊の全PFは損傷の度合いこそ違うものの、出撃可能になるまで最低でも三時間を要するそうです。Fポイントの総攻撃予定時刻は、およそ一時間後――つまり、現在稼働可能なコバルトリーダー小隊のみの作戦ということになります」
「……厳しい、ですね」
ジータが、全員の意見を代弁するかのようにつぶやく。
敵の防衛部隊が駐留するFポイント――そこは、極めて高レベルの設備を持った軍事基地である。
偵察衛星による探査では、基地防衛用の巨大レーザーキャノンが五基設置され、ヴァリムの二個中隊が常時配備されているようだ。
しかもそこには、あの[緑の破壊神]バールもいる。
戦力を欠いてしまった現在のコバルト小隊では、攻め落とす以前に勝負になるかすらも疑問だった。
「攻撃を、延期することはできないのですか?」
リンナが口惜しそうにつぶやいた。
彼女に限らず、罠にかかって全部隊を窮地に追い込んだギブソン小隊の面々は、一様に苦い顔をしている。
「……延期が、できないわけではありません。しかし、そうすれば、確実にベリウムを捕らえる機会を逃すことになってしまいます。上層部の命令は、このまま侵攻作戦を続行しろとのことです」
「……ま、所詮は俺たちも、使い捨ての駒というわけね」
クランの言葉に対して、皮肉げに答えたのはオスコットである。
実際、その通りであった。だが、この結果を招いたのは自分たちの責任であり、反論の余地などありはしない。
たとえ非人道な命令だろうとも、従うしかないのだ。それがまた軍人の責務でもある。
「くっそぉ……せめて、代わりの機体があればなぁ……」
マコトも悔しげに、拳を打ち鳴らす仕草をする。
コバルト小隊は一見、優遇されているようだったが、こと物資面においては非常にシビアな状況であった。
予備パーツはともかく、余剰のPFは一機も存在しないのだから。
これまでは大きな損害もなく作戦を遂行してこれたために問題は起きなかったが、今回は別である。
機体のないパイロットなど、役立たず以外のなにものでもない。
澱んだ空気が流れる中、コバルトリーダーは一人、固く拳を握り締める。
「……とにかく、僕たちはやれるだけのことをやるしかない……作戦は、続行する。ジータとオスコットは作戦行動の準備。他のみんなは、現状のまま待機だ……」
「……了解……」
どことなく重苦しい雰囲気を抱えたまま、緊急ミーティングは終わりを告げた――。
緑の光が窓から差し込む通路の一角で、クランは静かに外を眺めていた。
怪しい輝きに照らされた氷原はエメラルドのような光沢を放ち、見る者を魅了する。
だが、それに目を奪われていたわけではない。
むしろ逆で、彼女はこの光景が嫌いだった。
それは悪夢を呼び起こす光景であり、現実に悪夢は蘇った。
忌まわしき過去が、再び彼女の心をかき乱し始めていたのである。
「……クラン。こんなところで、どうしたんだ?」
足音と共に聞こえてきた声に、クランはゆっくりと振り向く。
黒髪の若者――コバルトリーダーがそこにいた。
彼の瞳には、わずかに憂いの色が見える。
「……いえ。別に……なんでも、ありません……」
目をそらしながらクランは答える。
軍人としての性が出たのか――動揺を悟られぬように、彼女はつとめて冷静に振る舞った。
コバルトリーダーは彼女の傍らにやって来ると、同じように窓の外を眺めた。
「迂闊だったよ。今回の件は……僕がもっとしっかりしていれば、こんな事態にはならなかったのにな……」
「……コバルトリーダーの責任ではありませんよ」
自虐気味な若者の言葉に、クランはわずかに首を振った。
だが、コバルトリーダーの表情は晴れない。
「……本当を言うと、気にはなっていたんだ。僕も含めて、みんなが慢心しているんじゃないかということはね。作戦の前に、気を引き締めるべきだった。それができなかったってことは僕の甘さだよ……」
「そんなに自分を責めないでください。それを言ったら、私にだって責任はあります……!」
震える声で、クランは言った。
そこには感情をむき出しにした、本音の彼女の姿がある。
「誰もが油断していたんです。目を背けてはならないものに、目を背けようとした……それが今回の結果を生んだんです!」
その言葉は、なぜかクラン自身に向けられているように感じられた。
コバルトリーダーは、静かに彼女の瞳を見つめ返す。
「……戦闘記録は、見せてもらった。君は、あの緑色のPFを知ってるのかい?」
触れてはいけないことなのかもしれないとわかっていながら、彼は訊ねずにいられなかった。
一人で苦悩しているクランの苦しみを、知りたいと思った。
なぜ、そう思ったのかは、コバルトリーダー自身にもわからない。
隊長としての責務なのか、それとも別の感情なのか――。
エメラルドの世界に背を向けて、クランは大きく息をついた。
「……ええ。知っています。バール・アックス――ヴァリムの猛牛と呼ばれている男の機体。そして、かつて私がいた部隊を……壊滅させた機体です」
ゆっくりと言葉を紡いでいく彼女を、コバルトリーダーはただ、じっと見つめていた。
それは半年ほど前のこと。
クランの所属する部隊は、軍事都市ガンドランドの警護にあたっていた。
そこはサーリットン戦線と並ぶ激戦区であり、両国の精鋭部隊同士の戦いによって、戦況は常に予断を許さない状況にあった。奪っては奪い返される都市――まさに地獄の戦場であった。
その過酷な状況下で次々と押し寄せてくるヴァリム軍を、クランたちは果敢に退けていた。
グレン小隊には及ばずとも、彼女たちの部隊はアルサレアでも屈指の実力を持った精鋭部隊だと上層部も認めていたほどだ。
だが、その噂がヴァリムにも広まり始めた頃、ついにクランたちは恐るべき敵に出会ったのである。
それが、のちに[緑の破壊神]と呼ばれることになるバールのタルカスだった。
最初に戦った時も強敵だった。それでも一度は、退けることに成功した。
だが、二度目の戦いで、彼女は悪夢を見ることになった。
緑の月が天に輝く、翡翠の夜だった。
「うおおおおおおおあぁぁぁぁぁ……!!」
味方のJ-グラップラーが、ハンマーの一撃で吹き飛ばされた。
目の前にいるのは、先日戦った緑のタルカス。
まったく同じはずなのに、全身から漂う威圧感は桁違いのものだった。機体が、淡いオーラに包まれている。
『フフフ……どうした? たった一機に怖じ気づいたのか?』
低い笑い声が、辺りを震わせたようであった。
そう。たった一機である。
大胆にもクランのいる一個中隊に戦いを挑んできたのは、その一機のPFだけだった。
しかも、前は退けたはずの機体だ。
「……なめるなあああああぁぁーーーーーっっ!!」
響く怒号。仲間の誰もが、負けるはずなどないと思っていた。
クランもそう思っていた。
だが、現実は違っていた。
『ハハハハハハ……そうだ!! もっと、楽しませてみろおぉぉぉ!!!』
轟く哄笑は、狂戦士の咆哮。
手にした鉄槌が怪しく輝く。
緑色に輝くPFは、驚異的なスピードとパワーでアルサレア兵を蹴散らしていく。
吹き荒れる破壊の嵐――その狂嵐に呑み込まれ、生命はあえなく消えていった。
「こんな……ことって……!!?」
クランは愕然とした。
仲間たちを殺していくのが、たった一機のPFであるという事実に。
彼女の心に言い知れぬ恐怖が生まれつつあった。
それは己の理解の範疇を超えた存在に対する恐怖であり、神に対して抱く畏敬、悪魔を前にして抱く絶望と同じであった。
『ハハハハハハ……!!!! 次は、お前かぁ!?』
緑色のタルカスが迫る。
いつのまにか部隊は、ほぼ完全に壊滅しつつあった。
『逃げるのよ!! クランっっ!!』
通信機から聞こえてきたのは、聞き慣れた仲間の声だった。
だが、彼女は逃げることすらも忘れていた。
機体が、激しく揺れた。
凄まじい衝撃が、身体を突き抜けた。
モニターに映るのは、怪しく輝く破壊神の目。
しかし、クランの手は凍ったままだ。
コクピットが、歪んだ。
計器が、炎に包まれた。
モニターが、音をたてて割れた。
眼前に、透き通った輝きが散った。
そして、次に機体を揺るがした一撃のあと、彼女が見たのは――己が鮮血の赤だった。
「……ああああああああああぁぁぁぁぁ……っっ!!!」
絶叫。
そしてクランは、意識を失った――。
己が意識の奥で煙る過去――。
そのすべてを語り終えたところで、クランは息をついた。
「……あとで私はチェンナに助けられたのだと知りました。部隊でかろうじて生き残ることができたのは、私と彼女だけでした。彼女は……私を連れて、ガンドランドを脱出したんです」
「……そうか。半年前のガンドランド戦線の敗北……話は聞いていたけど、そこにクランたちがいたとはね……」
コバルトリーダーは深く頷いた。
大規模な戦争はなかったものの、アルサレア戦役終結後も二国の間で小競り合いは続いていたのである。
半年前のガンドランドでの敗北も、そのひとつであった。
だが、その都市も今はアルサレアが奪還している。わずか数ヶ月前の奪還作戦の立役者となった人間が、コバルトリーダーだった。
彼がこうしてコバルト小隊を率いているのも、その功績によるところが大きかったといえる。
同じ戦場で勝った者と負けた者――なんとも奇妙な運命の巡り合わせだと思った。
「……で、その時の怪我がもとで、君は視力を失ったのか」
彼の言葉に、クランはゆっくりと頷く。
緑光に照らされた表情が、どこか歪んでいるように見えた。
「……失明寸前だったそうです。今はこうして実生活に支障がない程度には回復していますが……これすらも奇跡だったと、医師は言っていました。ですが、パイロットを辞めたのは、それだけが理由ではないんです……」
「……それって、どういうことだい?」
怪訝そうに眉をひそめるコバルトリーダーに、クランは背を向ける。
そして次に放たれた言葉は、意外なものだった。
「……怖かったんですよ……コクピットに、座るのが……」
その身体は、小刻みに震えていた。
いつもの毅然とした態度からは想像もできないほどの弱さが、そこには滲んでいる。
コバルトリーダーがこれまで見たことのない彼女の姿だった。
「コクピットに座ると、あの時の恐怖が蘇ってくる……操縦桿を握れば、身体が動かなくなってしまう……たとえ視力があったとしても、私はもうパイロットとしては役立たずなんです。だから、せめてオペレーターとして、戦おうと思った……」
そこにあったのは、常に冷静な軍人の姿ではなかった。
苦しげで儚げな人間の姿に過ぎなかった。口調は自虐気味に、声は高く、強く、震えていた。
「でも、ダメだった!! 私は結局、役立たずだったんです!! バールの機体を見た瞬間、身体が凍りついた!! 部隊への指示も、シュキのフォローも、なにもかも頭の中から消え失せて……ただ、立ち尽くすしかなかった……!!」
押さえ込まれていた激情が、奔流となってほとばしった。
拳が、強く何度も壁を叩いていた。
「私は、ただの臆病者です!! 偉そうなことを言っても、肝心な時にはなんの役にも立たない臆病者なんです……!!」
「クラン……! もうよせ……!!」
コバルトリーダーは、胸を締めつけられる思いだった。
クランの苦しむ姿を見ていたくなかった。
理由はない。
理屈ではない。
溢れ出る感情が、彼女の救いになりたいと望んでいた。
「私は、怖い……! 今だって、あの男と……バールと戦うことを恐れている!! 自分が戦場に立っているわけでもないのに……!!」
「……クラン!!」
「人前で、冷静に振る舞ってはいても……! 私は……私はもう、ダメなんです……!!」
「クランっっ!!!」
悲痛にも聞こえる叫びが、通路を満たした。
そしてコバルトリーダーの両腕が、震えるクランの身体を包み込む。
意外な指揮官の行動に、クランの目が見開かれた。
耳元で囁くような声が聞こえる。
「クラン……君は決して役立たずなんかじゃない。君がいなければ……君のサポートがなければ、僕たちは生き残ってこれなかった! それは、これからだって同じなんだ……!」
優しげな、それでいて力強い響きがあった。
クランの身体の震えが収まっていく。
「……僕はあの時、君に誓った。必ず生きて戻ると……! でも、それは、君が見守ってくれるからこそ、できる誓いだ。君がいなくなったら、意味がないんだ……!」
温かいぬくもりが、彼女の身体と心を満たした。
恐怖が――霧のように消えていった。
「……クラン……悪夢を越えよう。君の心に巣くう暗闇を乗り越えるんだ……! だいじょうぶ。君は一人じゃない。僕がいる……! そして、みんながいる……! だから、戦おう! これからも一緒に!!」
「コバルト……リーダー……!!」
光を失いかけた瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
自分を支えてくれる力強い両腕に、クランは己の手をそっと重ねる。
初めて彼に会った時から、心に触れるものがあった。
その理由が今、わかった。
自分はこの温かさを、この強さを求めていたのだ。
そして彼となら、この悪夢に打ち勝つことができるかもしれないと――。
穏やかな風に包まれていく心。
しかし、不安が完全に消えたわけではなかった。
「……ですが、コバルトリーダー。バールは強敵です……あの緑色のタルカスは、恐ろしいスペックを誇っています……コバルトリーダーを信じないわけではないですが……勝てる術はあるんですか?」
いくらか冷静さを取り戻したように彼女は言ったが、その瞳は涙に揺らいでいる。
コバルトリーダーは身体を離すと、クランを正面に向き直らせた。
互いの息がかかるほどの距離で、二人は相手の瞳を見つめる。
「……確かに、あの記録を見る限りでは、奴の機体に弱点はないように思える。でも、どんなに優れたPFでも、無敵などということはありえない。きっとなにか秘密があるはずだ……だから、クラン。君の力が必要なんだ。奴の機体の秘密が解ければ、付け入る隙はきっとある」
真っ直ぐな視線。
そこには不屈の輝きが宿っていた。
あきらめるなと叫んでいた。
「バールの機体の秘密……確かに、そうですね。わかりました。先ほどの戦闘のデータを洗い直してみます。今の私にできることはそのくらいですから……」
その思いを受けて、クランはゆっくりと頷いた。
彼女の表情には、いつもの輝きが戻っていた。
頼れるオペレーターとしての顔が、そこにあった。
コバルトリーダーは穏やかに微笑む。
「……頼むよ。クラン」
「……了解しました」
緑月の光の指し込む窓際に、重なり合うふたつの影が浮かび上がっていた――。
移動司令部のドック――そこで、ひとつの騒動が起こっていた。
「……だから、私が行くって言ってんじゃん!!」
「い〜え! 私が参ります!!」
普段は仲のいいはずのマコトとリンナが、激しく言い争っていた。
そこには、ムラキやギブソンといった他の隊員たちの姿も見える。
ややあってドックに入ってきたジータが、二人のケンカを見て思わず驚きの声を漏らす。
「な、なんです? この騒ぎはいったい……?」
「ジータか……いや、たいしたことじゃないんだが……」
ムラキが苦虫を噛み潰したような顔で答える。
彼は親指で、ドックの奥にあるものを指し示した。
「あれは、PFですか? でも、確か予備の機体は……って、な、なんです!? これ!?」
視線を向けたジータは、思わず叫んでいた。
そこにあったのは、確かにPFである。
場所を考えれば、あって当然のものだ。
しかし、彼が驚いたのはその異様なフォルムだった。
その機体は人の姿こそしていたが、統一感というものがまるでない。フレームがメチャメチャに組み合わされ、いびつなことこの上なかった。
カスタマイズ機などというカッコ良い代物でなく、まさに寄せ集めの機体――鋼鉄のフランケンシュタインといった印象だ。
「……整備班のおやっさんが、損傷の軽微だったパーツと、予備パーツを組み合わせて造ったそうだ。多少なりとも戦力の増強になると言ってな……BURMシステムを完全に無視して組んだ規格違反機も真っ青の代物だよ」
「……気持ちは、わかりますが……動くんですか? これ?」
冷や汗をたらしながら、ジータはつぶやいた。
整備のことはそれほど詳しくなかったが、とてもまともに動くようなものに見えない。
これでは走っただけで分解しそうだ。
「チェックはしたそうじゃぞい。動くことは動くようだがのぅ……『オーバーヒートしたら即刻、爆発すっから、気をつけろぃ!』とか、ぬかしておったわい」
「……ブースターはボアンΣ2らしいから、機動性は抜群によさそうだけどねぇ。うっかり加速し過ぎようもんなら、それだけでドッカーンだ。ま、戦力としてはどこまで期待できるかわからないけど、あのお嬢さんたちはそれでもいいと言ってるわけ。よっぽど、悔しかったんでしょ……んで、誰が乗るかってことで、もめてるのさ」
ギブソンの返事に、オスコットが飄々と付け加えた。
正直、ジータも使いたいとは思わなかった。慣れてない機体というのはもちろんのこと、そんな得体の知れないものでは、Gエリアでの過酷な戦闘にどこまで耐えられるか怪しいものだ。
しかし、マコトたちの気持ちもわかるだけに、ケンカを止めることもできなかった。
「どうしたんだい? この騒ぎは……?」
そこへ、騒ぎを聞きつけたのかコバルトリーダーが現れた。
「あ、隊長。いえ、実は……」
「……なるほどね。つまり、誰をパイロットにするか、ということなのか……」
かいつまんだジータの説明に、コバルトリーダーは大きくため息をついた。
「このままでは、父に会わせる顔がありませんわ。隊長さん、私を出撃させてください!!」
「ダ〜メだって!! 私が行くんだから!!……まぁ、見た目はボロだけどさぁ。そこは根性! ヴァリムの悪党をギッタンギッタンにしてやるぅ!!」
「……わかった。わかった。なら、僕が決める」
騒ぎ立てるマコトたちをなだめて、コバルトリーダーはその場の全員を見渡した。
一瞬、静かな時が流れる。
「……チェンナ。君に頼もう」
わずかな間を置いて彼はそう言うと、ドックの壁にもたれて俯いていたチェンナを見た。
思わず彼女が、こっちを振り向く。その顔には意外そうな表情が浮かんでいた。
「ちょっと、隊長さん! それは、どういうことですの!?」
「そーだよ!! どうして、チェンナなのさ!! だいたい、彼女はなにも言ってなかったじゃんか!!」
さすがに納得がいかなかったのか、再び耳に痛い大声が飛び交う。
誰もがうんざりしたように顔をしかめたが、コバルトリーダーは特に動じなかった。
「二人には悪いけど、今回は我慢してくれ……チェンナでなくてはならない理由があるんだ」
穏やかだが、有無を言わせぬ声だった。
いつにないコバルトリーダーの態度に、二人の少女の声がぴたりと止む。
「隊長……なぜ、私を?……私には、そんな資格なんてない……」
覇気のない声で、チェンナはつぶやいた。
指示を待たずに先走った自分のせいで、キースはやられたようなものだ。
そんな自分に出撃する資格などない――彼女はそう思っていた。
コバルトリーダーは、チェンナの瞳を見据える。
「君の気持ちはわかるさ。でも、バールとの戦い……それは、君自身も越えなければならない壁なんじゃないか?」
「!! そ、それは……! 隊長、なぜそのことを……!?」
「……クランから聞いた。君たち二人だけが、バールとの戦いで生き残ったと……そして、君がクランを救ったということもね……」
その言葉に、チェンナは再び顔を俯けた。
拳が、強く握り締められる。
「……私は、生き残ったんじゃない……! 私は……ただ、逃げただけ……!」
放たれた声は、苦痛に満ちていた。
漆黒の闇のような感情が見えた。
「……仲間たちは必死で戦っていたわ。もちろん、クランも戦場に残っていた。でも、私は……悪鬼のようなアイツから……逃げたのよ。無様に逃げただけ……とんでもない臆病者よ」
静かなる戦士の独白は、意外なまでの苦悩をはらんでいる。
コバルトリーダーたちは息をすることも忘れたように、無言で聞き続けた。
「クランを救ったのだって、たまたま彼女の運が良かっただけ……戦いが終わって舞い戻った戦場で、彼女だけがかろうじて生きていた。それだけのことよ。私のしたことは、罪滅ぼしのつもりの自己満足……褒められたものなんかじゃ決してないわ」
誰も口を挟むことはしなかった。
責めることもしなかった。
そうする資格など、この場の誰にもなかったから。
「……さっきアイツを見た時も……震えが止まらなかった。でも、もう逃げたくなかった! 戦わなければいけなかったのよ!! そうしないと……私は、また臆病者になってしまう……!!」
「…………だから、あの時、先走ったってわけかい?」
唐突に、軽い声がドック内に響く。
いつのまにかキースが、コバルトリーダーの後ろに立っていた。
彼の身体のあちこちには、包帯が巻かれている。軽口とは裏腹に、非常に痛々しい姿だった。
「キース! 身体のほうはだいじょうぶなのか?」
コバルトリーダーの言葉に、キースは軽く笑ってみせた。
「この程度の傷で、このキース様が参りますかっての! それよりも、チェンナ……そういうことだったら、なおさら、お前が行くべきだぜ」
「そうそう。借りがあるってことでしょ? だったら、それは返す必要があるわよね」
彼の背後から、ひょっこりとアイリが顔を出す。
その瞳には励ましの光が見えていた。
二人の言葉を聞いたあと、コバルトリーダーは深く息をつき、チェンナを見つめた。
「……チェンナ。クランも同じことを言っていたよ。自分は、臆病者なんだってね……でも、彼女は自分の悪夢と、再び戦うことを選んだ。だったら君にだってできるはずさ……君は一人で戦っているんじゃない」
「隊長……でも……!」
「……なぁ、チェンナ。戦いが怖くない人間なんて、いやしねぇぜ。俺たちだって、怖じ気づいたことは何度もあった……けど、みんな一人じゃないから戦えるんだ」
「過去は過去よ……チェンナ。そんなものに、いつまでも振り回されてたらダメだって! 隊長さんやみんなを信じようよ……あたしたち、ここまで生き延びてきたんだから!」
反論しようとするチェンナを制し、キースは親指を立ててみせる。
アイリもまた、軽くウインクを返してみせた。
魂に触れるような二人の言葉が、脅える戦士の心に闘志の灯火を灯す。
「バールを倒すんだ。チェンナ……必ずやれるさ。僕たちなら」
コバルトリーダーの強い言葉に加え、リンナとマコトもチェンナを見つめた。
「……隊長さんの言う通りです。仕方ありませんが、今回はチェンナさんにお譲りしますわ」
「まぁ、今回はしょーがないかな……でも、今度負けたら許さないからな!!」
「みんな……」
全身を熱い思いが満たしているのを感じ、チェンナは再び顔を上げる。
その瞳には、迷いも恐怖もなくなっていた。
「……わかったわ。やってみる!! 今度こそ、あいつを倒してみせるわ!!」
時刻0230――侵攻拠点Gポイント。
ついに、Fポイントの敵防衛基地制圧作戦が始まろうとしていた。
部隊構成は、コバルトリーダー、ジータ、オスコット、そしてチェンナの四人。
たった一個小隊のみの戦力で、敵の要衝を攻略しなければならない。
戦いに赴く者はもちろんのこと、見守る者たちの中にも、張り詰めた緊張感が漂っていた。
クランの声が、コクピットに響き渡る。
『作戦を確認します。まず敵基地への接近に際しては、コバルトリーダー、ジータ機が先行して、レーザーキャノンの囮になります。オスコット機はチェンナ機の護衛に回ります。チェンナ機は、有効射程距離まで接近したところで、ヘルファイアを射出――ほぼ同時に、全機が一時離脱します』
「うっかり離脱が遅れようもんなら、こっちも大ピンチだねぇ。ま、戦力がないから、しょうがないんだけど……」
オスコットがぼやきながら、チェンナのジャンク・カスタム機の肩を見た。
そこには、究極の爆炎破壊兵器[ヘルファイア]が積まれている。
爆風に巻き込まれたものは、根こそぎ吹き飛ぶという悪魔の兵器であり、その破壊力は戦術核にも匹敵すると言われている。
味方を巻き込む危険性があるために実際の戦場で用いられることはほとんどなかったが、アルサレア軍では連携の取れた一部の精鋭部隊に、最後の切り札として一発だけが支給されていた。
『ヘルファイアで施設防衛兵器を沈黙させたあと、残存部隊の掃討を行います。展開している二個中隊も、この攻撃でかなりの損害を受けることが予想されます。戦闘に関しては、これまで通りの戦いかたで充分でしょう……ただ、敵司令官の機体だけは、注意が必要です』
敵司令官という言葉を口にしたクランの声には、わずかな緊張があった。
だが、冷静さまでは欠いていない。
コバルトリーダーは見守るように、彼女の次の言葉を待った。
『……先ほどの戦闘データ及び過去のデータを調べてみたところ、敵司令官の機体は過重力環境下において、全体の性能が80%向上するように造られています。さらにハイパーモードの発動で、機体周囲に強力なエネルギーフィールドが展開されるようです。このフィールドは、既存のPF搭載兵器では破壊不可能という結論に達しました』
「ちょっと待ってください! それじゃあ、どうやって司令官を倒すんです!?」
ジータが思わず訊き返していた。
攻撃が通用しないのでは、いくら戦力があっても勝ち目はない。
だが、特に慌てた様子もなく、クランは静かに言った。
『話は最後まで聞いてください。敵がフィールドを展開していられるのは、あくまでハイパーモードを発動している間だけです。時間にして二分が限度でしょう……つまり、それまで持ちこたえることができれば、勝算は充分にあります』
「……言うほど簡単でもなさそうだけどねぇ。ま、可能性ゼロってわけじゃないみたいだな」
『でもさぁ。そのバールって奴も、ヘルファイアでドッカーンとやっちゃえないの?』
いきなりシュキが、モニターの向こうでとんでもないことを口にする。
通常の兵器は通用しないが、ヘルファイアならバールを倒せるかもしれない――シュキの言葉は一応、理にかなっていると言えたが、コバルトリーダーは苦笑した。
「まず、無理だろうね。奴が最初から出撃してくれば可能性がないわけじゃないけど……」
「こっちの戦力が減っていることは、向こうも知ってますからね。よほどの危機的状況にでもならない限り、司令官自らが出撃してくることはないと思います。それに、乱戦になったら使えませんし……」
『う〜ん、そうかぁ。いいアイデアだと思ったんだけどなぁ……』
ジータの補足に思わず唸ったシュキを見て、隊員たちは吹き出していた。
圧し掛かっていた気負いが一気に抜けたような感じだった。
オペレーターとしては未熟な彼女が、コバルト小隊に配属された理由――それは、隊員たちの緊張を解きほぐすことのできる空気を持つためだったのかもしれない。
『作戦の内容は以上です。コバルト小隊の健闘を祈ります』
しばしの間を置いたあと、クランは隊員たちの瞳を見据えて言った。
誰の目にも、負けるかもしれないなどという弱気の色はない。
そして、危険な過信もなかった。己を信じ、仲間を信じて戦う者たちの強い絆が、そこにはあった。
コバルトリーダーはクランを見て頷くと、闘志のみなぎった声で告げた。
「コバルト小隊、出撃する!!」
「了解っっ!!」
重なり合う隊員たちの声と共に、PFの瞳が光を放つ。
緑色の冷気に満ちる荒野――そこに、鋼鉄の巨人たちが踏み出していった。
「来たか……コバルト小隊め!」
基地の司令室で敵の接近警報を聞いたバールは、不気味な光を瞳に浮かべた。
「敵PFは四機。十二時の方向から接近中です! あと三十秒ほどで、レーザーキャノンの有効射程に入ります!!」
「たったの四機で、この基地を攻略しようとは無謀にも程がありますな。近づく前に、片がつくと思われます」
オペレーターの報告を受けて、副官が不敵に笑った。
いかに優れた精鋭部隊であろうとも、この防衛網を突破するのは容易ではない。
バールもまた、口元を歪める。余裕しゃくしゃくといった表情で、彼は無造作に顎ひげを撫でた。
「レーザーの餌食になるか、それともここまで辿り着くか……ククク……コバルト小隊、どれほどのものかな。せいぜい失望させんでくれよ……」
『敵拠点における防衛兵器の起動を確認! 熱源反応が増大しています!!』
基地まで数キロというところで、クランの警告がコクピット内に響き渡った。
隊員たちの表情が厳しくなる。
「来たか! ジータ、作戦開始だ!! くれぐれも無理はしないでくれ!!」
「了解! 隊長も、気をつけて!!」
J-カイザーPC(フェニックス・カスタム)と、ジータのカスタムPF――[ブレードホーク]が、天空に舞い上がる。
ブースト全開で両機は左右に展開。並行するように敵基地へと接近していく。
地平の向こうに見える建造物から、いくつかの青い輝きがほとばしるのが見えた。それは空気を切り裂きながら、一直線に二人のほうへと向かってくる。
瞬間的に機体を反らしたジータの傍らを、灼熱の閃光が駆け抜けていく。
わずかな衝撃と熱が、コクピットに伝わってきた。
「く! 凄いエネルギーだ……こんなのを、まともに食らったら……!」
コクピットで顔をしかめながら、ジータは改めて敵基地の堅固さを思い知った気がした。
拠点防衛用ハイパー・レーザー・キャノン――敵の輸送機や戦艦などを落とすために造られた高出力レーザー砲だった。
PFなら、一撃で鉄クズにしてしまうだろう。
(……予想はしていたけど、これほどとは……!)
攻撃を回避したコバルトリーダーも、さすがに冷や汗を浮かべた。
PF同士の戦闘とはわけが違う。
たった一瞬の判断が、生死を分ける。悪魔に心臓を掴まれたような心地だった。
(それでも、引くわけにはいかない……僕は、引けないんだ……!!)
浮かび上がってくる恐怖を断ち切るのは、クランと交わした約束――心に燃える思いが、彼の全身を支配していた。
操縦桿を握る手に、力がこもる。
コバルト小隊は青き閃光の奔流をやり過ごしながら、確実に基地へと接近していった。
オペレータールームでは、クランが緊張した面持ちで、スクリーンを見つめていた。
光の槍が空を裂くたびに、心臓の鼓動が強くなる。
焦燥と不安とが、全身を駆け巡っていった。
(コバルトリーダー……!)
ついさっきまでは、なにも心配してはいなかった。
彼は、確実に任務を遂行して帰還した。これまでオペレーターとして、不安を覚えたことなど一度もなかった。
そう。これまでは――。
だが、心をつないだ今、彼女の心を満たしていたのは、オペレーターではない一人の女としての不安だった。
無事に戻ってきて欲しいという、純粋な感情の導く不安だった。
溢れる思い――それは、表情に表れている。
普段のポーカーフェイスは、いつのまにか消えていた。
「……だいじょうぶだよ。クラン」
唐突に耳元で声が囁く――それは、頼りないはずの同僚の声だった。
「リーダーは、強いんだから……今までも、これからも……そうでしょ?」
どこか静かな声だった。おちゃらけた響きはなかった――そこには、深い信頼があった。
クランはシュキの顔を見つめ、そして穏やかに微笑んだ。
「……そうね。その通りだわ……」
上空に閃く青い閃光の下を、オスコットのカスタムPF[レイストーム]とチェンナのジャンク・カスタムが走り抜ける。
前日に積もった雪が、巨人の疾走と共に激しく巻き上がり、それが霧のようになって二人の機体を包み隠していた。
「……頑張るねぇ。隊長さんも、ルーキー君も……これは、おじさんも負けていられませんかね?」
レーザーの猛攻をかわすコバルトリーダーたちを見て、オスコットは口元を引き締めた。
敵の基地までは、およそ2キロ。あと少しでヘルファイアの有効射程に入る。
今のところ敵の攻撃はなかったが、こっちが接近していることはレーダーで知っているだろう。
チェンナのジャンク・カスタムは、お世辞にも打たれ強い機体ではない。
ヘルファイア発射前に、敵の攻撃に晒すわけにはいかなかった。
やや間を置き、レーダーサイトに無数の光点が浮かび上がる。
敵の反応が近づいていた。
「……ま、予想通りといったところですか……あまり、当たって欲しくはなかったけどねぇ」
頭を掻きながら彼はぼやいた。やはり世の中、そう甘くはない。
モニターにタコのような形を兵器の姿が映っている――スコーピオンと呼ばれるMLRS搭載の無人歩行戦車だ。
「先手必勝! お嬢ちゃん、後ろに引っ込んでてよぉ!!」
オスコットはモニター越しにチェンナに言うと、機体の重心をわずかに落とした。
同時に、バスターランチャーのエネルギー供給ラインをオン。ジェネレーターから、左腕の砲へと重い唸りが伝わっていく。
「……さぁ!! イッちまいなあぁぁっっ!!」
チャージアップ。
機体が若干後ろに流され、緑の閃光が一直線に伸びた。
それは地平沿いにスコーピオンを薙ぎ払っていく。
爆発が、雪の中に無数に巻き起こった。
「いっちょ上がりだ!……って、おっとぉ!?」
だが、断末魔のあがきかスコーピオンはいくつかのミサイルを発射していた。
炎の矢がオスコットの脇をすり抜けていく。それは、確実にチェンナ機を狙っていた。
「くっ!……このぉっ!」
慣れない機体を懸命に操りながら、チェンナは回避運動を行うが、すべてはかわし切れない。
被弾を覚悟したその時――高速後退してきたオスコットの機体が、彼女の前に立ちはだかった。
目の前で無数の閃光が弾ける。
「……オスコット!!」
目を見開くチェンナだったが、レイストームはバスターランチャーを盾にして、なんとかその攻撃をしのいでいた。
砲身の吹き飛んだランチャーを捨てて、オスコットは不敵に笑う。
「そう慌てなさんなって。こっちもまだ死に急ぐわけにはいかないんでね……さ、一気に行くぜぇっ!!」
「OK! わかったわ!」
チェンナも笑みを取り戻す。
障害を取り除いた二機は、再び雪を蹴立てて走り出した。
敵基地まで、距離1500。
『ヘルファイア、有効射程距離に到達!!』
待ち望んでいたかのようなクランの声が、コクピットに響き渡った。
何度目かの青い閃光を回避したコバルトリーダーは、機体を急制動させる。
同時に、通信機に向かって叫んでいた。
「よし!! チェンナ、撃てええぇぇっっ!!」
「……うおおおおおおぉぉぉっっ!!」
チェンナの咆哮が響く。
同時にジャンク・カスタムの左肩が、音をたてて弾け飛んだ。
地獄の炎――ヘルファイア。
凄まじい高エネルギーを蓄えたミサイルが緩やかな軌道を描き、敵基地に向かって突き進んでいく。
空気が、炎のように熱く震えていた。
「ジータ、緊急離脱だ!!」
「了解っっ!!」
蒼き鳳凰と白き鷹――飛行していた二機のPFは、オーバーブースト。一気に後方へと加速する。
遅れて凄まじい大音響が、空気を揺るがした。
閃光が、緑の闇を赤く染め上げる――。
「なっ!? 何事だあぁぁっっ!!?」
基地を揺るがした衝撃に、バールは思わず叫んでいた。
オペレーターの悲痛な声が、司令室に響く。
「ヘッ! ヘルファイアです!! 防衛用ハイパー・レーザー・キャノン全基大破!! PF部隊の半数以上が行動不能になりました!!」
「ヘルファイアだと!? お、おのれえぇぇぇっっ!!」
バールは怒りもあらわに吠えた。
ヴァリムでも一部の特攻部隊にしか装備されないヘルファイアを、まさかアルサレア軍が使ってくるとは思ってもみなかった。
完全に相手を侮っていた結果である。
「俺様の機体を用意しろ!! 小賢しきコバルト小隊め!! 叩き潰してくれるわ!!」
「しかし、バール司令!! また、ヘルファイアを撃ち込まれたら……!!」
副官は慌てて警告する。
だが、バールは聞く耳持たなかった。
「つべこべ言うな!! 接近戦をかけるのだ!! 奴らがそうする前に、一気にカタをつけてくれるわ!!」
もはや、止めようがなかった。
簡単に勝てるという予想を覆されてしまった猛牛は、すでに冷静さを失っていたのである。
『……PF部隊が接近。ヘルファイアの攻撃で、敵の戦力は半分以下にまで低下したようです。敵司令官が出撃してくる前に、全機掃討をお願いします!』
「了解! みんな、行くぞ!!」
再び互角以上の状況を生み出したコバルト小隊は、獲物を狙う肉食獣のように敵部隊のど真ん中へと突入していく。
いくつもの閃光が、遅れて巻き起こっていった。
「ねぇ、なんか、すっごい良い感じじゃない?」
オペレータールームでは、シュキがいつものお気楽さを取り戻していた。
敵の部隊は、もはや壊滅状態だ。普通に考えれば、ここからの逆転はありえなかった。
だが、クランの顔から緊張は消えない。
悪夢は、まだ終わっていないのだ。
「まだよ。これからが……本番だわ」
彼女はそう言うと、祈るような気持ちでスクリーンを見つめた。
一刀両断にされた最後の敵PFが、炎をあげて倒れ込んだ。
「隊長。とりあえず、敵は全滅したようです……」
斬馬刀を振ってオイルを振り払いながら、ジータはコバルトリーダーのほうを見る。
もはや、基地を防衛するものは、なにも残っていない。本来なら完全に制圧完了だ。
「みんな、よくやってくれた。だけど、気を抜いちゃダメだ……!」
だが、コバルトリーダーの顔から厳しさは消えない。
最後の敵が、残っていた。
「……おっと。レーダーに反応ありだ。基地の中から、PF三機出現……本命さんのお出ましだな」
口調はいつも通りだったが、オスコットの声も、どこか低かった。
巨人の屍が横たわる鋼鉄の森の中に、緑の輝きが浮かび上がる。
空気を伝わってくるような威圧感が、そこにあった。
音をたてて歩いてきた重量級PFは、コバルト小隊の目の前で立ち止まる。
緑の破壊神と、親衛隊の赤いタルカスである。
チェンナの顔が、思わず歪んだ。
「バール……!」
『……よくもやってくれた。コバルト小隊!! だが……貴様らも、ここで終わりだ!!』
野生の猛牛を思わせる咆哮が、基地内に響き渡った。
それに対し、コバルトリーダーも雄々しく叫ぶ。
そこには普段の彼にない炎の闘志が満ちていた。
「バール・アックス……そのセリフ、そのままお前に返す!!!」
張り詰めた氷が割れるように、ふたつの部隊は戦闘行動に移った。
全機が、同時にダッシュ。その間合いが一気に詰まる。
親衛隊をジータ、オスコットに任せ、コバルトリーダーはバールの機体とぶつかり合った。
『くたばれぃ!! コバルトリーダー!!』
フルブーストで、タルカスがJ-カイザーPCを撥ね飛ばす。
そのまま、追い打ちをかけるかのように、ハンマーを構えて突進した。
だが、コバルトリーダーは機体を瞬間で立て直すと、サイドブースト。スマートガンを発射する。
すり抜けたバール機の背中に、弾丸が炸裂した。
が、完全に無傷である。
『やるではないか。だが、無駄だな!!』
バールは、AAFミサイルを撃つと同時にダッシュした。キースを打ちのめした単独連携攻撃だ。
「くっっ!!」
コバルトリーダーは、スマートガンを連射。
ミサイルを破壊すると同時にジャンプ。
破壊の鉄槌を紙一重で飛び越える。
巻き起こった爆風に、視界が歪んだ。
『クックッ……さすがは、コバルトリーダーといったところか。だが、いつまで持つかな?』
一見、互角の戦闘だったが、コバルトリーダーは冷や汗を浮かべていた。
やはり、今のバールには攻撃が通用しない。タイムリミットまでの二分を稼がねば、勝ち目はない。
だが、果たして持ちこたえられるのか?
「……うおおおおおぉぉーーーーーーーっっ!!!」
唐突に響いた雄叫びが、彼の考えを中断した。
隙を窺っていたチェンナが、ブーストサァイフでバールに斬りかかったのだ。
ぶつかり合った大鎌と破壊の鉄槌が、激しい火花を散らす。
「チェンナ! ダメだ!!」
コバルトリーダーは叫んだ。これでは前回の再現だ。
やはり、冷静さを失ってしまったのか――だが、そう思った瞬間、通信機から声が聞こえてきた。
「隊長!! こいつは私が……私が押さえるわ!! だから、あとは隊長にすべてを任せる!!」
大鎌を疾風のごとく振りながら、チェンナは叫んでいた。
彼女は、自分ひとりで時間を稼ぐつもりなのだ。
だが、あり合わせのパーツで組んだジャンク・カスタム機に、バールと互角に戦える力があろうはずもない。
『バカめ!!』
ハンマーが、チェンナ機を撥ね飛ばした。衝撃で左のアームフレームが吹き飛ぶ。
「くっ! 機体の耐久力が……このぉっ!」
チェンナはブーストで態勢を立て直すと、そのままバールに向かって突っ込もうとした。
だが、寸前で思い留まる。
ジェネレーターがオーバーヒート気味だった。これ以上ブーストを使えば爆発してしまう。
一瞬生まれたその隙を、バールは見逃さない。
放たれた無数のミサイルが、チェンナを襲った。
コバルトリーダーがミサイルを撃ち落とすが、間に合わない。弾幕をくぐり抜けた数発が、ジャンク・カスタム機に炸裂する。
「うああああああぁぁぁっっ!!」
機体の装甲が派手に吹き飛び、右足が完全に破壊された。
「チェンナぁっ!!」
『……人の心配をしている暇があるのか!?』
思わず注意がそれたコバルトリーダーに、タルカスが迫る。
X・ハンマーが、J-カイザーPCの左腕を破壊――スマートガンが宙に舞った。
そして、そのままバールは体当たりで、蒼の機体を撥ね飛ばす。
凄まじい衝撃を受けて、コバルトリーダーは思わずうめいた。
『ここまでだな!! 死ね!! コバルトリィダァァーッッ!!』
地面に落下した鳳凰に向かって、破壊神が駆け出す。
不気味に放たれる緑の輝きが、モニター越しに見えていた。
だが、そこへいきなりふたつの影が割り込んでくる。白い鷹と、深緑の騎士――ジータとオスコットだ。
「おおっとぉ!! そう簡単にやらせるわけにはいかないねぇ!!」
すでに親衛隊は片付けたらしい。
覇気のある声をあげると、オスコットはレーザースピアを凄まじい速度で、タルカスに突き立てようとした。
「天聖剣技!! 飛翔兜割りいぃぃぃっっ!!」
さらに、雄叫びと共に、ジータが空中から必殺の一撃を繰り出す。
鋼鉄をも断つ斬馬刀が、唸りをあげた。
だが、それらの攻撃が緑のオーラを突き破ることは、やはりなかった。
『バカめがあああああぁぁぁぁっっ!!』
猛牛の咆哮。
必殺の威力を込めた鉄槌が、ジータとオスコットの機体を激しく打ち据えて、吹き飛ばした。
「うわああああああああああぁぁぁっっ!!」
「うおおおおおおおぉぉぉっっ!?」
メインフレームが嫌な音をたて、苦痛の絶叫が響く。
二人の機体は音をたてて建造物の壁に叩きつけられ、そのまま地面に落下した。
『ハハハハハハ……この程度か! よくこれで精鋭部隊を名乗れたものだな、コバルトリーダー!!』
「く……!」
なんとか機体を立て直したコバルトリーダーは、近づいてくる破壊神を、鋭い視線で見つめ返す。
だがすでに、打つ手はなくなっていたも同然だった。
(そん、な……コバルトリーダー……!!)
血の気の引く思いで、クランはスクリーンを見つめていた。
悪夢が彼女の心を捕らえて、離さない。
極寒の只中にいるように、全身から震えが消えない。
視界が、蜃気楼のように霞んできていた。
「……クランっ! ダメ!! リーダーを信じなきゃ!! でなきゃ……本当に負けちゃうよぉっ!!!」
シュキの悲痛な叫び。彼女の顔も泣きそうに歪んでいた。
『……死ねえええぇぇっっ!!』
ブーストを全開にするバール。瞳を怪しく輝かせ、破壊神が迫ってきた。
コバルトリーダーは、レーザーソードを構えてバールを迎え撃とうとする。
こんな武器一本で、勝ち目を見出せるわけではない。
それでも簡単に希望を捨てるわけにはいかない。生きてる限り、チャンスはまだ生まれるはずだ。
コバルトリーダーが悲壮なまでの決意を抱きつつ、破壊神に闘志をぶつけたその瞬間――閃光のような影がタルカスにぶち当たり、その機体を横へと押し流した。
『ぬううっ!? 貴様!!』
「チェンナ!!」
二人の男が同時に叫ぶ。
最後の力を振り絞ったジャンク・カスタム機が、フルブーストで突っ込んできたのである。
激突の衝撃で、ヘッドが音をたてて砕けた。
同時に、チェンナの絶叫が響く。
「……隊長! クラン!! あきらめないで!! まだ……まだ、私たちは、生きてる……戦えるっっ!!」
それは今、コバルトリーダーが抱いた思いとまったく同じであった。
恐怖を越えようと、必死に戦う者の姿――過去を越えようとする強い意思が、そこにあった。
『死に損ないがあああああぁぁぁっっ!!!』
バールは怒りもあらわに叫ぶと、肘打ちの連発でチェンナを打ち据える。
ジャンク・カスタム機のメインフレームがひしゃげ、機体のあちこちから火花があがった。
コクピットの中、飛び散った破片がチェンナの身体に突き刺さる。
だが、彼女の瞳にあきらめの文字は浮かんでいなかった。
「……悪夢を……越えるのよ……!!」
低く放たれた声が、力強く響き渡る。
やがて力尽きたジャンク・カスタム機は、崩れるように大地へと倒れ伏した。
「……チェンナ……!!」
同僚の放った激励に、クランは再びスクリーンを見つめる。
全身の力を――そして勇気を振り絞り、恐怖に抗う。
そうだ。まだ、戦いは終わっていない。自分は悪夢を越えると誓ったのだ。
そして、コバルトリーダーを信じると心に決めたのだと――。
(コバルトリーダー……負けないでください! 私は……あなたを信じます!!)
放たれる心の叫び――その思いに応えるかのように、スクリーンの向こうで蒼い鳳凰が、その翼を広げた。
『てこずらせおって!! さぁ、次は貴様の番だ!! コバルトリィダァーッッ!!』
荒い息をつきながら、バールはコバルトリーダーに向き直った。
ブースト起動――背面から炎が吹き出す。
猛牛のごとく突進してくるタルカス。
それを見つめたコバルトリーダーは、操縦桿を強く握り締めながら、心の中で咆哮した。
(……そうだ。僕は誓った。必ず、生きて戻ると!!)
J-カイザーPCが、猛然と駆けた。
ハンマーを振りかぶるタルカスの懐に一気に飛び込むと、フルブーストで肩口に体当たりする。
『うおおおぉっっ!?』
バランスを崩して転倒するタルカス。
駆け抜けたコバルトリーダーは態勢を反転させると、そのままレーザーソードを構えて、再突進をかける。
『おのれっっ!! 死ねえぇぃ!!』
バールは、ミサイルをありったけ発射する。
多くは狙いを外していたが、いくつかが蒼い鳳凰に炸裂し、その行く手を阻んだ。
コクピットのコバルトリーダーを、強烈な衝撃が襲う。
モニターにアラートの表示。機体のダメージが、一気に跳ね上がっていた。
「くううぅっ!! まだ……まだあぁっっ!!」
額から血を流しながらも、コバルトリーダーは操縦桿を離さない。
その瞳は、ただ破壊神を睨み続けていた。
『終わりだな!! コバルトリーダー!!』
タルカスが跳躍した。破壊の鉄槌を大きく振りかぶりながら、一気に飛び込んでくる。
間違いなく必殺の一撃――風を切り裂き、ハンマーが唸りをあげた。
だが、それが振り下ろされようとした瞬間――破壊神の緑の輝きが、消え失せた。
バールの出現から二分――待ち望んだタイムリミットが、ついに訪れたのだ。
クランは通信機に向かって、思いっきり叫んだ。
「今です!! コバルトリィダァァーーーッッ!!」
「うおおおおおおおおぉぉぉぉっっ!!!」
咆哮と共に、コバルトリーダーはハイパーモードを発動させた。
鳳凰が、激しい蒼光に包まれる。
ジェネレーター出力全開。オーバーブースト。
翼を大きく広げた機体は、一筋の閃光となって天空に駆け上がる。
そして、閃いたレーザーソードが、破壊神の頭部と右腕とを同時に断ち切った――。
『ぬあああああああああぁぁぁっっ!?』
バールの絶叫が響く。
緑のタルカスはなす術もなく宙を落下し、大地に叩きつけられた。
首と肩口から火花が散り、機体全体から黒煙が立ち昇っている。
深刻な損傷――もはや、破壊神は無敵の力を発揮できなくなっていた。
「とどめだ!! バールゥゥゥッッ!!」
J-カイザーPCが、上空から舞い降りてくる。
その光景を、バールは愕然と見つめた。
『この、俺様が、負けると、いうのか……!?』
だが、その瞬間、飛来したミサイルが、コバルトリーダーの行く手を阻んだ。
衝撃が、コクピットを揺らす。
「……なにっっ!?」
コバルトリーダーは、機体を急速停止。二機の間を、無数のミサイルが駆け抜けていく。
地上を見ると、いつのまに出撃していたのか数機のタルカスが、バールの側へと降り立っていた。
『司令!! ここは撤退を!!』
副官の声が、タルカスのコクピットに響き渡る。
呆然としていたバールは、その声に正気を取り戻すと、悔しげに咆哮した。
『く……わかった。要塞まで、退却する!!……コバルトリィダァァッ!! 次は……次は、こうはいかんぞおぉぉ!!』
「逃げるかっ!? 待て!! バーールゥゥッッ!!」
緑の破壊神が部下の機体に支えられて飛び上がるのを見つめ、コバルトリーダーはブーストをふかす。
しかし、無情にもモニターに映ったのは、ジェネレーター・オーバーヒートの表示。
J-カイザーPCに、敵を追撃する力は残されていなかった。
「くっそおおおぉぉぉっっ!!!」
遠ざかる敵を前に、なにもできぬ歯痒さだけが残る。
コバルトリーダーの悔しげな絶叫が、天空に重く響き渡った――。
こうして、厳しい戦いは終わりを告げた。
バールの部隊は、ベリウムのいるリベル本島へと退却。
Fポイントの軍事基地は、アルサレアのコバルト特務小隊によって制圧されたのである。
力尽きた鋼鉄の巨人たちを、緑の光が優しく包み込む。
激戦を負えた戦士たちは、相棒に一時の別れを告げて、大地へと降り立った。
負傷したチェンナが、担架に乗せられていく。わずかに微笑みを見せた彼女に、コバルトリーダーは小さく頷いた。
輝く月を背に、彼は先ほど到着した輸送機のほうへと歩いていく。
その近くではクランが、コバルトリーダーを出迎えようと待っていた。
「……お疲れ様でした。コバルトリーダー……」
彼女は一言、そう言った。
言いたいことは山ほどあったろうが、言葉にならなかったのか、眼鏡の奥の瞳だけが涙に潤んでいた。
コバルトリーダーはクランを見つめ、口惜しそうにつぶやく。
「すまない……クラン。バールを……逃して、しまった……」
バールは、ベリウムのもとへと撤退した。
緑の破壊神――クランの悪夢の元凶は、いまだ健在のままだ。
このまま進めば、再び自分たちの前に立ちはだかるだろう。
また、彼女に同じ苦しみを味あわせてしまうのか――そう思うとコバルトリーダーは、悔しくてならなかった。
だが、意外なことに、クランは穏やかに微笑みを返した。
「……いいえ、いいんです。コバルトリーダー……あなたのおかげで、私は救われました。もう、二度と、悪夢に悩まされることはないと思います……」
「え……?」
踏み出した彼女の身体が、コバルトリーダーの身体と重なり合う。
しなやかな腕が、彼の背中を抱きしめていた。
「ク、クラン?」
顔を赤らめるコバルトリーダーの首元に顔をうずめて、クランは、そっと囁いた。
「……あなたが、悪夢を越える翼を、くれたから……」
愛しげなその言葉に、コバルトリーダーはゆっくり手を回すと、クランの身体を優しく包み込んだ。
風が穏やかに、二人の周りを吹き抜けていく。
翡翠の輝きを持つ世界に、静かな刻が流れていた。
Gエリアでの戦いは、いよいよ終焉の時を迎える――。
― FIN ―
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